もう少し哲学的にいうと出生主義が自明であるという疑いのない主張ってのは
フーコーでいう「生権力」の側面からの主張にすぎないはず。
他方、半出生主義の主張は「規律訓練」側からのということになる。
これらを同時に理解することから近代の歴史は成り立ってるはずなので
そういうところからもう少し深く考えて議論したほうがよいかと。