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【プラトン哲学と共に考える】一神教と天皇制

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1考える名無しさん
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2021/11/02(火) 19:35:31.220
西欧思想の根幹である一神教と、日本の天皇制を組織論の観点から科学的に考える。
2考える名無しさん
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2021/11/02(火) 19:50:04.020
俺の手持ちの本で言えば、
プラトンの『国家』(14〜15年積ん読)と
安丸良夫・菅孝行『近代日本の国家権力と天皇制』
の知見を合わせて考える感じか
3考える名無しさん
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2021/11/02(火) 19:58:21.460
継続特集討論 歴史倫理学の展開に向けて 病としての天皇制 : 疑似一神教の倫理
https://ci.nii.ac.jp/naid/40021605936
4考える名無しさん
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2021/11/02(火) 20:02:26.590
スレ立てて頂いた方、乙
2021/11/02(火) 20:06:12.880
皆さんの思うところを知識を駆使して書き込んでください。宜しく。
6考える名無しさん
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2021/11/02(火) 20:45:28.840
天皇と対置されるのはイエス=キリストなのか、神そのものなのか
で話が全然違ってくる気がする。
7考える名無しさん
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2021/11/02(火) 21:18:02.830
明治から戦前の日本では一神教の神そのものとして扱われていたんだろうが、
戦後はせいぜい国父程度の扱いに落ちたと言えるのだろう。
プラトンは理想国家を描いたわけだが、戦前の感じだと日本でも、
プラトニックな国体がとりあえずは描かれていたのかなと思う。
8考える名無しさん
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2021/11/02(火) 22:07:32.280
>天皇と対置されるのはイエス=キリストなのか、神そのものなのか
このスレで仮定したのはモーセの《神》の方です。
9考える名無しさん
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2021/11/02(火) 22:15:33.380
日本が天皇とヤハウェが対置されるような国になると
とんでもないことになりそうだね。
2021/11/02(火) 22:47:47.330
丸山真男「日本の思想」

近代日本の基軸としての「國體」の創出
明治二十一年六月、枢密院の帝国憲法草案審議が天皇臨御の下に厳かに開始された日の劈頭に、
議長伊藤博文は憲法制定の根本精神について所信を披瀝し、つぎのようにのべた――

「憲法政治ハ東洋諸国ニ於テ曽テ歴史ニ徴証スヘキモノナキ所ニシテ、
之ヲ我日本ニ施行スル事ハ全ク新創タルヲ免カレス。
故ニ実施ノ後、其結果国家ノ為ニ有益ナル歟、或ハ反対ニ出ツル歟、予メ期スヘカラス。
然リト雖モ二十年前既ニ封建政治ヲ廃シ各国ト交通ヲ開キタル以上ハ、
其結果トシテ国家ノ進歩ヲ謀ルニ此レヲ舎テヽ他ニ経理ノ良途ナキヲ奈何セン……
欧州ニ於テハ当世紀ニ及ンテ憲法政治ヲ行ハサルモノアラスト雖、
是レ即チ歴史上ノ沿革ニ成立スルモノニシテ、其萌芽遠ク往昔ニ発セサルハナシ。

反之我国ニ在テハ事全ク新面目ニ属ス。
故ニ今憲法ノ制定セラルヽニ方テハ先ツ我国ノ機軸ヲ求メ、
我国ノ機軸ハ何ナリヤト云フ事ヲ確定セサルヘカラス。
機軸ナクシテ政治ヲ人民ノ妄議ニ任ス時ハ、政其統紀ヲ失ヒ、国家亦タ随テ廃亡ス……
抑、欧州ニ於テハ憲法政治ノ萌セル事千余年、独リ人民ノ此制度ニ習熟セルノミナラス、
又宗教ナル者アリテ之カ機軸ヲ為シ、深ク人心ニ浸潤シテ、人心此ニ帰一セリ。
然ルニ我国ニ在テハ宗教ナル者其力微弱ニシテ、一モ国家ノ機軸タルヘキモノナシ。
2021/11/02(火) 22:48:19.350
仏教ハ一タヒ隆盛ノ勢ヲ張リ、上下ノ人心ヲ?キタルモ、今日ニ至テハ已ニ衰替ニ傾キタリ。
神道ハ祖宗ノ遺訓ニ基キ之ヲ祖述スト雖、宗教トシテ人心ヲ帰向セシムルノ力ニ乏シ。」
(清水伸『帝国憲法制定会議』八八 頁)。

つまり、伊藤は日本の近代国家としての本建築を開始するに当たって、
まずわが国のこれまでの「伝統的」宗教が
その内面的「基軸」として作用するような意味の伝統を形成していないという現実を
ハッキリと承認してかかったのである。
(ここでは儒教のことが言及されていないが、それは儒教が伊藤の言った意味での宗教ではない上に、
統一的な世界像としての儒教思想は前述のようにすでにこの時までに解体し、
元田永孚すら認めていたように、個別的な日常徳目の形でだけ生きのびていたからである。
この個別的徳目としての儒教は元田と伊藤、井上らの「教育議」をめぐる論争を通じて
やがて教育勅語の中に吸収されたことは周知のとおり。)

自由民権運動との陰惨な闘争の記憶がまだ生成しい藩閥政府にとって、
「基軸」のない憲法政治の姿は想像をこえたおそるべきものと映ったであろう。こうして
2021/11/02(火) 22:48:45.760
「我国ニ在テ機軸トスヘキハ、独リ皇室アルノミ。
是ヲ以テ此憲法草案ニ於テハ専ラ意ヲ此点ニ用ヒ君権ヲ尊重シテ成ルヘク之ヲ束縛セサラン事ヲ勉メリ。
〔中略〕乃チ此草案ニ於テハ君権ヲ機軸トシ、偏ニ之ヲ毀損セサランコトヲ期シ、
敢テ彼ノ欧州ノ主権分割ノ精神ニ拠ラス。
固ヨリ欧州数国ノ制度ニ於テ君権民権共同スルト其揆ヲ異ニセリ。是レ起案ノ大綱トス」( 同、八九頁)

という結論が「憲法政治」の絶対の前提として確認されたわけである。
さきにのべた「開国」の直接的結果として生じた、国家生活の秩序化と、
ヨーロッパ思想の「無秩序」な流入との対照は、
ここに至って、国家秩序の中核自体を同時に精神的基軸とする方向において収捨されることになった。

新しい国家体制には、
「将来如何の事変に遭遇するも……上元首の位を保ち、決して主権の民衆に移らざる」
(「明二二・二・一五、全国府県会議長にたいする説示」、『伊藤博文伝』中巻、六五六頁)
ための政治的保障に加えて、ヨーロッパ文化千年にわたる「基軸」をなして来た
キリスト教の精神的代用品をも兼ねるという巨大な使命が託されたわけである。
このことが日本の「近代」にとってどんなに深い運命的な意味をもったかは、
戦後言い尽され「陳腐」になったように見えるが、
やはり、この問題に触れないで近代日本の精神史的なパターンを語るわけにはゆかない。
13考える名無しさん
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2021/11/02(火) 22:53:58.260
事実、(太平洋戦争の惨敗とか、
福島第一原発事故とか、財政破綻しそうなぐらいの財政赤字なのに少子高齢化とか)
とんでもないことになってるように見えますが?
ttp://blog.tatsuru.com/2021/10/27_0940.html
「撤退のために」2021-10-27 mercredi
14考える名無しさん
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2021/11/02(火) 23:00:04.860
まあ、戦前の日本では、
天皇が現人神じゃなくて唯一神レベルにまで尊崇されてた訳ではないわな。
15考える名無しさん
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2021/11/02(火) 23:02:01.490
薩長閥が無理して近代化を図ったツケは大きい。
2021/11/03(水) 21:44:16.060
耕論 貧困と「努力」 竹下義樹さん、藤田和恵さん、松沢裕作さん
朝日新聞 2021年11月3日

8月に著名人が生活困窮者を差別し、後に「頑張ってる人もいる」と謝罪しました。
貧困と「努力」とが結びつけて語られることで、何が起きているのでしょうか。

社会を縛る、江戸期の道徳 松沢裕作さん(歴史学者)
努力は必ず報われるとは限らない。その事実をみんな実はよく知っています。
では、報われるかどうかを努力と結びつけて考える傾向はどこから来たのでしょう。
歴史学の研究成果では、江戸期に発生した「通俗道徳」が参考になると思います。
故・安丸良夫氏が主張した学説です。
通俗道徳とは「人が人生で失敗したり貧困に陥ったりするのは、その人の努力が足りないからだ」
とする考え方です。江戸時代の後期に生まれたものとされます。
大事にされたのは、勤勉に働くことや倹約をすることでした。
努力する人が報われる社会が大事だとされる今の状況は、「通俗道徳のわな」にはまった状態に見えます。
人々がこの道徳を本当に意識したのは、それまであった助け合いや連帯の仕組みが壊れた時でした。
2021/11/03(水) 21:45:01.170
たとえば江戸時代には、村ごとに連帯責任を負わせる村請制がありました。
誰かが年貢を払えない時、村全体に負担させる制度です。
押しつけられた連帯であり、統治する側にとって都合のよい制度でしたが、一面では弱者が守られてもいました。
ただ明治期に入ると、その制度は消滅します。
人々は競争的な市場経済の場に投げ出され、財政基盤の弱い明治政府には福祉を行き渡らせる力がない。
他人を思いやる余裕が失われる中で、
「貧しいのはその人の努力が足りないせいだ」という通俗道徳が初めて強く共有されました。
今の日本の状況も、それと似ていませんでしょうか。
企業の福利厚生に頼っていた時代が終わり、
雇用が流動化して皆が自力で生きるよう求められる時代が始まっているからです。
18考える名無しさん
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2021/11/03(水) 21:45:44.040
>故・安丸良夫氏が主張した学説です
>>2さんが紹介してくれた人が出てる。
2021/11/03(水) 21:55:30.610
これは結局、日本の社会が未だに封建的なままだからではないか?
2021/11/03(水) 21:55:57.280
お前ら百姓だろう、跪け!跪け!跪け!
と叫び続けてペリー(啓蒙思想と共和制)の前で倒れた徳川封建体制の無内容

]組織、社会、国家、民族、ひいては人類『全体にとって何が正しいのか』を問うことを禁じ、
(権力者の)私的搾取を倫理的に正当化し(疑うことを禁じ)て従わせる世界が封建支配の世界である
(或る個が〔或る状況下で〕自分が生きるに都合の良い行為を弱い立場の〔その他の〕個に強制し、
且つその己の強制〔と受け入れ〕を正当化している状態である。
その状態では弱い立場の個の生存が
〔瞬時に、或いは或る程度の長期に渡って死に至るまで継続して〕否定されている。
これはその強制を受ける弱い立場の個に対し《死の恐怖》想起させる。
故に《死の恐怖》の原因となる強者の行為を避けるため
弱い立場の個は自ら進んで自己の生存欲求を抑止しなければならない)。
『何が正しいのか』が誰にも分らないような状態の中で、
互いに(その思い込みが衝突し)いがみ合い不信感を持つよう仕向けて置く、
ことによって団結して支配者側に歯向かって来ないようにする。
2021/11/03(水) 21:57:07.440
そして(物理的=身体的)恐怖とセットで(或る《偽りの論理》を《呪文》の暗示によって強要する=)
『これが正しい!』と思い込む(支配側がくり出す支配構図に進んで従う)よう強制する
(個人や集団に向けて《呪文》が呟かれると、彼らはパブロフの犬のように先ず《偽りの論理》が頭に浮かび、
直ぐに身体が恐怖で硬直するよう反応し《呪文》とそれを発した権力に歯向かえなくなる。
この直接的反応から脱するには、先ずは頭から思い込んでいる《前提》を疑う《自由な精神》、
次に、動かぬ事実とそれを基礎とした厳正なる数学的推論によって《偽りの論理》を突き崩し、
正しい理屈“に置き換える”ことだ。それによって身体を恐怖から解放する。
この方法論こそが〔デカルトがその著書『方法序説』で示した〕
西欧近代合理主義=啓蒙思想“の意味(意義)”なのだ。
これによって西欧は呪術祈祷の世界から脱し、
恐怖政治の絶対王政を倒して立憲主義の世界に進むことが出来た。
この二つはバラバラに偶然起こったのではなく、裏でつながっている。
2021/11/03(水) 21:57:35.690
人類が数学的合理性を獲得することによって
〔おぎゃあと生まれ落ちた個人が生育の過程で植え付けられた
親や親をとり巻く世間が強制してくる非合理的恐怖をバックとする似非論理を
(強力な数学的秩序形成力で押し返し)克服することにより〕実現出来たのだ。
故にフランス革命を推進した者らの中にはラザール・カルノー、コンドルセ、
ガスパール・モンジュのような数(理物理)学者が居た。
彼らは大砲製造や要塞の築城、火薬などの物資調達に活躍し、
大兵団を組織して適切に配置し動かす仕組みを考えた。
だから共和制フランスは、周囲の王制国家の傭兵部隊を
〔近代化した(兵器と組織力=)軍隊で〕蹴散らすことが出来た。
彼らは単に軍事力だけでなく、社会自体を近代化しようとしたので絶対王政は倒壊した。
尚、幕末の五稜郭はこうしたフランス革命期の土木技術によって造られている)。
2021/11/03(水) 21:58:03.210
俺たちが信じる《イメージ》(=創作された物語〔=例えば神話〕)に合わない
(逆らう)ような行動を採ってはならない。別の物語を語ってはならない。
我々の信じる《イメージ》が壊れるような事実を見つけ、理詰めで真実を暴露してはならない
(我々が提示する《イメージ》を分析してならない)。
という社会的な強制は(特に未開、或いは後進的な社会には)常にある。
自分たちが信じる《イメージ》を常に事実によってチェックし
(数学的に書き下された)真理によって書き換え(=訂正し)ようとする、
それが(デカルトとガリレイとニュートンによる)近代合理主義=SCIENCEの世界である。
2021/11/03(水) 22:01:44.810
耕論 貧困と「努力」 竹下義樹さん、藤田和恵さん、松沢裕作さん
朝日新聞 2021年11月3日

煽られた差別、敵は権力側 藤田和恵さん(ジャーナリスト)
 「頑張っている人もいる」という発言は、差別を扇動した人の謝罪としては0点です。
「頑張っているかどうか」を自分が判断できる、
選別する権利を自分が持っていると無意識に思っている。そんな傲慢さを露呈しています。
 一方で、一瞬そのひどさに気付かなかった自分もいました。
おそらく、この発言がなぜ良くないのか、すぐにはピンと来ない人は、他にもたくさんいると思います…
 この1年半、コロナ禍の貧困の現場を取材していますが、ほとんどの人が「自分が悪い」と言います。
雇い止めに遭うたびに寮から追い出されるため
路上生活を繰り返す男性は「責任は僕にある」と言いました。
「自分は能力がないから努力しないといけないんです」「そう思うことで、自分を鼓舞しているんです」、と。
「自分が悪い。だから自分が頑張るべきなんだ」という考え方です。
でも私は、頑張る前に、それは本当に自己責任なのかを考えるべきだと思っています。
25考える名無しさん
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2021/11/03(水) 22:02:25.930
 こうした「自分が悪い」「もっと頑張るべきだ」という考え方が他者に向く時、
「弱い立場の人が責め合っている」という構図で語られることがしばしばあります。
でも、そうした物言いはとても危険です。
 生活保護制度や利用者への差別や偏見は昔からありましたが、
社会全体でバッシングが強まったのは、
政治家やメディアなど「権力側」が発信したメッセージからでした。
芸能人の母親の受給が不正のように言われ、「ナマポ」というネットスラングを使う政治家も現れました。
そうして扇動された差別に、ネット世論が乗じた。
決して、弱い立場の人同士の分断から生まれたわけではありません。
 「弱い者がバッシングし合っている」と書くと、本当の「敵」が見えなくなってしまいます。
雇用形態の問題、住宅確保の支援が乏しい問題、賃金格差の問題、養育費不払いの問題――。
それぞれの当事者が直面しているのは、制度や社会の構造的な問題です。
その責任を誰が負うべきなのか。それを書かずに「分断」が
あたかも自然発生的に存在しているかのように書くことでほくそ笑むのは、
社会の構造に責任を負うべき「権力側」の人たちです。
26考える名無しさん
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2021/11/15(月) 08:12:54.470
加藤隆の『一神教の誕生』(講談社現代新書)はオススメ。
2021/11/18(木) 00:15:52.600
ご紹介頂き誠に有難うございます。
2021/11/18(木) 00:18:15.680
ttps://diamond.jp/articles/-/284327
なぜ株主はすぐ「ROE」と口にするのか
セミナー「三位一体の経営で、失われた30年を取り戻す」 3/9
中神康議2021.10.27 2:20

日本の実質賃金は30年間ずっと横ばいを続けている。
その裏で、日本企業はROAを維持するために
従業員への分配を減らしているというお寒い現実があるのをご存じだろうか。
経営者であり、同時に投資家であるという独特の経歴を持つ中神康議氏によれば、
ESG投資を語る前に、日本の企業経営を根本から見直さなければならないと指摘する。
2021/11/18(木) 00:18:51.800
ttps://diamond.jp/articles/-/284454
毎年2〜4兆円分の株を従業員に持たせる
GAFAから学べること
セミナー「三位一体の経営で、失われた30年を取り戻す」 9/9
中神康議2021.11.10 3:10

GAFAは年間2〜4兆円分の自社株式を従業員に譲渡している一方で、
日本企業は従業員の給料を犠牲にしてROAを維持している――。
そんな衝撃的な事実から、私たちは何を学べるだろうか。
2021/11/18(木) 00:20:31.400
30年敗け続けて今頃こんなことを言っている。
だが彼ら(日本の支配層)はかつて自分が冒した太平洋戦争の敗戦、
そして戦後の沖縄返還に絡めた日米貿易摩擦の帰結、という意味での経済敗戦の、
その損害を知らない間に国民に背負わせる、確信犯だったと思われる。
太平洋戦争の敗戦は
(日本国民の)誰の目にも明らかだったが一部のブラジル移民や小野田少尉にとっては明らかではなかった。
何故なら敗軍の将である昭和天皇が存命でその地位を追われず、しかも各地で拍手喝采されていたからだ
(それをラジオで聞いた小野田少尉は戦争継続を信じ、ジャングルで戦い続けたのだ。
今、日本国民の皆が〔日本の経済敗戦を知らされないまま〕《小野田少尉》になっているw)。
彼らは自分から仕かけて敗けた戦争、
その責任を自分の領土と人民(の労働力)とを旧敵に売り渡すことによってその本来の罪を免れた。
その典型例が、逃げ遅れた満州入植者らをソ連に引き渡したことだろう。
と同様、日本列島とその国民をアメリカに売り渡した(その状況を描いたのが大岡昇平「俘虜記」とのことだ)。
そして敗戦後、250倍のインフレによって戦争につぎ込んだ莫大な
(国民が払い込んだ税金や預貯金=)投資=国の借金をゼロ(チャラ)にした。
これは全て国民の犠牲によって賄われた。
戦争を仕かけて敗けた責任者ら(を含む職業軍人や徴兵された兵隊)
は国民の税金から総額60兆円の恩給を受け取ったが、
戦争被害者の国民は『国との契約が無い』としてびた一文も補償されなかった。
2021/11/18(木) 00:20:57.690
ttps://www.youtube.com/watch?v=xDDL2zTrpQw
[2018 6 25放送]藤井聡 あるがまま日本・京都 〜週刊ラジオ「表現者」〜(KBS京都ラジオ)
2018/06/25 対米従属文学論 文学から考えてみよう「ニッポン属国論」

ttps://www.youtube.com/watch?v=TmyOlzE1wE4
ttps://www.youtube.com/watch?v=TmyOlzE1wE4&feature=youtu.be&t=933
日米戦争 破局への道【CGS 茂木誠 超日本史 第30回】
2019/10/10

ttps://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1501550015/542-546
ttps://www.youtube.com/watch?v=F7_Gb3-L8sY
政府が考える医療崩壊の真の意味。国民のために存在しない医療システム。
広島PCR検査80万人への政府の露骨な嫌がらせ。
安冨歩教授電話出演。一月万冊清水有高。
2021/01/18
2021/11/18(木) 00:21:34.180
新聞と9条 軍備なき国 25 朝日新聞 2015年5月11日

「米国が沖縄を保有することにつき日本人に反対があるとは思えない。
なぜなら沖縄人は日本人ではなく、また日本人は戦争を放棄したからである」 
1947年6月27日、連合国軍最高司令官マッカーサーは、米国記者団に語った。
「沖縄に米国の空軍を置くことは……日本の安全に対する保障となろう」(中野好夫、新崎盛暉「沖縄戦後史」) 
マッカーサーの考えはこうだった。
――天皇制を維持しつつ、日本の軍国主義を解体するために憲法9条で日本を非武装化する。
日本本土の安全保障は、米軍の統治下にあるために日本の憲法の効力が及ばない沖縄の基地でカバーする。
9条と沖縄の基地は表裏の関係にあった。
2021/11/18(木) 00:22:32.270
新聞と9条 朝鮮戦争と再軍備 23 朝日新聞 2015年6月17日

1953年7月27日、朝鮮戦争は、共産軍(北朝鮮軍・中国人民義勇軍)と国連軍が休戦協定に調印した。
韓国は休戦を不満として調印を拒否した。
開戦から3年余。国連軍の死傷者は40万6千人、共産軍は189万7千人にのぼった
(国連本部発表、27日付朝日新聞)。

戦争中、日本製の武器やトラックが戦場に大量に送り込まれてくるのを朝日新聞の特派員、中村貢が目撃する。
「日本で、日本人の手で造られた兵器、弾薬がここではすでに共産側に向かって火を吹いている。
ジープはほとんど日本の工場で組立、または修理されたもの、完成年月日と工場名がはっきり刻んである」 
ある韓国人が中村に語る。
「日本はうまくやっている。われわれが血を流して苦しんでいるのに、特需、新特需でヌクヌクと復興してきた」 
中村は「相当親日的な人でも、最後にはこういう。……対日感情の根元はこんなところにある」と書いた
(52年11月16日付)。
朝鮮戦争の特需で日本経済は復興への足がかりをつかんだ。
2021/11/18(木) 00:23:26.030
同時に朝鮮戦争は、戦争放棄、戦力不保持をうたう日本国憲法にとって大きな試練となった。
朝鮮戦争が始まってすぐ、50年8月に発足した警察予備隊は、52年10月、保安隊に改組された。
憲法論議より先に、再軍備の既成事実が積み上げられた。
一方、法律学者の戒能通孝は、憲法と朝鮮戦争の関係を、次のように考えた。
「日本に軍隊がなかったことは、日本の参戦をくいとめるとともに、ソ連の参戦をもくいとめた。
いいかえればそれは戦場の局地化を可能にし、世界戦争をくいとめていたのである」
「憲法に向かって悪態をつくのは自由だとしても、日本に軍隊のなかったことが、
世界中の人々の生命をまもる理由の一つであったこと、絶対に忘れてはならないと私は確信するのである」
(法律時報59年5月号臨時増刊) 
憲法9条が日本の参戦と戦争拡大を阻んだ、と戒能はみた。
休戦成立時、7900万ドルだった日本の大手兵器メーカー十数社の砲弾受注が、
8月以降は1400万ドルに減った(54年1月17日付朝日新聞)。
今なお休戦状態は続き、分断は固定化された。
2021/11/18(木) 00:24:32.820
新聞と9条 朝鮮戦争と再軍備 24 朝日新聞 2015年6月18日

「日本の保安隊を最終的に35万人にするのが米国の構想である。
しかし、それを決めるのは日本の政府であり、国民だ」 
1953年7月13日、米国務長官ダレスが日本の再軍備につてい声明を発表した(14日付朝日新聞)。
当時の保安隊(陸上部隊)の定員は11万人。現在の陸上自衛隊の定員は15万1千人だ(防衛白書)。
同じころ、日本政府は、保安隊の任務について、従来の「内乱騒擾の鎮圧」に加え、
駐留米軍が担う「直接侵略に対する防衛」にもあたるような変更をする方針を決めた(20日付朝日新聞)。
背景には日米関係があった。
経済、軍事面で米国が日本を援助するのと引き換えに、日本に防衛力増強を義務づける「MSA協定」
(日米相互防衛援助協定など4協定の総称)の交渉が、15日から始まっていた。
日本政府や経済界は、朝鮮戦争の特需にかわる米国の援助を望んだ。
協定をまとめるには、保安隊の任務拡大が必要だった。
2021/11/18(木) 00:24:49.640
20日の「天声人語」は、こう述べる。
「単に保安隊の性格が変るどころの話ではなくて、
憲法に規定された日本の国家の性格までを一変することになりかねぬ」 
23日の朝日新聞社説は指摘した。
「保安隊を二十万にしようが三十万にしようが、それは戦力ではないというならば、
ほとんど無限大に防衛力を増強しうるし、
それでも憲法違反ではないから憲法改正の必要はないというならば、
憲法などはいらないのも同然である」…
2021/11/18(木) 00:25:46.890
塩川正十郎「岸信介 決意を断行するのが政治家である」 文芸春秋 2010年3月特別号

…その中で、先生が徹頭徹尾言われたのは、
「日本が孤立したら生きていけないよ。孤立したとき一番危ないんだ」ということだった。
日英同盟を破棄して、日本は苦しくなった。そこに昭和の恐慌が起き、事変を起こして満州へ向かった、
…日米安保について一番言われていたのは、
「みな軍事上の問題ばかり取り上げたが、
あれは単に防衛問題だけではなく、日本の経済復興の基礎を創るために非常に大切だったのだ。
日米の間に軍事的協定のみならず経済や文化等の面でも協力し合う必要がある、
という意見が日米双方から出てきた。
そこで私は、アメリカから産業の基盤となる技術や特許をどんどん入れてもらうこと、
そして、IMFやGATTといった国際機関での日本の地位をバックアップしてほしい、という了解をとりつけた。
同盟関係でなければ、こうした協力は得られない。
安保条約改定の騒動の際、そうした経済的な側面が顧みられなかったのは残念だ」ということだった。
そこで私が、「一番最初に特許として入ってきたのは何ですか」と尋ねると、
「ナイロンだよ」と即座に返ってきたのも覚えている。
2021/11/18(木) 00:26:24.440
海洋国家である日本の経済発展のために何が必要か、と考え、
造船、石油化学、製鉄といった産業の育成を大事にしたのも、忘れられがちであるが、
岸先生の重要な功績と言っていい。
そのためには、原料となる鉄鉱石や石油を、オーストラリアやインドネシア、
イランなどから引っ張ってこなくてはならない。
その工作に岸先生は、いわばアメリカを日本の保証人につけたのである。
岸先生が折に触れ、私たちを呼んでこんな話をされたのはどうしてなのか、と考えることがある。
そこで思い当たるのは、岸先生が、ことに戦前の記録をほとんど残しておられなかったことだ。
終戦後、A級戦犯容疑者とされた岸先生は、日記などご自身の記録をほとんど焼いてしまった、と聞いている。
だから、私たち次の世代に、語り伝えておきたかったのだろう。
2021/11/18(木) 00:27:17.020
ttps://www.youtube.com/watch?v=cBr9j0evjLY
「川崎航空機」東京シネマ1958年製作
2021/11/18(木) 00:29:11.500
そして戦後、一旦経済発展しながらバブル崩壊以降、
これと同じことが“長い時間をかけて”起こっている。その構図とは以下である。
朝鮮戦争の勃発によってアメリカは日本に最新技術を供与して、その後方(兵站)基地としようとした。
日本はその技術を学び、戦車やトラック、ジープの部品を作って戦争で壊れたそれらを修理した。
また、ジェット戦闘機のエンジンをメンテナンスした。
その技術は後に民生品に転用され、日米繊維摩擦(ナイロン)、自動車摩擦、半導体摩擦につながって行く
(その最終段階が正に『JAPAN AS NO1』であり、『NO!と言える日本』だろう)。
70年代に入ると佐藤栄作首相が沖縄返還を目論見、
その交換条件としてニクソン大統領に『繊維の輸出を抑える』と約束する。
ナイロンの特許は敗戦後、一番に日本に供与されていた。
日本はその特許を用いてアメリカに繊維を輸出していた。
一方、ニクソンの選挙区は日本からの繊維輸出で困っていた。
それで沖縄返還を認める代わり、
日本からの『繊維輸出を抑える』という密約がニクソン大統領との間で交わされた。
ところが佐藤首相はこの密約を日本側に伝えなかった。
それを知らない宮澤喜一通産大臣はキッシンジャーと交渉し、
キッシンジャーは『ペーパーが有るから』と伝えた。
2021/11/18(木) 00:31:30.650
それを聞いた宮沢大臣が佐藤首相に尋ねると『俺は知らない』としらを切り、
それでニクソンとキッシンジャーが『佐藤に裏切られた!』として激怒する。
その後も日本は日米自動車摩擦、半導体摩擦とアメリカ由来の技術で作った製品により、
ベトナム戦争で(軍需品の製造で)手一杯のアメリカ(民生品市場)に殴り込みをかけた。
それでニクソンとキッシンジャーが打った手が、中国と和解してベトナム戦争を終わらせることだった。
ニクソンは突如中国を訪問し、周恩来と和解する。
そして�ケ小平に《中国近代化》を約束し、�ケ小平はアメリカに《改革開放》を約束した。
こうして戦後『奇跡』と言われた日本の発展は終焉した。
そして85年にはプラザ合意が結ばれ、日本はその後、未曾有の円高に見舞われる。
日本が稼いだ莫大な貿易黒字は円高とバブルを生み、それは崩壊して莫大な不良債権が築かれた。
当初の不良債権は2兆円と見積もられた。宮澤喜一首相はそれを処理しようとしたが、
景気が戻れば不良債権は消滅するとした〇〇省がそれを止めさせた。
ために、その後その不良債権は100兆円に膨らんだ。その処理(ゼロ金利政策と借金返済)
に十数年をかけている内に円高とデフレが進み工場は海外に出て行った。そして優良な雇用は失われた。
戦後の日本は経済力を使ってアメリカに(経済)戦争を仕かけたが、
アメリカが共産中国と和解してそこに技術提供し、
産業の中国・アジアシフトと円高により日本は(経済)敗戦した。
という構図と現実を、日本の支配層は日本国民に説明しなかった。
2021/11/18(木) 00:35:23.650
何故バブルが起こり、それは必然的に崩壊したか、
それをあたかも(人為的に対応不能な)自然現象であるかに説明しようとした(例えば、宮崎義一「複合不況」)。
日本国民は耐え忍ぶ以外の方法を知ろうとしなかった。また、御用学者が現実を知らせなかった。
知らせたら、日本の支配層が(敗戦後アメリカに救われたのにその)
アメリカに喧嘩を売り、自国を窮地に追い込んだことがバレるからだろう。
彼らは自分らの失策を国民には知らせず、(責任を自分で被らず)その損害だけを国民に付け替えようとした。
その典型こそが法人税の段階的な引き下げと消費税の段階的な引き上げだろう(?)。
経済戦争を仕かけて敗けたにも拘わらず、主要な日本の大企業、その国際競争力を維持するため、
下請けの利益圧迫、それを相殺するための(預金者の犠牲による)ゼロ金利、労働者の賃金低下、
非正規雇用の増大、雇用の海外移転が行われた。そしてバブル崩壊以降90年代から今に至るまで、
経済学者は《何故日本にこのような現象が起こっているのか》を説明しなかった。
全てを(英米による)グローバル化の責任に転嫁し続けたのである(と推論する)。
2021/11/18(木) 00:43:26.970
會田雄次「日本への遺言」新潮45 1995年4月号
「不安の戦前、絶望の戦時、嫌悪の戦後」

>収容所に入れられ強制重労働を宣告された仲間の兵隊たちが、
>しばらくして一応生命は無事、本国帰還もそのうち許されるだろうと思えるようになると、
>日本はどうなるのか、アメリカ軍、イギリス軍が占領しているらしいが
>家族たちはどういう生き方をしているのかを知りたがり、
>ヨーロッパ専門家のはずの私に、アメリカがどうするだろうかなどをしきりに問いただすようになった。
>やっと多少は精神的ゆとりもできた私も、このとき生れてはじめてまじめに、日本はどうなるのか、
>自分はそこでどう生きるべきかなどを考えるようになった…
2021/11/18(木) 00:44:08.590
>米英軍が日本を占領しているが、何とその総司令官はコレヒドールからまんまと脱走、
>至って詰めが甘かった日本軍の鼻を明かした
>あのフィリッピンのアメリカ軍司令官だったマッカーサーという野郎ではないか。
>かれによって日本の首相に任ぜられているのが吉田茂、
>たしかイギリス大使をやっていたいわゆる親英米派の男。
>その役割はドイツ軍占領下のフランスのペタン元帥のような面従腹背であるはずだ。
>国民は飢餓状態だが、アメリカ軍によって暴動などは弾圧、一応の社会秩序を保たれているようだ。
>しかし泥棒は横行するしストやデモも盛んなようだ…
>ビルマでも捕虜を虐待したとか殺したとかいうので憲兵隊や千葉の鉄道連隊を中心にかなりの将校、
>下士官などがつかまり、裁判を受け、ラングーンの中央監獄でもずい分と絞首刑になっている…
>日本でも極東軍事裁判とかが開かれ東條首相など戦時中の最高権力者をはじめ
>やはり捕虜虐待などで将校から兵士までが投獄されたり死刑になったりしている…
>戦時中の日本の指導層に対する抑圧や処分も当然行われているだろう…
2021/11/18(木) 00:45:15.940
>こういったところが、私の戦後日本の推定だったのだが、何分情報が不足で理解できぬ点も多かった。
>その最大のものが天皇が健在、その地位も安泰らしいという点だった

>たしかに私たちは歴史の具体的経過についての細かい情報を欠いたまま考えた、
>いわば基本的要件から抽象的に当然そうなるだろうという結果を推定したのだが、
>むしろそれ故にそれは歴史の常識上、そうなるのがふつうであり、自然であり、当然であって、
>そうならなかった日本の特殊な歴史的条件の方が、いわば歪んで居り狂っていたといえるのではないか。
>戦後日本の歪みもそこから来ていると思うからだ。
>帰還後も私は基本的にはそういう立場に立ってこの戦後五十年を、もし日本が、
>地獄の底から独立を回復、自主自立のふつうの国の再建という道を歩んでいるなら、
>漸次この歪みは解消されて行くはず、そういう期待を以て生きて来た。だがすこしもそうはならなかった。
>歪みはむしろ極端化して行く一方、しかも多くの人はそのことに気がついていない…

>私がまず判らなかったのは、天皇が健在、その地位も安泰で、どうやら日本を巡幸、
>各地で大歓迎を受けて居られるらしいということであった。
>これほど徹底的敗北を喫した国の君主は、退位はもちろんのこと、蒙塵、
>ときには国内で革命がおこり処刑されてしまうこと世界史上の法則といってよい結果である。
2021/11/18(木) 00:46:07.210
>不思議な縁で親しくなった、例のルバング島の小野田寛郎少尉が私に語ってくれたのは、
>自分が日本がずっと交戦中と誤認したのは、ラジオを聞いても
>天皇が健在で国内巡遊中ということはさずがの米英の宣伝報道でも否定できぬ事実のようだ。
>負けたとしたらそんなことはあり得ない。そう思ったためだということだった。
>あのブラジルの日本人のいわゆる勝組の誤認もこの点が一つの大きな原因であった

>この天皇が責任を問われなかったことと、
>アメリカが戦争犯罪裁判を正義の名において強行したこと、
>さらには公職追放といった無法なみせしめ処分を広範囲に行ったことが相乗効果となって、
>戦時の指導者に対し、敵国側からでなく、当の日本国民側からの戦争責任でなく
>敗戦の責任が一切追及されなかったことは日本の致命的な禍となったといわなければならない…

>国土を焦土と化し、部下や国民をこれほど殺して惨敗、これほど屈辱を国民に課した以上、
>例えば陸海軍の軍人の将官などことごとく処分されて当然だろう…
>だが、せめてしかるべき筋からしかるべき意見が出て当然なところ、
>それさえ全くといってよいほどなかったのである
2021/11/18(木) 00:48:05.420
ttps://mevius.5ch.net/test/read.cgi/seiji/1517566115/233-237
豊下楢彦「昭和天皇・マッカーサー会見」2008年

まず、「不平等条約」と言われる旧安保条約の内容はいかなるものであったの…か。
何よりも、日本には米軍に基地を提供する義務があるが、
米軍の日本駐留はあくまでも権利であって米軍には日本防衛が義務づけられていない。
しかしその一方で、米軍には日本の「内乱」に介入する権利がある。
さらに、「極東条項」がおかれ、米軍は「極東における国際の平和と安全の維持に寄与」するという、
国連憲章の裏づけもないあいまいな目的のために日本の基地を利用することができる。
しかも、その基地については、提供地域が特定されない「全土基地化」の権利が米軍に与えられている。
また裁判権の問題にかかわって、米軍には事実上の「治外法権」が保障されている。
最後に、この条約には有効期限が設定されておらず、
その失効には米政府の承認を必要とすると規定されているのである。

昭和天皇の側近達は、朝鮮戦争の帰趨と天皇制の将来を直結させて、深刻きわまりない危機感を抱いていた…
つまり、彼にとって「朝鮮有事」とは「日本有事」であり、そして「天皇制の有事」であった。
この点で、「大陸の政治動乱がわが島国を直接に脅かさなかったことは歴史の事実」との…判断を背景に、
「朝鮮有事」と「日本有事」を峻別した吉田とは情勢認識を大いに異にしていた…
昭和天皇の側にあっては、朝鮮戦争で米軍が苦境にたつならば、
それはソ連による直接侵略が国内共産主義者による間接侵略かはともかく、
「革命」と「戦争裁判」と天皇制の打倒につながるものと看做されていたのである。
2021/11/18(木) 00:48:23.980
この未曽有の危機を救えるのは米軍以外にないという結論に至るのは、きわめて自然の成り行きであった…
従って、吉田が基地提供という「根本方針」でいささかなりとも“動揺”を示すことは許しがたいことであり、
ましてや、基地提供を交渉カードに使うといった発想それ自体が認められないことなのである。
つまり、日本の基地提供と米軍駐留は、天皇制の死守をはかる昭和天皇にとって絶対条件となったのである。
こういう昭和天皇の立場にたてば、日本はあくまで無条件的に米軍駐留を「希望」「要請」し、
基地の「自発的なオファ」に徹しなければならない…それこそが、安保条約の「根本趣旨」なのである。
さらに「内乱条項」は、きわめて重要な位置を占めていたであろう。
こうして、皮肉な表現を使うならば、「国体護持」を保障する安保体制こそが、
「独立」を果たした日本の新たな「国体」となったのである。
2021/11/18(木) 00:51:25.870
豊下楢彦「昭和天皇・マッカーサー会見」2008年

しかし天皇は、第九条にも国連にもおよそ期待をかけていないかのように、
「日本ノ安全保障ヲ図ル為ニハ、
アングロサクソンノ代表者デアル米国ガ其ノイニシアチブヲ執ルコトヲ要スルノデアリマシテ、
此ノ為元帥ノ御支援ヲ期待シテ居リマス」と、米軍による日本防衛の保障を求めた。
そこでマッカーサーは、「米国ノ根本観念ハ日本ノ安全保障ヲ確保スルコトデアル。
此ノ点ニツイテハ十分御安心アリタイ」と答え、具体的な軍事戦略上の問題に議論をすすめたが、…
奥村の記録はここで切除され、後半部は破棄されている…

実は両者は四六年一〇月一六日、新憲法発布の三週間ばかり前に行なわれた第三回の会見ですでに、
天皇が「戦争放棄を決意実行する日本が危険にさらされる事のない様な世界の到来を、
一日も早く見られる様に念願せずに居れません」と第九条に懸念を表明したのに対し、
マッカーサーが「戦争を無くするには、戦争を放棄する以外には方法はありませぬ」と、
第九条の意義を強調する議論を交わしていたのである…
以来およそ半年を経て天皇は、事実上第九条に代わる日本の安全保障のあり方、
つまりは米軍による防衛の保障をマッカーサーに求めた訳であった。
2021/11/18(木) 00:52:15.890
それにしても、わずか一年九カ月前まではアジア・太平洋諸国を「危険にさらしていた」国の「象徴」が、
その償いも何ら果たしていない段階で、しかも戦争放棄の第九条がなぜ求められることになったのか
という歴史的な経緯もほとんど認識されていないかのように、
ひたすら自らの国が「危険にさらされる」ことのみを考え、アジアや世界に眼を向けることもなく、
もっぱら占領者のアメリカに「安全保障」を求めるという発想方法には、ただ驚かされる…
否、むしろ天皇のこのような発想こそが、戦後日本の歩みをそれこそ“象徴”しているのかもしれない…
2021/11/18(木) 00:57:21.070
ttps://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1501550015/841-845
戦前と戦後、日本の歴史と経済が持つアナロジー
2021/11/18(木) 01:12:00.120
「知日派」の提言 過去と未来 自画像描くべき時 「風」 立野純二 ワシントンから
朝日新聞2012年8月27日

ワシントンの有力シンクタンク・戦略国際問題研究所の会議室。
壇上に並んだ「知日派」の元政府高官らが発したメッセージは明解だった。
米国との同盟を強め、「世界の一等国」の座に留まるか。それとも、同盟を漂流させ二等国に落ちるか。
日本はその重大な岐路にある――。
元国務副長官リチャード・アーミテージ氏と、
ハーバード大学教授ジョセフ・ナイ氏の重鎮2人の名を冠した政策提言書が発表されたのは、8月15日。
「この日に発表するのは決して偶然ではない」とアーミテージ氏は語った。
太平洋を隔てて戦った両国が今や、
アジアの安定を守る最大のパートナーという歴史の「進展」を強調したかったらしい。
だが大方の日本人の胸中には逆に、今も続く戦勝国と敗戦国の歴史の「影」がよぎったのではないか。

戦後67年、日本は実利追求の対米外交のみを機軸としてきたゆえに、
自らの国の姿を定義する根幹の作業まで忘れてしまったのではないか。
旧ソ連の弾圧をくぐった作家ソルジェニーツインは「収容所群島」でロシアの格言を記している。
「過去にこだわる者は片目を失う。過去を忘れる者は両目を失う」
あの戦争は何だったのか。韓国、中国、アジアとの過去と未来をどう描くのか。
米国にことごとく解答を用意してもらう外交はもはや卒業すべきだろう。
真の二等国とは、自画像さえ描けない国のことだと私は思う。(アメリカ総局長)
2021/11/18(木) 01:13:45.020
>元国務副長官リチャード・アーミテージ氏と、
>ハーバード大学教授ジョセフ・ナイ氏の重鎮2人の名を冠した政策提言書が発表されたのは、8月15日。
>「この日に発表するのは決して偶然ではない」とアーミテージ氏は語った。

10年経っても自画像を描けない社会・・・いや、一層、ぼやけている社会・・・
54考える名無しさん
垢版 |
2021/11/18(木) 16:39:21.430
プラトン的政治的節制、禁欲がないといけないということなのかなあ。
55学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/11/18(木) 18:53:42.170
無理な禁欲は無理なね。我慢しすぎて後悔して年下女性に種漏れてる。
56学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術医師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/11/18(木) 18:54:23.630
毎日あることが大事じゃないか。夫婦の営み。一人のほうが漏れるわ。
57学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術医師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/11/18(木) 18:54:52.560
プラトンアリストテレス他も怪しいという意味。
58学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術医師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/11/18(木) 18:55:51.320
哲学界にも粛清が必要。出版物から論文人事まで破棄しておけ。
地獄でも天国でも。煉獄へゴー。
59学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術医師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/11/18(木) 18:56:16.810
煉獄から処理することだよ。
60考える名無しさん
垢版 |
2021/11/27(土) 17:18:23.580
age
2021/11/27(土) 23:38:08.390
春名幹男「日米密約 岸・佐藤の裏切り」文芸春秋2008年7月号

日本とアメリカの間には闇の部分がある。闇に包まれているのが密約である。
戦後、交わされたとされる「三大密約」は、
いずれも「核兵器」、「有事」に関するもので、日米安保の根幹にかかわっている。
まず一九六〇年の日米安全保障条約改定時に交わされた。

�@ 核兵器搭載艦船の寄港を認めた密約 
�A 朝鮮半島有事の際「事前協議」なしに在日米軍基地から出撃できると認めた密約 
�B そして、一九六九年十一月、沖縄返還で合意した際に交わされた、�B沖縄返還後、

極東有事の際に核兵器の再持ち込みを認めた密約 である。
いずれも、いまなお外務省当局はその存在を全面否定し続けている。
もし日米両政府が、密約の存在を認めてしまうと、
これまで主張してきた、有事の際の「事前協議制」「非核三原則」などの原則との整合性がとれず、
日本外交の矛盾が一気に顕在化する恐れがあるからだ。
三大密約が存在することを示す文章は、これまでにも発見され、日本のメディアも報じてきた。
しかし、密約文書の本文そのものが発見されたことはなかった。
2021/11/27(土) 23:42:05.740
佐藤−ニクソン密約のシナリオ
このほど、筆者はついに、ミシガン大学内にあるフォード大統領の公文書を収めた大統領図書館で
�Aの「朝鮮半島有事の際の在日米軍基地使用に関する密約」の本文を発見した。
三大密約の本文そのものが見つかったのは、これが初めてである。
この新発見文書を紹介するとともに、新たな取材によって三大密約が結ばれた「現場」に迫り、
密約外交とは何か、それが現在の日米関係にどのような影響を与えているかを明らかにしていきたい。
63考える名無しさん
垢版 |
2021/11/27(土) 23:45:05.750
そもそも、天皇ってアメリカ合衆国の本土を訪問したことあったっけ?
2021/11/27(土) 23:46:02.530
密約本文ではなく、「案文」が漏れたことは過去にもある。
�Bの「沖縄返還後の核再持ち込みに関する密約」について、
当時、沖縄返還交渉で佐藤栄作首相の私的な密使を務めた若泉敬氏が、
著書『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』(文芸春秋)で明らかにした。

日米密約観の違い
「沖縄核持ち込み密約」の経緯をみていくとき、
興味深いのは佐藤栄作首相の「密約」に対する考え方だ。
佐藤首相は沖縄返還交渉にあたって、
当初から、密約を結んでも構わない、という態度で臨んだわけではなかった。
むしろ佐藤首相は、兄、岸信介首相が安保改定の時に交わした密約
(三大密約の�@、�Aにあたる)について漠然と聞いていたらしく、
日米間の密約外交には嫌悪感すら抱いていたのである。
�@の「核兵器搭載艦船の入港に関する密約」に関して、佐藤首相は
「どうも岸内閣のとき、そういうものが若干あったらしいんだな、よくは知らんけど」と若泉氏に話している。
後に詳しく述べるが、�Aに関しても佐藤首相はアメリカに否定的な態度を示している。

では、佐藤首相は自ら結ぶはめになった「密約」について、どのように考えていたのか。
それをよくあらわすやりとりを、若泉氏は書き残している。
最終的にニクソン大統領と密約を交わすことになって、
日米首脳会談に出発する約十日前、若泉氏は佐藤首相に会った。
密約は首脳二人がイニシャルだけサインし「絶対に外部には出さず、……
ホワイトハウスと首相官邸の奥深くに一通ずつ、極秘に保管する」ことでどうでしょうか、と念を押した。
2021/11/27(土) 23:47:27.350
佐藤首相は「向こうは絶対、外部には出さんだろうな」と問い返し、
若泉氏が「それは、大丈夫です。強く念を押し、確認してきています。
心配なのは、むしろ、こっちですよ」と答えると、
「それは大丈夫だよ。愛知(揆一外相)にも言わんから。破ったっていいんだ。一切、言わん」と
あまりにも乱暴な物言いをしたので、若泉氏は驚いたという。
佐藤首相は「要するに君、これは肝(ハラ)だよ」とも言った。

つまり、佐藤首相は、
「密約」を、総理大臣の個人的責任で窮地を凌ぐため腹芸で交わすものだと認識していた。
そのため、外務大臣にも伝えていなかった。しかも、後継首相にも「密約」を引き継いでいない。
これは安保改定時に�@、�Aを結んだ岸首相も同様であった。
日本側は密約は個人対個人のものと捉えていたのである。

しかし、アメリカは「密約」に対し、まったく違う認識を持っていた。
「密約」は決して大統領の個人的判断などではなく、
あくまでも組織として機関決定し、政府対政府が取り交わすものであり、
政権が変わっても受け継がれる、と考えているのである。
2021/11/27(土) 23:48:35.270
>佐藤首相は「向こうは絶対、外部には出さんだろうな」と問い返し、
>若泉氏が「それは、大丈夫です。強く念を押し、確認してきています。
>心配なのは、むしろ、こっちですよ」と答えると、
>「それは大丈夫だよ。愛知(揆一外相)にも言わんから。破ったっていいんだ。一切、言わん」と
>あまりにも乱暴な物言いをしたので、若泉氏は驚いたという。
>佐藤首相は「要するに君、これは肝(ハラ)だよ」とも言った。
>つまり、佐藤首相は、
>「密約」を、総理大臣の個人的責任で窮地を凌ぐため腹芸で交わすものだと認識していた。
>そのため、外務大臣にも伝えていなかった。しかも、後継首相にも「密約」を引き継いでいない。
>これは安保改定時に�@、�Aを結んだ岸首相も同様であった。
>日本側は密約は個人対個人のものと捉えていたのである。
>しかし、アメリカは「密約」に対し、まったく違う認識を持っていた。
>「密約」は決して大統領の個人的判断などではなく、
>あくまでも組織として機関決定し、政府対政府が取り交わすものであり、
>政権が変わっても受け継がれる、と考えているのである。
2021/11/27(土) 23:50:55.080
佐藤栄作首相はニクソン大統領と沖縄返還で協議していた。
それで沖縄を返す代わりに日本の繊維輸出を抑えることで密約を交わしていた。
だが佐藤首相がその約束を果たそうとしなかった。それでニクソン大統領側が激怒した。
佐藤首相はアメリカ側から『二枚舌』と言われて徹底的に嫌われた。この話は有名だ。
もう一つ、アメリカは(ベトナム戦争を終わらせるため)
中国と和解しようとした。だがそれを察知した日本側が先回りして中国と国交回復しようとした
(この日中国交回復は、これまで田中角栄首相が実現させたものと思われて来たが、
これも佐藤栄作首相時代に計画されていたと、佐藤氏の秘書官がNHKの番組で暴露した)。
というわけでこの《アメリカを出し抜く日中国交回復》にもニクソン側が激怒した。
戦犯を見逃してやった上に
戦後復興も助けてやったのに『日本の野郎は我がアメリカを裏切った!』と。
というわけで、ここから日本の凋落が始まった(と考える)。
2021/11/27(土) 23:51:58.730
かみ合う米中の世界戦略 接着剤の「日本の脅威」
【ワシントン1日共同】 2002-07-01

一九七一年十月のキッシンジャー米大統領補佐官と周恩来・中国首相の会談録は、
冷戦時代の米中両国が「ソ連」と並んで「日本経済」を共通の脅威として認識し、
米中接近の接着剤として位置付ける様子を浮かび上がらせている。

キッシンジャー氏、田中元首相をジャップ
ニクソン米大統領の中国訪問など
70年代の米外交政策を主導したキッシンジャー大統領補佐官(後に国務長官)が72年夏、
田中角栄首相が訪中して日中国交正常化を図る計画を知り
「ジャップ(日本人への蔑称)」との表現を使って
日本を「最悪の裏切り者」と非難していたことが、26日までに解禁された米公文書で分かった。
キッシンジャー氏の懐疑的な対日観は解禁済みの公文書から既に明らかになっているが、
戦略性の高い外交案件をめぐり、同氏が日本に露骨な敵がい心を抱いていたことを明確に伝えている。
日米繊維交渉などで険悪化した当時の両国関係を反映しており、
70年代の日米関係史をひもとく重要資料といえる。
文書はシンクタンク「国家安全保障公文書館」が国立公文書館から入手。
26日の公表前に共同通信に閲覧を認めた。
ハワイで日米首脳会談が行われた72年8月31日付の部内協議メモ(極秘)によると、
キッシンジャー氏は部内協議の冒頭で
「あらゆる裏切り者の中でも、ジャップが最悪だ」と発言した。
2021/11/27(土) 23:52:36.720
米中会談録の要旨 【ワシントン1日共同】 2002-07-01
一九七一年十月二十二日に行われた周恩来・キッシンジャー会談の
日本関連部分の会談録要旨は次の通り。

「周恩来首相」:
ものの見方が狭く、とても変わっている。島国の国民だ。

「キッシンジャー補佐官」:
中国は伝統的に普遍的な視野があるが、日本は部族的な視野しかない。
日本人はほかの国民がどう感じるかに何の感受性もない。

「周恩来首相」:
日本は第二次大戦の賠償も払わず戦争から利益を得た。
経済拡大は軍事拡大につながる。米国は日本を今の状態に太らせた。
2021/11/27(土) 23:53:02.450
「キッシンジャー補佐官」:
日本を経済的に発展させたことを今は後悔している。

日本が米軍撤退を希望すればいつでも出ていく。日本が自主防衛すれば周辺の国にとって危険だ。
米国は米国のために核兵器を使うより日本のために使う可能性は実際は少ない。
米軍が撤退すれば、日本は平和利用計画で得た十分なプルトニウムで核兵器を造ることもできる。
日本が大規模な再軍備に走るような事態になれば伝統的な米中関係が再びものを言う。
米国は日本の拡張を抑えるために、他国と協調しできることをする。
日本についてわれわれは同方向の利害を持つ。
2021/11/27(土) 23:56:19.550
戦後日本のターニングポイントは、個人的にはベトナム戦争が終わった時点ではないかと思う。
それはニクソン大統領とキッシンジャー補佐官が周恩来と和解したことに始まる。
オレが小学生のころは学生運動が未だ続いていた。
うろ覚えだがテレビでも大学教授や評論家などがよく座談会で、
『如何に日本の役所という組織がダメか』『如何に日本の軍隊という組織が酷いか』
(古参兵が新兵を殴るなどの制裁で多くの兵隊が自殺した、など)
が、これでもかというくらいに語られていた。
それが変化して来たのが70年の大阪万博辺り?からだろうか。
日本が奇跡の経済発展をして、それをマネジメントした?日本人、
特に官僚や財界といった支配層の優秀性が語られ始めた。
浅間山荘事件で革命を叫んだ者らが自滅して学生運動はフェードアウトした。
それで80年代に入るとエズラ・ボーゲル氏の『JAPAN AS NO1』が出て、
それまでの『勝てっこない戦争で敗戦したダメダメな日本と日本人』という自画像が、
『世界一優秀な日本人』に180度変化した。
85年のプラザ合意で一瞬狼狽えたが、そこからバブルまで一気に進行した。

しかし後にバーガミニの『天皇の陰謀』を読んで、
この社会の雰囲気を転換させる《キャンペーン》も、天皇側から仕かけられたものだということを知った。
2021/11/27(土) 23:56:57.070
NHK特集「警世」松下幸之助と日本経済 1975年9月12日放送

だいたいその、戦後30年というものはね、
高度成長にねぇ、経済が発展してきましたわなぁ、復興といいますかね。
それはその通りに違いはないけれども、それはやはり外国のね、
援助、というものによってね、やったわけですわな。
だからね、日本のね、国民の自力によって、戦後の復興したんやないんですね。
結局、30年間の間には、そのー、自力更生というようなことを言う人も有りますけども。
僕らが考えるのにね、その、3年も4年もね、戦争して負けたと、
普通であれば、昔であればね、
その、民族が奴隷になったり、或いはつまり要するに非常にね、苦しみを味わいますわな。
ところが日本は戦争に負けたその日からね、救済されてるでしょう、早く言えば。
まあ一つその、技術もあげましょうと、ねぇ、
まあ一つ食べ物も、まあ一つ援助しましょうと、政治の方も教えましょうと。
そういう結構なねえ、負け方というものは無いでしょう、昔からずっとねえ。
だからねえ、あれだけの大きな不幸なことをやってね、外国に対して。
罰せられていないんです、要はね。そこにそもそも甘えがあったわけですわな。
その甘えが積もり積もってね、それで今日そのつけを払わなくてはいけなくなったわけですわな。
30年のつけを今支払いせんならんという状態ですな。そう考えますな。
2021/11/27(土) 23:57:23.520
(戦後の混乱期)あの時分は物資に不自由したわけです、早く言えば。
家が無い食べるものも無い、着るものも無いと。非常に困窮したわけです、物資に。
しかしその時には精神というものはまだしっかりしたものがあった。
日本の、日本人としての精神があった。今は精神的な貧困を持っているわけですな。
国民の考えが一致しないです、みんなお互いにね、精神的なエゴというか、そういう考え方が強いですな。
そこで、これからは精神的なエゴとエゴが衝突して国民がバラバラになってきたと。
そこから今度はものを失うという状態にまでなってきたわけですわ。
戦後30年にしてね、ようやく日本はね、精神的な敗北をしたんですな、早く言えば。
そういう感じがしますな。それは日本のね、持てる精神ですな。
日本人の古来のね、そういういいものが有るとするならば、
その精神的に良いものは30年かかって腐食された訳ですな。という人も沢山おりますな。
僕もそう聞くとそうだという感じがしますな。だからね、精神復興せなあかんですよ。
「精神復興」即それは日本の本当の復興でんな。
だって、政治も経済もそれから(出たところ)が本当にある訳ですな。
2021/11/27(土) 23:57:48.990
>戦後30年というものはね、
>高度成長にねぇ、経済が発展してきましたわなぁ、復興といいますか
>それはその通りに違いはないけれども、それはやはり外国のね、
>援助、というものによってね、やったわけですわな。
>だからね、日本のね、国民の自力によって、戦後の復興したんやないんですね。
>僕らが考えるのにね、その、3年も4年もね、戦争して負けたと、
>普通であれば、昔であればね、
>その、民族が奴隷になったり、或いはつまり要するに非常にね、苦しみを味わいますわな。
>ところが日本は戦争に負けたその日からね、救済されてるでしょう、早く言えば。
>まあ一つその、技術もあげましょうと、ねぇ、
>まあ一つ食べ物も、まあ一つ援助しましょうと、政治の方も教えましょうと。
>そういう結構なねえ、負け方というものは無いでしょう
>だからねえ、あれだけの大きな不幸なことをやってね、外国に対して。
>罰せられていないんです、要はね。そこにそもそも甘えがあったわけです
2021/11/27(土) 23:59:37.970
ttps://www.youtube.com/watch?v=mQFWsOR872A
周恩来キッシンジャー米中秘密会談 2010/10/16

周恩来:では、そろそろ日本についての話をしましょう。今の日本をどうみていますか?

キ:では、私たちアメリカの日本観を率直に披露しましょう。
まあ、アメリカ政府にはこれといった統一見解は有りませんが、
ここ何年か、ホワイトハウスで支配的な見解を伝える事としましょう。
貴方たち中国を比較対象として日本を観察している事を、まず許して欲しいのですが
中国が、歴史的で普遍的な視野を持つのに対して日本は、とても部族的な視野しか持ってませんね。

周恩来:そうですよね。日本はとても視野が狭くて、変り者です。
まあ、島国人間の特徴でしょうね。イギリスも一緒です。

キ:いやいや、日本はイギリスとも違いますよ。
日本は自分たちの事を「世界でも変わった特別な存在」と思っており
自分たちの基本は残しつつ、何でも取り込んで自分たちに合わせて吸収しようとします。
ですから日本は、急激な変化にも簡単に対応できるんですよ。
日本は、たった3年で封建主義から帝国主義に変わりましたし、
この前は、たった3ヶ月で帝国主義から民主主義に変わりました。

周恩来:そうして今は、もう一回帝国主義に変わろうとしている…
2021/11/28(日) 00:00:47.950
周恩来:ところで貴方は天皇に会った事がありますか?

キ:前にアラスカで会いましたよ。

周恩来:何を言っているのかよく解らない事はなかったですか?

キ:そうですねえ…意味の解らない事を言っている訳ではないのですが、
何を伝えたくて話しているのかはよく解りませんでしたねえ。
これは別に貴方たちに情報を漏らしたくないから言葉を濁している訳ではないですよ。

周恩来:それは良く解っています。

キ:日本人は自分たちが、文化的にみんな同じなので自分たちと違う文化に対して、とても鈍感なんです。
他国や他民族に対する理解の欠落が日本との交渉を、とても困難なものにさせている。
私たちも、貴方たちもその被害者ですよ、本当に。
日本と分かり合えて協力関係を築けると本気で考えている人たちは無知としか言いようがない…
日本の経済発展が後々重大な事態を引き起こすというのは私も貴方と同じ見立てです。
私は日本に対して愚かな幻想を全く抱いていません。
そうした幻想を抱いている人たちは後で後悔するだろうと思っています。

貴方は先ほど「日本に中立化して欲しい」と言いましたが
米国・ソ連に次ぐ世界第3位の工業大国が中立化したらどういう事になると、考えているのですか?
「中立」と言えば、ベルギーのように緩衝地帯として、周辺の大国が中立化させるのか
スイスやスウェーデンのように重武装化して自主的に中立化するのか、どちらかです。
まあ、日本が中立化するのであればどう考えても、後者の方でしょうねえ。
そんな事になれば、米中両国だけでなくアジア・太平洋全体の危機となります。
2021/11/28(日) 00:02:33.990
日米安保というのは、日本を守る為に、ある訳ではありません。
現実的には、安保条約というのは日本を抑え付けておく為に機能してます。
その安保体制を壊して日本を解き放とうと言うのは中国にとってもはっきり言って愚策です。
ですから、アメリカと中国とで日本を両方から抑え付けておく必要があるんですよ。
「敗戦と共に、日本は生まれ変わった」という幻想に取りつかれて
「日本がずっと、アメリカの属国でいる」と考えている人たちは、本当に愚かです。
まあ、この辺りで米国の日本政策についての要点をちょっと纏めておくとしましょう。
まず第一に、日本の核武装についてアメリカは、その保有に反対だという事。
続いて第二に、日本の通常兵器について自衛の範囲内に抑え込ませるという事。
以上が、アメリカの基本原則ですね。

日本が自分たちから軍事衝突を起こしてもアメリカは核の傘を適用しませんよ。
まず核の傘は、日本列島への核攻撃を抑止するのが一番の目的ですし
そもそも核兵器は、日本の為にではなく米国が米国の為に使う為、持ってるんです。
他人の為に自らを犠牲にするような馬鹿がどこの世界に居ると言うのでしょうか?
ですが、日本自身が核兵器を作ろうと思えばすぐにでも作れる能力は持っているでしょうね。

安保条約を利用して日本の軍事力を抑え込んだ方が良いとは考えています。
もしも、安保の首枷を外したら日本に冒険的な暴走をさせるだけでしょうし。
アメリカが、第二次大戦で日本を潰したのは日本に力を付けて、冒険させる為ではありません。
ですが、仮にそうした事態となれば歴史的に見ても、「米中同盟」の復活でしょうね。
今の所、アメリカは日本の軍事拡張を抑え込む事に全力を尽くしていますけど、
それに失敗したら、アメリカと中国とで日本の暴走を叩き潰すべきだと思います。
2021/11/28(日) 00:04:21.540
デイヴィッド・バーガミニ「天皇の陰謀」〔前編〕いいだ・もも訳 1973年

私は、史料の記録を読んで取ったノートを読み返し、考察し直して、
第二次世界大戦以降に提示された日本現代史は、
戦争末期に、一部は参謀本部の逆情報活動専門家たちによって、
一部は高位の侍従たちによってつくられた、巧みに仕組まれた虚構である、と確信するに至った…
日本の表向きの物語の論理は逆転していて、
しばしば、結末がそれ以前に起きたことの原因として引用されている…

当時の記録は、偶然もしくは自然発生的大衆行動によるものとされる諸事件が、
現実に、数箇月ないし数年前に高官レヴェルで討議されていたことを、繰り返ししめしていた。
天皇の主要な政治顧問である内大臣は、機械的に次の首相を指名し、
早くも在職の首相を倒すであろう内閣危機の到来の数週間ないし数箇月前に“新首相の使命”を描いた…
内大臣が次の二つの政府の構成と業績を間違いなく予見した会話さえ、記録に残っている

わたしはこうして、日本の閉ざされた戦前の社会の中の真実の世界を垣間見はじめた…
それは、その中で各人が、秘密と果てしない陰謀の複雑な二重思考をもって生きながら、
猫なで声で慇懃に話をする悪夢の世界であった。
2021/11/28(日) 00:04:41.750
国策は奥の間のそのまた奥の間で組み立てられ、そのなかには民衆の声はない。
政党政治家たちさえ、産業界の大立者さえ、
ふつうは、黒幕に操られた国家の網の目の外にあり、取るに足らぬ影響しか持たなかったのだ。
大衆は、金で動かせる報道機関や公報と
千年以上も使われてきたデマ屋の機構によって、左右される群衆(モッブ)でしかなかった。

私は、キャンベラ図書館で、終戦に際し、
オーストラリア・ニュージーランド・中国の将校たちが、天皇裕仁が日本の首領であり、
あらゆる戦争責任者の名簿の筆頭に据えられるべきだということで一致しているのを発見して、ほっとした。
彼らは、後になるとダグラス・マッカーサーの、
天皇を国際法の下に犯罪者として裁判にかけるよりも日本の復興に利用するという決定
――気のきいた決定だとは私も思うが――に屈服した

私の証拠から、伝記作家の公式人物像とは
まるで写真のネガとポジのように異なった、裕仁の像が現れてきた。
私の評価では、裕仁は、倦むことを知らぬ、一身を捧げた、細心で、狡猾な、
辛抱強く、忌むべき戦争指導者であった。
彼は、彼の偉大な祖父〔明治天皇〕から、アジアを白人から奪い取るという使命を引き継いでいた。
国民が抵抗し、尻ごみしていたので、彼は、戦争前二十年にわたり、
その課題の心理的および軍事的準備を国民にさせるべく、巧妙に彼らを操作した
2021/11/28(日) 00:05:14.820
東京の小さな出版社、原書房が、
日本の戦時の陸軍参謀総長、杉山元大将が日誌に書きとめたメモを公刊した。
その一部分は裕仁との会話そのものによる説明だった…
それは、真珠湾の前の数箇月の
軍事および経済面に関する問題について詳細に問いただす裕仁を明らかにしていた。
もっと驚くべきことに、合衆国との戦端が開かれる十一箇月前、
裕仁は真珠湾奇襲の可否を明らかにするよう極秘の検討を命令した、
と杉山メモは一九四一年一月に述べている
2021/11/28(日) 00:05:32.060
それは、日本人にとってもアメリカ人にとっても、ともに冷酷なものであった…
私の情報が負わねばならなかった難しさのすべては、
裕仁が、軍の命令に判を押して、彼の国民を戦争に導いたばかりでなく、
宗教的恐喝や暗殺を含む不気味な東洋的陰謀を黙許することにより、
彼の一味を通じて、彼に敵対する者共を威嚇していたところにあった。

日本の侍従たちは太古から、
論議の的となる国家的事件に彼らの御主人たちが積極的に参加したのを隠してしまう、
巧妙な作り話を考え出し続けてきた

もっとも重要なことは、
日本人の性格をアメリカの鋳型で作り変えようと望んでいたマッカーサーが、
一九四五年に、天皇を利用することにし、
彼を退位させ摘発するよりも体裁を繕ってやると決めたことである。
こうした奇怪な状況が理解されるためには、詳細な頁が必要だと私は感じた。
2021/11/28(日) 00:05:52.960
私はたまたま、
皇室に関する最初の重要な文書が出版された、歴史の再評価の時期に、日本を再訪した…
その再評価は、後に私は年長の日本人外交官に教えられたところによると、
裕仁自身によって開始されたのであった。
一九六三年秋、文学を後援する宮中の宴で、裕仁が、テーブルの向こうの作家たちに、
ヒロシマの傷跡をのりこえ、
日本の戦前および戦中の歴史の真の精神を再創造しはじめる時ではないのか、と示唆したのであった。
第二次世界大戦は、もはや、一九四六年にそう考えこまされたような大きな誤りではなく、
日本の完全な工業化を急速に進めた経国の才の肯定的な部分のようであった。
2021/11/28(日) 00:06:45.160
>その再評価は、後に私は年長の日本人外交官に教えられたところによると、
>裕仁自身によって開始されたのであった。
>一九六三年秋、文学を後援する宮中の宴で、裕仁が、テーブルの向こうの作家たちに、
>ヒロシマの傷跡をのりこえ、
>日本の戦前および戦中の歴史の真の精神を再創造しはじめる時ではないのか、と示唆したのであった。
>第二次世界大戦は、もはや、一九四六年にそう考えこまされたような大きな誤りではなく、
>日本の完全な工業化を急速に進めた経国の才の肯定的な部分のようであった
2021/11/28(日) 00:10:17.440
>第二次世界大戦以降に提示された日本現代史は、
>戦争末期に、一部は参謀本部の逆情報活動専門家たちによって、
>一部は高位の侍従たちによってつくられた、巧みに仕組まれた虚構である、と確信するに至った…
>日本の表向きの物語の論理は逆転していて、
>しばしば、結末がそれ以前に起きたことの原因として引用されている

>彼は、彼の偉大な祖父〔明治天皇〕から、アジアを白人から奪い取るという使命を引き継いでいた。
>国民が抵抗し、尻ごみしていたので、彼は、戦争前二十年にわたり、
>その課題の心理的および軍事的準備を国民にさせるべく、巧妙に彼らを操作した

>裕仁が、軍の命令に判を押して、彼の国民を戦争に導いたばかりでなく、
>宗教的恐喝や暗殺を含む不気味な東洋的陰謀を黙許することにより、
>彼の一味を通じて、彼に敵対する者共を威嚇していた

>日本の侍従たちは太古から、
>論議の的となる国家的事件に彼らの御主人たちが積極的に参加したのを隠してしまう、
>巧妙な作り話を考え出し続けてきた
2021/11/28(日) 00:11:59.150
>大衆は、金で動かせる報道機関や公報と千年以上も使われてきたデマ屋の機構によって、
>左右される群衆(モッブ)でしかなかった。
2021/11/28(日) 00:13:28.980
ttps://blogos.com/article/397525/
NHKスペシャル「日本新聞」のこと
小林よしのり 2019年08月13日 16:29

昨日、寝る前に「NHKスペシャル」で、戦前最大の右派メディア「日本新聞」のことをやっていた。
これは貴重な番組だった。こういう番組は民法(ママ)ではやれまい。
日本が大正デモクラシーで自由の空気を謳歌していた時代から、
たった10年余りで一気に軍国主義に傾斜していったのは、
「日本新聞」という国粋主義のメディアが重要な役割りを果たしたらしい。
なんだかこの新聞、「産経新聞」に似た感じもあるのだが、
同志(ママ)の名簿には、近衛文麿や頭山満や東条英機など、そうそうたる名前が連ねられていたという。
空気を一気に変える威力としては、わしの『戦争論』に通じるし、
戦後、完全に忘れられていた頭山満の名前をわざわざ出してくるところなども、
わしの『大東亜論』を意識したのかという邪推をしたくなる。
ロンドン海軍軍縮条約から「統帥権干犯」、
天皇機関説排撃などの世論を作ったのが「日本新聞」だったという番組の主張だ。
2021/11/28(日) 00:14:32.290
大正時代にはかなり社会が自由化していたのに、
日本の中枢の中の或る派閥が、
「日本新聞」なる極右思想紙を使って社会を右回転させて行った様子が描かれる。
ttp://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/trailer.html?i=19792
破滅への道と戦前最大の右派メディア「日本新聞」
NHKスペシャル「かくて“自由”は死せり〜ある新聞と戦争への道〜」
【総合】8月12日(月・振休)後10:00
2021/11/28(日) 00:43:53.500
それにしても佐藤首相がニクソン大統領との《密約》を
自民党の政治家どころか自分の閣僚にも教えなかったというのは何なのか。
それは外交問題に発展し、以後、アメリカは日本ではなく中国を選ぶことになる。
2021/11/28(日) 00:51:42.040
「キッシンジャー補佐官」:
中国は伝統的に普遍的な視野があるが、日本は部族的な視野しかない。
日本人はほかの国民がどう感じるかに何の感受性もない。
日本を経済的に発展させたことを今は後悔している。

キッシンジャー氏は部内協議の冒頭で
「あらゆる裏切り者の中でも、ジャップが最悪だ」と発言した。
2021/11/28(日) 00:52:31.480
リンク切れttp://www.tkc.co.jp/
≪新春特別Interview≫ 前国税庁長官・商工中金副理事長――大武健一郎氏に聞く
(聞き手: 本誌発行人 飯塚真玄)

■昭和20年8月15日の敗戦は半世紀近くもフリーズされていた!?

――ご著書の『税財政の本道』を読ませていただきました。
これからの日本の税財政のあり方を論じた本書は、
日本の戦後史を私たちが気づかなかった視点から解明し、
…とりわけ印象に残っているのは、
1991(平成3)年12月のソ連崩壊を境に「日本の戦後が始まった」と指摘されている点です。

大武:
確かに日本の敗戦が1991年12月までフリーズされていた
という認識は、一般の人にはないかもしれません。
しかしその一番象徴的な例は、戦後すぐの沖縄に設定された1ドル120B円、
本土の1ドル360円という為替レートです。これは言い換えれば、
当時のGHQがソ連という仮想敵国に対して日本列島全体を防共列島と位置づけ、
沖縄には軍事基地を営みやすいよう輸入しやすい為替レートを設定し、
日本本土は戦艦大和をつくったあの
重厚長大産業の技術力を生かすために輸出に有利な為替レートを設定したのです。
それによって日本を経済発展させて、
ソ連に対する防波堤にしようという明らかな意図があったと思えるのです。
2021/11/28(日) 00:53:40.980
――おっしゃるように確かにその後の日本は昭和40年代まで破竹の経済成長を遂げました。
その戦後復興のフレームワークは、アメリカの意図が決めたいうことですね。

大武:
そうです。本来日本が1945(昭和20)年8月に迎えたはずの敗戦が、
ソ連という仮想敵国が生まれたためにフリーズされたのです。
その凍結されていた敗戦が、1991年のソ連崩壊によって実際のものになったわけですね。
だからよくいわれる「失われた10年」は実は敗戦の10年、
むしろ戦後処理の10年であったのではないかと私は思っています。
実際、それから1年数ヵ月後の93年には、
アメリカのクリントン前大統領と中国の江沢民前国家主席がハワイで首脳会談を行い、
「リメンバーパールハーバー」といって手を握りあいました。
米中の戦勝両国が“日本よ、お前は敗戦国だ”ともう一度宣言したわけですね。
2021/11/28(日) 00:54:28.340
――93年はまさにバブル崩壊が社会的に表面化する一方、
細川連立政権の誕生で38年間続いたいわゆる「55年体制」が崩壊した時期でもありました。

大武:
しかし実態はバブル崩壊だけにとどまらず、
本当の敗戦による塗炭の苦しみを味わわねばなりませんでした。
事実、翌94年にはココム規制が撤廃され、対共産圏への輸出や投資が自由化された。
それは製造業の空洞化という形で日本経済を直撃します。
さらに95年には1ドル79円75銭という今から考えても身の毛のよだつような円高に突入する。
そういう形で七転八倒していくなか、
土地バブルの崩壊で奈落の底に落とされた金融機関に破綻という問題が発生し、
その処理に明け暮れることになります。そうした十数年であったわけです。

――ソ連崩壊から15年たったわけですが、戦後処理はまだ続いているのでしょうか。

大武:
金融機関の不良債権処理がなんとか一段落して、今はようやく曙光が見え始めたところです。
2021/11/28(日) 00:56:22.580
■ハンディキャップを持って生きる「人口逆ボーナス」の時代

――戦後の日本の復興にはGHQの設定した為替レートが大きく貢献する一方で、
国内的にも2つの要因があったとお書きですね。

大武:
1つは「人口ボーナス」です。戦後すぐの1945年の日本の人口は7200万人でしたが、
わずか60年の間に実に5500万人増えました。
人口が増えれば否が応でも量的拡大が起き経済は黙っていても成長します。
そしてもう一つのボーナスが「人口大移動」です。

――産業構造が変化し人口が地方から大都市に移りました。

大武:
そうです。だから住宅などはつくれば必ず売れたし、
家具や調度品をはじめ白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫の3種の神器、
それに3C(カー・クーラー・カラーテレビ)など、大量生産・大量消費が現実になったわけです。
景気さえよくなれば、みんなが好況を実感できる時代だったわけです。
2021/11/28(日) 00:56:44.000
――しかしこれからの時代は量の拡大は期待できませんね。
先ほどのお話にあったように日本の地政学的特殊性はすでに失われているうえに、
超高齢化社会が到来してきています。

大武:
そうです。日本はもはや普通の国です。もちろん人口ボーナスも人口大移動もない。
高齢化という、ある意味ハンディキャップを持って生きていかねばならない社会になります。
すでに人口は2005年から減少期に入っており、2050年には1億人を割ると予測されています。
一方で75歳以上の人口がこれから急増し、2000年の900万人が2025年には2000万人を超える。
つまり働き盛りの人間が減って、支えられる側の人間が急増する
「人口逆ボーナス」の時代に入るわけです。
2021/11/28(日) 00:59:30.530
という訳で今の日本が在る。
2021/11/28(日) 01:00:26.170
ttp://www.foreignaffairsj.co.jp/essay/200910/Schoppa.htm
崩壊する「日本というシステム」Japan, The Reluctant Reformer
レオナード・J・ショッパ バージニア大学準教授
フォーリン・アフェアーズ日本語版 2001年9月号

改革へのさめた感情
2000年末、すでに長い間リセッション…に苦しんできた日本人は、
さらに悪いニュースによって追い打ちを受ける…
日本のさらなる衰退が差し迫っていると予測するリポートが発表されたからだ。
米中央情報局(CIA)が発表した「グローバルトレンド2015」は、中国の台頭ぶりからして、
日本は「(アメリカとヨーロッパに次ぐ)
世界第三の経済大国としての現在の地位をいずれ維持できなくなるかもしれない」という予測を公表した…
日本国内でも、この二つのニュースは、
こうした否定的評価につながる日本の根幹問題とともに広く報道された。
しかし、経済的窮状への関心が大いに高まったにもかかわらず、日本の大衆は奇妙なほどに静かなままだ。
このあきらめにも似た感情が、不況下にある経済に対する日本人の典型的な反応と化している。
低成長と財政赤字が膨らんだ時期の政権政党が自民党だったにもかかわらず、
有権者は、これまで長く日本を支配的影響力の下においてきた自民党支持へと立ち返りつつある。
2021/11/28(日) 01:02:21.170
日本の預金者は1%未満という超低金利を受け入れ、労働組合も賃金カットという痛みを受け入れている…
四月の自民党総裁選を経て首相になった改革主義者の小泉純一郎が、
経済の凋落を前にした日本社会のあきらめムードを打破できるかもしれない…
しかし、日本経済を好転させるのに必要とされる、痛みを伴う具体的改革への大衆の支持は上辺だけのものだ…
こう考えると、より奥深い疑問に行き当たる。
なぜ日本人は景気後退という現実を長い間我慢しているのか、
なぜ市民たちは、政府に経済を回復させ、
国の凋落を阻止するようにもっと積極的に働きかけてこなかったのか。

皮肉にも、その答えは日本の成功という側面に隠されている。
いまや日本の歴史上はじめて、個人や企業は、
直面する経済問題を自分で解決できるだけの富と自由を手にしている。
だが皮肉にも、個人や企業が自己利益から見て完全に合理的な解決策を現に実施していることが、
国全体の経済問題をますます深刻化させている…

大きな自由と富を利用できるようになった市民は、問題への対処を政府に強く求めるよりも、
この国が直面する問題から逃れようとしている。
いまや日本人は、自らの運命を自分で切り開く「退出」路線を選ぶほうが、
政治運動によって政府の政策を変えようと試みるよりも好ましいと確信しているようだ
2021/11/28(日) 01:03:13.370
1956年から73年にいたるまで、日本経済はほぼ年間10%という驚くべき成長を遂げ、
それ以降も1991年までは3.8%という…成長率を残した。
だが1991年以後、日本は二度にわたって景気後退に見舞われ、
かろうじて0.96%の数字を残せただけのお寒い状況にある。
こうした停滞から経済を立ち直らせようと、政府は…景気刺激策を繰り返し実施してきた。
だがその結果、国の赤字は666兆円、
つまり国内総生産(GDP)の130%規模にまで肥大化してしまった。
状況がこのまま推移すれば…国債の発行額を三十兆円という枠にとどめ…ても、
数年のうちにGDP比で見た国の赤字は未曽有の150%という比率に達することになる。
日本政府は大規模な資金を投入して景気刺激策をとってきたが、
経済の根本問題にはいまも手がつけられていない…
2021/11/28(日) 01:04:03.450
人口の高齢化問題にどう対処する
労働人口の急激な減少と老齢人口の急速な増加という現象に直面しているだけに、
今日の日本にとっては経済資源を生産的に投資することが非常に重要になってくる。
この50年にわたって着実に増加してきた日本の労働人口は、
戦後のベビーブーマー世代が60歳で引退し始める2007年を待たずしてすでに減少しており、
当然、2007年になればさらに急速に低下していく。
実際、2025年までには、労働力に占める成人人口の比率は13.3%にまで低下すると予測されている。
移民の受け入れ規制を緩和させれば、この低下ペースに少しは歯止めをかけられるかもしれない。
しかし国連は、労働人口の減少を埋め合わせるには、
日本は今後50年にわたって年間70万の移民を受け入れ続けなければならないと試算しており、
これは移民をほとんど受け入れてこなかった日本にとっては、どう考えても無理な数字だ。
2021/11/28(日) 01:04:37.960
現在の成人労働人口と退職者人口の比率は4:1だが、2025年にはその比率が2:1になると考えられる。
しかも日本ほど急速に人口の老齢化が進んでいる国はない。
社会保障や医療保険システムの崩壊が警告されているアメリカでさえも、
2025年における労働人口対退職者人口の比率は3.25:1にとどまると予測されている。

どう見ても、日本は真の危機に直面している。

政府の社会保障支出に占める老齢者用の年金や医療保険関連支出の比率は現在40%だが、
これが2025年までに60%を超える可能性もある。
CIAとムーディーズが日本経済の先行きを悲観的に見たのは、
政府がすでに膨大な債務を抱え込んでいることに加えて、
人口の高齢化という重荷を背負っていくのに必要とされる資金を、
日本政府が今後いかに調達していくか不透明な状況にあるからだ。
2021/11/28(日) 01:05:46.770
考えるのも嫌になる問題
大衆が状況に対して無気力なのは、数多くの問題を前にしつつも、
その複雑さゆえに無力感を覚え、経済的余波がすぐそこまできているとはいえ、
いまのところ日常生活に大きな影響が出ていないからだと分析したくもなる。
確かに、失業率はいまも5%未満で、これは日本としてはかなり高い数字だが、
他の先進諸国の失業率から見ればまだ低率である。
また、失業問題に直面しているのは高齢者、若者、女性、そして中小企業で働く人々で、
大企業や政府に雇用されている男性労働人口の中枢は依然として終身雇用制度によって守られている。

実際、日本が直面しているのは、考えるのさえ嫌になるような問題である。

政府が抱える膨大な赤字、生産性の低い向上率、社会の急速な高齢化など、
大衆が深刻な問題をいくら聞かされても、それがいったい全体として何を意味するのか、
そして、それが
自分たちの家庭生活にとってどのような意味合いを持つのかを理解できずにいるのかもしれない。
2021/11/28(日) 01:06:43.750
だが現実には、これらの問題が家計にどのような影響を与えるのか
明確に示した数多くの経済分析を日本人は嫌というほど聞かされている。
経済産業省(METI)は、もし日本が現在の政策を踏襲していけば、
今後十年にわたって日本の経済成長率は年当たり平均0.7%程度にとどまり、
その後、2010〜25年にかけては毎年0.2%ずつ縮小していくという予測を公表している。
経済産業省によれば、
高齢化するベビーブーマーのための社会保障支払いのためには税率を引き上げなければならないので、
実質所得はこの期間を通じて減少し、
ベビーブーマーが退職した後(2007年から)の最初の十年間には就労者の実質所得が年0.3%ずつ低下し、
その後は年2.2%ずつ低下していく。
税率もしくは社会保障負担を引き上げるか、あるいは社会保障給付を削減しない限り、
日本の債務は2010年にはGDPの200%規模、2025年には400%規模に達してしまう。
2021/11/28(日) 01:08:10.160
こうした事実が露見した結果、日本人の多くはむしろ貯蓄を増やすことで老後に備えようとしだした。
この数年来、この種の老後に備えた貯蓄は大きく増大している。
しかし、最も人気のある貯蓄手段である十年満期国債の金利でさえも2%に満たない有り様なので、
市民たちは給料のますます多くを貯蓄に回さざるを得なくなっている。 
日本の年金生活者と老後に備えるすべての人々が、
自分たちの投資の運用金利を改善するような金融改革の実施を強く求めてもおかしくはない。
結局のところ、1990年から98年の間に、
年金生活者や老後に備えて貯蓄をする人々が頼みとする金利支払いの額は、
対GDP比で8.5%から4.4%へと低下している。
しかし、日本の大衆はこれに抗議するのではなく、
より多くを貯蓄に回すことで失われた金利分を埋め合わせ、状況に対応しているようだ。
もっとも、一部の人々は、
預金をより高い金利が期待できるドル口座に移すことで厄介な状況から「退出」し始めている。
2021/11/28(日) 01:08:58.010
抗議して立ち上がるのではなく、システムからの退出を選んだ最後の集団としては、
若い女性たちを指摘できる。
世論調査ではほとんどの日本人女性が「結婚して、少なくとも二人は子供が欲しい」と答えている。
また、多くの若い女性たちが「仕事をし、自分で所得を得るのを楽しんでいる」と答えている。
しかし、仕事と家庭を両立させるのが極めて困難な社会状況に直面すると、ほとんどの女性は、
家庭と仕事を両立できるような社会的・政治的変化の実現を求めて立ち上がるよりも、
むしろ二つのうちの一つを選んでしまう。
日本の家庭の富が上昇したことによって、ますます多くの女性、
そして彼女たちの潜在的夫たちは、結婚せずに両親とともに暮らし続けている。
だがこのトレンドは、
最終的に結婚よりも仕事を選ぶ女性が増えていることとも相まって、女性の未婚率を高めている。
1970年当時、28歳の未婚女性の比率は18%だったが、95年にはそれが48%に達していた。
30代の未婚女性の比率も急激に上昇し、
95年の統計では、30代前半の20%の女性が未婚のままだった。
2021/11/28(日) 01:09:52.030
女性たちが結婚を先送りしたり、非婚を選択したりしていることが、
日本の出生率がかくも低いことの主な原因である。
日本政府の人口統計分析はいまも出生率が上昇することを前提としているが、
日本の研究者の一部は、東京における合計特殊出生率がわずか一人でしかないことを引き合いに出し、
国全体の出生率が東京並みに落ち込むのは時間の問題だと予測している。
そうなれば、近づきつつある
ベビーブーマー世代の退職後の生活を社会保障で支えることはますます難しくなる。
2021/11/28(日) 01:11:01.310
「退出」へと向かうこの下方スパイラルから抜け出す方法は一つしかない。
それは、市民がそのエネルギーを国内改革へと向けるように日本の政治指導者が喚起、鼓舞することだ。
これまでのところ、そうした刺激やリーダーシップは不思議なほどに見当たらない。
市民たちは、この十年にわたって経済の舵取りを間違い続けた官僚たちを信用していないし、
真の改革が破産、雇用不安、男女の役割の変化といった痛みを伴うため、
改革をあえて支持する政治家も少ない。
ここで思い浮かぶのが、こうした痛みを伴う改革への支持を約束した小泉首相の存在だ。

もし真の改革によって年金制度が再び市民に信頼されるようになり、
若いカップルが結婚し子供をもうけるだけの財的なゆとりがあると感じ、
主要な優良企業が再び国内に投資してもよいと考えるようになれば、
日本は、どうしようもない今の経済の停滞から脱出できるだろう。
2021/11/28(日) 01:11:41.560
しかし日本の有権者が自分たちの信頼が裏切られたと感じ、
保護された既得権益勢力とのつながりを断ち切れない政治勢力へとだまされて権力を戻してしまうとすれば、
揺り戻しは相当激しいものになる。
その場合、日本の市民はますますシステムからの「退出」口へと殺到するだろう。
デフレのなかで、毎年三十兆円もの国債を上積みしていくのが不可能である以上、
いずれにせよ日本はやり方を変えなければならない。
しかし、「退出」によって急き立てられた改革は最も痛みを伴う選択であり、
その段階になって経済を立て直し、社会サービスをめぐる政府への信頼回復を目指すのは、
現在実行可能な選択肢よりも、はるかに大きな痛みを伴うものとなろう。
2021/11/28(日) 01:16:56.730
という訳で何でこんなことになったのか?
これには天皇制とそれを支える教育勅語という、日本人の
(現実よりも“心理的に”受け入れ易い《イメージ》に溺れる)精神性が深く関わっているだろうな、と思う。
2021/11/28(日) 01:20:53.240
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇「〇〇〇〇〇〇〇〇〇 下」 1996年

…ホワイトハウス西翼で働く現代の役人と過去の役人たちの最大の違いは、たぶん、
今日彼らが軽蔑と嫌悪をもって日本を見ている点にあるからである。
いかなる外交上の美辞麗句も、これを包み隠すことはできない。
そしてその軽蔑と嫌悪の情は、不安定な一民主党政権の側近たちのあいだにとどまらず、
ワシントンのほぼ全体にわたっている。アメリカ政府当局者たちが日本をこのように見るのは理解できる。
日本は金持ちだが、寄生虫のようにずるい国で、
これまでほかのどの国よりも今の世界システムの中で恩恵を受けてきたのに、
そのシステムを支えたり、守ったりするための努力を少しもする気がない、と思っている…

他の国に安全保障と国際関係にかかわる決断を委ね、
その国に金を貸しつづけるということは、超大国としてはありえない。
自国の貿易と投資行動を、他国通貨を隠れみのにして行う経済大国もありえない。
また、世界最大の債権国でありながら、いつ終わることのない貿易黒字を抱きつづけることもありえない。
この国の企業も、自国では統制されカルテル化された重商主義的経済運営のなかに守られていながら、
海外では世界中の技術と市場にアクセスできるなどとはありえない。

世界の隣国との平和で落ち着いた関係を取り戻すために、いま日本に求められていることは、
まず、一九三〇年代における歴史から教訓を本当に学んでいる、と示すことである。
その教訓とは、日本によるアジア侵略は、
官僚たちによる、抑制のない無責任な権力行使の結果であった、ということだ。
このような権力を抑え込み、足元に服従させ、同じ歴史は繰り返さないと立証しない限り、
安定した関係を期待することは無理だろう。
2021/11/28(日) 01:21:56.010
この点で、日本人の現在おかれている異常な政治環境を作り出したことに
大きな責任のあるわれわれアメリカ人が、その罪の償いの一部としてできることがある。
それは、日本人に対して、このあるごとに、またできるだけ丁寧な口調で、
制度や機関を自分のものにし得るかどうかは、彼らの努力しだいである、と指摘し続けることである。
これは言うは易しだが、何世紀にもわたって搾取され、虐待され、犠牲になってきた日本の市民にとって、
また犬のように働きながら何十年ものあいだ食うや食わずで生きてきて、
今やっとひと休みしたいと思っている市民たちにとって…は、
もうこれ以上面倒なことはしたくない、放っておいてくれ、といわれる類の指摘かもしれない…
普通の日本人が、みずから、権力をもった人々に対し、
説明する責任(アカウンタビリティ)と因果関係の説明を求めない限り、
市民は自分たちの労働の果実を味わうことはできないだろうし、
これまで築き上げてきたものすべてを失ってしまうかもしれない。
2021/11/28(日) 01:23:07.880
>ホワイトハウス西翼で働く現代の役人と過去の役人たちの最大の違いは…
>今日彼らが軽蔑と嫌悪をもって日本を見ている点にある…
>いかなる外交上の美辞麗句も、これを包み隠すことはできない。
>その軽蔑と嫌悪の情は、
>不安定な一民主党政権の側近たちのあいだにとどまらず、ワシントンのほぼ全体にわたっている…
>日本は金持ちだが、寄生虫のようにずるい国で、
>これまでほかのどの国よりも今の世界システムの中で恩恵を受けてきたのに、
>そのシステムを支えたり、守ったりするための努力を少しもする気がない、と思っている
2021/11/28(日) 01:26:16.950
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇「〇〇〇〇〇〇〇〇〇 上」 1996年

本書で私は、アメリカが、無尽蔵とも思える資金源を八〇年代初期にたまたま発見し、
それによって国家としての厳しい政治選択を先送りできた次第を描いている。
その無尽蔵と見えた資金源とは日本であり、
この日本の資金によって、アメリカの悪名高き「双子」の赤字――貿易赤字と財政赤字――が立て替えられた。
この経緯を説明するために、私は当然、戦後日本の金融システムの変遷を解説する必要があった。
だが、より重要であったのは…日本がアメリカに貸したカネの多くは、未曾有の円高によって、
あとで取り戻すことが決してできなくなるであろうことを十分知っていながら、
日本の権力者たちは、なぜアメリカにカネを貸しつづけたいと思ったのか。
日本の権力者たちも八〇年代初期に、アメリカの権力者同様、
以前にはわからなかったあることを、偶然に発見した…
それは、アメリカのツケを立て替えつづけることで、日本の戦後の経済システムの根幹を維持できる、
という発見であった。既存の秩序を脅かすような根本的変化を、それによって回避できた。
日本がそのためにいま払わなければならない代価は、
ほんの五年前ですら誰も想像できなかったほど高いものになっているが、
日本の権力者たちにとってみれば、
それで政治経済の意思決定に関する自分たちの支配力が維持できるなら、安いものなのである。
2021/11/28(日) 01:26:45.920
>その無尽蔵と見えた資金源とは日本であり、
>この日本の資金によって、アメリカの悪名高き「双子」の赤字――貿易赤字と財政赤字――が立て替えられた

>より重要であったのは…日本がアメリカに貸したカネの多くは、未曾有の円高によって、
>あとで取り戻すことが決してできなくなるであろうことを十分知っていながら、
>日本の権力者たちは、なぜアメリカにカネを貸しつづけたいと思ったのか

>それは、アメリカのツケを立て替えつづけることで、日本の戦後の経済システムの根幹を維持できる、
>という発見であった。既存の秩序を脅かすような根本的変化を、それによって回避できた。
>日本がそのためにいま払わなければならない代価は、
>ほんの五年前ですら誰も想像できなかったほど高いものになっている
2021/11/28(日) 01:27:11.840
戦後にアメリカの支援で築いた
自分たちの《支配構造》を守るために、国民が稼ぎ出した経常黒字をアメリカに差し出し続けた。
ということか?
2021/11/28(日) 01:29:54.820
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇「〇〇〇〇〇〇〇〇〇 下」 1996年

日本の高度に自動化された工場で生産される製品を買おうという需要は、いったいどこから来るのか…
その需要は従来は輸出から生じた。
しかし近年では、日本はその外需に資金を提供しなければならなくなっている。
直接的にはアメリカ人にカネを貸すことによって、間接的にはドルを支えることによって…
そしてドルは、アメリカ人ばかりではなく、タイ、中国、韓国、その他ほとんどの国の人々が、
日本製品の代金支払いに使っていることを思い出していただきたい。
この戦略が最終的にはうまくいかなくなること、つまり、国内の増えつづける定年退職者を支えながら、
同時に金遣いの荒い世界中の外国人を支えていくのは、
いかに日本のような勤勉な金持ち国といえども無理だということは、さして洞察力がなくても分かる。
亀井静香氏はかつて、アメリカ人は日本人を奴隷のように働かせたがっている、と言ったが、
次のように言った方がより正確…
〇〇〇省の政策によって日本人は奴隷のように働かされ、
アメリカ人はその日本人の労動の果実を喜んで享受している、と。
116考える名無しさん
垢版 |
2021/11/28(日) 01:31:54.020
というか米国債は日本と中国で買い支えてるんでしょ
2021/12/02(木) 23:35:34.680
ttps://webronza.asahi.com/politics/articles/2021113000003.html
この国に足りない「民主主義」と「人権」を手に入れる〜立憲の泉健太新代表が挑むべきこと
恵まれた者の権力ゲームに堕した政治を、この国に暮らすみんなの政治に
松下秀雄 「論座」編集長 2021年12月01日

立憲民主党の新代表に、泉健太氏が選ばれた。私が新しい代表に望むことは、民主主義の実現である。
もちろん、日本は民主主義国ということになっている。けれども、その実態は貴族政とさして変わらない。
恵まれた者による権力ゲームに堕してしまった政治を、この国に暮らすみんなの政治に切り替える。
それこそが、新しい立憲民主党がめざすべき目標ではないか。
旧社会党の最大の失敗は、村山富市委員長が首相の座についたとたん、
開かれた党内論議もなしに「自衛隊合憲、日米安保体制堅持」へとかじを切ったことだった。
これまで自衛隊は違憲だ、非武装中立だといってきたのは口先だけだったのか。
そう疑われるのは当然だろう。
振り返れば、野党陣営はほかにも一貫性のないふるまいを繰り返してきた。

小沢一郎氏が1993年に上梓した『日本改造計画』は、
グランドキャニオンには転落を防ぐ柵がない、日本人には「自己責任の自覚」が必要だという話から始まる。
2021/12/02(木) 23:36:22.530
しかし、新自由主義的「改革」路線のお株を小泉純一郎首相に奪われ、
小沢氏は「国民の生活が第一」に転じる。
この人たちは、本気で反対していたのか? 
権力がほしいため、議席を増やしたいがために政権の足を引っ張っただけではないのか? 
そんなふうに疑われてもしかたがないふるまいだった。

問題は、ほんとうにおかしいと思ったことを批判するのか、単に政権の足を引っ張るために批判するのか。
戒めるべきは後者であり、前者まで鈍らせるべきではない。
それではいままで以上に、政権が好き勝手にふるまうことになる。
2021/12/02(木) 23:36:47.150
「権力ゲーム」に堕するのはなぜか
なぜ、政治は権力ゲームに堕してしまうのか。
私は政治記者になって27年が経つが、
石にかじりついてでも実現させたい政策や目標をもつ政治家はいったいどれほどいるのか、首をかしげている。
その背景にあるのが、食うに困ったことも、差別や抑圧を受けた経験も乏しい、
恵まれた中高年男性が政界の多数を占めていることである。
私もそんな中高年男性のひとりとして、自分の鈍さがよくわかる。
政治記者人生の前半戦は権力ゲームの取材に明け暮れた。それが政治だと思い、おかしいとも感じなかった。
40代半ばで論説委員に就く前後から、政治家や官僚ばかり取材し、
彼らと同じ視点からみていたのでは、政治を論ずることはできないと考え…
自分なりにぶれない軸をもつため、女性や若者、性的マイノリティー、
障がいのある人、沖縄の人たちなどの取材にとりくんだ。
そこで気づかされたのが、この社会にいかに「人権」が根付いていないかである。
2021/12/02(木) 23:37:37.060
国家権力による人権侵害を見逃してきたことを、
有権者のひとりとして、政治取材に携わる者として恥じ入るほかない…
リベラルを標榜する政治勢力であれば、どんな境遇にいる人も人間らしく生きられるよう、
人権を保障することに力を尽くすべきである。
ただ、私自身がまさにそうであるように、ちょっとやそっと聞きかじったくらいでは、
人の痛みも、改善すべき点もわからない。石にかじりついても解決しようという気迫も生まれない。
2021/12/02(木) 23:38:31.990
貴族政とみまがう政治を民主主義に
民主主義とは、統治する者と、される者が同一であることを指す。
しかし…さまざまな制度や慣習によって、多様な人たちが政治参加を阻まれ、
政治は世襲議員をはじめ、恵まれた人たちのものになっている。

これはほんとうに民主主義なのだろうか? 
貴族政と呼んだほうが、につかわしくないか?
そんな政治のありようを変え、民主主義と人権を手に入れる。
それこそが、立憲民主党の果たすべき役割ではないか。
2021/12/02(木) 23:41:18.410
>日本は民主主義国ということになっている。けれども、その実態は貴族政とさして変わらない
>私は政治記者になって27年が経つが、
>石にかじりついてでも実現させたい政策や目標をもつ政治家はいったいどれほどいるのか
>その背景にあるのが、食うに困ったことも、差別や抑圧を受けた経験も乏しい、
>恵まれた中高年男性が政界の多数を占めていること

>政治記者人生の前半戦は権力ゲームの取材に明け暮れた。それが政治だと思い、おかしいとも感じなかった
>そこで気づかされたのが、この社会にいかに「人権」が根付いていないかである
2021/12/02(木) 23:42:20.220
包囲網の中 強気崩さず 小沢一郎氏インタビュー(詳報) 潮流・底流
朝日新聞 1992年11月3日(火曜日)

自民党竹下派の抗争は修復不可能な状態になってきた。その震源になっているのが小沢一郎元自民党幹事長。
なぜ、いま、派内抗争なのか。その行き着く先は政界再編につながるのか。
抗争の一方の当事者ではあるが、あえて小沢氏に、抗争の底流に何を見、何を狙っているのか聞いた。
小沢氏は党内の「小沢包囲網」に対し強気の姿勢を示しながら、
政界再編問題などについて現在の考えを語った。(聞き手は国正 武重編集委員)

「ぬるま湯政治変える」「国民の意識革命必要」「金丸氏立件 検察を批判」

――派内抗争はなぜ起きたのか。
「簡単な言葉で言えば、改革派か守旧派かの対立。
日本が変わる必要があるという考え方と、いや、このままでいい、という時代認識、
現状認識の違いによる対立がある。
もちろん、人間関係から生じてい面も現象としてあるが、底流は現状認識の違いだ」
2021/12/02(木) 23:43:05.850
――もう竹下派として一緒にやっていくのは無理なのでは。
「人間関係もあるし、派内をピタッと分けられない。
(羽田孜蔵相が代表の)『改革フォーラム21』以外の方にも改革が必要だという人もいる。
同じ考え方の人と一人でも多く一緒に活動したいし、
派閥は派閥でどうしていくかという話し合いは続くと思う。派閥レベルというより、
いずれ党派を超えて流れがはっきりしてくると思う」

――政界再編か。
「そこまで視野に入れないと日本の改革はできない。
従来と同じ政党が同じような議論をしていては何も変わらない」

――どういうシナリオか。
「これまでの政治は国内の富の公平な分配だけやっていればよかったから、与野党がなれ合ってきた。
半世紀の枠組みをできるだけ大きく変える制度がいい。
小選挙区論者と言われているが、とにかくぬるま湯の政治を変えたいと思っている」
2021/12/02(木) 23:43:47.610
――当初、金丸氏の力を借りて派閥を継承しようとしたとの見方もある。
派内の権力闘争で追い詰められて、改革派、守旧派の対立と位置付けたのでは。
「その話は実際は違うが、ここでは詳しく申し上げない。
金丸さんの事件の扱いについては、事実と違ったことが先行している。
私は政治の世界に出たときから改革派だった。考え方はいまでも一貫して同じ。
個人的なことを言えば、金丸さんが刑事責任をとる決断をした時点で、
私は表に出てどうこうしようという気持ちはなかった」

――かつては竹下派を二百人に増やして自民党を二つに割り、
共鳴できる野党と組んで政権交代を、と考えていたのでは。
「それは中選挙区の中で万年与党と万年野党が続いているという前提での話。
竹下派が二百人になっても、全員を改革の理念でくくれないし、派閥全体として改革に向かうのも難しい」

――竹下派の分裂が政界再編の起爆剤にならないか。
「佐川事件がなくても、遅かれ早かれ改革か現状維持か、という対立は鮮明になったと思う」

――小沢さんは田中角栄元首相にかわいがられ、「金竹小」権力の中枢にあった。
批判を受けるだけの保守的体質が染み込んでいるのでは。
「いままでの責任をぬぐい去るわけにはいかないと十分に思っている。
同時に、本当に政治が限界にきた、とも真剣に感じている。
現実に政治活動にはカネがかかるし、やはり我々自身が変わらないといけない。
謝罪するだけでなく、どうしたらいいのか、国民に提示し、実現することが政治家の責任だと思う」
2021/12/02(木) 23:44:33.310
――とはいえ、若手の選挙の面倒をみるということになると、旧来の派閥と同じことになるのでは。
「選挙はもちろんあるが、共有できる自分たちの理念、見識を打ち出せるグループにしなくてはいけない。
当面の問題としては、この時期に改革の第一歩を与野党含めてやっておかないと、
地獄の底をみるまで改革できない気がする」

――数はいとわないと覚悟しているのか。
「僕一人ならどうでもいいが、仲間もいるし、今、政治改革の志をもつ人はかなりの数になっている。
できれば結集できるのが一番良い。いつの時代でも改革派は最初少数だから」

――竹下登元首相はあなたに「今は辛抱しなさい」と言ったと聞いている。
「彼の考え方、立場からすると、
手順を踏んで辛抱して円満にいけばお前もそれなりになるだろう、という配慮だと思う。
ありがたいことだが、そういう発想はとらない。これだと何も変わらない」

――憲法にメスをいれるべきだとの認識をもっていると聞くが。
「憲法問題がすぐ論争のテーマになるとは思わない。
それより日本の改革のためには日本人自身が意識を改革しないといけない点がある。
(戦時中、日本が犯した)歴史の過ちとは世界から孤立したこと。過ちを繰り返してはいけない。
そのためには世界のみんなが言っている程度の責任、コストの負担、
日本にふさわしい役割は果たさなくてはいけない」
2021/12/02(木) 23:44:59.520
――野党の中には小沢さんの考え方と近い人たちもいる。一緒に動く可能性はあるか。
「改革派と守旧派の対立は、派閥、政党、労組、会社と含めて共通の現象。社会党だってそうだ。
政界再編という形になれば、社会党からみんな巻き込んだ論争にならないと本当の再編にはならない。
ただ、基本的な政治の考え方は共通性がないといけない。
憲法問題からくる国際貢献の問題、国連での活動、自衛隊の問題など。
共産党と社会党左派を除けば、あらゆる政党に共通のものはある」

――大内啓伍民社党委員長が金丸信・前自民党副総裁の事情聴取のないままの略式起訴について
「小沢氏と検察当局で金丸氏の特権扱いが合意されたとすれば重要な問題だ」などと指摘している。
「いや、実際は『手厚くしてもらった』という世間の議論とは全くの逆。
政治資金規正法違反で政治家本人が立件されたのは初めてで、検察はこれまで本人を立件してこなかった。
(今回の検察の処置は)正しいとは思っていない。
日本は合意社会のなか、法の運用や解釈によってなあなあでやってきた。
その仕組みを変えずに、ただ一つ建て前を貫いたら、社会は壊れてしまう。実態と建前の差がありすぎる」

――竹下内閣誕生に際し暴力団が関係していた点はどうか。
「竹下さん本人が釈明するといっているので、それまで私は控えたい」
2021/12/02(木) 23:45:28.350
――今後、どのような旗印を立てていくのか。
「日本人の意識革命、自我の確立がないとダメ。まず政治改革を断行し、二番目は行政改革。
明治維新以来の中央集権は役目を終えており、地方分権を進めたい。
ただ、これは政治改革をやり遂げて絶大なリーダーシップをつくりあげないと出来ないことだが、
その二点が確立すれば、二十一世紀への処方せんはおのずと出てくる」

――小沢さんはこれまでの政治家と異質な政治家に映るが。
「その通り。ものすごく異質だ。別に嫌われたいわけではないが、他にだれも言う人がいないから。
十年や二十年黙っていたら順調に生きていけるかもしれない。
しかし、いまの日本にはそれだけの時間的余裕はないと思う。
世界全体の状況を考えると、日本に与えられた時間は長くない。
ボクが危険な思想だとか言われ、憎まれようが、
それが発端となって、みんなが議論してくれたら、それでいいと思う」

――自民党内の「小沢包囲網」にどう対処するか。
「『今までうまく行ったのだから』という状況認識に立つ人から考えると、
僕の認識は危険極まりない思想だと感じるはず。
『のさばらしてはいけない』という反作用があるのは当然だし、そういう動きがあるのも事実。
しかし、(包囲する人が)いっぱいいればいるほど面白い」
2021/12/03(金) 00:13:08.710
>政治記者人生の前半戦は権力ゲームの取材に明け暮れた。それが政治だと思い、おかしいとも感じなかった

〇〇生ぐらいにロッキード事件が起こり、
それから金権政治批判が延々続いてリクルート事件、金丸事件が起こり、
政治改革が唱えられたものの、
今から振り返って、日本に《政治》は無かった(ように思う)。只、主導権争いだけが有った。
考えてみれば(『全体にとって何が正しいのか』を問う)、哲学の無い所に本当の政治は無い。
社会的矛盾の本質、その見極めや原因の解消よりも《生贄》を作ってそれを叩き、
その生贄が社会的に抹殺されるなり死ぬなりして、心理的に世間の溜飲が下がると一件落着と思い込む。
という繰り返しだったが、本質的な社会の矛盾は一向に解消されなかった。
だから少し経つとまた似たような問題が起こって来る。
日本人は《本当の問題解決》ではなく、《心理的な解決》を『解決だ』と思い込んでいる(?)。
というのも、問題の本質を問おうとすると…だからだろう。

>そこで気づかされたのが、この社会にいかに「人権」が根付いていないか

立場の強い者が自己のエゴイズムを社会に押しつけており、
その矛盾の原因が何処に在るのか分からないよう(逆情報活動専門家が)カムフラージュしている。
そしてその責任を立場の弱い者に押しつける。例えば公文書の改ざんのように。
それで立場の弱い者が辞職するなり死ぬなりすると、世間が関心を失う。
だが社会の矛盾は依然として残存し続け、将来の破裂に備えて時を待ち続ける。
2021/12/03(金) 00:19:55.730
ttps://mainichi.jp/premier/politics/articles/20211014/pol/00m/010/017000c
引退議員に聞く 野党が「失敗」から回復するには 民主党の残影からどう抜け出すか
荒井聡・元国家戦略担当相 2021年10月15日

ガバナンスの欠如
最大の問題は党内をまとめられなかったことだ。
小沢一郎元代表と仙谷由人元官房長官の確執が根本にあった。
二人とも敵を作り、アンチの政策や行動を積み重ねて自身の求心力を増すやり方だった。
違うようでいて、二人の政治手法は非常に似ていた。
もう一つは「エリート意識」だ。
国民のなかの数%のエリートである自分たちに任せておけば、
日本の政治はちゃんとやれるのだ、という考えだ。
そう口に出して言った人はいない。しかし、そうした感覚があったことは間違いない。
だから自分と考えの違う人とは徹底的に対立する。
それが党内でも、官僚に対しても、起きた。
2021/12/03(金) 00:20:17.130
組織をまとめることに経験も関心も薄い
今の立憲に集っている人も同じだが、大きな欠点があった。
組織をまとめることについて経験もなければ、関心も薄い。政策志向で、同時に権力志向だ。
政権に就いたり、代表になったりすればなんでもできると思っている。

農協でも組合長ならなんでもできるなどということはない。
ましてや政党では議員一人一人は独立している。

まとめることには巨大なエネルギーと知恵がいるが、
党の中心にいた人たちはそうしたことにあまり関心を持たなかった。
党内でいろいろ立場が違い、対立していたけれども、
まとめることへの関心が薄いという点では、みな共通していた。
2021/12/03(金) 00:21:03.640
霞が関を敵に
典型的だったのが、霞が関を全面的に敵に回したことだ。
霞が関が動いてはじめて政策は実施できるのに、行き過ぎた政治主導で積極的に敵に回した。
霞が関が動かないから自分たちで電卓をたたくという愚かなことをやっていた。
鳩山政権での行きすぎを菅直人政権ではある程度、もとに戻した。
鳩山政権で廃止した事務次官会議を復活させた。菅直人首相が官僚から意見を聞く場も作った。
ところが、菅さんは役人を怒鳴る。
秀才で怒鳴られたことなどない官僚たちを容赦なく怒鳴るから、官僚が近づかなくなった。
私は菅さんと官僚の間で「通訳」をやっていた。私が内閣から離れると通訳がいなくなった。
東京電力福島第1原発の事故の際も、霞が関を全面的に展開させなければならないのに、それができなかった。

顔ぶれが変わらなければ
野党が信頼を回復するのにはまだまだ時間がかかる。10年はかかるのではないか。
あの失敗をした時のメインプレーヤーが頑張っている限りは、…
2021/12/03(金) 00:38:03.800
ttp://www.taharasoichiro.com/cms/?p=1110
「坂の上の雲」を突き抜けてしまった今こそ必要な「物語と哲学」
投稿日: 2013年8月26日 作成者: ascom 田原総一朗 公式ブログ

明治維新以降、日本は上へ上へと…「坂の上の雲」をつかもうとしてきた。
昭和の敗戦の後も必死に働いて、平和で豊かな国を目指してきた。
いま、その夢はほぼ実現した…問題がないわけではない。
それどころか現在、問題は多様化し、複雑に絡み合っている…
これまでは、豊かな社会を夢見て…信じて、がむしゃらに働けばよかった。
日本国民みんなが、ひとつの「物語」を持っていた…では、その夢が実現したら、どうなる…
だからこそ、いま、国民すべてが持つことのできる新たな「物語」が必要なのである。
はたして目指すべき夢を描ける者はいるの…か。「物語」には「哲学」が必要だ。
「哲学」が大事な時代になっている…と僕は思う。人間は何のために、そして、いかに生きるべきか。
このような時代だからこそ、真剣に考えることが必要…ではないか。
ソクラテス、カント、ショーペンハウエル、ハイデガー、ヘーゲル……。
古代から、なみいる思想家たちが、人間の生き方について考え抜いてきた。
ところが、せっかくの彼らの思想を、現代の哲学者(研究者)は、わかりやすい言葉で語ってくれない。

このことに僕は、おおいに不満を持っている。僕は何冊も哲学書を読んだ。真剣に「哲学」を学ぼうとした…
しかし、どの哲学書も難解な思想を、さらに難解な言葉で解説している…実にわかりにくい…
理解できないのは、僕の頭が悪いからかもしれない。
けれども、なるべく多くの一般読者にわかるように語…るのが、
この時代に生き…る哲学者や研究者の役目ではないだろうか。
2021/12/03(金) 00:42:04.770
>いま、国民すべてが持つことのできる新たな「物語」が必要なのである。
>はたして目指すべき夢を描ける者はいるの…か。「物語」には「哲学」が必要だ。
>「哲学」が大事な時代になっている…と僕は思う。人間は何のために、そして、いかに生きるべきか。
>このような時代だからこそ、真剣に考えることが必要…ではないか
135考える名無しさん
垢版 |
2021/12/03(金) 09:18:01.940
どんな形であるかはわからないけど、
ある種の哲人政治の必要性があるという訳ね。
136学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術医師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/12/03(金) 09:43:05.500
地震 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

広範ですね。ゆるんだんでしょうか。笑いこらえてたけど。しかし帝国文書偽造帝大落ちなんかこんな時役に立たない。公文書偽造の公務員科挙落ちとか。
137学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/12/03(金) 09:43:47.720
政治職かつ総務が向いてますよ。哲学者は。
138学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術医師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/12/03(金) 09:44:32.300
生き方を書いたものは多いが死に方を書いたものはまれ。
139学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術医師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/12/03(金) 09:45:20.330
人生哲学でもどう生きるかということが多くいかに死んだかということは伏せられる。
140学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術医師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/12/03(金) 09:46:18.030
死んだ後のことを書き綴らないと、神教どころか無神教。
141学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/12/03(金) 09:46:55.630
ジャンケレヴィッチ死はなかなか名著。
142学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術医師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/12/03(金) 09:47:49.760
日本の名随筆死を昨日読んだけど、ニーチェはエロ獅子だなあ。
143学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/12/03(金) 09:48:20.710
野坂昭如 エロ事師じゃないけど。
144学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術医師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/12/03(金) 09:49:23.890
割合哲学エッセイなんか、みんなで綴りませんか。字数。
145学術@死廃神酔天魔法狂廃遊舞鬼神龍騎禅軍呪妖幻術医師悪魔召喚居士
垢版 |
2021/12/03(金) 09:58:48.820
副首都稼働で。ボランティア救急救命人事整備、食策総務。哲学者も仕事あるよ。
2021/12/16(木) 03:16:28.400
ウラジーミル・ジャンケレヴィッチ

フランスのブールジュに生まれる。両親はロシア帝国領(現在のベラルーシ)からの移民。
父シュムエルは医師であり、またヘーゲル、シェリング、フロイト、
クローチェらの著作を含む多くの書籍の仏訳者。
パリの高等師範学校を卒業
だが負傷中にヴィシー政権の対ユダヤ人政策よって除隊、さらに教職を剥奪され、レジスタンス運動に参加。
1965年にナチス戦犯の時効問題が取りざたされた際には、明確に「時効なし」の論陣を張った。
自身ユダヤ系でありながら、イスラエルのベイルート侵攻に対する抗議デモに参加している
2021/12/25(土) 23:50:22.370
この先生からは色々とヒントを貰って考えるのが楽しくなるよw
ttps://www.youtube.com/watch?v=dNcevZv8eMg&t=124s
【武田邦彦】日本在住の「本物の天才」から衝撃の事実を聞いた!これは私も知らなかった…
2021/11/29
2021/12/25(土) 23:51:27.810
ttps://news.yahoo.co.jp/articles/937f824e6b429f78a6b4a6cac8fc92c1d0480270
青いガラス玉が弥生時代に「草原の道」を1万キロメートル! 
約2千年前の交易が明らかに〈AERA〉12/4(土) 8:00配信

最新の科学技術を使った研究から、
弥生時代にユーラシア大陸を横断する交易の様子が浮かび上がってきた…
伊都国は、弥生時代後期(3世紀ごろ)に現在の九州北部にあったクニの一つ。
女王卑弥呼が治めたとされる邪馬台国とほぼ同じ時代に栄えていた。
朝鮮半島に近いという地理的な条件を生かして、大陸との交易が盛んだった。
その伊都国の様子を伝えてくれる遺跡の一つが、1965年に発見された平原遺跡だ。
この遺跡には約1800年前の女王の墓があり、銅鏡やアクセサリー類がたくさん見つかっている。
その中には、886点に及ぶ紺色の「重層連珠」と呼ばれるガラス玉もある。
当時の日本にはガラスを作る技術がまだなかったから、海外のどこかから持ち込まれたものだ。
25年ほど前に行われた分析で、そのガラスの種類はソーダガラスということまではわかっていた。
人類最初のガラスは、6千年以上前に古代メソポタミアで作られたとされている。
2021/12/25(土) 23:51:45.720
ガラスの原料は、珪砂と呼ばれる砂。石英という鉱物の粒からできている。
この珪砂を1700度以上に熱すると、溶けてガラスになる。
しかし、これほどの高温にするのは容易ではないので、
珪砂が溶ける温度を下げる融剤というものを加えてガラスを作る。
古代に用いられていた融剤には、カリウム、鉛、ソーダの三つがあり、
用いられた融剤によって、それぞれカリガラス、鉛ガラス、ソーダガラスと呼ばれる。
このうち、ソーダガラスは地域によって、融剤に使うソーダの原料が大きく二つに分かれる。
古代の西アジアでは、植物の灰を原料にした。
一方、ローマ帝国が支配していた東地中海沿岸では、
エジプトの塩湖から取れるナトロンという塩類を使っていた。
2021/12/25(土) 23:52:42.040
ローマ帝国から「草原の道」を通って日本へ

これらのことから、平原遺跡の重層連珠がどこで作られ、
どこを通って伊都国にやってきたのか、田村さんは次のように考察した。
「3カ所から出たガラス玉は、いずれもナトロンを使ったガラスで、
ローマ帝国領土内の東地中海沿岸で作られたと推測できました。
カザフスタンやモンゴルからも出土していることから、
東地中海で作られたガラス玉は、伊都国だけでなく、
古代のカザフスタンやモンゴルの人たちにも好まれたことがわかります。
おそらくこのガラス玉は、『シルクロード』の『草原の道』を通り、
カザフスタン、モンゴル、朝鮮半島を経由して伊都国まで運ばれてきたのでしょう」
弥生時代後期というとおよそ2千年前。そんな大昔に、
日本からおよそ1万キロメートルも離れているローマ帝国の産物が日本に入ってきていた。
つまり、ユーラシア大陸の人々が広く交易していたことが、
ガラス玉の分析からわかったのだ。
「小さなガラス玉を追っていくと、
古代世界のつながりが見えてきて、東地中海までたどり着きました。
2021/12/25(土) 23:54:32.030
1万2千年前「世界最古の神殿」日本隊が調査へ 文明史塗り替えるか
朝日新聞 編集委員・永井靖二2021年11月24日

「世界最古の神殿」ではないかと注目され、
世界遺産にも登録されたトルコ・アナトリア地方の巨石遺構について、
千葉工業大や東京大などの研究者でつくる日本のチームが調査に加わることで、
トルコ文化観光省との合意がこのほど成立した。
最新の科学的な手法も取り入れて
約1万2千年前とされる遺構の年代や広がりを確かめ、文明の起源を探る。
巨石遺構はアナトリア地方南東部、「肥沃な三日月地帯」として知られる
ユーフラテス川上流域のギョベックリテペとカラハンテペ両遺跡。
ギョベックリテペ遺跡は1995〜2014年にドイツの調査隊が発掘し、
高さ1・5〜6メートルのT字形の石柱で囲まれた神殿跡とみられる遺構6基が見つかった。
石柱は約120本確認され、ライオンやオオカミなどの浮き彫りが施されたものもある。
放射性物質による年代測定で、建設が始まったのは約1万2千年前とみられることがわかった。
2021/12/25(土) 23:55:02.080
巨石遺構が注目されるのは、約1万2千年前とされる建設年代からだ。
人類が農耕や牧畜を始めたとされる時期を2千年以上さかのぼる。
エジプトのピラミッドやメソポタミアの都市国家遺跡より7千年ほど古い。
2021/12/25(土) 23:55:31.450
揺さぶられる定説

これまで農耕や牧畜を機に定住化が進み、
余剰生産物の分配が、階層を伴う複雑な社会集団の発達を促したと考えられてきた。
だが、巨石遺構の発見を機に
「農耕より先に社会の階層化が始まっていたのでは」とする説が提唱された。
「神殿」のような象徴的な構造物に人が集まり、公共儀礼を担う人々の食糧を得るため、
農耕や牧畜が発達したのではないかという。
遺構の年代測定が正しければ、逆に、
農耕や牧畜はもっと早くから始まったのではとの見方も出ている。
調査隊は千葉工大の松井孝典学長(比較惑星学)が統括し、
惑星探査や地球科学で使われてきた精密測定や分析の手法も取り入れ、
遺跡の年代や当時の環境要因を詳しく調べる。
考古学分野は東大総合研究博物館の西秋良宏館長(先史考古学)が指揮する。
トルコ側との折衝にあたってきた
中近東文化センター付属アナトリア考古学研究所の大村幸弘所長は、
「なぜ文明が始まったのかという根源的な問いに挑むことになるだろう。
日本が得意とする分野を生かし、
専門の垣根を越えた、学際的な取り組みで謎を解き明かしたい」と話す。
(編集委員・永井靖二)
2021/12/25(土) 23:56:09.470
ttps://blog.goo.ne.jp/02200224/e/bbf85ce7968c6f772f4e2deaf82c8d01
秦の始皇帝はどこの民族だったのか?
2016-11-09 | 歴史

>秦の始皇帝の…兵馬俑が…古代ギリシャの影響を受けたとの説が浮上している…
>最近、イギリスBBC(電子版)が伝えた。これは、外国の研究者だけが発表したものではなく、
>中国の研究者によっても同じ趣旨の見解が出されました。
>「秦始皇帝陵博物院」の李秀珍研究員はBBCに
>「シルクロードが開かれる前に始皇帝時代の中国と西洋の間で密接な接触があった証拠が見つかった」
>と証言した。
>ウィーン大学の教授も最近発見された像の特徴から、
>「ギリシャの彫刻家が中国人に技術指導したかもしれない」と指摘した…
>中国・西北大学の段清波教授は、長らく始皇帝陵園の発掘の指揮を執ってきた研究者です。
>段教授の論は、明快かつ驚くべきものでした。
>「兵馬俑は外来文化、特にギリシャやペルシャなど西方の彫像文化を受け入れたものでしょう」
>「兵馬俑のような、等身大でリアルな造形の俑(副葬品の人形)は
>それ以前には中国ではまったく出土しておらず、その後もない。まさに空前絶後の遺跡だ」
>と語っている…
2021/12/25(土) 23:56:27.780
>「近年の考古学の成果は、それよりもはるか以前から東西交流が盛んだったことを明らかにしています。
>鉄器、黄金、小麦など様々なものが西方からもたらされ、中国に広まりました。
>秦は戦国諸国の中で西のはずれにあり、諸国から一段低いものと見なされていましたが、
>逆に外来文化の伝播という面でいうと真っ先に西方文化が伝わる情報の先進地だったのです」。

>さらに段教授曰く、
>「私は、始皇帝が全国を統一後に行った数多くの政策、政治体制や法律、文字や度量衡の統一、
>道路交通網の整備などは、アレクサンドロス大王が征服し、
>かつ踏襲したペルシャ帝国から学んだものだと考えています」と総括した

>今年の8月、読売新聞の奈良版に、「奈良の都にペルシャ人の役人がいた」と報じられていました。
>奈良市の平城宮跡から出土した8世紀中頃の木簡に、ペルシャ(現代のイラン付近)を意味する
>「破斯(はし)」という名字を持つ役人の名前が書かれていたことが、
>奈良文化財研究所の調査でわかったという
2021/12/25(土) 23:57:26.730
.
人類の文明は非常に古い。
2021/12/25(土) 23:58:13.060
ttp://ikuno.lolipop.jp/piramido/ka/04yudaya/yu02.htm
ユダヤと日本の類似性

●ヘブライ語と日本語の類似
(日本語)=(ヘブライ語)
カク=書く
トル=取る
スム=住む
ホレブ=滅ぶ
ハラー=祓う
ハケシュ=拍手
バレル=明らかになる
ダベル=おしゃべり
ハエル=輝く
ハラ=腹をたてる
コオル=凍る
カサ=傘
クモツ=捧げ物
ミツ=蜜
ナク=泣く
シャムショ=社務所
2021/12/25(土) 23:58:37.310
ヤッホー!=ヤッホー!(神様)
ヨイショ!=ヨイショ(神が助けてくださる)
ワッショイ!=ワッショイ(神が来た)
ハッケ ヨイ ノコッタ=ハッケ(撃て)ヨイ(やっつけろ)ノコッタ(打ち破れ)
ジャンケンポン!=ジャン(隠して)ケン(準備)ポン(来い)
ヤマト(大和)=ヤゥマト(神の民)
かんぬし(神主)=カムナシ(長)
ヤーレンソーラン=神が答えてくださった。見てください。
みそぐ=ミソグ(聖別)

エッサホイサッサ
エッサ=エッサ(持ち上げる)
サアー!=サア!(出発)
アスカ(飛鳥)=ハスカー(住居)
ナラ(奈良)=川・・・奈良は川に囲まれている
ミヤ(宮)=ミヤ(神様のいる場所)
アリガトウ=アリ・ガト(幸運です)神への感謝の言葉
2021/12/25(土) 23:59:06.860
祇園祭とシオン祭の共通点

祇園とシオンの発音が似ている点。
祇園祭の山鉾に描かれている絵は、バグダッド宮殿や砂漠を行くラクダやエジプトの風景や
旧約聖書「創世記」第24章のイサクの嫁選びのシーンなどが描かれている。
祇園祭は7月の1ヶ月間続くが、シオン祭も7月の1日からほぼ1ヶ月続く。
山鉾巡行が行われる7月17日は、ノアの箱舟がアララト山にとどまった聖なる日である。
2021/12/25(土) 23:59:44.590
日本の古文書に、シルクロードから謎の大集団がやってきたことが記されている。
それは日本に大きな影響を与えた秦氏である。
失われた十支族の一部が、秦氏として日本にやってきたと考えられる。

日本とイスラエルの共通点
1.日本の文字とヘブル文字の共通点
「コ」「ク」「フ」「レ」「ル」など、日本のカタカナ、ひらがなと
ヘブル文字の形、発音が似ているものがたくさんある。
2021/12/26(日) 00:00:10.640
ソロモンの秘宝「失われたアーク」

失われたアーク(契約の箱)は、
三種の神器(十戒の石板、マナの壺、アロンの杖)が納められた移動式神殿であり、
最も神聖なものであった。
日本の神輿(みこし)のルーツは、失われたアークであると言われている。
どちらも二本の棒で担ぎ、金で覆われており、移動式の神殿である。
神輿を担ぐときの掛け声「エッサ」は、ヘブライ語で「運ぶ」という意味である。
2021/12/26(日) 00:01:20.680
.
正直、これらの真偽はオレには分からない。
2021/12/26(日) 00:03:59.690
.
だが古代から《シラス》と《ウシハク》という区別があったことを知った。
《シラス》とは超越理念を共有する連帯で、《ウシハク》とは上下階層による支配である。
2021/12/26(日) 00:04:30.410
古代ギリシア・ローマからシルクロードを通って伝わった?
『シラスとウシハク』という概念

二千年前から日本と古代ローマはつながっていた。
だから(ユダヤ教、キリスト教のような)
一神教やプラトン哲学のような理念も伝わっている可能性も有る。
もう10年ぐらい前(内容はうろ覚えだが)、テレビで放映されたり書籍になったりしているが、
古代ヘブライ語のアルファベットと日本の片仮名の、その字体と発音が似ている、という指摘が有った。
古代ヘブライ語と日本語には発音とその意味が同じ単語が多数有る。
日本で神輿を担ぐ際の『エッサ』という掛け声(発声)は
古代ヘブライ語で『動かす(移動する)』という意味に当たり、
神輿の元となった箱は「モーセの十戒(が書かれた石板)」を納めた聖櫃(移動神殿)であること。
山伏が高下駄を履き、ほら貝を吹いて、
頭襟という小さな帽子を顎にかけた紐で固定する、独特の装束と似た装束が古代イスラエルにも在る。
古代イスラエルでは角笛を吹き、かかとの高い木靴を履いている。
同じように(小さな紙に書き込まれた)
経典を折りたたんで入れた小箱(テフィリン)を頭頂に紐で固定している。
また、山頂から七日をかけて麓まで大木を降ろしてくる御柱祭りと同じ祭りが有る。
日本の鳥居と似た形式の門が古代イスラエルにも在る。
その他、寺社の『卍』や、燭台(メノーラー)など、
古代イスラエルに在った独特の装飾が日本にも存在する。
というように、古代イスラエルと古から日本に伝わる文化に共通点が有るという。
2021/12/26(日) 00:06:10.650
古代エジプトやローマは大帝国だった。
そこから高度な装飾品などが理念やシンボルと共にこの日本に伝わった可能性が有る。
だが、日本は未開だったため、当時の日本人にはその意味が分からず、
(意味を伴わない)その外形や形式のみが伝わることになった
(のかもしれない。リチャード・ファインマンが言う、《カーゴ・カルト・サイエンス》のように)。
だから日本にはモーセの一神教やプラトン哲学の理念は根付かなかった。
意味が分からず外形や形式だけを真似ている
(現代の「立憲主義」や「議会制民主主義」もそうかもしれない)。
大元の意味が失われたお神輿や、御柱祭り、鳥居、
山伏の装束などが“単に形式として”取り入れられることになった(のかもしれない)。
そして本来無関係の土着の信仰に転用された。
2021/12/26(日) 00:06:48.030
お神輿は、元は「モーセの十戒(が書かれた石板)」を入れた箱=聖櫃(移動神殿)であり、
それを神殿から外に移動させる際、聖櫃の両辺に渡した棒を担いで移動させた。
その意味が失われて日本では地域の祭りになっている。或いは鳥居のように神道に取り入れられた。
だから『シラスとウシハク』という話も、
土着の古代日本人の王である大国主神が《ウシハク》で人民を支配管理していたところに
大陸から高度な文明人が(あたかもメイフラワー号で北米大陸に)漂着しインデアンに遭遇した、
と似たようなことが起こったのかもしれない。
それで、その漂着した代表=天照大神が
『我々自身が社会を形成するには《ウシハク》でなく《シラス》でなければならない!』と、
宣言した(のかもしれない)。
正にフランス革命の『人権宣言』、ジェファーソンの『独立宣言』のように。
それで現地インデアンの首領=大国主神を《先進兵器》で打倒してその領地を事実上、奪い取った。
それ(で皆殺しになる前に大国主神が白旗を掲げて降参した。
『どうぞこの土地をお譲りします(´・ω・`)』と。それ)が『国譲りの神話』かもしれない。
とすれば、天照大神は(西方の高度な文明を知る)シルクロードを渡って来た古代ギリシア人かローマ人、
ペルシャ人の血を引く者らの代表かもしれない。
2021/12/26(日) 00:08:49.490
だが彼らは古代日本に漂着し、代替わりしながら日本人と混血するうちに、
その(彼ら民族が持つ歴史の)知見や価値観が失われてしまい、
寺社建築や土木技術、祭りや宗教装飾の中に“単に”形式として彼らの痕跡が残されたのかもしれない。
それで古代日本とは、古代ギリシア・ローマ文明
(が崩壊する過程でむしろ徐々に未開から文明化してきたが…
それを伝えたのは正に、そうした崩壊過程に入った古代文明からの亡命者、避難者であり、彼ら)と、
(平城京・平安京などのような建築土木技術を伝えた)古代中華文明からの亡命者、
避難者を受け入れて出来ていたが
(その象徴が、彼ら亡命者らが持ち込んだ《貢物》を自慢して?ねり歩く祇園祭なの?か)、
2021/12/26(日) 00:09:33.140
内藤湖南が言うように「応仁の乱」でそれまでの古代日本から伝わって来た
高度で貴重な文化・価値観が(戦国時代を通じて)完全に破壊されてしまい、
そこから現代日本につながる
(仏像や遺跡を〇〇したり、残虐なやり方で無差別に人々を殺したり、
都市に立てこもって人質を自分ら戦闘の盾に使ったりしている、
現代の〇〇〇〇過激派のような《足軽》を戦場に投じた)《武家》主導の社会形態が生まれて来た。
このような(正に今の〇〇〇〇〇〇主義を唱える部族長と、
〔大昔から繰り返される、大国の侵攻から自分ら領地を守ろうとする過激なナショナリズムが嵩じた〕
その配下のテロ集団のような)《武家》主導の社会形態とは
(福沢諭吉が『文明論之概略』で厳しく批判したように)
苛烈な《上意下達》の封建社会であり、そこに《シラス》などという価値観はとっくに無い。
2021/12/26(日) 00:10:19.470
(古代日本に伝わったかもしれない)
古代ローマの共和制やプラトン哲学が持つその“理念は”(高度に抽象的であるが故に)理解するのが難しく、
人々の記憶から失われた。只、祭りや儀式の中の形式として、
道具類が持つ外形として、宗教やその装飾として伝わった(のかもしれない)。
だが、それさえも応仁の乱後の戦国時代に徹底的に破壊され、
(絶対王政や独裁者の横暴を否定し、各人の人格や権利を保障する)
超越的理念で統合される価値観は忌み嫌われ、
(信長や秀吉、家康など)その部族の長を絶対視し奉る、
(上には決して逆らえない)極端に上下階層を重んじた武家社会の
(家来として家臣を召し抱える)様式が完成する
(この《縦社会》と《セクショナリズム》の形態は、
日本の旧軍や現代の日本企業や官庁に受け継がれている)。
2021/12/26(日) 00:11:16.470
その調子=《ウシハク》で幕末まで来たところに
《シラス》=理念側のペリー(19世紀の天照大神)がやって来た。
それで19世紀の大国主神である、徳川慶喜の幕府が倒された。
代わりにイギリスのアーネスト・サトウや
ジャーディン・マセソン商会に支援された長州ファイブの薩長が天皇を担いで政権を盗った。
彼らは先進外国から技術を貰って産業を興し、配下の財閥が富を独り占めした。
それで(父祖の体制を潰されて恨みを抱く)
永田鉄山や東條英機ら(20世紀の大国主神に相当の)
反・非薩長=旧幕臣側の一部過激グループ=陸軍「統制派」が薩長英米体制を
(“国内で”5.15事件、血盟団事件のようなテロを起こして親英米派を政治中枢から排除し、
同時に“海外で”満州事変、支邦事変、上海事変などを仕かける《内外同時テロ》で英仏蘭を)
東アジアから追い出そうと太平洋戦争を仕かけた
2021/12/26(日) 00:12:01.140
(これに対し、
檄文、《露、支、英、米との間一触即発して祖宗遺垂の此の神洲を一擲破滅に堕らしむる、
火を見るより明かなり》
として、その対英米戦争を阻止しようとした者らが居た。
彼らこそが2.26事件の決起将校らであった。
だが彼らは、5.15事件、血盟団事件の首謀者らがその後に恩赦となり、
敗戦後も右翼の大物として時の総理の政治指南役となったのとは正反対に、
天皇によって直ぐに処刑されてしまう)
ものの、開戦半年のミッドウェーで大敗、その後の都市爆撃、原爆投下を経て惨敗し、
(東京裁判と日米安保条約という《取引》により
昭和天皇側〔20世紀の大国主神〕が戦争責任を免ぜられる代わりに)
GHQのマッカーサー元帥(20世紀の天照大神)の支配下に置かれることとなる。
2021/12/26(日) 00:12:47.290
というわけで、
『日本は古代から《ウシハク》でなく《シラス》でやって来た』、というのは全くのウソである。
外から来た先進文明=《シラス》をバックに付けて劣勢を挽回し、
支配者に成り上がろうとする《開弁》=国際協調派=元非主流派と、
元主流(守旧)派=国内土着派=《ウシハク》に国内が分裂し、
互いに主導権争いを続けて最後に自滅するという、うんざりするような歴史が有るだけである。
2021/12/26(日) 00:14:20.070
ミイラ肖像画(ミイラしょうぞうが)、

またはミイラの肖像画(阿: ???? ??????????)は、
エジプトの古代末期ごろから死者のミイラとともに埋葬された、埋葬者の肖像画。
木の板に描かれた伝統的な板絵に属する絵画作品で、
自然主義的なその作品は、古代美術としてはきわめて優れた分野のひとつとみなされている。
ミイラ肖像画はエジプト各地で発見されているが、
ファイユームのハワーラ (en:Hawara) と
アンティノポリス (en:Antinoopolis) から出土した肖像画がとくによく知られており、
ミイラ肖像画の総称として「ファイユームのミイラ肖像画」と呼ばれることもある。
死者に麻やパピルスを貼り付けて石膏で固め、
その上から肖像や装飾を描く風習はエジプト第1中間期まで遡ることができるが、
ミイラ肖像画はエジプトが古代ローマ帝国の属州だった、紀元前1世紀ごろから発展した風習である[1]。
紀元前1世紀から1世紀前半にかけてミイラ肖像画が盛んに描かれたが、
この風習がいつごろから見られなくなったのかは明確になっていない。
近年の研究では、3世紀半ばごろまでミイラ肖像画が描かれていたのではないかとされている。
希少な現存する古代の優れた絵画作品として、ミイラ肖像画は最大の規模を誇り、
その後のエジプト国内の初期キリスト教時代(コプト美術 (en:Coptic art) のみならず、
ビザンティン美術や中世以降の西洋美術における板絵へと、その伝統を伝えていった。
2021/12/26(日) 00:14:46.300
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%A4%E3%83%A9%E8%82%96%E5%83%8F%E7%94%BB#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Fayum-34.jpg
若い女性が描かれた2世紀のミイラ肖像画。ルーヴル美術館所蔵。

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%A4%E3%83%A9%E8%82%96%E5%83%8F%E7%94%BB#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Fayum-35.jpg
フランス人考古学者アルベール・ゲイエがアンティノポリスから発掘したミイラ肖像画。
多くの金箔が使用されているこのミイラ肖像画は、1905年/1906年の冬に発掘され、
1907年にベルリンで売却された。現在はベルリンエジプト博物館に所蔵されている。


>希少な現存する古代の優れた絵画作品として、ミイラ肖像画は最大の規模を誇り、
>その後のエジプト国内の初期キリスト教時代(コプト美術 (en:Coptic art) のみならず、
>ビザンティン美術や中世以降の西洋美術における板絵へと、その伝統を伝えていった
2021/12/26(日) 00:15:19.340
ここでもミイラ肖像画が見られるらしい。
ttps://digital.asahi.com/articles/DA3S15142880.html?ref=pcviewer
(美の履歴書:725)「ニムロト王子の腕輪」 作者不詳 月を載せた子に、なに願う
2021年12月14日 16時30分
2021/12/26(日) 00:17:46.690
.
相当の大昔から人類は高度な文明を既に持っていた。
その内容は、日本の天皇制(が持つコンセプト)を遥かに超えていた(と思われる)。
2021/12/26(日) 00:26:32.210
プラトンの国家やモーセの一神教に遥かに劣る犯罪シンジケートの《ボス国家》

戦国大名は(他の戦国大名に打ち勝つために)先進的な武器をもたらす南蛮人を必要としていた。
だがその南蛮人はキリスト教を信じており、
特にカトリックのスペインは日本人領民に対する布教を要求していた。
これに対し天皇家は、天皇の上に神を置くキリスト教、を信ずる南蛮人を嫌い、
徳川などの将軍に南蛮人を追い払うようにしつこく要求していた。
また、徳川のような将軍家は天皇の権威を必要としていた。
つまり日本の支配者を目指す戦国武将や幕府の将軍は、
(先進的な)南蛮人を利用しつつ(権威としての)天皇も味方に付ける必要が有った。
家康は南蛮人と交易するメリットを考え鎖国するつもりは無かったが、
息子の秀忠は後水尾天皇と自分の子(徳川和子)を結婚させ(天皇家と姻戚となり)、
天皇の意を汲んでキリスト教徒に対する過酷な迫害を制度化した。

キリスト教に改宗した者の大半は農民で、多くは鉄砲の扱いに慣れた足軽であった。
彼らは遠くから位の高い者を打倒する訓練を積みキリスト教徒の領主に雇われていた。
2021/12/26(日) 00:27:07.630
家康の孫の家光は引退していた後水尾天皇と二条城で面会し、
ウィリアム・アダムスが家康に贈った地球儀を前にして、
長時間に渡り世界に於ける日本の地位に関して議論した。
その後、二人は或る一致した見解に到達する。
江戸に戻った家光は、全ての大名に二年間の内一年間は江戸に居住し、
大名自身が領地に戻るもう一年間はその妻子が江戸で人質となるよう命じ、その謀反を防止した。
またその翌年、全ての商人の商売は国内に限定すると定め、
外洋船の建造、また外国に住む日本人の帰国を禁じ、もし帰国の場合は死刑とした。
また、キリスト教を布教する者は死罪にした。

家光は秀吉の海外進出に代わり、
皇室の希望である外界から閉ざされた《神道の王国》=鎖国をその政策とした。
2021/12/26(日) 00:27:37.130
この体制を守るため、50万人が棄教を強要され、
数千人が投獄、数百人が見せしめとして殺された。残った数万人は死を選んだ。
島原に立てこもった3万7千人は女子供に至るまで虐殺となった。
1638年、最後のポルトガル人祭司が将軍によって追放された後、
全てのカトリック教国の船は大砲を向けられ日本の海岸から追い払われた。
1640年、交易を口実に訪れたポルトガル船は、
乗組員61名が打ち首となったとの文書を持たされて追い返された。

という前史の有ることを考慮に入れた上で、250年後のペリーのよる開国要求と、
それに反発した孝明天皇に岩倉具視が直訴してそこへ薩長の下級武士が参集したことに始まる、
東アジアから英米仏蘭を追い出すという大東亜戦争(太平洋戦争)の惨敗を考えると、
先進国から武器を取り入れて先ずは後発の分裂した国内を平定支配し、
次に鎖国して外国を排除する。
そして自分の血筋(だけの継続と、その他は自分の人質として弱体化を図る)とそbフ天下を確立すb驕B
といb、支配方式にそb烽サもの無理が覧Lる。
2021/12/26(日) 00:28:35.890
(信長、秀吉、家康と)あのときも文明を教えてやったのにその(文明を教えた)俺たちを排除した。
だけでなく、日本に築いた拠点と(日本の)仲間を虐殺した。それでペリーがまたやって来た。
(長年鎖国という、国内弱体化政策を続けたために人材払底し)
今度は鎖国出来なかったので渋々同盟国となり、海外に近代化を学んだ。
だが、英仏がドイツと戦争を始め、アメリカが大恐慌に陥って、もう一度鎖国をするチャンスが来た。
今度は資源の無い日本列島に閉じこもっても先が無いので逆に外に出て、
資源地帯の仏印まで進軍したと。そこで共栄圏を作って閉じこもろうとした。
(航空機が、人工衛星が地球を周回出来る時代に)発想のコンセプトが古過ぎる。
というわけで今度こそ占領されて米軍基地が在る。
日本人の野郎は何を仕出かすか分からない。
だから(原爆を造れる工業国家の間は)永久に駐留し続けると。
これが中世からの日本の歴史なのである。
2021/12/26(日) 00:39:17.150
待望される日本人(=フロイト相当人物)による『人間天皇と多神教』

オレが丁度〇〇生の頃に(自己)催眠術が流行っていて…それに興味を持ち、
催眠術や心理学についてあれこれと話し合った友人から、大学生になったころ
岸田秀の『ものぐさ精神分析』を教えられて読み大変感心した。
その岸田秀は自分が行うこうした論議を『フロイトの真似だ』と(確か?)書いていた。
フロイトは個人の心理を分析する精神分析学に止まらず、
本当は“集団の”心理を分析するようなそれに行きたかったのだと。
だから岸田秀も、ペリー来航で日本社会は
(『尊王攘夷』という、自分のプライドに固執するナルシシズム障害=)《内なる自我》
と《外なる自我》(=プライドは捨てて強者〔外界の状況〕に自分を適応させようとする
――鹿鳴館に代表される――近代化路線=〇〇〇〇〇パーソナリティ障害)に分裂した
=明治以降の日本は精神が分裂した状態の『神経症である』とした。
それで後にフロイト『モーセと一神教』を読んで、
なるほど岸田秀の論議は“完全に”フロイトの真似だった
(オレの中であれほど崇拝していた
岸田秀〔のその部分の議論〕に、オリジナリティは無かったw)と理解した。
2021/12/26(日) 00:40:30.250
フロイトは『モーセと一神教』で、何故
(選民思想と快楽を否定する苛烈な宗教である――
〔我々だけが神によって選ばれた民だ。
その他の民族は、貪ったり、快楽に溺れる者=獣と同じなのだと〕
それ故ユダヤ人は他のヨーロッパ人から忌み嫌われた――)
《一神教》という理念が人間集団の中から出て来たのか、その理由を説明しようとした。
つまり人類社会に《一神教》という超越的な理念が仮定されるようになった理由とは、
バラバラの個人の多種多様な意見を調停し、
『全体にとって何が正しいのか』を見極めるためである。
そしてその『何が正しいのか』を見極めるための議論基盤は(最終的には)数学に基づいている
(だから西洋人は自分らの倫理を支える哲学、
を支えている数学の確実さを確かめるため数学基礎論を創始した)。
2021/12/26(日) 00:41:30.700
だが、そもそも何故個人が自己の意見に固執しているのか、
その裏には(過去に体験した)恐怖が在り、
その恐怖に二度と遭遇すまいとの思いに(個人のみならず集団が)強く束縛されている。
(パブロフの犬が、或る現象を見てよだれを流すように)
そう思い込むことで恐怖=禍が避けられるとする、その思い込みは果たして正しいのか、
それを見極めて行く必要が出て来る。
見極めて、それが誤った観念によるものであれば捨てなければならない
(何故なら個人でも集団でも、恐怖に駆られて暴走すれば自滅だからだ。

おそらくその典型が、
『満州は日本の生命線』と言って惨敗に終わった太平洋戦争だろう。
2021/12/26(日) 00:42:13.290
石橋湛山は『満州が日本の生命線』ではない
=『英米との貿易こそが日本の生命線である』ことを説明しようとしたが失敗した)。
それはそもそも恐怖の原因ではないのだと。そして正しい解釈につなぎ直さなければならない。
それを見極めるテクニックが
(数学に支えられた)哲学=3学4科=リベラル・アーツ&サイエンスになる。
つまり、(超越的理念の究明=)神学と
神経症の治療=精神分析学との間には“密接な”関連が在る。
だから哲学=西欧近代合理主義=啓蒙思想=立憲主義が絶対王政
(=呪術祈祷による恐怖支配)を(理詰めによる“集団的な”自己説得で)打倒することが出来た。
それこそがデカルト「方法序説」による《西欧近代合理主義》の意味なのだ。

だが再び(第一次世界大戦の敗戦処理で、
フランスによる天文学的賠償金が課されたドイツにハイパーインフレが起こり、
人々は老後の資金や年金を失った。そして)ヒトラーが登場し、
『悪いのはユダヤ人だ!』とその民族抹殺を開始する。この掛声に多くのヨーロッパ人は賛同した。
2021/12/26(日) 00:42:51.630
ttp://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/philo/1341071064/750-753
第一次世界大戦が人類に問いかけた根源的諸問題

それで(ユダヤ人の)フロイトは、
その地に住むドイツ人の誰よりも長く、
住んだ故郷を追われロンドンに亡命しなければならなくなった。
が故に、何故ユダヤ人は追われなければならなかったのか、を問う必要に迫られた。
それは(ユダヤ人による)キリスト殺しであり、選民思想だろう。そして快楽の禁止だろう。
何故、ユダヤ人は他の民族から嫌われる宗教を信じているのか。その意味は何なのか。
ユダヤ人は流浪の民であり苦難の民である。
それ故に《神に選ばれた民族である》と信じなければ生き抜けない。
2021/12/26(日) 00:45:55.760
では何故、多神教で無く一神教なのか。
それは気が遠くなる人類の歴史に於いて、殺し合いでボスを決めてきた名残である。
ボスは恐怖支配のシンボルで、支配下に怖ろしい弾圧を加えていた。
だが(苛烈に耐えかねて)そのボスを誰かが殺すと秩序を失った集団は
(主導権を得ようと互いに)殺し合いを始める。
正にイラクのフセイン、リビアのカダフィを殺した後の状況のように。

そして仲間同士が殺し合っている最中に、
例えば外敵に(或いは疫病に、自然災害に)襲われて全滅するか奴隷身分に転落する。
そして偉大な自分ら父祖の思い出もこの世から失われてしまう。
その恐怖故、集団は《神の掟》を信じるのだと。
《神の掟》を失ったら集団は殺し合いのカオスに逆戻りすると。
だから人々は進んで一神教を信じ続けるのだ。つまり宗教への信心とは、
(それを信じないと戦慄の恐怖が到来する、という強迫観念から来る)集団神経症である。

ところが一神教は偶像崇拝を否定している。
信じて良いのは目に見えない、超越的な(唯一の)神のみなのだ。
それ以外(=現実に存在する現象、存在)は、一切信じるなと
(勝手に偶像を創って拝むなと)。
(唯一の)神以外の全ての己の《思い込み》を(一旦は)疑えと。
これが一神教の掟になっている。一神教を信じる原因は(集団)神経症なのに、
一神教の中にこの神経症を治療する《仕組み》がビルト・インされている
2021/12/26(日) 00:48:00.820
.
つまり一神教は、あらゆる非合理な恐怖支配から脱する精神的な手段となっている
2021/12/26(日) 00:56:56.180
フロイト『人間モーセと一神教』は、ユダヤ人が信じる民族の始祖モーセについて、
モーセはユダヤ人ではなくエジプトの神官で、エジプトの奴隷だった
ユダヤ人をこのモーセがエジプトの圧政から救い出し、一つの民族として独立させ、
且つ彼らに、彼らの神とその聖なる掟を授けたとした。
つまり《ユダヤ人は神に選ばれた民である》という
(自分らが信じる)神話を“解体し”、当時出来る限りの考古学的事実を集め、
それを根拠に《理詰め》で自分らの歴史を
(神話を頭から信じ込める“当の”民族だけでなく、
それ以外の民族にも何が起こったのかが分かるよう)再構成したのである。
つまり自分らを《相対化する》ことで、(『神に選ばれた民族』を信じるユダヤ人と、
キリストを殺し『神に選ばれた民族』だと言い張るユダヤ人、
だからそれを忌み嫌う他の民族が罹患した其々の)神経症からの脱却を計ったのだ
(これは神話を信じるナショナリストのユダヤ人から危険視される、
大変勇気の要る仕事であった。

何故なら(これを日本に置き換えれば)『古代日本人は古代中華帝国の奴隷であり、
古代中国の神官が奴隷であった日本人を日本列島に救い出し、
天照大御神の神話を与えると共に初代の天皇に就任した』
に等しい話だからだ)。
2021/12/26(日) 00:58:38.960
フロイト『人間モーセと一神教』は、
先ず一神教が神経症の防止・治癒機能を持つことを説明し、
次に自らの民族、ユダヤ人が持つ神話を相対化することにより、
自民族が持つ集団神経症と、
それに呼応してそのユダヤ人(とその価値観)を忌み嫌う、
他のヨーロッパ人が持つ集団神経症とを同時に治療しようとする試みだろう。
つまりこれは、フロイトによる和解の提案なのだ。
その治療=和解に失敗すれば、再びヒトラーのような人間が登場し、
それに踊らされる集団的騒動=虐殺が起こるからだ。
だからこそフロイトは、
『人間モーセと一神教』を何が何でも書かなければならなかったのである。
2021/12/26(日) 01:01:02.160
とすれば、幕末にペリーに脅されて
(外国が味方に付いた側に支配されるからと攘夷を煽る者、鎖国のまま落ちぶれて、
ここで開国して近代化しなければ外国に潰されるとの)開国か攘夷かに分裂し、
内戦した結果、やっぱり外国が付いた方が勝ち、
イギリスの支援で開国して近代化するのに『王政復古だ』と天皇を担ぎ
(つまり――外国に支援されて内戦に勝ち、勝った側が自分の都合で近代化を推し進める
(そのため長州ファイブ、岩倉使節団のように現地工場を見学に出かける)
=その結果は、財閥などによる富の偏在と、
足尾銅山のような公害という人災、をその支配下に強いる、という――現実の推移を隠ぺいし)、
薩長支配が続いた末に(隠ぺいされた現実を力で覆そうと)昭和維新で軍部が台頭し、
国内では血盟団、5.15のようなテロで親英米派を葬り、鬼畜米英で対英米戦争に突っ込んで行く。
その結果が原爆投下による自滅なのである。
それならば日本人は何に呪縛されているのか、恐怖しているのか。
2021/12/26(日) 01:01:37.460
フロイトは自民族と自民族を忌み嫌う者らの和解を図ろうと『人間モーセと一神教』を書いた。
果たして日本人で同じことが出来る者が居るのか。
自己の過去の歴史(を美化するばかりでなく、真の現実を)を通覧し教訓と出来る者が。
それは学者なのか、作家なのか(岸田秀はそれを〔一部分でも〕やろうとしたらしい。
2021/12/26(日) 01:03:26.990
だが《外的自己》〔外に開かれ適応する自己〕と
《内的自己》〔内にこもって外を拒絶する自己〕という説明は分かり易いようで分かりにくい。
何故なら(それら〔二つの分裂した〕症状が発症した根拠、
これを統一的に説明する)心理学側の体系に乗った用語では無いからだ。
フロイトの後継者が言うように、ナルシシズム障害〔=他に対するの強迫的支配欲求〕と
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇障害〔=強者への強迫的依存体質〕と表現すれば、
何故そうした分裂が発生したかその原因が直ぐに解る。それは《死の恐怖》である)。
司馬遼太郎は明治(の指導者)を称賛し、太平洋戦争(の指導者)を否定した。
本当は“維新こそが”太平洋戦争の《原因》なのにも拘わらず。
だから訳が分からなくなる。
何で称賛される万全の明治を作ったにも拘わらず、
リベラルな大正を経て昭和で軍部独裁に転げ落ちるのか。
(同じ大戦の経験者である)司馬遼太郎はフロイトがしたように、
自民族が罹患した集団神経症には向き合わず、むしろ心理的に現実を隠ぺいした
(西郷は偉かったけれそ東條は屑だったと)。
193考える名無しさん
垢版 |
2021/12/26(日) 01:04:37.370
むしろ維新を起こした奴らの動機が不純であったからこそ『東條が登場したw』と考えたら、
日本人は自分らの神経症に向き合えた。同様に靖国神社を美化したら、
日本人は民族として罹患した集団神経症から抜け出せない
(〔ペリーと井伊直弼が組んだら『自分ら=薩長には勝ち目はない』と恐怖を抱く〕
集団神経症から内戦を起こし、死んだ仲間を美化して自分らの行為〔に走った真の原因
=『このままでは井伊直弼とペリーに支配されてしまう』という己の恐怖心〕を正当化する。
『俺たちの行為は日本〔全体〕を毛唐支配から守るためなのだ』と
〔それがアーネスト・サトウのイギリスと組んで(天皇を担ぎ)、徳川を倒すことであった。
そして長州ファイブと岩倉使節団が英米に渡り、国内に移植する産業を選び学ぶことだった〕。
そのシンボルが靖国神社だからだ)。何度でも同じことを強迫的に繰り返す。
だからこそ(覚醒を求めて)《日本人のフロイト》が、登場するべきなのである。

そして書くべきなのだ、『人間天皇と多神教』を。
2022/01/10(月) 00:28:26.990
譜代大名と幕臣側(=幕閣主流)を代表する
井伊直弼が宮廷に無断でペリーと和親条約を結ぼうとした。
そこで、親藩と外様(=非主流派)代表の一橋派と呼ばれる大名ら、
徳川斉昭、松平春嶽、山内容堂らが『天皇に勅許を受けるべきだ』として介入する。
そして自派の一橋慶喜を将軍に推し、幕政改革を提唱した。
すると井伊が安政の大獄で弾圧に乗り出し多数が死罪、隠居、追放とされた。
それに対して、孝明天皇は徳川斉昭に井伊の排除を命令する。
井伊は桜田門外で殺されて一橋派は復権する。
孝明天皇は妹の和宮を将軍家茂に嫁がせて幕府との和解を図った。
孝明天皇は攘夷を唱えるものの幕府そのものと決別する気は無く、
今まで通り、幕府に政治外交を一任した上で攘夷を希望していた。
その孝明天皇を支えたのは薩摩の島津斉彬、久光、伏見宮邦家親王の子の朝彦親王で、
彼らは公武合体派であった。只、慶喜の考えた公武合体は天皇と徳川の合体で、
薩摩の島津が考えた公武合体は、(徳川)幕府が京都に移り、
そこへ雄藩を加えた上での合議制であった。
2022/01/10(月) 00:30:43.730
長州をバックとする三条実美らは
(攘夷を唱え井伊直弼と対立したものの、井伊亡き後、政治外交を今まで通り幕府に依頼する)
孝明天皇に異議を唱え、天皇親征による即時攘夷を主張した。
彼ら急進的な攘夷論者が一橋派に向かって暗殺を繰り返し、外国軍に無断で砲撃するなどしたため、
孝明天皇、朝彦親王、一橋派、会津、薩摩が提携し
《境町御門の変》を起こして三条実美ら急進攘夷派を京都から追放した。
孝明天皇、一橋派、(本音では攘夷は無理で開国するべきと考える島津久光の)
薩摩、会津が結託し、政治外交を幕府に委任したままの体制が続くと見た長州は、
天皇親征による即時攘夷決行と幕府打倒を決意する。
暗殺や脅迫を繰り返す長州と急進攘夷派の公家らを京都で叩くため、
徳川慶喜、松平容保(会津藩主で京都守護職)、松平定敬(桑名藩主で京都所司代)の《一会桑》が成立し、
朝廷上層部に食い込みつつ朝廷への他藩の影響力を排除して独占し、国政を主導しようとした。
会津藩はその中心で、幕閣と朝廷の両方にパイプを持ち、西南雄藩の国政参加阻止を図った。
この《一会桑》に対抗する目的で締結されたのが《薩長同盟》で、
当初この同盟には《幕府打倒》という目的は無く、会津の排除が目的であった。
最も過激なのが長州の毛利で、幕府を打倒して天皇親政に戻し、即時の攘夷戦争を決行する。
これに三条実美ら急進的な公家が同調していた。
2022/01/10(月) 00:32:30.690
つまり、ペリー来航という外圧を利用して先ずは徳川の非主流派が幕閣主流派に攘夷を迫り
(主流派を困らせると共に、主流派が外国と戦えば主流派は外国に敗け、
威信が傷つき、自分らに権力が転がり込む)、自分ら派閥の代表を将軍に送り込もうとする。
それに乗じて島津のような非徳川の大名が懇意の公家と結びつき、
自分らを国政に参加させるよう徳川に圧力を加えようとする(つまり、拡大徳川の一員に成ろうとする)。
そうした体制を天皇に認めさせ、宮廷を味方に取り込もうとする。
これに対し、一番徳川から遠い長州が最強硬派の公家と結びつき、
徳川を完全に権力から引きずり落し、天皇親政による長州主導で権力を握る体制を画策する。
つまり、明治維新(の段階で)は外国の排除を建前とした内部の権力争いに過ぎない。
権力争いに勝った者らはさっさと開国に転じている。《攘夷》は単に権力奪取のための方便に過ぎなかった。
2022/01/10(月) 00:33:52.190
徳川斉昭、松平春嶽ら幕府の非主流派は孝明天皇の意向=攘夷に便乗し、
井伊直弼を打倒して幕府の主流に成ろうとした。そこへ薩摩の島津も同調した。
だが会津は薩長が国政に口出しするのを阻止しようとした。
それで薩長が会津打倒で結託する。
薩摩は徳川に島津を加えた拡大徳川で孝明天皇を味方に付けて旧体制を続けようとした。
だが長州の毛利は徳川打倒を決意する。そこへイギリスが近づいてイギリス長州の主導で幕府が倒れた。
すると一番攘夷を叫んでいた長州は開国になった。
薩摩と徳川で孝明天皇を支えるつもりが明治天皇を担いだ長州に主導権を握られる。
2022/01/10(月) 00:35:53.850
薩摩と徳川は公武合体派であったが討幕派の長州とイギリスに明治体制の主導権を奪われた。
西郷は自刃して大久保利通も殺され、伊藤博文と山縣有朋に権力が渡ってしまう。
伊藤博文とその秘書であった西園寺公望は、天皇を立憲主義の支配下に置き、
日本を議会制民主主義の国にしようとしていた。
また、山縣有朋はロシアの南下を緩衝地帯の満州で抑え込むものの、
日本は(基本的に島国に留まるべきで)海外拡張主義は採るべきでないと考えていた。
一方、(薩摩と盟友関係を結んでいた伏見宮邦家親王の子=)
朝彦親王の子や孫である閑院宮(陸軍参謀総長)や伏見宮(海軍軍令部総長)ら、
と彼らに支えられていた昭和天皇は、日本を天皇親政の国とし、
海洋志向の薩摩と共に南方に進出するべきだと考えていた。
2022/02/05(土) 19:52:13.910
あーあ
2022/02/05(土) 19:53:02.180
あいうえお?
2022/02/16(水) 00:24:29.110
考えてみればバブル崩壊以降にデフレが続き、
財政赤字が雪だるまに拡大していたところへ、追い打ちで福島第一原発が破裂して、
国の指導者が、国民が、目を覚ますかと思いきや、
今までの日本の何処か悪かったのか、狂っていたのか、を問うのではなく、全力で隠ぺいに走った。
という10年だった。
つまり、敗戦後に世界第二の経済大国に昇り詰め、
その天井でバブル崩壊し多額の不良債権を背負いこんで、
その処理に十数年をかけている内に少子高齢化と産業のアジアシフトが進み、景色が変わっていた。
そこへ(安全対策よりも核燃料サイクルを優先していたところ)原発事故が加わった。
何故一時はアメリカに次ぐ経済大国になったのに、こういう経緯になったのか。
それを根本から考え直して見るべきが、むしろ政治家と役人が全力で隠ぺいに走った。
こうした感覚の背景には何が有るのだろうか。

ttps://www.youtube.com/watch?v=T8tzt3PDu1c
自民党・安倍晋三の悪意。維新が嘘を付きまくるのは安倍の後継者だからだ。
GDPの不正統計・コロナ陽性率90%超の恐怖。
政府は都合の悪いことを見ないことにした!安冨歩東大教授。一月万冊
2022.2.16
2022/02/16(水) 00:28:41.990
西欧を利用しながら同時に西欧を誹謗する近代日本人エリート

西欧(近代)思想の神髄は天賦人権論=自由平等博愛と合理主義=啓蒙思想である。
(他人から見れば非合理でしかない)
自己のエゴイズムを《社会正義》として支配下に押しつけようとする例えば絶対王政を、
唯一の神がこの世を創ったという天賦人権論と、
(幼児期に親や社会から植え付けられた恐怖、それを心の無意識の中に封印した)
個人的な拘り、偏見、思い込み、歪んだ信念、
それを数学的な客観性を見極める論理と証明によって、人体解剖の如くその人間の精神性を解剖し、
一つ一つの拘り、偏見、思い込み、歪んだ信念を、『本当にそうなのか?』と問い質し、
間違いであれば正しい理屈に置き換えて行く。
これこそが、(古い言い伝えや魔女狩りなどの)中世の迷信から人間社会を解放する、
(万物と、人間とその社会を包含する宇宙=自然界を数学的に理解する、という)
近代合理主義が生み出したSCIENCE
(=ギリシアに遡る3学4科、
それが今に通じるリベラル・アーツ&サイエンス)の持つ趣旨である。
2022/02/16(水) 00:29:01.540
近代(思想=近代合理主義、啓蒙思想、立憲主義、天賦人権論)
を考え出して絶対王政を打倒し民衆の自由を実現した西欧と、その西欧文明の成果
(=技術や産業、社会制度)を後から(例えば明治政府の朝彦親王、
岩倉具視、三条実美、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文、などの)
権力者が自分に都合の良い(軍国主義のベースとなる富国強兵的な)部分だけを切り取って真似、
(西欧社会の民主主義、立憲主義を成り立たせている
近代合理主義、啓蒙思想、立憲主義、天賦人権論は真似せずに)
支配下に強制しようとした後発の開発独裁国家では、近代化の中身が“全く真逆”になっている。
2022/02/16(水) 00:29:24.880
絶対王政が持つ自己のエゴイズムを優先し、
民衆の自己保存本能(から発する当然の感情)さえも否定しようとしたそれを、
バスチーユに向かった(通常であればバラバラの思惑と利害を持つ)
民衆は近代合理主義、啓蒙思想、立憲主義、天賦人権論を根拠に団結し
(〔それまでバラバラで団結出来ない弱い民衆に個人的なエゴイズムを強いていた〕
絶対王政を圧倒する信念とそれを支える合理的な力によって)、打倒した。
だが後発の開発独裁国は、先行する近代国家から技術や産業、兵器を取り入れ、
それを独占的に握って、より圧倒的な力を得て抵抗出来ないよう支配下の国民を抑圧し、
権力に都合良く使い倒そうとした。
その究極が、英米仏蘭が支配している東アジアを奪いたいから『特攻して来い』と命じた、
大日本帝国の天皇と国民の関係である。

大元の近代思想とその仕組みが悪いから民衆が苦しんでいるのではなく、
近代を真似し損なった後発独裁国家が近代の持つ人間解放の精神を取り入れず、
支配下を抑圧し管理する仕組みだけを取り入れた、その受容の仕方が狂っているのである。
2022/02/16(水) 00:29:59.190
自分は(天賦人権論と啓蒙思想の)西欧近代を、
不道徳な思惑を抱き不完全にパクって立身出世して、
日本社会に(国家神道と天皇制という)抑圧的な体制を敷きながら、
その自分が都合良く利用している西欧(が持つ価値観)を支配下の国民に向かって誹謗して、
本来、西欧を利用し抑圧的社会を強いている支配層の自分らに向かうべき国民が抱く怨嗟を、
西欧(への敵意)に向けさせる。
そして西欧からパクった技術で造った兵器に国民を乗せ、或いは持たせ、西欧に特攻させようとする。
そして日本の支配層が、西欧から更に何かを奪おうとする。
2022/02/16(水) 00:30:15.280
この構図こそが、明治の日清日露(という準備段階)から
満州事変、支邦事変、上海事変、重慶爆撃、南京攻略、仏印進駐、
から遂に真珠湾奇襲、広島長崎への道となっている。
太平洋戦争で惨敗し、福島第一原発事故を起こし、新型コロナの対応にも失敗した今、
明治以来の日本の近代化とそのイデオロギーに対しては、
徹底的な批判の十字砲火を浴びせなければならないだろう。
そうでなければこの先、日本社会は滅ぶだろう。

ttps://www.youtube.com/watch?v=8wiy4U11bJU&t=2229s
ttps://www.youtube.com/watch?v=8wiy4U11bJU&t=3063s
ttps://www.youtube.com/watch?v=8wiy4U11bJU&t=3114s
維新創設者・橋下徹の闇。彼は何故れいわの大石あきこ議員を訴えたのか?
孤独な幼少期を過ごして痛みを知る弁護士は何故維新を作ったのか?
安冨歩東大教授。一月万冊 2022.2.14
2022/02/16(水) 00:32:25.370
堀田善衛「上海日記」

三人で、渡辺さんを加へ話したことだが、どうも僕は、
日本はアテネやスパルタのやうに滅びるのではないかと思ふ。
この大東亜戦争が恐らく第一弾のものではないのか。
何しろ日本人ほど何かをやりたい、やりたい、
やりたいといふ慾情につかれた人民ばかりで成り立つている国家といふものはないであらう…
「かつて東方に国ありき」……と。
ともあれ、もはや世界には日本と戦争をしなかったといふ国はないのである。
いはゝ゛世界の札つきである。
上海に来て僕の感じたことのうちで大きいことは、
日本人といふものは、余程特異な存在であるといふことだ。
その風俗習慣、物の考え方に、国際的に共通、意識共通なものは殆どないといふこと。
しかも世界の如何なるものをも理解出来るらしいといふこと。
これはともあれ余程特異な人間の集まりである。余程ゝ特異なのだ。
208考える名無しさん
垢版 |
2022/02/26(土) 20:42:19.090
結局資本主義が問題なんだよね。
関曠野の『プラトンと資本主義』読み直そうかな・・
2022/03/05(土) 17:57:48.310
ttp://kohada.2ch.net/test/read.cgi/eco/1324300987/498
498 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/12/24(土) 03:39:34.20
詭弁島の九官鳥は今日も鳴く 「アメリカは最悪、最悪、最悪」、と

日本は何で発展できたのか。あまりにも明白だが日本人はその事実を否認したいのだ。
アメリカが空と海、宇宙から厳重に守る島に、
既に世界で成功が検証済みのアメリカ由来最新技術が移植され、
それを世界より安い労働力、安い金利で(過労死寸前まで働き)正確に作って先進国市場に売った。
「1970年当時、日本はまだ先進国の中で最も若い国。六五歳以上の人の数が人口の七%以下」。
だがこのビジネスモデルは破綻した。「日本の年齢構成が変わるのに要した期間は二十五年、
米国七〇年、ドイツ百年、フランス二百年」
「こうした変化の日本での衝撃は、欧米のどことも比べものにならないほど大きい…
なぜなら、日本社会が依拠する基本政策は、過去の年齢構成、過去の教育構造、
過去の農村社会、過去の消費パターンを前提としているからである」(ピーター・ドラッカー)
「現在(2001年時点)の成人労働人口と退職者人口比率は四対一だが、
二〇二五年にはその比率が二対一になる(J・ショッパ)」。
(多量の生産設備と借入金を持ちながら)急激に高齢化して働けない人間が激増し、
多量の財物を既に所有して、需要が減少した社会をこのモデルで支え続けることは出来ない。
技術革新で市場を創造するか、後進地域の近代化を支援して資源を得るか、労働力を活用するか、
移民を受け入れるか、それとも金融が破綻して資本主義と社会が崩壊するか。
それを選択しなければならない。ドラッカーはそれを78年には指摘した。
2022/03/05(土) 17:58:20.470
500 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/12/24(土) 03:40:00.36
だがその米国に守られ米国由来技術で発展した島の中で、官僚と政治家が米国に悪態をつきながら、
その仕組みで得たその儲けを地方に配ることで政権を維持し続けて来た。
マスコミも学者も評論家も国民も、その流れにただ乗っていた。
島内の良い「社会的位置」だけを競い合って。
閉ざされた島の中だけで通用する戯言を口角泡を飛ばしながら。
曰く「民主主義とは…、社会主義とは…、非武装中立とは…、防衛費1%枠とは…、政治改革とは…」、と。
しかし日本経済はビクともしなかった。
何故なら、世界で既に検証された米国由来技術を、正直且つ、正確に再現する、
日本の技術者・職人達が確実に動作し利益を出す製品を生み出し続けてきたからである。
米国がそれを黙って引き受けてきたからである。
日本はアメリカの軍事的脅しをバックにしたドルを受け取って、
世界中から石油や小麦を買うことが出来たからである。だが、この安眠を貪る欺瞞
(アメリカに守られアメリカの用意した枠組みに支えられながら
アメリカに悪態をつき続ける自己都合の構図)も今や破綻した。
2022/03/05(土) 17:58:48.280
501 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/12/24(土) 03:40:35.05
自民党は最外郭を米軍に守られた、数々の民間人の下働きによって成り立つ、
この島の「最高級住宅街」に閉じこもってアメリカに悪態をつき続けた。
昭和天皇が自己防衛のために日本列島をアメリカに売り、その見返りで
自分をアメリカに支えさせながら、同時に国民から喝采を受けるナショナリストを装いつつ。
「利益は自分のポケットに、厄介事は自分以外とアメリカに負わせる」体制の正当化によって。
それでアメリカから見放され、日本株式会社の利潤率は減少し続け、税収は落ち続けて、
地方に配るものを無くして政権を失った。そして公務員や規制産業の利益を守る、
その民間の経済活動から上がるところの税収を当てに生きる、もっと逆向きの民主党が政権を取った。
過去からのあの白熱した数々の欺瞞の政治論議は効力を失って雲散霧消した。
技術移植を受けて発展した初期段階の、人口動態とビジネスモデルに矛盾の無い、あの若い日本。
その旨みを総取りした世代は既に鬼籍に入った。
残されたのは莫大な負債と今後もっと老化する人口、破綻した外交である。
アメリカはこの9月、かつての仲間である「反共抜刀隊」=「ジャパン・フリーダム・ファイター」をテロ指定した。
自民党がたとえ政権に復帰しても、もう「戦後」には戻れない。
日本国民は、あの麗しい経済成長と安定の時代へは戻れない。
何故なら自分達で創り出した枠組みではないのだから。
それはアメリカによって20年も前に「解除」されていたのだから。
2022/03/05(土) 18:00:24.360
何でバブル崩壊以降、日本の金利をゼロにしても経済発展しないのか。
それは既に需要飽和して且つ、少子高齢化で国民に将来不安が有るからだ。
2022/03/05(土) 18:00:56.870
.
まあ、当たり前だ。
2022/03/05(土) 18:01:14.260
ttps://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1635849331/90-94
≪新春特別Interview≫ 前国税庁長官・商工中金副理事長――大武健一郎氏に聞く
(聞き手: 本誌発行人 飯塚真玄)
■ハンディキャップを持って生きる「人口逆ボーナス」の時代

――戦後の日本の復興にはGHQの設定した為替レートが大きく貢献する一方で、
国内的にも2つの要因があったとお書きですね。

大武:
1つは「人口ボーナス」です。戦後すぐの1945年の日本の人口は7200万人でしたが、
わずか60年の間に実に5500万人増えました。
人口が増えれば否が応でも量的拡大が起き経済は黙っていても成長します。
そしてもう一つのボーナスが「人口大移動」です。

――産業構造が変化し人口が地方から大都市に移りました。

大武:
そうです。だから住宅などはつくれば必ず売れたし、
家具や調度品をはじめ白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫の3種の神器、
それに3C(カー・クーラー・カラーテレビ)など、大量生産・大量消費が現実になったわけです。
景気さえよくなれば、みんなが好況を実感できる時代だったわけです。
2022/03/05(土) 18:01:37.430
――しかしこれからの時代は量の拡大は期待できませんね。
先ほどのお話にあったように日本の地政学的特殊性はすでに失われているうえに、
超高齢化社会が到来してきています。

大武:
そうです。日本はもはや普通の国です。もちろん人口ボーナスも人口大移動もない。
高齢化という、ある意味ハンディキャップを持って生きていかねばならない社会になります。
すでに人口は2005年から減少期に入っており、2050年には1億人を割ると予測されています。
一方で75歳以上の人口がこれから急増し、2000年の900万人が2025年には2000万人を超える。
つまり働き盛りの人間が減って、支えられる側の人間が急増する
「人口逆ボーナス」の時代に入るわけです。
2022/03/05(土) 18:02:41.010
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」 1997年

私は、ジョン・メイナード・ケインズの名を出したが、これはある意味で危険なことだった。
「ケインズ」の名を少しでも出すと、
ケインズ本人の思想とはほとんど関係ないことを連想されるきらいがある…
これは、マルクスの名を持ち出すときと似たところがある。
反射的な誤解にさらされることなくマルクス主義的分析を応用しようと思ったら、
その前に自分は「マルクス主義者ではない」と…宣言する必要がある…

日本経済について論じる本書でケインズを持ち出したからといって、
財政の倹約という懸念など無視して赤字支出せよと…主張したいわけではない…
また私は…どの国の経済であれ、
政府が計量経済学の複雑な公式の変数を操作することによって運営できるとも考えていない。
適切な需要管理を行うことで貧困、失業、不況を撲滅できると考えた
一九五〇年代、六〇年代のケインズ主義者たちの思い上がりはこのうえなくばかばかしかった…
ケインズが…生きてい…たとしたら、さぞ当惑したに違いない
2022/03/05(土) 18:03:38.940
あの戦争がなかったら、たとえケインズの名が今日残っていたとしても、
その評価は、せいぜい二流の経済学者…程度でしかなかっただろう。
しかし現実には、戦争が彼を、彼のいう戦争の究極の原因、
すなわち経済変動を緩和する方法を求めて、一生探求を続ける道へと駆り立てた…
その研究は、一九一九年のベルサイユ条約締結にいたる交渉の最中から始まった…
交渉が進むにつれて、勝利した同盟国が、世界経済に対する破滅的影響も考えもせず、
交渉を利用して敗戦国ドイツを再起不能にしようとしていることに怒りを募らせていった。
そして抗議のために辞職し、
ベルサイユ条約を痛烈に批判した『平和の経済的帰結』と著した。
この本によって彼は世界に名を知られるようになる…
この本は、出版後十五年を経ずして、大恐慌の到来と
ヒトラーの台頭を招いたドイツの進展を予言したとみなされるようになる…
2022/03/05(土) 18:04:38.330
一九二〇年代、三〇年代を通じて世界経済が
超インフレから好況、不況、崩壊、恐慌へと…よろめくにつれて、
ケインズの名はさらに輝きを増していく。
その時代の経済史のもっとも納得のいく整合性ある説明を提示し、
最大の功績として、大恐慌の謎を解明したからである。
2022/03/05(土) 18:05:32.160
それにもかかわらす、ケインズは日本ではほとんど無視されている…
日銀や大蔵省の野心に燃える若手官僚は、
ケインズの名を口にするだけで出世に響くと考えていると聞いた…
ケインズも概して市場を信用しなかったし、教条的な自由貿易論者ではなかった…
ケインズはかつて、投資の決定はきわめて重要なので市場に任せてはおけない…
と主張したことさえあった…

日本がケインズに耳を貸さない理由の一つは、
後発国としての日本の歴史的経験に由来するといえよう…
ケインズはやはり生産そのものは所与のものとされた英米の伝統から生まれた。
イギリスの…一九四五年以降はアメリカの…経済学者はほぼ全員、
企業はどのように生産を決めるか、市場はどのように反応するか、
価格はどのように設定されるか、
家計は金利の変動、あるいはモノやサービスの価格変動にどう反応するか、
といった問題に関心を寄せてきた。
2022/03/05(土) 18:06:29.950
しかし、日本、ドイツ、韓国など、
後発国の政策専門家たちは、それとはまったく違った観点から世界をみる傾向がある。
たとえば、より強力で進んだ国には鉄鋼業があると分かると、
後発国の政策専門家は、いかに雇用を維持し、インフレを抑えるか、
あるいはいかにして銀行恐慌を回避するかといった問題を考えるのではなく、
どうやって鉄鋼業を興すのかを知ろうとした。
したがって、銀行の監督や、
自由貿易か保護貿易かといった問題への取り組みも根本的に異なっていた。

一九世紀のイギリスのような国では、自由貿易の問題は、
それによって国民所得を向上させられるか、という観点から討議された。
日本やドイツでは…生まれたばかりの鉄鋼業を
効率で優る外国メーカーから保護しなければならなかったので、
保護主義しかなかった。イギリスなら
金融恐慌を最小限に抑えるには銀行をどのように監督すればよいか考えるところを、
日本…は製鉄所の建造費をまかなうカネが
確実に銀行に集まるようにするにはどうすればよいかが問題だった…
2022/03/05(土) 18:08:06.100
外国のオブザーバーが…よく指摘することだが、
日本政府の政策策定に携わる高級官僚にはエコノミストがほとんどいない…
おそらく、われわれが今日「経済学」と呼んでいるものは、
高度に発達した法体系と民主的市民文化を備えた
完全に成熟した先進国の経済環境を分析するためのテクニックなのだろう。
そのような国でない場合は、「経済学」は起こっていることの理解にほとんど用をなさないか、
場合によっては害になることさえあるように思われる。

たとえば、アメリカの経済学者たちの東欧に対するアドバイスは、惨憺たる結果をもたらしている。
2022/03/05(土) 18:08:44.060
一方、東アジアや東南アジアの急成長を遂げつつある国は、
経済学者たちの助言にほとんど耳を傾けなかった。
こうした姿勢は…全宇宙で通用する法則をもつ物理のような、
一種の科学を実践しているのだと考えたがる英米の経済学者の怒りを買っている。
しかし、これらの経済学者が実際に行っているのは、
自分たちの歴史的・地理的地方性を隠すために高度に専門的な数学的言語で粉飾した、
自分たち自身の社会についての説明に過ぎない…

アメリカの政治学者チャーマーズ・ジョンソンは書いている。
「日本の政治経済学は、まさしくドイツの歴史学派…
『経済ナショナリズム』、ハンデルスポリティーク…新重商主義…の流れをくむものだ」…
ウィルヘルム・ロッシャー、フリードリッヒ・リストなど一九世紀ドイツの思想家たちは、
いかにして国家を統一し、国力を増強するかに関心を寄せていた…
リストはもう日本の大学ではあまり研究されていないが…
少なくとも明治の日本の経済思想に
もっとも重要な知的影響を及ぼした外国人であることは間違いない。
2022/03/05(土) 18:09:14.610
>おそらく、われわれが今日「経済学」と呼んでいるものは、
>高度に発達した法体系と民主的市民文化を備えた
>完全に成熟した先進国の経済環境を分析するためのテクニックなのだろう。
>そのような国でない場合は、「経済学」は起こっていることの理解にほとんど用をなさないか、
>場合によっては害になることさえあるように思われる。

>たとえば、アメリカの経済学者たちの東欧に対するアドバイスは、惨憺たる結果をもたらしている。
2022/03/05(土) 18:09:54.130
あの半導体学者の西澤潤一氏が学生時代、つまり敗戦後の焼野原の時代、
日本を復興させるのは工学か経済学かで経済学部の学生と議論になったという。
当然、西澤氏は『工学だ』と主張したが経済学部の学生は、
『経済を復興させるのは経済学だ』と言い張ったという。
そこで経済発展とは何かと考えれば、これは人間の頭脳による工夫が大元だろう。
地下に埋まっている資源、或るいは(家畜や)自然界のエネルギーと人間の知恵を組み合わせ、
生活を安全に、楽にする、人工物を創り出す。すると皆がそれを欲しがるので、経済発展が起こる。
そして人々は(人工物を他に売って)他からそうした人工物や食料など、
自分が生きるに必要な資材を得る《権利》を得る。それが通貨になっている。
だが人間は幼児期には親の庇護を受け、老年期には体が動かない。
故に勉強が終わって働ける壮年期に働いて、
その果実を自分で全ては消費せず、残しておく。それが貯蓄になる。
2022/03/05(土) 18:11:07.020
老人は技術や経験、そして貯蓄を持っているが自分自身の体は動かない。
若年は体は動くが技術や経験、貯蓄も無い。
だから老人が若年に技術や経験を教え、
貯蓄をスタート資金として貸し出す、その代わりに金利を得る。
だから貯蓄や金利は
(先行して持てる者となった者と、これから世に出る者とのトレードで)
福祉になっている。
この関係は先進国と後発国の関係でも同じである。
先進国の平均年齢は高く、
莫大な資産を持ち、都市のインフラも整い、人々は高度な技術を持っている。
そして人々(が持つ倫理観は比較的高く皆)は規律を守っている(典型例は北欧だ)。
2022/03/05(土) 18:11:43.250
これに反し、後発国の平均年齢は若く、
大した資産も無く、都市のインフラは貧弱で、人々は満足に学んでいない。
人々は(内心で)政府を信用しておらず、
比較的身勝手で粗暴である(典型例は大日本帝国だ)。
だから先行して近代化した先進国=基軸通貨国は、
自分らが考え出した技術、
機材、資源、などを“必ず”自分が印刷する《基軸通貨》で借金させた上で、
後発国に貸し出すことにより金利を得る。
つまり、ニュートンの力学、ワットの蒸気機関、スチーブンソンの機関車、ベルの電話機、
エジソンの電灯&発電機&モーター&映写機&レコード&録音機、
ライト兄弟の飛行機など、
偉人の発明品を後世の人間が洗練させて標準化したそれらのパッケージ
=《文明再現キット》を後発国に貸し出す見返りに、《基軸通貨》で返済させて金利を得る。
というような仕組みになっているのが資本主義である。
2022/03/05(土) 18:12:32.270
だが、料理に使う刃物が人殺しにも使えるように何事にも裏が有る。
貸し出すバランスが悪ければ搾取にもなるだろう。
だが、金利や搾取自体が資本主義の目的ではない。
本来の成り立ちを考えればこれは人間の基本的な生存活動の或る表現形式で、
全否定出来ないはずだ。こう考えると経済発展の大元は、
人間生活に役立つ発明発見である。そしてその洗練と標準化である。
それが機能するからもう一方の通貨が機能する。
通貨の在り方を幾ら数学的に緻密に考えても、
反対側の発明発見が動いていなければ経済発展は起こらない。
2022/03/05(土) 18:13:13.810
つまり、英米が考え出した英米流の経済学は、発明発見する研究所と教育機関を持ち、
世界中に軍隊を派遣し資源を確保して、自国通貨を他国に押しつけられる
世界一強力な軍隊を持つ覇権国家で基軸通貨国でしか成り立たない
(だから基軸通貨国でもない後発国が、
英米流の経済学“だけ”振り回しても経済発展は起こらない)。
先進国から《文明再現キット》を与えられて発展した外発的なままのローカル国家、
それが一度《文明再現キット》を実現してしまったら、
後は幾ら札を刷っても経済発展は起こらない。それを証明してしまったのが
(“セロ金利”から抜け出せない)平成とそれ以降の日本である。
2022/03/05(土) 18:14:11.000
>おそらく、われわれが今日「経済学」と呼んでいるものは、
>高度に発達した法体系と民主的市民文化を備えた
>完全に成熟した先進国の経済環境を分析するためのテクニックなのだろう。
>そのような国でない場合は、「経済学」は起こっていることの理解にほとんど用をなさないか、
>場合によっては害になることさえあるように思われる。

>たとえば、アメリカの経済学者たちの東欧に対するアドバイスは、惨憺たる結果をもたらしている。
2022/03/05(土) 18:15:58.410
875 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/12/29(木)
かつてのイギリスや、アメリカみたいに世界中を遊弋する軍艦や、
地球全体をカヴァーできる航空機、人工衛星を持って、世界の何処でも爆撃でき、
世界中から資源を収奪し、その資源を活用する技術や学問を生み出せる研究機関を持って、
その資源とその資源の加工を通じて製品を作り出す人間や土地を確保する外交と軍備を持つ「帝国」、
基軸通貨国が、生み出した経済学の教科書をそのまま勉強し、
只のローカル国家に適用して、札を刷れって言ってる奴は只の〇カだと思う。
2022/03/05(土) 18:16:52.430
.
失礼いたしました。
2022/03/26(土) 00:49:53.760
備忘録
2022/03/26(土) 00:50:15.680
(歴史作家の影響で)明治維新を仕かけたのは薩長の下級武士だと思わされていたら、
維新を仕かけたのは岩〇〇視だった。幕末にはイギリスの捕鯨船が茨木沖にまでやって来て、
カツオだかを獲っていた水戸藩の漁船とニアミス状態にあった。
漁民は最初警戒していたが、手招きされた或る漁民は捕鯨船に乗り込んで飲めや喰えやで歓待され、
お土産も持って帰り、その内に漁民と捕鯨船員が物々交換して、
イギリスの品物や銀貨が水戸藩に流通するようになっていた。
それを知った水戸藩の武士は、庶民の心が藩主から離れ、異人になびくことを怖れて、
それで殊更『尊王攘夷』を振り回すことになった(その「水戸学」をパクったのが吉田松陰だった)。
そこにペリーがやってきて、『勝てない』と思った井伊直弼が和親条約を勝手に結ぼうとする。
徳川とアメリカが連合したら天皇の権威が吹っ飛ぶので、
孝明天皇は水戸藩の徳川斉昭に井伊直弼の打倒を要請する。
井伊直弼は水戸藩「天狗党」に桜田門外で殺された。
2022/03/26(土) 00:52:37.590
孝明天皇の側近(首席補佐官)は、公家の最大派閥の伏〇宮邦家親王とその子供で、朝彦親王だった。
伏〇宮家は薩摩藩と永遠の友情を誓い合っていた。
それで孝明天皇を薩摩藩の島津斉彬、久光と、水戸藩の徳川斉昭、その盟友の松平春嶽が支えることになる。
彼らは徳川の開国派、井伊直弼を排除したものの、徳川自体を潰すことは考えておらず、
天皇は政治外交を、今まで通り幕府体制に依頼したまま、慶喜の徳川と島津の薩摩で攘夷を行おうとした。
ところが岩〇〇視と三〇〇美は徳川を倒し、天皇に権力を取り戻す大政奉還を考えていた。
また、三〇〇美は長州藩と近かった。
最初は水戸と薩摩の一橋派と会津、桑名が連合し、長州を叩いていたが、
何時の間にか薩摩と長州が連合し、その後ろにイギリスがつく。
それで一説にはあくまで攘夷を主張し続けた孝明天皇を岩〇〇視が〇〇して明治天皇を担ぎ、
イギリスの武力支援で徳川を倒すことになる。そして攘夷から開国に転ずる。
その後に西郷隆盛は内戦で自刃し、大久保利通も殺される。薩摩の巨頭は居なくなる。
それで長州の伊藤博文と山縣有朋が政治と陸軍を仕切ることになる。
2022/03/26(土) 00:54:04.640
つまり、孝明天皇と朝彦親王、薩摩藩と水戸藩で維新を仕かけたのに、
岩〇〇視と三〇〇美、伊藤博文と山縣有朋の長州藩、
それを裏で支えるイギリスに主導権を横取りされてしまったのだ。
それで昭和に入り、〇〇親王の側近として、
かつて孝明天皇の側近だった朝彦親王の子供の閑〇宮(陸軍参謀総長)、久〇宮(裕仁親王の妃、良子の父)、
孫の伏〇宮(海軍軍令部総長)、東〇〇宮(ヨーロッパスパイ網の首魁)、
朝〇宮(南京攻略作戦で『捕虜を全員殺せ』の命令書に署名した司令官)、梨〇宮がつき、
それを永田鉄山、岡村寧次、小畑敏四郎、東條英機などの軍人が支える構図になっていた。
そこに近衛文麿と木戸幸一も加わっていた。そして彼らの行動を正当化する、
いわば維新の吉田松陰に相当する思想班の責任者が大川周明であった。
大川周明は昭和のテロの殆どに関与し、
この大川に資金提供していたのは松平春嶽の五男、徳川義親だった。
2022/03/26(土) 00:54:42.490
ヨーロッパ・スパイ網の代表責任者=東〇〇宮と共に永田らは、
1921年10月にドイツの保養地バーデン=バーデンで密会し、
日本陸軍から山県有朋=北進派の長州閥を排除すること、政治中枢から親英米派を排除すること、
そして対英米戦争を仕かける方向に日本全体を仕向けることを画策した。
この計画の筆頭戦略立案者は、大久保利通の次男、薩摩の牧野伸顕=南進派であった。
というわけで、明治維新はイギリスの支援で幕府を倒し、薩長が徳川に代わって権力をに握ったので、
『鬼畜米英』を叫んで太平洋戦争(真珠湾奇襲)を起こしたのは旧幕臣側かと思いきや、
(共に進めた維新体制で)岩〇〇視と三〇〇美、そして長州藩に権力を奪われた
伏〇宮邦家親王の血筋の朝彦親王、の子供や孫と、薩摩藩の海軍だった?
2022/03/26(土) 00:55:31.850
戦後、太平洋戦争について騙られていたことは殆ど全てが事実と逆(の偽装)だった。
太平洋戦争は(末端の)軍部の暴走などではなく、
日本の頂上=〇〇天皇とその側近の公家が密かに引き抜いた高位軍人を使って起こした、
世界の英米に対するテロだった。
彼らは元々孝明天皇の側近で、海洋(=南進)志向の薩摩藩と近かった。
三〇〇美ら長州と近い者らが孝明天皇を〇〇し、明治天皇を立てイギリスをバックにし、
孝明天皇の側近グループが彼らに主導権争いで敗けたので、昭和に入ってまき返しを図った。
それには北進派(=山縣有朋)の陸軍が邪魔だった。それが昭和維新であり太平洋戦争だろう。
だから〇〇天皇は平和論者で陸軍の暴走で太平洋戦争が起こったのではなく、
陸軍の主流は英米を後ろ盾にし、ロシアを満州朝鮮で抑える北進論で、
対英米強硬論=開戦派は英米に敵対し、南方の資源地帯を確保する南進論の薩摩=海軍だった。
つまり、真の戦争責任者は〇〇天皇と薩摩の海軍だったのだ。
しかし、A級戦犯として東京裁判で裁かれたのは全てが陸軍で、海軍は一人も居なかった。
幕末の(尊王攘夷派の)薩摩と水戸、
(イギリスをバックにした)長州の対立が太平洋戦争につながっている。
2022/03/26(土) 00:56:39.790
開国と攘夷「日本の歴史」(中央公論) 東大教授 小西四郎

このような武力を背景とした欧米列国の勢力は、すでに清国に侵入した。
アヘン戦争が起り、清国が敗戦をつづけている報知は、
いち早く天保十一年オランダ船や清国船によって長崎奉行に伝えられ、
それはただちに幕府にも報告された。
日本の支配層も清国のアヘン戦争による敗戦には、さすがに大きなショックを受けた。
しかし隣国のこの不幸に対して、なんらの声援を送らなかったことはもちろん、
ただ手をこまねいてこれを対岸の火災視するのみであった。
それでも、さすがに識者の間には、
この戦争をきわめて憂慮すべきものであると述べる人が少なくなかった。
2022/03/26(土) 00:57:05.770
農政学者として有名な佐藤信淵(のぶひろ)もその一人である。
かれは、いわゆる経世家で、政治・経済・社会等の問題について、
当時としてはかなり卓越した見識の持ち主であり、多くの兵学書を著わした。
かれは「インドのムガール国の亡んだのは、実にこれ東洋諸国の大患なり」と述べ、
清国がこれまで血戦に勇猛であった満州兵をひきいて、
要害によってイギリス軍を防いだのに、一戦も勝つことができず、
一城も守ることができずに敗れたことは
「天地開闢以来未曾有の珍事で予甚だこれを驚異とす」とし、
これは結局武備を怠ったからであるといっている。

そして現在の日本の諸大名・武士は太平の夢に酔い、外警の事を聞くことをにくみ、
またたとえ外警の事を聞いても、自分の身には禍があるまいと思い、
だだずるけてその日暮らしに日を送っていると批判し、
このさい大いに庶政一新、富国強兵を計らなければならないと述べている。
さらに富国政策としてかれのもっとも得意な経済政策論を述べ、
2022/03/26(土) 00:57:32.290
経済を統制して富の偏在を匡正し、これを国家の手中に集め、
また積極的に南方に進出してフィリッピンなどを手中にし、強兵の費用をつくるべしとしている。
太平洋戦争期のいわゆる「大東亜共栄圏」樹立構想にかなり似ている。
外国の侵略に対抗するには、他国を侵略することはなんら意に介さないし、
清国を助けて、これを日本を防備するうえの「西屏」とすべしなど夢のようなプランでもあるが、
列強の東アジア進出の警鐘を受けとめた識者の一人である。

長崎の町年寄で、早くから対外問題・海防に深い関心を持っていた高島秋帆も、
アヘン戦争の知らせを聞いて、西洋砲術の採用を長崎奉行に上書している。
松代藩士佐久間象山も、アヘン戦争によって外国勢力の恐るべきことを知り、海防を高唱した。
また儒学者藤竹堂は『鴉片始末』(アヘンしまつ)を著し、
清国の敗戦について、「戦争の是非順逆はきわめて明白であり、もちろん非は英国にある。
しかるに何故に堂々仁義の大国である清国が無礼不義の醜虜英国に敗れたのか。
それは清国がみずから中華を誇り、海外諸国を侮り、
外国の機械の進歩などに目もくれなかったからである」と述べ、
西欧勢力を警戒すべしとした。
241考える名無しさん
垢版 |
2022/03/26(土) 00:58:19.950
>さらに富国政策としてかれのもっとも得意な経済政策論を述べ、
>経済を統制して富の偏在を匡正し、これを国家の手中に集め、
>また積極的に南方に進出してフィリッピンなどを手中にし、強兵の費用をつくるべしとしている。
>太平洋戦争期のいわゆる「大東亜共栄圏」樹立構想にかなり似ている。
>外国の侵略に対抗するには、他国を侵略することはなんら意に介さないし、
>清国を助けて、これを日本を防備するうえの「西屏」とすべしなど夢のようなプランでもある

幕末、既に日本はアジア侵略プランを持っていた。
2022/04/22(金) 21:04:29.480
あいうえお
2022/04/22(金) 21:04:47.910
科学はどこからきて、どこへいくのか 科学哲学者・村〇〇〇郎との対話

テクノロジーと科学の関係を見つめてきた科学哲学者・村〇〇〇郎は、
科学を「ユニークソリューソン」として捉えてはならないという。
先人が築き上げてきたもののなかで多元的に相対化されてこそ、科学はその力を発揮する。
科学が向かわなかっ道とその行先を、自らの人生とともに振り返るロングインタヴュー。
2022/04/22(金) 21:05:19.830
真理はひとつ
そもそも人間はなぜ科学を唯一の解だと思うようになったのでしょうか。
さかのぼれば、それは宗教の問題に行き着くと思います。
ヤン・アスマンの「エジプト人モーセ」のなかでは、
なぜ多神教の国から一神教の伝道者であるモーセという存在が生れたのかが検証されています。
もともとエジプトというのは、さまざまなファラオがいる多神教の国でした。
ただ、たまたまひとりのファラオが、
自分が唯一の神であると言い切り、ほかのファラオを否定しだした。
アスマンは、ユダヤの指導者モーセがそのファラオの考え方のあとを継いだのではないかと考えました。
そこで受け継がれたのは「自分と違う相手は間違っている」という思想、
つまり相手と自分の間に区別を立てることです。アスマンはこれを「モーセの区別」と呼んでいます。
一神教的な考え方は、この「モーセの区別」によって成り立ちます。
2022/04/22(金) 21:06:01.790
イスラム教もユダヤ教もそうだし、
カトリックやプロテスタントなどのキリスト教のそれぞれの宗教も同じです。
かつてわたしが「ユニークソリューソンを求めない」という学問の方法論を国際学会で発表したとき、
欧米の研究者は「そんなことは日本人だから言えるんだ」と否定しました。
一神教の考え方をするヨーロッパの人々にとって
「神の前に真理はひとつである」ことは当然の真実なわけですよね。
だから「科学の前にも真理はひとつである」と言いたくなる。
2022/04/22(金) 21:06:39.510
日本の科学技術
ただ、キリスト教の影響が少ない日本でも、科学は信仰されています。
その原因は近代化にあるのでしょうね。
明治初期、日本人は西欧の仕組みをコピーしましたが、
当時ヨーロッパで力をもち始めていたのが科学でした。
西欧では啓蒙主義者の影響で、
それまであらゆる場面の基礎を支配してきたキリスト教的な枠組みは棚上げされ、
それに代わる真理体系として科学という存在が制度化されてきました。
19世紀には、いままでキリスト教が占めていた場所が空くかたちになったため、
科学者が自分たちのやっていることこそ「唯一の真理だ」と言える余地ができました。
そのタイミングが明治維新と重なり、日本はそれを真似することになったわけです。
2022/04/22(金) 21:07:26.940
いま科学の根幹は物理と思われていますが、
面白いことに明治の日本において、それは物理学ではなくて進化論でした。
その原因をつくったのは、大森貝塚の発見で知られる科学者のエドワード・S・モースです。
来日の前に、彼は自分が信じる生物進化論を大学の上司に否定されていました。
宗教的な制約がない日本で進化論を徹底的に普及させようと、情熱に燃えていたらしいのです。
任官された東京大学の講義だけでなく一般向けの講演が何度も行なわれ、
日本人は進化論を学ぶことになりました。明治知識人のなかに芽生えた科学に対する信頼は、
モースが与えた進化論をスタートとして始まったのです。
2022/04/22(金) 21:07:47.420
その後、日本人の科学への信奉を決定的にした要因は、やはり第二次世界大戦の敗戦でしょう。
本土決戦に備えよと言われたときに、国民は何ひとつ武器を持っていなかった。
一方で、米国は原爆によって戦争を圧倒的な勝利で終わらせました。
この竹槍と原爆という対比は、日本人にとって大きなトラウマになります。
つまり、われわれは科学・技術が足りないから負けたのだと考えるようになったわけです。
これは、左翼・右翼を問わず、完全に一致した考えとなっていきます。
もちろん、これは戦時中・敗戦後の生活のひどさも大きく影響したと思います。
貧しさを脱却すべく、傾斜生産方式によってまず全国の炭鉱にお金がつぎ込まれた…
歴史を振り返ってみると、日本では科学と技術の発展は分ちがたいものでしたが、
これはヨーロッパとは事情が異なります。欧米ではエンジニアリングは職能であって学問ではない。
だから、ずっと大学にエンジニアリングは入り込めませんでした。
日本語でエンジニアリングが「工学」と訳された結果、
技術開発を大学に組み入れることが可能になりました。
日本でも明治初期には、工部大学校といって…
2022/04/22(金) 21:08:46.470
パラダイム
こうした科学をめぐる一神教的なあり方に対する批判が一気に噴出するのは、1960年代のことです。
哲学の世界でいうと、「パラダイム」という概念を提唱したトマス・クーンやノーウッド・R・ハンソン、
そしてポール・ファイヤアーベントといった科学哲学者たちによる批判、
いわゆる「新科学哲学」派が大きな影響を持ちました。
クーンの思想は「相対主義」「多元主義」といった言葉で表現されることが多いのですが、
多元主義は直訳すると「複数主義」ということになります。

真理というものは、ただひとつしかないのではなく、ある枠組みのなかで初めて定義されるので、
枠組みが異なれば真実も複数あるかもしれない。そんな考え方です。

クーンは、この三人のなかでは最も常識的な人でした。
彼はもともと物理学者から科学史に移りましたが、博士号も確か物理学で取っている…

60年代は科学に限らず、あらゆる領域で「近代」に対して「ノー」を突きつける運動、
いわゆるポストモダン運動がありました。

たとえば、全共闘に代表される学生運動もこの動きのなかに入ると言っていいでしょう。
政治、思想、科学、文化のあらゆる領域において、
近代が築き上げていた価値観にとりあえず否定を突きつけてみたのです。
2022/04/22(金) 21:09:54.110
科学においても、先ほど申し上げたクーンらの流れとつながるわけではありませんが、
近代的科学観を否定しようとする別の動きがありました。
たとえば、これは70年代になってからですが、ライアル・ワトソンの「生命潮流」や、
フリッチョフ・カプラの「タオ自然学」のような本がブームになった。
いままでは西欧中心の価値観がすべてを牛耳っていたのですが、
そのまなざしをノンウェスタン(非西欧)の世界に向けてみたらどうなるだろうか試みたわけです。
これは、ポストモダンのひとつの道筋でした。

そのほかにも、東洋哲学を新しい知の体系として組み上げようと努力している人たちがいました。
「ガイア仮説」や「人間宇宙原理」と呼ばれる試みが歓迎され、
ヒッピーに代表される米西海岸のカウンターカルチャーとつながっています。
たとえば、ニューメキシコ州には「サンタフェ研究所」という機関があります。
そこは当時、ヒッピーカルチャーの影響を色濃く受けていたのですが、
いまではどちらかというと正統なアカデミアに与しているという印象があります。
ただ、こうした反科学的な試みは、実際に科学界で主流になることはありませんでした。
2022/04/22(金) 21:10:40.730
異文化としての科学
その原因はポストモダンに対する反発がいまだに強いことがあります。

そして、もうひとつの原因は「ソーカル事件」です。
これは物理学者のアラン・ソーカルが、わざと社会科学系の論文誌に、
科学者ならば誰でも分るはずの「誤り」を仕込んだ論文を発表したことに始まりました。
ソーカルが故意に論文を寄稿した雑誌は、
「社会構成主義(社会構築主義)」という考え方を支持していました。
「すべての社会にリアルなど存在しない」という考え方で、
知の枠組み(パラダイム)によってすべての概念の意味が構築されているという
「多元主義」に影響を受けた思想です。言ってみれば、クーンたち「新科学哲学」の社会学版です。
つまり、そのようないい加減な論文を通した論文誌の見識の無さが告発されたことになります。
ジャン・ブリクモンという人の『「知」の欺瞞』という本に顛末が書かれていますが、
そこには非・理系の人が科学用語を不用意に利用することへの強い反発が含まれています。
2022/04/22(金) 21:11:34.410
わたしは、「ソーカル事件」を巡るいざこざは
寿司屋の大将に嫌われる言葉遣いと同じだと皮肉ったことがあります…
もともとは職人の間で使われる隠語を、
よくわかっていないお客さんが不用意に使うと大将にバカにされますよね。
それと同じで、外部の人間が自分の専門の領域の言葉をみだりに使うと、
誰でも嫌な気分になり感情的な反発をもたらすことになります。
ソーカル事件は複雑な出来事ですが、この言葉の問題が原因の一部にあると思います。
あのとき、社会構成主義を標榜した雑誌はソーカルの論文を正確にレフェリーできなかった。
その結果、社会構成主義がガタンと力を失い、
その結果として、その科学版である新科学哲学も勢いを失ったのだと思います。
2022/04/22(金) 21:12:01.030
わたしは歴史的な過去は「異文化」だと思っています。
現代の価値観を保ちながら過去に接すると、たくさんの愚かな部分が目に付くでしょう。
ただし、それは歴史家のやるべきことではない。
過去を理解しようとするならば、われわれの合理性などの現在の価値観を保ちながらではダメなのです。
少なくとも歴史家の観点からは、多元主義は絶対に必要だという主張はできると思っています。
科学について言えば、
「じゃあ科学以外に自然現象をいまほど合理的に説明できる体系が存在するのか?」と問われたら、
それがカヴァーする範囲でならという条件付きで、「ない」と答えるべきだ、とわたしは思っています。
ただ、いまの科学ではみえないものが、別の枠組みのなかではみえるという事実は明らかにあり、
それが科学的には説明できないからと貶められるべきではないと思います。
2022/04/22(金) 21:15:27.050
トランスサイエンス
こうした問題を包含するための考え方として、「トランスサイエンス」という概念があります。
たとえば、DNA組み換えのような生命倫理の問題を解決するためには
科学・技術の知見だけでは万全ではないと認め、新たな世界像を模索する試みです。
現代社会の諸問題に対して、科学が無力だとは思いません。
科学が何かしらの解決策を与えてくれることは確実です。
ただ、問題が科学だけで解けると無批判に信じることは、危険でもあると思うのです。
現代において、トランスサイエンスのような定義、
つまり科学万能主義に対するオルタナティブを見つける必要性が、
60年代よりも強まっていると思います。
科学でなければ、何が答えを準備してくれるかを明言することは難しいですが、
その答えのひとつとしてあるのは「倫理」でしょう。
人間が何をすべきか、何をなすべきではないかの線引きは、科学では用意できません。
さらには「スピリチュアル」という方向もあるでしょうね。
2022/04/22(金) 21:16:11.620
1990年にWHOが「健康」に関する定義の新しい草案を発表しました。
そのなかで「スピリチュアル」という概念が、健康を構成する要素として明言されています。
健康という概念を科学的に考えたときに、
人間の身体や心理に関する要件を明らかにすることはできます。
ただ「魂」の問題については、難しいでしょう。
自分の存在そのものを根本から揺さぶられるような経験というのは、
単に精神医学が心の現象として解明できるものではありません。
逆に言えば、科学者であっても自分が何かを解明した瞬間の
「あっ、わかった!」という魂の慄きは肯定するのではないでしょうか。
そんな魂の問題に考慮を沈めていったときに、何を「価値」として取り出すことができるのか。
そんな問題系は、科学からはみ出して進んで行く方向としてありえるのかもしれません。
2022/04/22(金) 21:17:20.450
一方で、たとえば日本のエネルギー問題を考えたとき、科学的な事情だけで進むわけではなく、
そこには経済や政治など科学が対応できない要素に影響されることもあります。
そう考えると「トランスサイエンス」という概念のなかで
「経済原理」のような社会的、もしくは政治的な要因を考えてもいいのかもしれません。
そうしなければ、問題の解決に行き着くことが難しい場合が増えていくと思います。
現在の科学の問題に対するわたしの個人的な基本姿勢は、
初めに申し上げたように「科学にユニークソリューションを求めない」という原則です。
もともと科学は「もしかしたら違う解があるかもしれない?」
という原動力で前に進んでいたはずですが、いまではそう思われていない。
人間は、自分が進んでいる道が唯一絶対の答えだということを突きつけられると
過ちを犯すような気がしています…
2022/04/22(金) 21:17:56.870
謡とオペラ
こうした姿勢の多くをわたしはファイヤアーベントから学びましたが、
科学界で評判の悪いこの人を好きなのは、きっと自分と似ているからです…
わたしは「オルタナティヴ」ということばがずっと好きなんです。
「もうひとつの可能性、
もしかしたら何か別の可能性があったのかもしれない」という感覚が、昔からあった。
それと呼応するようなところが、ファイヤアーベントの思想にはあります…
ファイヤアーベントとわたしには音楽という共通点がありましたが、
唯一絶対のものを信じることにたいしてオルタナティヴを志向してしまう根底には、
音楽というものへの信頼があるのかもしれません。
音楽は唯一解というものが想定しづらいですから。
2022/04/22(金) 21:19:07.080
やはり一神教という価値観や在り方に疑問を持ったり否定的な日本人、それもエリートが居る。
この意味は何か?
2022/04/22(金) 21:23:03.780
反時代的密語 梅原猛  朝日新聞

近代という時代は二つの哲学によって支配されている。
一つはデカルトの哲学…それは理性をもった人間を世界の中心におき、
その人間と自然を対立させ、人間が自然の法則を認識することによって自然を支配し…
武力と経済力を獲得することを最大の善とする思想…
もう一つの哲学は、国家の力を絶対化するホッブスの哲学…
それが理性によって人間が他の生物に対する優越性を示すプラトンの哲学になる。
この哲学はキリスト教に受け継がれ、人間の他の生物に対する支配権を主張する思想となる。
デカルト以来の近代哲学では、人間が世界の中心に座り、自然に対する絶対的支配権を行使する。
天台本覚論は、動物…すべての生きとし生けるものに仏の性があり、
それらはやがて仏になるという思想…
プラトンに始まる西洋合理主義の文明が科学技術文明を生んだが、
今この科学技術文明は人類の滅亡を招く危機を生んでいる…
この人間中心主義が、近代哲学の開祖となったデカルトにおいてより明確に現れる。
文明の危機を免れるには、
このような人間のみが持つ理性を聖化する人間中心主義を厳しく批判しなければならない。
2022/04/22(金) 21:25:36.240
ttp://www.shgshmz.gn.to/shgmax/public_html/review/asahi20040720_umehara.html
東アジア文明の語るもの 反時代的密語 梅原 猛

>西田幾多郎は、西洋哲学を研究することがすなわち哲学である
>と考えるほとんどの日本の哲学者に反して、西洋哲学と東洋思想を総合して独創的な哲学体系を創造した。
>西田は東アジア文明を無の文明として、有の文明である西洋文明に対峙させる。
>東洋文明を無の文明と考えるのは、西田が実体験した禅仏教の影響であろう。
>私は西田を高く評価する

>この二つの文明は、その農業生産の方法によっても思想を異にする。
>小麦農業は人間による植物支配の農業であり、牧畜もまた人間による動物支配である。
>このような文明においては、人間の力が重視され、
>一切の生きとし生けるものを含む自然は人間に支配さるべきものとされる。
>そして集団の信じる神を絶対とみる一神教が芽生える

>…しかしこの文明の限界も二十世紀後半になってはっきりみえ始めた。
>人間による無制限な自然支配が環境破壊を起こし…人類の滅亡を招きかねないという危惧がささやかれる。
>そして一神教は他の一神教と厳しく対峙して無用の戦争を巻き起こし、
>二十世紀に起こった人間の大量殺戮が二十一世紀にはより大規模に起こる可能性すらある
>人間中心主義は西洋哲学の発生及びその発展と深く関係している。
2022/04/22(金) 21:25:57.520
>哲学はギリシャのソクラテス…プラトンに始まるが、
>彼らは循環する自然を重んじるイオニアの哲学を批判し、人間のみがもつ理性を重視し、
>その理性の上に哲学を樹立した。この思想はキリスト教に受け継がれる。
>キリスト教は、理性を人間のみに付与された神の似姿と考え、
>それによって人間に他の被造物に対する無条件の支配権を与える。

>デカルトに始まる近代西洋の哲学は、神を棚上げして世界の中心に理性をもつ人問をおく。
>これが近代科学技術文明の土台をなす哲学となったが、この文明によつて環境破壊が起こった。
>私は、現代の哲学のもっとも重要な課題は、理性を人間中心主義の思想から解放し、
>生きとし生けるものとの共生の思想と結合させることにある
2022/04/22(金) 21:27:52.520
木田元『日本人に「哲学」がわかるか』新潮45 1995年10月号 

それにしても、「哲学」とはいったい何であろうか。
私自身のことを考えてみても、ほとんど半世紀近く哲学の勉強をしてきたそのあいだに、
「哲学」についての考え方はずいぶん変わってきた。
はじめのうちは私も、誰でもが考えるように、哲学というのは普遍的な知だと思っていた。
つまり、哲学とは、どの文化圏にもどの時代にもなんらかのかたちであるような
人生観・世界観のたぐいだと思っていた…ところが、だんだんそうは思えなくなってきた。
哲学というのは、「西洋」と呼ばれる文化圏に特有の知の在り方、ものの考え方であって、
われわれ日本人には決定的に分からない部分があるのではないか、と思うようになった…
中央大学に就職して、自分で講義をしてみると、いっそうその思いが強くなってきた。
しゃべっていて、自分で納得できないことが多いのである。
2022/04/22(金) 21:28:37.850
私がそんな疑念をもつようになったキッカケは、西洋の近代哲学、
たとえばデカルト哲学の中心概念の一つである「理性」の概念にひっかかったところにある。
「理性」というのは近代哲学のもっとも中心的な概念の一つであって、
これが分からなければ近代哲学はまったく分からないといったほどに重要なものである。
たとえばデカルトが『方法叙説』の本分の冒頭で、
「良識はこの世でもっとも公平に配分されているものである」と言うときの
「良識」(ボン・サンス)も実は理性にほかならない。
当然私も、はじめのうちはそうした理性をちゃんと持ち合わせているような顔をしていた。
先生も先輩もみなそんな顔をしているし、これが分からないなどと言い出したら、
哲学をやる資格がないと言われかねない雰囲気だった…しかし、内心では、
いくら自分のうちを探してみても、そんなものはとても見つかりそうもないと思っていた。
われわれ日本人が「理性」という言葉を聞いて思い浮かべるのは、
われわれのもっている…認知能力のうちの比較的高級な部分であろうが、
近代の哲学者の言う「理性」とはそんな生やさしいものではない…
われわれがもっているような理性概念を持ちこんだりしたら、
近代の哲学書は一ページも理解できないにちがいない。
2022/04/22(金) 21:29:41.470
西欧近代の哲学者の言う「理性」とは、
他の人間的諸能力より程度が高いといったようなものではなく、それらとはまったく質を異にする。
それは、神が世界創造の最後の段階でおのれに似せて創造した
すべての人間に分け与えた特別の能力、
つまり世界創造の設計図になった神の理性の派出所・出張所のようなものであり、
人間のうちにはあっても、一種超自然的な能力なのである。
だからこそ、「すべての人間に公平に配分されている」ことにもなるわけだし、
他の人間的能力(たとえば感覚機能)の働きを停止し、この理性だけを正しく働かせれば、
万人が真だと認める普遍的認識を手に入れることもできることになる。
同時にその認識は、世界創造の設計図の写しのようなものであるから、
客観的妥当性(世界の存在構造との合致)を保証されていることにもなる…
近代の哲学者たちは、数学的認識にそうした理性的認識(感覚的経験の助けを借りずに、
理性の力だけで得られる普遍的かつ客観的認識)の典型を見ていた。
2022/04/22(金) 21:30:54.270
こんな理性概念は、どう考えてみても、
キリスト教的世界創造論のような特殊な前提の上に立たなければ生まれえないものであろう。
たしかにカント以降の近代哲学は、そうした神学的前提は取り払ったが、
しかしカントの「意識一般」の概念にしても、無条件に「汝なすべし」と命ずる定言命法にしても、
所詮右のような理性概念のヴァリエーションでしかない。
つまり、右のような理性概念から出発し、
それに必要な修正をくわえることによってはじめて形成されうるようなものなのである。
こんな「理性」が、そうした神学とまったく無縁なわれわれのうちに見当たらなくても当然である。

しかし、私にしても、はっきりそう確信して、
こういうことを言い出すようになるまでには、ずいぶん時間がかかった。
右のような理性概念はそれほど自明のものとして、受け容れられていたのである。
では、そうした超自然的能力の想定はもっぱらキリスト教にもとづくものかというと、そうも言えない。
というのも、すでにキリスト教に先立つ古代ギリシア哲学のうちにも、
たとえばプラトンの説くイデアや
それを直感する能力であるヌースのような超自然的な契機が認められるからである。
むしろ中世や近代初頭の「理性」概念が
このヌースのキリスト教的変容として生まれたと見るべきであろう。
2022/04/22(金) 21:31:56.170
哲学の勉強をはじめた当初、私にはこのプラトンのイデア論も分からないものの一つであった。
なにしろプラトンは哲学の元祖のような人、
その思想に疑念を感じるなんてことはとうてい許されることではなかったが、
それでも私には、どうして永遠に不生不滅不変不動な
イデアのような超自然的なものを想定することが当然だとされるのか、いっこうに納得できなかった。
こんなふうに考えているうちに、
どうやら「哲学」というのは、こうした超自然的原理を設定し、
それに照らして自然なり世界なりを見ていこうとするかなり特殊なものの考え方、
思考様式ではないかと思うようになった。
われわれ日本人の思考圏には、こうした超自然的な原理はまったく見当たらない。
これは別に私だけではないと思う。われわれにとっては自然がすべてであり、
それを超えたものなどおよそ考えに入ってこない。いや、これは日本に限らず、
およそ「西洋」以外の文化圏では一般にそんな超自然的原理など持ち出すことはなく、
自然をそのままに受けとっているのではなかろうか…
2022/04/22(金) 21:32:54.860
こんなふうに考えると、超自然的原理を設定し、
それを参照にしながら自然を捉えようとする思考様式
――この特殊な思考様式がどうやら「哲学」と呼ばれてきたようだが、
これはむしろ形而上学的(メタフィジカル)(=超自然的)な思考様式と呼んだ方が分かりがいい――は、
「西洋」という文化圏に独自のかなり特殊なものの考え方だと見てよさそうに思えてくる。
中世以降のキリスト教神学やそれに支えられた近代の理性主義哲学は、そのヴァリエーション、
あるいはその中世的および近代的更新と見ることができよう。
この種の考え方には、われわれ日本人にとって
決定的に分からないところがあるし、あって当然なのである。
2022/04/22(金) 21:33:40.540
ところが、西洋の哲学といっても、現代哲学になるとだいぶ話が違う。
これはわれわれにもかなりよく分かるのである。私はもともと、
ハイデガーやメルロ=ポンティをはじめとする現代のドイツ・フランスの哲学を勉強してきたのだが、
よほど特殊な思想家を除けば、現代哲学には近代哲学に感じたような違和感はもたなかった…
はじめのうち私は、近代哲学に感じる違和感は時間が隔たっているせいで、
現代の哲学者たちの考え方は、時代を共有しているから分かりがいいのだと思っていた。
しかし次第に、どうも…思想の質が近代と現代とでは決定的に違うからだと、考えるようになった。
というのも、ニーチェ以降の現代の思想家たちは、
プラトン以来の形而上学的思考様式を懸命に乗り越えようとしているからである。
彼らは、この特殊な思考様式こそが近代ヨーロッパ文化の形成原理として働いてきたことに気づき、
はっきりと先の見えてきたこの文化を克服するために、
当面その批判の矛先をこの形成原理に向けるのであるが、
その際彼らが批判の拠点にするのが「生きた自然」という概念である。
2022/04/22(金) 21:34:55.000
たとえばニーチェや、その思想動機を継承するハイデガーは、
ソクラテス以前の思想家たちの自然観に着目する。
つまりソクラテス/プラトン/アリストテレスと三代にわたる師弟が活躍する
ギリシア「古典時代」に先立つ時代であり、この時代をニーチェはギリシア「悲劇時代」と呼ぶ。
そしてこの時代は、アナクシマンドロスやヘラクレイトスに代表される
いわゆる「ソクラテス以前の思想家たち」の生きた時代でもある…
アナクシマンドロスやヘラクレイトスといったこの時代の思想家たちは、
一様に「自然(フュシス)について」という同じ題で本を書いたという伝承があるし…
彼らの関心がもっぱら自然に向けられていたことは確かである。

アリストテレス以来これまでの哲学史家は、この「自然」を外的・物質的自然と解し、
ソクラテス以前の思想家たちは物質的自然の基本的構成要素を探しもとめ、
それを水だ、火だ、地水火風の四元だと主張する
いわば幼稚な自然科学的研究にふけったのだという俗説を流布させてきた。
この俗説を打破したのがニーチェである。
彼はソクラテス以前の思想家たちの言う「自然(フュシス)」は、決して外的・物質的自然…を指すのではなく、
むしろありとしあらゆるもの、「万物(タ・パンタ)」、つまり存在者の全体を指していると主張する。
2022/04/22(金) 21:35:56.840
この主張には十分根拠がある…
ギリシア語の「フュシス」はラテン語ではnatura(ナトゥーラ)と訳され、
それが近代語のnature(ネイチャー)(英)…に引き継がれており…
通常この言葉は、自然科学の対象領域、つまり存在者の特定領域を指すために使われるが、
しかし…nature of historyといった用法もあり、
このばあいわれわれは「歴史の本性」と訳すのが普通である。
この「本性」という意味でのnatureは、決して存在者の限られた特定の領域ではなく、
ありとしあらゆるものの本来の性質・在り方を指す…
つまり万物の「真の在り方」という意味の方が古く根源的だということが言語学的にも確かめられている。
むろん…万物のうちには人間も人間社会も人間の歴史も、さらには神々もふくまれている。
2022/04/22(金) 21:40:05.600
この「自然(フュシス)」という名詞が
「なる・生成する」という意味の動詞「フュエスタイ」に由来するということも確かめられているから、
そこから古い時代のギリシア人が万物を生きて生成(し、そして消滅)するものと見ていたことも推測できる。
ところが、プラトンのもとで、万物であるはずのこの「自然(フュシス)」の外に、
それを超えたイデア、つまり超自然的(メタ・フュシス)(=形而上学的)原理が想定されることになる。
そうなると、すべての形成力はその超自然的原理の方に吸い上げられて、
「自然(フュシス)」はそれによって形成され構造化され、
つまりは制作される無機的な「質量(ヒュレー)(=材料)」に格下げされてしまう。
この「質料(フュレー)」というギリシア語がのちにラテン語で「マテーリア」と訳される…
つまり、ここで自然が死せる「物質(マテーリア)(単なる質料でしかない物)」に成り下がってしまったのだ。

かつては生きて自(おの)ずから生成する万物であった「自然(フュシス)」が、
超自然的原理の導入とともに死せる「物質的自然」に転化し、
存在者の限られた領域になってしまったのである。
こうして、超自然的原理の設定、つまり形而上学的思考様式の成立、
つまりは「哲学」の誕生と、物質的自然観の成立とは連動していたことになる…
ニーチェやハイデガーは、
こうした物質的自然観の上に構築された近代ヨーロッパ文化を乗り越えるために、
もう一度あの「生きた自然」の概念を復権し、
それを拠点に形而上学的思考様式の、つまりは「哲学」の克服をはかる
2022/04/22(金) 21:43:05.100
同じ方向でもの考えているフランスの思想家メルロ=ポンティは、
もっと端的におのれの思想的営為を「反哲学(アンチ・フィロゾフィ)」と呼ぶ。
また、同じ現代フランスの思想家デリダも、
それを「哲学の解体(デコンストラクション)」と呼んでいる。
いずれも哲学の批判的乗り越え、批判的解体を目指している

彼らは「哲学」というものを、
西洋という文化圏の、それも特定の時代に特有の特殊な思考様式と見ており、
しかもいつの日にか乗り越えられるべき、つまりは乗り越え可能なものと見ている

この数年、私は『哲学と反哲学』…とか『反哲学史』といった題の本を書いてきたが、
そのばあいの「反哲学」も、いま述べたような意味での哲学克服のための視座のつもりである。
ソクラテス以前の思想家たちの…この自然観は、古代日本人の自然観にきわめて近い…
「自然(フュシス)」の語源である「フュエスタイ」という動詞は、
古代日本人が「葦牙(あしかび)の萌(も)え騰(あが)るが如く成る」と言うときの
その「萌え騰がる」に近い意味の言葉である。
2022/04/22(金) 21:43:47.260
こうした自然観は、アニミズムの洗練された形態であり、
日本に限らず農耕民族にとってそれこそ自然な自然観であって、
われわれ現代人の意識の「古層」にもひそかにいきづいている…
むしろ特殊なのは、そうした「自然」の外に、
生成消滅をまぬがれた超自然的原理を想定した「西洋」と呼ばれる文化圏の方である。
その結果、西洋はそうした超自然的原理を目指して自然を離脱し、
自然に離反する方向で、つまり反自然的な文化形成、
結局は不自然な文化形成をおこなうことになったのであり、
そこからいわゆる技術文明も形成されてきたわけだが、
そのいわば作戦本部の役割を果たしたのが「哲学」だったのである。
2022/04/22(金) 21:44:08.840
私が西洋の哲学には決定的に分からない部分があると言った意味はお分かりいただけたかと思う。
そんな西欧の哲学を、最高の普遍知、ひたすら有難いものとして受け容れ、
分かったようなふりをするのもおかしなことである。
どうやらこれがこれまでの日本での西洋哲学研究の基本的態度だったわけだが、
もうそんなことはやめて、
自分に素直にものを考えてみようというのが、私が「反哲学」を提唱する意味である。
私はこの「反哲学」の立場に立ってはじめて、
日本で西洋哲学を勉強するということにつきまとう居心地の悪さを脱却できたような気がしている。
2022/04/22(金) 21:50:29.300
ホッブス「リヴァイアサン」水田洋訳 第1巻解説

まもなく…ホッブスとクリフトン家のつながりはきれてしうが、
この短期間の大陸旅行はホッブスに重大な衝撃を与えたらしい。
それはオーブリが伝える幾何学との出会いであって、「ある紳士の書斎」でホッブスは
エウクレイデスの「幾何学要綱」の定理四七のページがひらかれているのを見て、
「こんなことは絶対にありえない」とさけんだが、熟読して納得し「幾何学と恋におちた」というのである。
オーブリは時と所を特定しないで、そのときホッブスは「四十歳であった」とのべている…
いずれにせよ、このあたりから、
ホッブスは、幾何学にもとづいた政治学の構築を、意図するようになったという。
じじつ、マラン・メルセンヌは一六四六年にサミュエル・ソルビエールへの手紙で、
ホッブスの「市民について」をエウクレイデスの「幾何学要綱」とくらべている…
2022/04/22(金) 21:51:08.620
>いずれにせよ、このあたりから、
>ホッブスは、幾何学にもとづいた政治学の構築を、意図するようになったという
2022/04/22(金) 21:51:44.050
〇〇〇〇〇〇〇〇〇「〇〇〇〇〇〇〇〇」

ホッブスは、真理に対する数学の独占権を、数学者さえ反対するはど、強く主張した。
当時の数学者ウォリスは、物理学者ホイゲンス宛ての手紙に次のように書いている。
「リヴァイアサン」はわれわれの大学を(他の大学も同様ですが)はげしく攻撃し破壊するものです。
その攻撃は特に聖職者に向けられ、
キリスト教世界には哲学上宗教上のまともな知識は一つもなく、みなばかげたものであると言い、
哲学の理解なしに宗教の理解なく、数学の理解なしに哲学の理解がないかのように言うのです。
2022/04/22(金) 21:55:04.610
ttps://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1396898238/145-146
プラトン全集12 『ティマイオス』『クリティアス』岩波書店
『ティマイオス』解説 種山恭子

>逆に言うと、人間の「理性」と同質の、
>しかしもっと純粋で…もっと強大な「宇宙の魂」が万有を動かしているのだ。
>われわれは先に、『国家』では、個々の人間の構造と、国家全体の構造がパラレルに置かれて、
>どちらにおいても理性の種族が主導権を握る“べき”だと言った。
>本編では、人間の構造が、宇宙全体の構造とパラレルに置かれており、
>しかも、宇宙においては、“じっさいに”、理性を宿す宇宙の魂…がすべてを動かしているのである。
>「天にある理性の循環運動」は、われわれの「思考の回転運動」を矯正するモデルとなるものなのである…
>われわれの理性と同質の、もっと純粋で強力な知的存在が宇宙全体を支配しているという点は、
>…まさにそうした…この宇宙論全体の、大前提をなしているものなのだ

>『国家』では、個々の人間の構造と、国家全体の構造がパラレルに置かれ
>どちらにおいても理性の種族が主導権を握る“べき”だと言った
>本編では、人間の構造が、宇宙全体の構造とパラレルに置かれており
>宇宙においては、“じっさいに”、理性を宿す宇宙の魂…がすべてを動かしている
>「天にある理性の循環運動」は、われわれの「思考の回転運動」を矯正するモデルとなる
2022/04/22(金) 22:02:54.380
高校生ぐらいのときに(〇〇の高校教員免許状を持っている)〇に『哲学とは何か?』と聞いたところ、
哲学とは『如何に生きるか…』ということだw などと答えたが、〇も分かっていないのだろう。
それで自分もよく分からず、哲学ぐらい知っておいた方がよいかと思い、
〇〇歳前後にデカルトの「方法序説」を読んだところ、

『何だ、哲学とは数学か!』と理解した。
2022/04/22(金) 22:03:27.570
それでもプラトンなどは古代の人間で、近代哲学を考えたのはデカルトだろうと思っていた。
それで或る切欠で、江崎玲於奈氏と司馬遼太郎氏の対談を読み、そこでロジャー・ベイコンを知った。
その著には『哲学の理解無くして神学の理解無く、数学の理解無くして哲学の理解無し』と書かれてあった。
それ以前には、トマス・ホッブスに関する書を読んで、
その解説で、ホッブスが或る貴人の家に泊まった際、或る部屋のドアが開いており、
その部屋のテーブルの上に置かれ、
開かれていたユークリッド「幾何学原論」のピタゴラスの定理のページを見て、
ホッブスは『こんなことは有り得ない!』と(心の中で)叫んだが、
読み進めるうちに納得する以外無いことを理解し、
そのときホッブスは、
『政治学に数学を導入することを思いついた』とされている、ということを知った。
2022/04/22(金) 22:04:38.390
つまり数学は、橋を架けたり機械を設計したりするための単なる計算術では無く、
其々に利害、打算、思惑、信念を異にする人間が、
『何が正しいのか』を議論する際の思考の基盤になっている。
だからそもそも数学は、古代から政治学と直結していたのだ。
それでプラトン「国家」を読むと、それは『正義とは何か』から始まっている。
つまり人間倫理と国家の原理がパラレルで考えられている。
そして「ティマイオス」では人間倫理と宇宙の原理がパラレルで考えられている。
つまり、個人が持つべき倫理、組織の統合原理、を宇宙の原理に一致させようという。
三階層、其々の原理を一致させる(という哲学の原則)=三階層間一致の原理、これが哲学だ。
というわけで、近代合理主義のアイデアを考えついたのはデカルトでは無くて
古代のプラトン(というよりもピタゴラス学派)だった。
2022/04/22(金) 22:05:26.940
普通、人間社会の道徳を考えたら、
(孔子のように)目上の者に対する礼儀とか、約束とか、人間関係を中心に据えて考える。
ところが、古代ギリシアでは、
(自然界=宇宙を記述する)数学で人間社会の倫理(が如何に在るべきか)を考えようとしている。
自動車も飛行機も無い古代に、
こんな宇宙と人間の関係を考えて(地上の)人間組織の倫理を導き出そうとするような、
《超SF》的な発想をどうして思いつけたのか。
江戸時代の日本なら、藩主とその家来とか、親方とその弟子とか、
嫁姑とか、の関係でしか道徳の在り方を考えようとしないだろう。
実際、「教育勅語」はそうなっている。
ところが古代ギリシアはそんなケチな話を“遥かに”超越したところで人間社会の在り方を考えている。
だから《超SF》的なのである。ここから(アポロ計画の月ロケットや核融合など)
現代のSCIENCEまで、(その基本的コンセプトは)一直線につながっている。
2022/04/22(金) 22:06:53.810
子どものころ、テレビなどでよく大人が、『西欧は一神教の世界であり、
一神教はそれ以外を認めない偏狭な宗教だが、日本は多神教の世界で
(クリスマスを祝いながら元旦には神社に行く)柔軟な価値観の社会である』などと言っていた。
しかし一方で日本社会は、「熱し易く冷め易い」、「情緒的」、「付和雷同」、「空気による拘束」など、
同調圧力が強い「村八分」「苛め」の世界である。何処が多様性なのか。
ご都合主義、事大主義なだけではないか、とも見えた。
それで一神教が何なのかが良く分からないままだった。
だが、フロイト「モーセと一神教」を読んで、『一神教とは何か』が解った(気になれた=腑に落ちた)。
何しろ当のユダヤ人である、
それも医者で知識人のフロイトが『結局、一神教とは何なのか』を解説しているからだ。
それを読むと(読んで数学史や哲学史など他の本と関連させて考えると)、
一神教=プラトン哲学=ユークリッド幾何学、である。
2022/04/22(金) 22:07:21.770
つまり、人間倫理と国家の原理がパラレルであり、人間倫理と宇宙の原理がパラレルな(世界な)のである。
つまり一神教とは
《この世のあらゆる存在からたった一つを選んで絶対視し、その他を否定する》価値観ではなく、
《この世のあらゆる存在・現象の背後に必ず唯一共通の根拠が見出せる》と信じる価値観なのである。
何故ならば、人類を含む万物がそこから決して出られない
(そこで生まれ、生きて、後は子孫を残して死んで行く)
自然界=宇宙が何故か分からないがそういう構造で出来ているからだ。
2022/04/22(金) 22:08:44.130
(『〇〇〇〇人は世界一優秀だから汚れた〇〇〇人を抹殺せよ!』などの)
個人の思い込み=主観を支配下にも強制しようとするのが専制独裁である。
これに対し、《この世のあらゆる存在・現象の背後に必ず唯一共通の根拠が見出せる》という
(宇宙を貫く)原理を理解し、多種多様な人間同士がその共通の原理を介して対話することにより、
互いに異なっていながらにしてお互いを理解する、という体制が、
(近代合理主義=啓蒙思想=)立憲主義の世界である。前者の専制独裁は支配下に
(他人=強者の思い込みによる強制で支配下の弱者に〔特に幼児期に於ける〕自己否定を植えつけて)
神経症を発症させるが後者の啓蒙思想は神経症からの治癒、その方法論
(他人から強制された思い込みを動かぬ事実と厳正なる数学的推論によって正しい議論に置き換え、
以って不条理な思い込みから自己を解放するそれ)を各自に提供する。
2022/05/11(水) 22:54:10.400
あいうえお
2022/05/11(水) 23:47:51.770
今西錦司「生物の世界-相似と相異」

われわれの世界は…いろいろなものからなる一つの寄り合い世帯と考えてもよい。
ところでこの寄り合い世帯の成員というのが、でたらめな特異勝手な烏合の衆でなくて、
この寄り合い世帯を構成し、それを維持し、それを発展させて行く上に、
それぞれがちゃんとした地位を占め、
それぞれの任務を果たしているように見えるというのが、
そもそも私の世界観に一つの根底を与える…
このような世界観、つまりこの世界が混沌とした、でたらめなものでなくて、
一定の構造もしくは秩序を有し、それによって一定の機能を発揮しているものと見ることは、
この世界を構成しているいろいろなものが、
お互いに他の存在とは何らの関係もないにもかかわらず、
ただ偶然にこの世界という一つの船に乗り合わせたに過ぎない
といったような物の見方をしりぞけて、
それらのものはお互いの間を、
大なり小なり何らかの関係で結ばれているのでなければならないと、思わしめる…
2022/05/11(水) 23:49:17.710
私のいいたかったことは、この世界を構成しているいろいろなものが、
お互いに何らかの関係で結ばれているのでなければならないという根拠が、
単にこの世界が構造を有し機能を有するというばかりではなくて、
かかる構造も機能も要するにもとは一つのものから分化し、生成したものである。
その意味で無生物といい生物というも、あるいは動物といい植物というも、
そのもとを糺せばみな同じ一つのものに由来するというところに、
それらのものの間の根本関係を認めようというのである…

その前にも一つ根本的な問題に触れておきたい…
しかしいろいろなものといったが、
この世界には結局厳密には同じものは二つとはないはずである…
このように相異ということばかりを見て行けば、世界中のものはついにみな、
異なったものばかりということになるが、それにもかかわらずこの世界には、
それに似たものがどこにも見当たらない、
すなわちそれ一つだけが全然他とは切り離された、特異な存在であるというようなものが、
決して存在していないということ…
2022/05/11(水) 23:50:04.210
もしも世界を成り立たせているものが、
それもこれも似ても似つかぬ特異なものばかりであったならば、
世界は構造を持たなかったかもしれぬ。
あるいは構造はあってもわれわれの理解し得ないものであったかも知れない。
それよりもそんなにすべてのものが異なっていたら、
もはや異なるという意味さえなくなってしまっただろう。
異なるということは似ているということがあってはじめて
その意味を持つものと考えられるからである。
似ているものがあってこそ異なるものが区別されるのであり、
似ている処があってこそ異なる処が明らかにされる…
2022/05/11(水) 23:50:34.200
この世界はいろいろなものから成り立っているといっても、
そのいろいろなものというのが、お互いに絶対孤立な単数的存在ではなくて、
この広い世界のどこかには、かならずそれに似たものが見出されるという複数的存在であることは、
いったい何に帰因し、また何を意味しているであろうか…
われわれはこのような事実、
すなわち世界を構成しているものの複数的存在という事実を前にして、
こ複数的存在の内容となっているところの似たもの同士が、
お互いに全然無関係に発生した、偶然の結果であるというようにはどうしても考えられない…
この点から見ればわれわれは、世界がその生成発展の過程において、
お互いに何らかの関係で結ばれた相異なるものに分かれていったといい得るのと同じように、
世界はその生成発展の過程において、
お互いに何らかの関係で結ばれた相似たものに分かれていったともいい得る…
2022/05/11(水) 23:51:18.370
すると相似と相異ということは、もとは一つのものから分かれたものの間に、
もともとから備わった一つの関係であって、
子は親に似ている…けれども、また異なっているといえば…異なっているといえるように、
そういったものの間の関係は、似ているのも当然だし、
異なっているのもまた当然だということになる。
そしてこの世界を構成しているすべてのものが、
もとは一つのものから分化発展したものであるというのであれば、
それらのものの間には、当然またこの関係が成り立っていなければならない…

それというのもこの世界を成り立たせているいろいろなものが、
もとは一つのものから分化発展したものであるというところに、深い根底があるのであって…
世界を成り立たせているいろいろなものが、
われわれにとって異質なものではないというばかりでなくて、
それらのものの生成とともに、われわれもまた生成していった。
そう考えればそれらのものの間に備わったもともとからの関係を、
われわれが何の造作もなく認識し得るということは、
むしろわれわれ自身に備わった遺伝的な素質であり…
一つの本能であるといっても、間違ってはいないであろうと思う…
2022/05/11(水) 23:51:58.170
けれどもこの世界を成り立たせているいろいろなものが、
どこまでも異なっていなければならないにもかかわらず、
それらはお互いに全然異質なものではなくて、
もともと一つのものから生成発展したものであるという点では、
それらのものがまたどこまでも似ていなければならないのである。
そしてここで、相似と相異という関係をもって結ばれている、
この世界のいろいろなものの間の関係が、一応類縁ということによって整理されるのである。
類縁とはいわば血のつながりであり、土のつながりで…
ものの生成をめぐる歴史的な親疎ないし遠近関係を意味するとともに…
社会的な親疎ないし遠近関係をも意味する…
2022/05/11(水) 23:52:28.770
世界を成り立たせているいろいろなものが、
もと一つのものから生成発展したものであるゆえに、
われわれにこの世界を認識し得る可能性があるのであり、
世界を成り立たせているいろいろなものがもと一つのものから生成発展したものであるゆえに、
われわれの認識がただちに類縁の認識であり得る可能性がある…
そしてかかる類縁の認識が成立するところに、われわれの類推の可能なる根拠がある…
類推とはその本質において、われわれの認識、
すなわちわれわれがものの類縁関係を認識したことに対する、
われわれの主体的反応の現れに他ならないと思う。
2022/05/11(水) 23:53:57.580
〇〇〇〇〇〇〇〇〇「〇〇〇〇〇〇〇〇」

ピタゴラス派の自然哲学は実質を欠き、自然科学のどの分野にもあまり貢献していないので、
その理論は空転していると言ってもよいだろう。
しかしこの学派は、真の洞察によるか、まぐれ当たりであるかは別として、
後になってその重要性がたしかめられた次の二つの教説を推進したのである。

(一)自然は数学的原理でつくられている。
(二)数の関係が自然の秩序の根底にあり、それを統一し、顕示する。
2022/05/12(木) 00:03:04.050
流石はファインマン、核心を突いている。
ttps://twitter.com/ergosopher/status/1126387977796501505
「もしもいま大異変が起こって、科学的知識が全部なくなってしまい、
たった一つの文章だけしか次の時代の生物に伝えられないということになったとしたら、
最小の語数で最大の情報を与えられるのはどんなことだろうか。
私の考えでは、それは原子仮説だろうと思う」(『ファインマン物理学 I』)
「すなわち、すべてのものはアトムからできている、というのである。
これに少し洞察と思考とを加えるならば、
この文の中に我々の自然界に関して実に膨大な情報量が含まれていることがわかる」
「生物がするあらゆることは原子がするのだということである。
いいかえれば、生物のすることで、生物は原子からなり、
それが物理の法則に従って行動しているという見地から理解できないことはないということである」
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)
2022/05/12(木) 00:03:48.050
〇〇〇〇〇〇〇〇〇「〇〇〇〇〇〇〇〇」序文
〇〇〇〇〇〇〇〇〇:ニューヨーク大学のクーラン数理科学研究所の数学名誉教授

外界は一体どのようにして知られるのだろうか?
日常生活では五官を頼りにしていて、それで知られることは多いが、
感覚による知識は粗雑であって望遠鏡のような器具による補強にも限度があり、
少し大げさであるが、「知覚は錯覚なり」とデカルトが言った通りである。
外界の現象の中でも、地球の自転、地球や他の惑星の太陽のまわりの回転、
それを起す力の性質、ラジオやテレビの放送を伝える電磁波などは感覚では知り得ない。
本書は、数学そのものを解説をするつもりでも、
建物の高さを測るというような、数学の応用を問題にするのでもなく、
数学によってはじめて知り得る外界の事実に何があるか、
自然現象について数学が何を明らかにするかを述べたい…
自然の探究には、経験や実験が役立つことはたしかであるが、
後で分るように、その役割はそれほど大きくない場合が多い。
現在では数学という強力な武器のおかげで、物質界の主要な現象が解明され、
2022/05/12(木) 00:04:58.830
人間の支配下に置かれている。
今世紀最大の数学者ヒルベルトは、一九〇〇年の国際数学者会議で、
「数学は、自然現象のすべての精密な知識の基礎である」と述べている。
数学によってはじめて得られる重要な知識がたくさんあるとつけ加えてもよいであろう。
実際、科学のいくつかの分野は、
わずかの物理的事実を配した数学理論から成り立っている。
数学は、よく学校で教えられているような単なる記号操作の技術ではない。
数学の目標は、実は外界の現象であって、
そこから予想もしなかった知識、時には感覚と矛盾するような知識を引き出すのである。
それは物質界についての知識の精髄であり、感覚をはるかに凌駕しているのである。
2022/05/12(木) 00:06:09.320
人間とは別個の外界があるのだろうか。
人が見ていなくても、山や木や海や空があるのだろうか、
外界が存在することはもちろんのことで、こんな疑問はばかげているようにも見える。
世界はいつも見えていて、感覚がその実在の証拠を提示しているではないか、
しかし考え深い人々は、後で確かめるためにも、一応疑って見るのである…
現在まで最大の影響力を持つプラトン(紀元前四二七-三四七)は外界の存在は認めるが、
感覚で知られる世界は色も形もたえずさまざまに変わるので信頼できないとした。
ほんとうの世界は、永劫不変のイデアの世界であるが、
これは感覚によってではなく、精神によってだけ達せられ、観察は何の役にも立たない。

プラトンは、「国家」の中で、外観の背後にある真実性は数学的なものであり、
それは外観から引きはなして取り出すべきものであると言っている。
数学こそ、真実在、すなわち永遠の真理の基礎であるとし、
その重要性を強調して、
数学は抽象的、非物質的、理想的なイデアの広汎な体系の一部であるとした。
イデアは、すべての事物
――物質的、倫理的、美的なもの――が到達しようと目ざす完全性の模範なのである。
2022/05/12(木) 00:06:47.920
天文学に対するプラトンの態度は、
どんな知識を求めるべきかということについての考えを示している。
天文学は、目に見える天体の運動を問題にしない。
天界の星の配置や見かけの運動を眺めれば、まことに感動的で美しいが、
その運動の単なる観察や説明は、ほんとうの天文学にはほど遠い、
そこへ到達するためには、「天界をはなれ」て、
数学的天界でほんとうの星の運動の法則を問題にするべきで、
目に見える天界は数学的天界の不完全な表現に過ぎないと言うのである。
天文学のこの観念は、現代人を当惑させるもので、
プラトンが感覚的経験を蔑視したことを、
科学の進歩を妨げたとして、真向から非難する人もある。
2022/05/12(木) 00:07:24.800
しかし、ここで天文学者の役割として示されたことは、
幾何学者が、たとえば三角の物体の代りに、
理想化された三角形を考えることで成功した行き方に、まさしく対応しているのである。
プラトンの時代には、天体観測の結果は、
その時代としてはそれ以上に進みえないところに達していたので、
そこから先は、その結果を理想化するための思考に努めるほかないと考えたとも言えるのである。
プラトンの抽象的な理想化の考えは、実験科学の進歩を幾世期も遅らせたが、
真の知識は抽象的理念の哲学的観想によって得られるもので、
現実世界の偶然的で不完全な事物の観察によって得られるものではない
と言うのがその趣旨である。
2022/05/12(木) 00:08:42.840
(朝鮮戦争の勃発に乗じてアメリカから最新技術を教わり、
それを応用して西側先進国に輸出して経済大国となり、自信を持ち始めた)
オレの子供の頃に日本の或る種の学者や評論家は
『多神教は多様な存在を許容する柔軟な考え方で、
一神教とは唯一の神しか認めない偏狭な価値観である』などと、盛んに言っていた
(つまり日本は明治以降も敗戦後も、西欧文明が生み出した《成果》“は”利用しながら、
それを生んだ《精神性》〔ユダヤ・キリスト教に代表される一神教由来のそれ〕“は”否定しようとした。
これが『和魂洋才』の意味だろうが、
それによって自分ら日本の道徳観、に基づく社会の在り方、つまり天皇制を正当化しようとした。
結果、原爆投下を受けて惨敗し、福島第一原発は破裂した)。
『何か違うな』と思いながら何が違うのか(或る西欧人の書籍に出会うまで)言葉に出来なかった。
(だがそれらデマゴーグの学者らの説明とは正反対に)
一神教とはこの世に存在する多種多様な存在・現象を導出している唯一の根拠に遡る
(ことは可能である)という思想信念で
(多種多様な存在の中からたった一つを取り出して、絶対視する〔その他は否定する〕考え方ではない。
2022/05/12(木) 00:09:41.820
それはむしろアニミズムである)、これが哲学、SCIENCEを生み出した。
つまりこの世に存在する多種多様な存在は、“外形的に”異なっていながら
それは或る共通の《素因子》の(順序を加味した)組み合わせから成り立っている、という考え方だ。
例えば中性子はUDDだし陽子はUUDだ。何故か分からないが自然界=宇宙はそのように出来ている。
其々は外見で異なっていながら或る共通の中核(=《素因子の一組》=神=イデア)を共有しているのだ。
そしてその共通性を持つが故に異なる者同士、
互いに(対話可能、理解可能、連帯可能、故に)組織出来るのだ。
《この世に存在する現象や存在は、全てが互いに異なっていながらにして、
完全に異なっていることはない。何故ならその内部に必ず共通する《因子》を持っているからだ。
だからこそ我々人間は、互いに(異なっていながら)理解し合える(組織出来る)のである》
ということを今西錦司がどこかの著書(『進化とは何か』であったか?
後で思い出したら『生物の世界』だった…)で言っていた。
2022/05/12(木) 00:10:32.040
何故人類は(デモクリトス、或いはデカルト以来)、
例えば加速器を用いて物質をバラバラに分解しようとしているのか。
それは全ての物質=存在に共通する究極の《素因子》(の一組・セット)を見出すためだ。
何故それを懸命に見出そうとするのか。
何故ならば、其々が外形的に異なる全ての存在・現象(を表現する説明)は、
それらごく少数の(全ての存在に共通する)《素因子》の、
(順序を加味した)異なる組み合わせによって表現出来るからである。
そうすれば異なる者同士、(もしその主張が証明された言明であり、
内容が正しければ)何故異なっているかが分かる。
自分(が正しいと考えている信念〔但しそれが真に正しければ〕
=それを表現している文章表現)を構成している《素因子》の、
(順序を加味した) 組み合わせが異なるからだ。
(お前と俺とは)根本的に異なっている(から決して理解し合えない、永久に対立で終わる)のではない。
共通している素因子の組み合わせが違うだけなのだ。
2022/05/12(木) 00:11:26.510
それが分れば元素が化学結合するように、
(適切に選ばれた)人間のタイプ同士は相互に結合(理解、組織)出来るのだ
(そうすれば直接結合出来ない人間同士も別のタイプの人間を介して組織出来るだろう)。
結局、全ての異なる人間は、その生き方=主張・信念が正しければ
(その主張が真に正しく、且つ神の啓示に従うこと
=自分こそが『神(絶対君主、独裁者)だ』〔=俺の主張は絶対だ〕と言わなければ)、
或る共通の《素因子のセット》=《神の言葉》を介して互いに理解可能である。
というのが一神教の根本的なアイデアだ
(このコンセプトは《ユークリッド幾何学の成り立ち》を考えれば解る)。
個々が孤立し(た絶対君主・独裁者とし)て別々に存在するのではなく、
或る共通の《素因子のセット》=唯一の神=イデア=公理系を介して互いにつながっていること。
世界(=自然界=宇宙)はそのようにして成り立っている。
故に(バビロニア、エジプト、ギリシアを由来とする)
西欧文明は、一神教から哲学、SCIENCEを生み出すことが出来た。
つまり、現代の抽象数学、
その記述力によって支えられる理論物理は現代の《神学》と言えるだろう。
2022/05/12(木) 00:13:37.130
天皇制(を生み出した日本人)の心理学 その2
天皇制を圧倒するモーセの一神教、プラトン哲学のコンセプト

もし、『自分がそう考えていることが正しいことだ』ということを、
社会の皆が承認し納得している世界であるならば、
腕力や能力、によって得られた地位の力が最も強い者、強いグループが、
『自分がそう考えていることが正しいことだ』という内容を、
その社会の他の全ての人間に押しつけて、
且つそれが正当化(それに反することは不道徳と)されるような世界になるだろう。
ということは、個人の妄想=主観が他の全ての人間に強制されるような世界である。
これは悪夢ではないか?
2022/05/12(木) 00:14:27.000
恐らくは数万年に渡ってそうした強制が繰り返され、
その度に当初の個人の主観は自然界の生成・流転・消滅の過程で否定され淘汰された。
己の主観にしがみついた者らは滅び、(運良く生き残り死した者らを他山の石とした者らが)
『我々は間違っていた』『では正しいとは何なのか?』と、
考えようとした者らが今に至るまで生き残った。
『自分がそう考えていることは(必ずしも)正しくない(可能性が有る)』と考えるのが一神教の世界である。
では、本当に正しいことは何なのか?それは神の言葉=客観である。
ならばその神の言葉とは何なのか、
『それを是非とも知ろうではないか』というのが神学であり、
同じことを別の角度から説明したものがプラトン哲学である。
2022/05/12(木) 00:14:54.140
戦後を生きて今、振り返れば、
或る意味《敗戦革命》で支配権を得た『戦争責任者の王国』こそが戦後日本であった、とも考えられる。
この構図の大元を辿ると(動かぬ現実=)日本の歴史が見えて来る。
(戦国時代、信長、秀吉、家康が南蛮人・キリシタンとの間で行って)
明治維新でも繰り返された『和魂洋才』『尊王攘夷』の思想とは、
圧倒的に優勢な外部文明から先進兵器(の製造法)を取り寄せて、
同じ民族同士が戦って、
外国の後ろ盾で勝った側が同じ民族を専制(非民主的に)支配するという構図である。
更にバカバカしくもそれを、外国の後ろ盾で同じ民族を専制(非民主的に)支配する者らが
『(我々こそが)外国の脅威から自民族を守っている!』という、“事実と逆の”宣伝により、
外国の支援を受けて成り立つ己の専制支配(外国に支援されて政権を盗りながら、
その外国の脅威を煽って自国民から過剰に税を取り立て、重労働を課し、つまり搾取して、
自分が支配する財閥を肥やす、大軍備を拡充する、こと)を正当化することである。
2022/05/12(木) 00:16:19.800
外国を利用して(国内の)己のエリート的立場を維持しつつ、
外国から得た技術と知識を逆用し同時に否定して、自国の独立を保とうとする
『和魂洋才』『尊王攘夷』の思想は重大な内部矛盾を孕んでいる。
事実日本海軍は、英米から技術を調達し、燃料を米カリフォルニア州と印蘭から調達して備蓄しつつ、
自分の支援者英米の脅威を煽って国民に重税を課し、大軍備を揃えながら、
『英米と戦えば敗ける(英米とは戦えない)』と言えず、
自分が(予算獲得のために)煽りまくった罠に落ち込んで、結局自国を廃墟にすることになった。
つまり己の我欲を優先し、
それを自己正当化して犠牲を自分以外の国民に押しつけていたところ
(満州事変、支邦事変、上海事変、重慶爆撃、仏印進駐による石油禁輸で限界に達し)、
それが今更ウソだったとは言えず、自滅に向かって突き進まざるを得なかった。
これは正に『原発は絶対安全だ』で、54基の原発を次々に海岸沿いに建て、
核燃料サイクルを推し進めて遂に
(使用済み核燃料棒の保管庫である燃料プールが満杯の)限界に近づいていたところに、
大地震と大津波に襲われて破裂した福島第一原発の構図とも重なるものである。
2022/05/12(木) 02:12:49.890
ばかなこと言ってるよね
2022/06/02(木) 00:19:50.860
また蒸し暑い季節が来た
2022/06/02(木) 00:39:39.990
日本の原点を考える。
どうしてもここへ戻らないと何故今がこうなっているのかが解らない。
2022/06/02(木) 00:40:29.960
會田雄次「日本への遺言 さらば欺瞞国家日本」1995年2月号 新潮45

昭和30年代前半のこと…
中学生…高校生…と同席で日米海戦の実写を多くふくむ…アメリカ映画を見た…
私が驚いたのは神風特攻隊…の攻撃場面が出て来たときの生徒達の反応…
攻撃機は殆ど全部が火をふいて海上に撃墜されてしまう
驚いたのは特攻機の…撃墜…のたびに生徒たちが喚声とともに拍手を送ったこと…
私は…機中の若者の恐怖と苦悶の表情まで浮かんで…思わず目を閉じてしまった…
子供たちにはその姿が滑稽とだけ見えたのか、
失笑とも嘲笑とも思える笑い声と共により大きな拍手喝采が起こった…
私は…腹が立った…殺されているのは…この子供たちよりほんの七、八歳ぐらい
年上でしかない日本の若者で、今生きていたら自分の父よりやや若い…先輩たち…
いくら子供といっても…と…癇癪を起こし、思わず立ち上がって外に出た…
そのとき…隣席の友人と目が会った。京都の日教組で指導的地位にあって…
この映画鑑賞会の主催役の一人で…私を誘い出した男である。
「平和教育が徹底しとるからな」。彼は私の心底を見透かしたように…得意げに…そう云った。
2022/06/02(木) 00:42:12.320
戦後の学界、言論界のいわゆる進歩派の跳梁や
周辺での学生運動の無意味な騒々しさには、まことにうんざりさせられていたものの…
そういう人と…昼食などを一緒にしたり、日常的な会話を交わし…ても、
戦前のマルクス・ボーイだった友人と同じく、とり立てて違和感を持たないのがまあふつうだった。
だが、この…中・高校生を見ているうち、不意に彼らが…人間ならぬ異様な生物
――エイリアンという言葉はまだ知らなかった――のように思えてきた…
同じような手きびしい違和感を与えられたのは昭和四四年…のあの…安田講堂占拠封鎖に対する
警官隊の実力解除…を頂点とする二年にわたって…吹き荒れた大学騒動…
テレビが…警官隊との衝突のニュースを放映する際、アナウンサーがやたらと戦場用語を連ねるのを…
余程のドジをやらないかぎり、死者はもちろん大した怪我人もでないであろう、
餓鬼の火遊びといったこんな騒ぎが、どうして戦場と同じ感覚でとらえられるのだろう。
私たちの経験もこんな程度と思われているのか…戦争体験もこれほど風化するのか…
などと変な感慨を持…った。だが、ショックを受けたのは、
文化大革命を真似た教授たちのつるし上げ、監禁ということ…
2022/06/02(木) 00:43:33.180
私自身、嫌な教師、軽蔑すべき教師とずい分出合っているが、いくら思い出して見ても
仇敵でも何でもない三〇歳も年上の先生に対しテメエ呼ばわりする心情になったことはない…
それ以来私は学生とふれ合うことをきっぱり断った…大人気ないと思われるかもしれない。
だが、これらの学生は年齢から云ってまぎれもなく、特別攻撃隊員の死に拍手を送ったあの
「平和教育を徹底的に受けた」世代の成長した姿だったからだ…
学生が占拠した教授の部屋の図書などに手をつけなかったというのは
学生清浄伝説による作為の話に過ぎない…私の知るかぎり、殆どの部屋はひどい損害をうけている。
ある蔵書家の教授はコツコツ三〇年かかって集めた本を自分の家はボロ屋、
雨もりが心配とかいうことで研究室に安置していた…
だのにその本の最も大切な部分が占拠学生の姿と共に消えていたのである。
老教授は茫然自失、極端な学生嫌悪症にかかってしまった。
先輩の一人は足の踏場もないほど…雑然と押し込んでおいた本の中で、
東洋史関係を中心に特に高価な本だけが鮮やかに抜かれているのを発見した…
私は彼らは革命家集団ではなく泥坊集団だったと信じている。
まともだったのはリーダー筋のごくごく一部、それも騒ぎの初期のことにすぎない…
2022/06/02(木) 00:45:01.400
吊し上げの際、テメーラを連呼した男の一人に私は見覚えがあった…
現在五〇歳前後、中企業の人事部長でギラギラする…出世願望の持ち主で…
その口癖は、ジョークのつもりの、
「今の若者は覇気、やる気、気迫の三気を欠いた酸欠ならぬ三気欠野郎だ」である…
四四年夏、医学部を襲った集団は、病院がアイソトープを垂れ流しにし、
それが加茂川に流れて…害しているとして…教授…たちを腹ばいで構内下水溝の雑巾がけをやらせた。
その際、集まった人々に向かってアジ演説をしていた…男が、
「我々は利潤利便だけを求めて大都市大病院に集中する悪しき伝統を排除、
中国のはだしの医師にならって山間僻地へ医療充実に大挙おもむく…」と
高らかに宣言していたのを私は奇妙にはっきり覚えている。
あれから二五年、残念乍ら、
かれらが内外の僻地で医療に献身しているなどということは噂としてさえ聞かない…
2022/06/02(木) 00:46:16.150
ただ、すこし判らないし、同時に心配なことは、この例でいうと現在五〇歳前後になっている人々が、
中、高、大学生、社会人となるに従って、単に大人になった、世間ずれがして来たというだけではなく、
急速に、自分自身に対し、社会に対し、欺瞞に満ちたものになって来る。
だんだん大人になって行くといった自然の展開とは何としても考えられないほどにということである。
それはかなり大雑把な表現になるが日本の社会自体の欺瞞化が深まって来た、

つまり敗戦直後の表面的で浅はかな偽善が堂に入った偽善になったということでもある。

こうなったのは、どうも戦後日本が再生へと踏み出した際、
独立国として生きて行くのに必要な、不可欠な要件を欠落させてしまい、
そのため、欺瞞でその欠落部分をかくさなければならなくなったためだ。そう私には思われる…

その謎を解く鍵が見つかったような気がしたのは、実をいうとかなり早く昭和三〇年代半ば、
大学騒動より前のことだった。
そして学生たち、学生だけでなく政治、言論、思想界が欺瞞の深みに溺れ、
そのしがらみで何が何だか一切が判らなくなる混迷状態を私なりにひそかに予見していたのである。
それが実現したと思える今日、多少の自負でもってそのことを述べてみたい。
2022/06/02(木) 00:47:07.870
実は、そのことは、この度大江健三郎氏がノーベル賞を受けたことで思い出したのだ。
つまり大江文学に関しての話なのである。といって文学論をここでやろうというのではない。
大江氏などを生んだある社会的条件を想起して見ようということなのである。
昭和三三年大江氏の『飼育』に芥川賞が与えられ、
その著『死者の奢り』はその年の…ベスト5の中に入った。
二三歳の青年の受賞ということで評判になったし、
私のいた京大人文科学研究所は何しろ桑原武夫先生の圧倒的な指導下にあり、
フランスならでは夜もあけぬ状況だった。
いや日本中のインテリがフランスに酔い七月一四日のパリ祭など学生街はクリスマス並の大騒ぎだった。
大江氏はその中で戦後フランス文学派の代表のような扱いになっている。
という流行に浮かされて昭和三三年に講談社から出た
彼の最初の長篇『芽むしり 仔撃ち』という訳の判らぬ題名の本を手に入れ読むことにした。
それを持っているのを見た友人が、
「その本の先輩が講談社からすこし前に出ている新進作家ピエール・ガスカールの『種子』(青柳瑞穂訳)だ。
大江のはまあその翻案みたいなものだな、文体も訳文そっくりだ。
まずはそちらを読んでみろ」と教えてくれたのである。
2022/06/02(木) 00:48:33.570
なるほど、二書とも絶望的な閉塞状況下にある不良めいた少年が
僕という第一人称で主人公となり
仲間とともに圧迫して来る歪んだ社会と絶望的な争いを続けるという内容、
あらゆる意味でそっくりだ。
ガスカールは一九一六年生れ(おや私と同年だ)戦争で五年間の捕虜生活、
二度の脱走を試み、大戦終結でやっと解放。
以後作家活動に入りゴンクール賞などを受け
「難解だがもっともすさまじい才能を持つ作家」と評価されている。
『種子』は昭和三〇年三九歳のときの作で彼の自伝的長篇小説。
幻想で構成されているようでどこかリアリティを持つ。
大江氏の書がより凄惨、深刻味を出そうとあせってか、
そこは二三歳という若さと経験のちがい、全くリアリティを欠き、
何だかSF小説を読んでいるような部分があるのが大きな違いである。
2022/06/02(木) 00:50:19.480
といって私はこのガスカールの本も、大江氏の本も読み抜いた訳ではない…
部分的には判るが
全体としてはやたらに濃淡のあるしめり切った霧の世界を歩かされている感じで、
まず心情的に何一つふれ合うところなく、早々に読書を放棄してしまった…
要するに大江氏もガスカールも
私にとってはエイリアン、異なった次元に住む存在なのだ。
たしかに私は文学的感性を欠く人間である。とはいえ戦前の小説なら…
知識人として一応読むべきものとされていた最小限度は読んだ…
私は一般的な俗物だから多数派に属すると思うが一方大江氏に同質性を感じ、
私などにエイリアンを感じる人の数もかなり多いはず。
2022/06/02(木) 00:50:52.300
どうも今日の日本には、
イデオロギーの対立など権力という餌の前では数秒で四散するらしい対立でなく、
この大江派と非大江派のように対立というより永遠に交わることもふれ合うこともない
平行線のようにお互に縁なき衆生たる二種のエイリアンによる二派が存するようだ…
とすれば戦後日本は国としての統一的アイデンティティを持ちようがない混迷状態にある、
つまり国ではないということになる。

そうなった原因を私はガスカールも大江氏も国でないフランス、国でない日本を国と考え、
それと対立したり、それに抵抗したり同調したことにあると考える。
いやこの二人だけではもちろんなく、
日本人とフランス人の殆ど全体が自国をそのように錯覚したことでこの混迷は生まれた、
二人はその代表の一種ということになる。
2022/06/02(木) 00:51:56.160
大江氏は…戦後日本の掲げている民主主義とやらを心から信奉し、
それを守ろうとしている…指導的地位にある一人である。その反対の多数派は
自分たち大衆の持つ動物的嗅覚…に基いてこのいわゆる民主主義の欺瞞性を充分知っている。
政治理念政治体制…そんな唐人の寝言などどうでもよい、いざとなったら政府だろうが、政党だろうが、
マスコミだろうが、警察だろうが、教師だろうが、隣近所だろうが、
誰も守ってくれない偽国家だと本能的に知っている。
仕方がないから弱者でもできるだけ自分が傷つかないよう工夫をこらし懸命にそのまま生きているのだ。
2022/06/02(木) 00:52:35.500
民主主義の信者たちという存在は『種子』や『芽むしり 仔撃ち』の「僕たち」のように、
一応整序性は保っている戦後日本という、一種の国をいつも動揺させることだけを考え、行動し、
いざというとき敵にまわる存在だと思うようになっている。
大江氏らの問題点は正に自分たちが、この「僕たち」を演じようとしている点にある。

私にいわせれば大江氏が日本のあいまいさをその奉じる民主主義の名において否定するなら、
そのあいまいさの根源である天皇制の正面的否定からはじめねばならないのではないか。

小説の中で「僕たち」や「村人」にやらせ、
それを敗北させ、そういうあいまいさの中に思考の深さ、複雑さ、
自己の文学的武器としての幻想性をふくませようとしている点に私はエイリアンを感じるのである…
2022/06/02(木) 00:53:36.520
ガスカールも捕虜収容所にあって戦時中のフランス軍の強力なレジスタンス戦を幻想し、信じ、
その結果戦後のフランスが米、ソ、英と並ぶ戦勝国とされ、
国連でも常任理事国とし我世の春をことほぐという欺瞞国家ぶりに何の疑問もいだかなかった。

だがそのフランスは四〇年五月一〇日ドイツ軍が総攻撃を開始すると殆ど抵抗の余地なく敗北、
その逃げ足が早すぎたため
友軍のイギリス軍とともにドイツ軍にダンケルクに追いつめられ大損害を受けているし、
六月一四日にはもうパリに入城されている始末なのである。
その後はペタン元帥によるナチス協力政府がヴィシーに成立し、ラヴァルにひきつがれ
四四年のフランス開放までの四年間フランスを一応実質的に支配しているのである。
それに対しロンドンのドゴールの亡命政権なるものはロンドンでのラジオ放送に熱心なだけだった。
ドゴール自身が、ちょっとアフリカ戦線へ顔をだしたものの、まともなフランス部隊がいるわけでない。
もっぱらモスクワ、ワシントンなどを詣でて得意の政治工作に努めていたにすぎない。
フランス陸・海軍も最初から最後まで余りまともな戦いはしなかったのである。
2022/06/02(木) 00:54:15.220
ただドゴールは稀代の策士、途方もなく巨大な政略人だった。
自分を戦場の名司令官と宣伝、事実上四年間フランスを支配していたヴィシー政府の存在を否定、
安全地帯ロンドンでラジオでわめいていただけの亡命政権を正統政府であり
対独戦に大きな役割を果たしたごとく連合国側の政治家に信じさせることに成功したのである。
さすが昭和二〇年二月のヤルタ会談では、チャーチル、ルーズヴェルト、スターリン三者にかぎられたが、
その後の会議にはその画策が成功し、例えば八月のオーストリア占領は
米英仏ソ四ヵ国の分担で行われているのだ。
2022/06/02(木) 00:55:11.950
何もしなかった亡命政権を米英ソと対等に並べ、
戦後世界に発言権を行使するのはフランス人にとってそれは楽しいことであろう。
だがそういうパフォーマンスだけの欺瞞国家を奉じかついで来たフランスは
戦後実のある何も生み出していないのではないか。
かれらの駄物を無上のものと押戴いてるのは日本だけではないか。
間髪を入れずその作品群が日本語に翻訳されているガスカールにしたところで、
本当のところ、その価値はどの程度のものになるだろう。
戦後における日本の最大の過ちは亡国、国家でなくなった日本を国家と見せかけた欺瞞性にある。
国家はもともと理念という虚構の上に立つといわれるが、
その理念でなくこの欺瞞性というものを国家の基としている点ではフランスと共通する。
こういう日本を肯定するにせよ、否定するにせよ、
国家として取扱うことに戦後の日本の最大の問題があるのである。
2022/06/02(木) 00:57:01.150
>日本の原点を考える。
>どうしてもここへ戻らないと何故今がこうなっているのかが解らない。

修正:
戦後日本の原点を考える。
どうしてもここへ戻らないと何故今がこうなっているのかが解らない。
2022/06/02(木) 00:57:26.950
ttp://www.nhk.or.jp/hakunetsu/literature/
NHK カズオ・イシグロ 文学白熱教室

英タイムズ紙で「1945年以降の最も重要な英文学者50人」に選ばれた
ベストセラー作家カズオ・イシグロ。
実際にあったかのようなリアリズムに徹しながら
日常の小さな隙間から不条理な世界を描き人間の本質に迫る独特の作品世界を構築している。
今回来日中のカズオ・イシグロが文学を学ぶ学生を相手に行う特別講義が実現。
自作を紐解きながら、自身の読書暦や発想法、さらには21世紀の文学の位置づけまで、
ベストセラー作家ならではの白熱の講義となる。
2022/06/02(木) 00:59:20.110
今年は暑いのか
2022/06/02(木) 00:59:37.210
カズオ・イシグロ 文学白熱教室 20150717
33分00秒

私が非常に興味を持っているのは、人が自分自身にウソをつく才能だ。
他人にウソをつくつもりが無くても本当ではないことを言ってしまう。
そのような信頼できない状態は、フィクションを書くに当たって非常に有効で、
フィクションにピタリとハマる手法だと思う…
一人の登場人物の記憶を通じて語るという手法に、私は引き付けられている。
取りつかれていると言ってもいい。それは私のテーマにピタリと良く当てはまるからだ。
特に興味を持っているのは人はどのように自分と向き合うのか。
どのように自分の人生を評価するのか。どのように不愉快なことを避けるのかと云うこと。
最近更に興味を持ったのは、社会全体がどのように自分たちを欺くのか。
或は意図的に忘れようとしているのか。それとも記憶に留めたままにするのか。
急に忘れたことを思い出したりもする。それは社会の政治的な目的に適うからなのだ。
2022/06/02(木) 01:00:10.760
34分29秒
質問者女性:
記憶の本質的な曖昧さに向き合うことと、過去の歴史的な社会的な罪に、
対して責任を負うことについてどのようにお考えでしょうか。

イシグロ:
それに対する簡潔な答えは無いだろう。答えは見つからないかもしれない。
過去に仕出かした過ちに何時向き合うのが良いと云うのは難しい…
もし過去に怖ろしい事件が起きてそれが正義と云う観点からすれば
忘れてはいけない過去の出来事として葬り去るのは間違っているとしよう。
だがこのことを深く考え始めると、この問いそものもが難しいと解る。
フランスを例に取ろう。第二次世界大戦中、その時代に戻ってみよう。
フランスは第二次世界大戦中、ほとんどの期間、ナチスドイツに占領されていた。
往々にしてフランス人の多くが、ナチスドイツの協力者となり、ナチスを助けていた。
フランスのどの村でも誰かがレジスタンスをナチスドイツに売っていた。
ナチスドイツの圧力は大したこと無かったはずなのに、
フランス系ユダヤ人を強制収容所へ送り込んだ。そして戦争が終わった。
フランスはこれらの記憶、つい最近起きた出来事の記憶をどうするべきか決断する必要があった。
しかもこの記憶は社会の奥深くに刻み込まれていた。
2022/06/02(木) 01:01:04.620
どの町でもどの村でも何処の誰がナチスドイツに協力していたのか知っていた。
誰がレジスタンスに身を投じて、敵に売られたのか知っていた。
ドゴール大統領は意図的な決断をした。
社会の連帯を守るために、社会を崩壊させないために、
この国が再び強くなるまでのしばらくの間、
国民全員が勇敢なレジスタンスだったという物語を信じよう。全員が戦ったのだ。
全員がナチスドイツに立ち向かったのだ。
その後に、連合軍によって解放されて最後まで勇敢に戦ったと信じよう。
今でもフランス人の多くはそう信じている。私は理解できる。
そんなウソをつき続けるのは恥辱だとする一方で、
そんなウソが無ければ国家が崩壊すると云う、
最悪な事態になりかねない危機的な状況だったと。非常に複雑な問題だ。
これに対して一般論で答えようとは思わない。
それが社会に対することでも個人に対することでも、
これは社会と個人が直面する永遠の課題だと思う。
何時忘れて何時まで忘れるのか。
何時勇気を持って暗い記憶を明るい場所へ引きずり出すのか。
2022/06/13(月) 23:27:20.210
ここから少し、本気か妄想か、分からないような話になる。
こうも考えられるのではないか?ぐらいの話になる。
良く、偉い(とされる)先生などが、『これこれはこういうことだ』などと説明しているが、
どうも腑に落ちない、ことがある。本当なのか?ということを考えたい。
2022/06/13(月) 23:27:50.780
西欧近代(思想)を否定しようとする者らの《正体》を考える

この人間社会には、一神教(そしてプラトン哲学、デカルト哲学)には価値が有ると考える側と、
それどころか一神教には害が有ると考える者らとが居る。
先ず、それら其々の主義主張の内容自体、理屈として正しいのか。
正しくなければ理屈としては終わりである。
だがそれでも一つの主張として人々の心を捕らえるとすれば、
たとえ内容自体の論理が破綻していても主張する価値が出る。
人々を扇動し(破綻した論理を主張する)自分に都合良くコントロール出来るからだ。
では、破綻した論理を振り回して人々を誘惑するその動機は何なのか。
その前にそもそも、一神教を有用と考える者らと、
否定する者らには立場の違いが有るだろう。それを確認する。
2022/06/13(月) 23:28:45.640
一神教(そしてプラトン哲学、デカルト哲学)
から近代合理主義=啓蒙思想=立憲主義が生まれたのであれば(そう考えるが)、
(大雑把に分類して)これを肯定しようとする側は民衆(非特権者)の側である。
一方、一神教を否定する側は、
啓蒙思想=立憲主義に絶対王政を倒された(王党派)特権者側である。ということになる。
そしてこの、近代合理主義=啓蒙思想(=立憲主義)から
現代のリベラル・アーツ&サイエンス(=SCIENCE)が生まれたのであれば、
一神教(そしてプラトン哲学、デカルト哲学)を支える理屈が
(現代の西欧流の学校教育、特に大学で教えられている)学問になる。
だから一神教を否定する側の理屈が反哲学=逆学問(デマゴーグ)になる。
2022/06/13(月) 23:29:42.350
逆(反)学問は、
厳正な事実に基づきつつ展開される(正しい)理屈としてそもそも破綻しているが、
或る思惑を持った一派にとっては有用である。
それは多数の民衆に優越して特権を享受していた(過去の)自分らの立場を正当化するからだ。
そして社会をその過去に戻そうとする運動に正当性を与えるからだ。
つまり、原人の時代から人類はボスとボス配下の群れ同士が激しく対立し、
争い、殺し合いながら、互いに勢力拡張を競っていた。
そのボスとボスのとり巻きは特権者であった。
だがその殺し合いの長い過程から
あらゆる現実の権力を超えた架空の権力が構想された。それが神である。
神によって現実の権力、その絶対性は否定され格下げされた
(〔言葉=論理による〕批判や検討が可能になった)。
だから、その失われた絶対性を取り戻したいと願う者らが出る。
それで神を支える理念が神学=哲学=幾何学=学問で、
神をを否定しようとする理屈が逆学問になる。
2022/06/13(月) 23:31:34.340
つまり(あくまでこの解釈に従えば)、〇〇〇氏が言う反哲学
(ポスト・モダンなど、フランス現代思想に影響した源流思想)は逆学問だ。
こう考えるとキリスト教を批判したニーチェや、
(その彼らの活動内容がそもそも資料として明確な形で残っていない)
初期ギリシアの哲学者、その思想を勝手に類推して称賛し
プラトンを否定しようとしたハイデガーの動機も見えて来る。
それはユダヤ人とその宗教に由来する一神教
(そしてプラトン哲学、デカルト哲学、その持つあらゆる超越的理念)
の否定であり、
(ユダヤ思想を否定して、例えば〇〇〇がしたような、〇ー〇〇人の優秀性絶対性を説く)
独裁者を肯定することだ。
だからニーチェやハイデガーの思想は、〇〇〇ーの〇〇〇と相性が良いのである(?)。
2022/06/13(月) 23:32:39.100
西欧文明は機械(例えば蒸気船や大砲)
を駆使してそれ以外のアジアや南米を(海洋を越えて)侵略した。
その(現代の環境破壊を生んでいる)機械文明を考え出したのがデカルトでありニュートンで
(物事を、何でも分解して考えるという、“悪しき”それで)ある。
デカルトの源流を遡るとそれはプラトンでありモーセの一神教である。
つまり、西欧の侵略思想の裏にはデカルト、プラトン、一神教が在る。
というような論旨で西欧近代思想(合理主義=啓蒙思想=立憲主義)を非難する者が居る
(この論旨の特徴は、超越的理念〔=公理系〕と
それを構想し発見する分析手法=帰納法〔哲学的問答法〕を否定することだ。
何故なら分析手法を否定すれば超越的理念を発見出来なくなる。
そして何でも分析〔多様な世界を構成している最も基本的な、共通素因子への遡及を〕せず、
“全体を”権力者が勝手に意味付けする、というホーリズム〔=呪術祈祷の別名〕への道を拓く)。
2022/06/13(月) 23:33:35.960
確かに理論的に考えることにより、人間は機械文明を生み出した。
だが、その機械を使って暴利を貪ろうとする動機は、
本来が動物である人間個人の(誰よりも優先して“この己が”快適に生き続けたいと願う
〔種ではなく個に属する、肉体を基礎とする〕感情=)欲であり
(そうした安楽な状態から他人の横やりで転落する)恐怖である。
つまり、個人がその持つ己の肉体(=感情)が、
快感を得るため、不快と恐怖を避けるため、強迫的に、衝動的に行動しているのだ。

むしろ、デカルト、プラトン、一神教の教えとは、理性
(=注意深く観察された、動かぬ事実から出発する数学的推論の連鎖)によって肉体
=感情が追求する快や恐怖の“暴走を”戒める側(=〔種に由来する〕意志)になっている。
それ故に理詰めで機械を設計し製造する能力を人間は得た。
すると機械を使って人間の欲の追及と恐怖の回避を図ろうとした。
それが環境破壊と機械化された戦争を生んでいる。
2022/06/13(月) 23:34:50.740
だから環境破壊や戦争する動機とは、西欧近代思想=理性に在るのではなく
(むしろそれは、己が罹患する神経症を己自身が認識し、理解するための方法論で)、
肉体を持つ本来が動物である人間の個(特に神経症的、権力者)が持つ欲であり恐怖である。
つまりこれは、デカルト、プラトン、モーセの一神教が生み出した近代合理主義
(=啓蒙思想=立憲主義)に絶対王政を倒され王家の神話
(過去に権力を握っていた自分らが、手前勝手な主観=呪術祈祷で全ての正否を決める権限)
を否定されてしまった側が、
本来動物的情動=欲と恐怖の暴走である環境破壊や戦争の原因を
(悪意を持って)近代合理主義(=啓蒙思想=立憲主義)と結び付け、
否定して王家の神話に支えられた元の専制国家(〔モーセの一神教のような超越神を否定して、
自家=一族の守り神のような神話の神を絶対視する〕絶対王政)に戻そうとする陰謀である(?)。
だから彼らは彼らの価値観に都合の良い、ニーチェやハイデガーの思想を重視するのだろう。
だからニーチェやハイデガーの思想とは、(現代の)学問=リベラル・アーツ&サイエンス
(=古代ギリシアに由来する3学4科=その根幹はユークリッド幾何学である)を否定した、
あたかも学問の体裁を持って学問の如くに偽装された逆学問(=反哲学)なのである(?)。
2022/06/13(月) 23:35:30.850
(絶対王政〔=特権者による専制支配〕を否定しようとする)
超越的理念を追求する近代合理主義を否定するには分析という手法を
(物事を単にバラバラにするだけの分割と見なし)否定して、
根源=共通素因子への遡及を阻止することだ、という。
だからデカルトを機械論として否定し、
代わりに(解釈意味付けが自由自在な)ホーリズムを浸透させようとする。
ということを考えた奴が居る。
こうした思想を知恵者に発注した者は誰かと推測すれば、
特権者による専制的な世界を取り戻そうとする〇〇の末裔だろう。
2022/06/13(月) 23:43:02.290
全体主義の芽を摘む 強制収容から逃れたボリス・シリュルニクさん
インタビュー 朝日新聞 2015年12月1日

第2次大戦中のフランスで、ユダヤ人一斉検挙からやっとの思いで逃れた少年は、
長くつらい「心の戦後」をどのように乗り越えてきたのだろう。
精神科医で作家のボリス・シリュルニクさんは、自らの生い立ちを長らく封印してきた。
その凍りついた言葉を溶かしたものとは…

――この70年をどう振り返りますか。

「第2次大戦の悲劇で、私は幼いころ、ほとんどの親族を失いました。
両親とも(ナチス・ドイツに協力していた)フランスの警察に捕らえられ、
ドイツに引き渡されてアウシュビッツの収容所に送られました…
私も6歳のとき、フランスの警察に連行されたのですが、強制収容所へ移送される途中で脱走しました。
戦後、私にはふたつの選択肢がありました。
ひとつは、ドイツや、ナチスに協力したフランス人を憎み、過去にとらわれ続けて生きること。
もうひとつは、恐怖や悲劇、何が起きたかを理解し、
何とか職業を身につけてよりよく生きること。私は後者を選びました…」
2022/06/13(月) 23:43:32.810
――生い立ちを公に語り始めたのは80年代に入ってからですね。

「話せなかったのです。言葉が凍りついてしまった…
戦争が終わって、フランスの警察に捕らえられてからの脱出劇を語っても大人は信じてくれません。
お話がうまいね、と小銭をくれる大人もいるほどでした。
文句を言うのはやめなさい、私たちも戦時中は苦しかった、と言う人もいた。
いつのまにか、私の人格はふたつに分裂し…
友達とふつうに笑って遊ぶ自分と、心の棺に生い立ちを封じ込めている自分…

フランス社会は、自国政府がナチスに協力したことから目をそむけていました。
フランス人全員がレジスタンスに参加したかのような物語こそ、多くの人が聞きたい話だったのです。
戦争で破壊された国家を復興させなければならず、
国内を二分するような葛藤が起きかねない歴史を封じ込めた。
過去の問題に向き合えるようになったのは、戦後の復興をとげてからです。
何十年もかかりました」
2022/06/13(月) 23:44:05.820
――ユダヤ人の強制収容所送りに積極的だった仏高官の罪を問う「パポン裁判」もありました。

「なぜ自分は迫害されたのか。なぜ両親は殺されたのか。
たった一人で歴史に向き合い、心のなかで反芻していたことを公に語れるようになり、
分裂していた自分がようやく一人に統合された…
ただ、パポン裁判には居心地の悪さもありました…あの時代、罪を犯したのは(国の)システムでした。
(ビシー政権下で)地方の役人だったパポン氏は、体制に寄り添って生きてきた。
ナチスに協力する病んだフランスのシステムに絡め取られていた…
彼を投獄してすむ問題とは思えませんでした」
2022/06/13(月) 23:44:33.510
――語り始めて、記憶と事実の違いに気がついたそうですね。

「生い立ちを周囲に自由に話せなかったとき、
自らを脱出劇のヒーローとして心の中で繰り返し語っていた。後に事実とは違う部分もありました。
駆け下りたはずの階段が3段しかなかったり、脱出を助けてくれた女性は金髪ではなく黒髪だったり。
記憶は真実の断片です。無意識に修正を加えて勇気あふれる物語にして、苦しまないようにしてきた…
共同体の物語も、個人の記憶と一致しないことが多い。
集団的な物語は、その時々の政治に取り込まれやすい…
そうならないためには、実際に何があったのか、誰が何をしたのか。
みんなで繰り返し考えること…考えることは疲れますが、全体主義の再来を防ぐ唯一の方法です」
2022/06/13(月) 23:44:53.700
――全体主義の芽はどこに?

「歴史を振り返ると、共通点があります。国力が弱くなっているとき、
社会が混沌としているときは英雄が求められる…
催眠術をかけるように、人々のなかに眠っている怒りを呼び覚まして操作する。
同じフレーズを繰り返し聞かされることで思考が停止する。服従は一種の幸福感をもたら…す。
考えることは疲れますから。
討論を認めない文化では、扇動者が世論を支配するようになる。
そして全体主義に身を委ねていく」「民主主義は手間がかかるシステムです。
他人と対話をして、異なる価値観も受け入れなければならない。
相手を理解するには、知識も身につけなくてはならない。
これに対して全体主義は、みんなと同じことを
オウムのように繰り返しているから楽だし、仲間にもなりやすい。
そのうち、自分たちとは異なるものを軽蔑するようになります。
そして他者を抑圧することを罪とは思わなくなる。
(ナチス政権下での戦争犯罪者を裁いた)
裁判で多くの被告が罪など犯していない、従っていただけだ、と言いましたね」
2022/06/13(月) 23:46:05.300
――ドイツのメルケル首相が今春来日したときに独仏和解に触れ、
「隣国フランスの寛容な振る舞い」に言及しました…

「私はドイツの若者に希望を持っています。ミュンヘンには、
ドイツ政府が新しくつくったナチズムの歴史を学ぶ記念館があり…私も招かれました。
ドイツの若者は勇気と長い時間軸、広い視野を持って、過去に何が起きたのか、
どうすれば防げるかを議論しています。
現在の若者にとって(戦争の)過ちは、2世代も3世代も前の話です。
欧州には全体主義の傾向が戻ってきている面が少しありますが、
賢くしっかりと向き合っていこうとする若者に希望を感じます」

「私は(仏紙)シャルリー・エブド襲撃事件で友人の漫画家を失いました。
権力を掌握するためにイスラム教を使っている集団がいる。
しかし、ある意味、いちばんの犠牲者は一般のイスラム教徒だと思います。
こうした憎しみの連鎖を断つには、自分たちとは違うものを見いだす喜び…
性、文化、科学、宗教においても、他者を発見し、自分と違うものを見いだす喜びを知ることが大事です」
2022/06/13(月) 23:46:31.410
――私の世代は戦争体験者からお話を聞けます。次の世代にはどう伝えればよいでしょう…
「寝た子を起こすな」という意見もあります。

「現実を否認しても、問題は解決しません。
むしろ時限爆弾のように、ちょっとしたきっかけで爆発します。
親は子どもたちに、自分が歴史をどう理解しているかを伝えることが大事…
親と同じ考えを持たなくてもいいけれど、
子どもたちも自分の判断で物事を考える責任があることを伝える…
社会の意図的な記憶喪失こそが全体主義の再来を招く。私はそう思っています」

Boris Cyrulnik 1937年仏ボルドー生まれ。
精神科医、作家。
著書に「憎むのでもなく、許すのでもなく ユダヤ人一斉検挙の夜」など。
2022/06/13(月) 23:47:46.460
戦争をいかに「想起」させるか 成蹊大学准教授・板橋拓己さん

ドイツによるユダヤ人の大量虐殺(ホロコースト)については、
フランスやオーストリアなどにも後ろめたい加担の過去があります。
ニュルンベルク裁判…はあくまでドイツ人を対象にしたもので、
ホロコーストも判決では重視されませんでした。
戦後復興を優先したかったヨーロッパ諸国にとって、
対独協力やユダヤ人迫害の過去は忘れたい出来事となります。
フランスでは、反ユダヤ法を制定したビシー政権の過去は忘却され、
国をあげてナチスに抵抗したという「レジスタンス神話」が戦後の出発点でした。
ユダヤ人が声をあげられるような環境ではなかった…
ドイツでは世代交代に伴い、ホロコーストへの関心や反省が1960年代半ば以降高まり、
「過去の克服」が進められていきますが、フランスの沈黙は長かったと言えます。
70年代から外国の歴史家を中心にビシー政権の実態解明が進むのですが、
仏政府が公式に過ちを認めるまで、シラク政権となった95年までかかりました。
冷戦終結前後から、ヨーロッパで歴史認識の見直しが進み、
いまやホロコーストを認めることは統合欧州への「入場券」です…
ドイツでは金銭的補償や戦犯の訴追がほぼ終わり、
戦争を体験していない世代に対し、
過去をいかに「想起」させるかに力を尽くす時代に入っていると言えます。

(編集委員・吉岡桂子)
2022/06/14(火) 00:04:43.310
内田樹「サル化する世界」――戦後日本の「敗戦の否認」

>僕がフランスにおける反ユダヤ主義の研究を始めたのは1980年代のはじめ頃ですが、
>その頃フランスの対独協力政権、
>ペタン元帥の率いたヴィシー政府についての研究が続々と刊行され始めました
>その中でも出色のものであったベルナール=アンリ・レヴィの
>『フランス・イデオロギー』(国文社、1989年)という本を翻訳することになりました。
>これはフランスが実はファシズムと反ユダヤ主義という
>ふたつの思想の「母国」であったという非常に挑発的な内容で、
>発売当時はフランスでは大変な物議を醸したものでした。

>フランスの北半分はドイツの占領下に、
>南半分がペタンを首班とするヴィシー政府の統治下に入ります。
>フランス革命以来の「自由・平等・友愛」というスローガンが廃されて、
>ファシズム的スローガンを掲げた対独協力政府ができます。
>フランスは…大量の労働者をドイツ国内に送ってドイツの生産活動を支援し、
>兵站を担い、国内ではユダヤ人やレジスタンスの摘発を行いました。
>フランス国内で捕らえられたユダヤ人たちはフランス国内から鉄道でアウシュビッツへ送られました…
2022/06/14(火) 00:05:31.310
>レジスタンスの…初期の活動家は全土で数千人程度だったと言われています。
>連合国軍がノルマンジーに上陸して、戦局がドイツ軍劣勢となってから堰を切ったように、
>多くのフランス人がドイツ軍追撃に参加して…
>このとき、ヴィシー政府の周辺にいた旧王党派の準軍事団体などもレジスタンスに流れ込んでいます。
>昨日まで対独協力政権の中枢近くにいた人たちが、
>一夜明けるとレジスタンスになってい…た。
>そして、このドイツ潰走のときに、対独協力者の大粛清が行われています。
>ヴィシー政権に協力したという名目で、裁判なしで殺された犠牲者は数千人と言われています…
2022/06/14(火) 00:07:01.380
>国防次官だったシャルル・ド・ゴールは
>ペタン元帥が休戦協定を結んだときロンドンに亡命して亡命政府を名乗ります…
>もちろん彼の「自由フランス」には国としての実体などありません。
>国際法上はあくまでヴィシー政府がフランスの正統な政府であって、
>自由フランスは任意団体に過ぎません。
>44年にド・ゴールが「フランス共和国臨時政府」を名乗ったときも、
>アメリカもイギリスもこれを承認するのを渋りました。

>ド・ゴールはこの機会にフランスを連合国に「高く売る」ことに腐心しています。
>回想録にはそのことが率直に書いてあります。

>ノルマンディー上陸作戦の時点では
>ド・ゴールの自由フランスの支持基盤は国内のレジスタンスだけでした。
>それが戦局の推移に伴ってそれ以外のフランス人たちも
>自由フランスを自分たちの代表として承認する気分になり、
>最後に米英はじめ世界の政府がド・ゴールの権威を承認せざるを得なくなった。
>対独協力国、事実上の枢軸国がいつのまにか連合国の一員になり、
>さらに国際社会の重鎮になりおおせていたわけです
>でも、このド・ゴールが力業でフランスの対面を救ったことによって、
>フランス人は戦争経験の適切な総括を行う機会を奪われてしまった。

>フランス人は、「敗戦を総括する義務」を免除された代わりに
>もっと始末におえないトラウマを抱え込むことになりました。
2022/06/14(火) 00:12:24.010
>フランスの場合は、
>ヴィシーについてはひさしく歴史的研究そのものが抑圧されていました…
>ベルナール=アンリ・レヴィの『フランス・イデオロギー』は…出るまで戦後44年の歳月が必要でした。
>刊行されたときも、保守系メディアはこれに集中攻撃を加えました。
>「なぜせっかくふさがった『かさぶた』を剥がして、塩を塗り込むようなことをするのか」というのです。
>それからさらに30年近くが経ちますが、
>ヴィシー政府の時代にフランスが何をしたのかについての歴史的な研究は進んでいません…
>フランスの場合は「敗戦の否認」ではなく、
>対独協力国だったという歴史的事実そのものが否認されている。
>その意味では、あるいは日本より病が深いかもしれない。

>本来なら、…「一体、ヴィシーとは何だったのか、
>なぜフランス人は民主的な手続きを経てこのような独裁制を選択したのか」
>という問いを徹底的に究明すべきだったと思います。
>でも、フランス人はこの仕事をネグレクトしました…

>ペタン元帥や首相だったピエール・ラヴァルの裁判はわずか1ヵ月で結審して、死刑が宣告されました。
>この二人に全責任を押しつけることで、それ以外の政治家や官僚たちは事実上免責されました。
>そして、この「エリートたち」はほぼそのまま第四共和政の官僚層に移行する。
2022/06/14(火) 00:14:46.590
>レヴィによれば、フランスにおいて、
>ヴィシーについての歴史学的な検証が進まなかった最大の理由は、
>ヴィシー政府の官僚層が戦後の第四共和政の官僚層を形成しており、
>彼らの非を細かく咎めてゆくと、
>第四共和政の行政組織そのものが空洞化するリスクがあったからだということでした…
>フランス政府が、国家的選択として対独協力していたわけですから、
>それをサボタージュした官僚はうっかりするとゲシュタポに捕まって、
>収容所に送られるリスクがあったわけです。組織ぐるみの対独協力をせざるを得なかった。
>だから、一罰百戒的に、トップだけに象徴的に死刑宣告を下して、
>あとは免罪して、戦後の政府機構に取り込むことにした。
>それは当座の統治システムの維持のためには、しかたなかったのかも知れません。

>ヴィシーについての歴史学的な実証研究が始まるのは、この官僚たちが現役を引退した後になります。
>フランス人自身によるヴィシー研究は『フランス・イデオロギー』が最初のものです。
>戦争が終わって44年後です。
>「ヴィシーの否認」は政治的に、意識的に、主体的に遂行された。
>でも、そのトラウマは別の病態をとって繰り返し回帰してきます。
2022/06/14(火) 00:28:29.970
欺瞞国家=戦後日本と戦後フランスの共通点

フランス現代思想が(すっかり時代が変わる中)如何に尤もらしくその中身を説明されようとも
(それが発想された本来の動機とは)、
第一次大戦で勝利して敗戦国ドイツに天文学的賠償金を課し、それがヒトラーの台頭を生み、
ユダヤ人虐殺を招く中、そのナチス・ドイツにパリを占領され、対独協力していた
ペタン元帥の統治下でフランス人は身近なユダヤ人をナチスに売って自身の身の安全を図っていた。
その戦時中の悪い=不都合な思い出を、戦後になって全てペタン元帥に被せ、
ロンドンでラジオ放送していただけのド・ゴールが“アメリカの支援で”フランスに戻ると、
ナチスにユダヤ人を売って身の安全を図っていたようなフランス人も、
(汚れ役を引き受けてパリを守ったペタン元帥を貶め)ド・ゴールを喝采し便乗しつつ
自分自身をレジスタンスでナチス・ドイツに抵抗していた英雄にすり替えた
(本当はド・ゴールや自分らのレジスタンスではなく、
アメリカによってフランスが解放されたにも拘わらず)。
2022/06/14(火) 00:28:52.380
戦後イスラエルが南米に逃げていたナチス高官を捕らえて本国に送り、裁判にかけた際、
『裁かれているのはヨーロッパ全体だ!』と書いた“フランスの”新聞があったという。
ユダヤ人を迫害していたのはナチスだけではなく、『ヨーロッパ全体だったのだ』と。
『我々ヨーロッパは(当時、苦境下とはいえ人間としての)良心を失っていた』
と(苦悶の中で)自覚しようとする者らと、『悪いのはユダヤ人とユダヤ人の思想=価値観なのだ』
『だから彼らは自業自得なのだ』と思いたい側とに社会が分裂する。
その後者にとって、(ユダヤの)モーセの一神教に遡る、
(一神教と同列の超越的理念を奉ずる)プラトン哲学、
デカルト哲学を(ニーチェやハイデガーの思想を使って環境破壊の)
機械文明、第一次大戦と第二次大戦の破壊と結び付け、
否定(本当は自分らの欲や恐怖の暴走が仕出かした悲劇を自己免責)することは誠に都合が良いのである。
2022/06/14(火) 00:33:09.740
プラトン「国家」のコンセプト

人間を含む万物がそこで生まれ、生きて、子を生みやがて死んで行く、
その自然界の中で、寿命を持ち行動範囲が限られる一個の人間が、
その人生で経験出来るのは、
常に生成流転消滅(=変移)しているその広大な自然界の《一時的な一部分》に過ぎない。
その(強く印象に残った)《一時的な一部分》を見て絶対視し、
それを根拠に論旨を考えれば視野狭窄(=〇〇〇〇・〇〇〇〇〇〇〇〇〇)に陥る。
故にモーセの十戒は『妄りに偶像を創って拝んではならない』
『(感覚で捕らえられない)見えない神を崇拝せよ』と言っている。
正に福島第一原発は、『想定する高さ以上の津波は来ないw』という偶像を拝んで破裂した。
権力を握ろうとする者が自分に都合良き(他人が持ち出すそれと異なる)《一時的な一部分》を絶対視し、
他を排除、或いは支配下に置こうとする。別の者は異なる《一時的な一部分》を絶対視する。
そうした対立は殺し合いに発展し、
(腕力で)勝った者が己の信ずる《一時的な一部分》を絶対視して支配下に強制する。
だが、自然界は常に生成流転消滅(=変移)しているので、
その《一時的な一部分》を正当化する状況は消滅する。その消滅と共にその部族の支配体制も瓦解する。
こうして《一時的な一部分》を信ずる者らは淘汰されて行く。
2022/06/14(火) 00:34:31.630
この対立と殺し合いを何万年と繰り返すうちに
(不正な思い込みは権力者とその部族と共に淘汰され、歴史の彼方に消え去った。それでも残った)、
空間的(=地域的文化的)・時間的(=世代的)に集められた
《一時的な一部分》から自然界の全体像を再構成しようとする考えが生まれた。
(其々が互いに異なる存在・現象を表現している)《一時的な一部分》を只集めて全体像を描くのではなく、
それらを(互いに《突合》させ)生み出している共通の根拠(=公理)にまで遡及し
(このプロセスが〔〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇に似た手法を使った〕分析〔アナリシス〕になる)、
その根拠(=公理)から“逆に”全ての《一時的な一部分》を導き出そうとする
(このプロセスが総合〔インテグラル〕になる。併せて《分析と総合》だ。
この《分析と総合》をポンプのように動かしてあらゆる現実を理論化して行く、ことが出来る)。
この考え方(=ユークリッド幾何学の理論体系を雛形とする、それ)がSCIENCEになった。
この根拠(=公理)こそがプラトンの「イデア」になる。
常に生成流転消滅している自然界の現象・存在を、不生不滅の「イデア」から逆に説明する。
それがSCIENCEである。この考え方により、
人類は呪術祈祷の世界を脱し絶対王政を倒して立憲主義の世界に達することが出来たのだ。
2022/06/14(火) 00:46:35.860
超越的理念と分析(という手段)の否定
=ホーリズム(学問的に偽装された原始アニミズムへの逆行)

ところが(ユダヤ人とその価値観を否定したい)ハイデガーが、
このプロセスと考え方を否定しようとした。そこで持ち出してきたのが超越的理念の否定である。
自然界は(生命現象のように)自ずから生成流転消滅(=変移)している無数の現象・存在
(=実は《一時的な一部分》でしかないそれら)の集まりであるにも拘わらず、
何故自然界“の外に”「イデア」のような架空の存在を考えるのか。
そこがそもそも間違っていると。
ここでハイデガーはプラトン以前のギリシアの哲学者に注目する。
(現在、殆ど確かな資料が残っていない、本当は何を考えていたか何も確証が無い)
ターレスやアナクシマンドロスだ。
彼らはプラトンのように自然“の外に”イデアのような超越的理念を仮想せず、
自ずから生成流転消滅している『自然界の有りのままの姿を見ていたのだ』と(勝手に決めつけた)。
そして、(生命のように)自ずから生成流転消滅している自然界(の無数の《一時的な一部分》の集まり)が、
超越的理念=「イデア」という設計図によってあたかも(人間の手で)製作される、
「机」(を組み立てる前)の部品ような、単なる材料(マテリアル)に格下げされてしまった、とする。
2022/06/14(火) 00:47:44.690
ここに、(生命現象のように)自ずから生成流転消滅している(有りのままの)自然界を、
(無理にでっち上げた本当は在りもしない)
「イデア」を基に《制作される部品》とみる世界観が創られた、とした。
ここからデカルトの機械論が生まれたのだ、と。
つまり、愚かにもデカルトは、(自ずから生成流転消滅している自然界の)
ああゆる現象・存在は『分解する』ことによって理解出来ると考えた。
自然界の存在を分解し、その存在を《制作された部品》とみる、
こうした考え方が機械文明を生んだのだ、と。
この機械文明が第一次世界大戦で造られたような機関銃、戦車、飛行機、毒ガスを生み、
大量生産による環境破壊を生んでいる。こうした悪しき近代社会を作った大元の考え方、
それを打ち出したのがプラトンでありデカルトである、という
2022/06/14(火) 00:52:03.860
(その物事が発祥に至った最初の原因・動機=物事の根本に遡ってそれが何かを定義せず、
それに伴って発生した副作用や、表面的な動作や形態から勝手にその意味を解釈する
〔例えば『自動車というのは排気ガスをまき散らすために作られた!』など〕。

常に生成流転消滅しているその広大な自然界の《一時的な一部分》に過ぎない、
その(強く印象に残った)《一時的な一部分》を見て
(これを分析によって根拠=公理にまで遡及させず、丸ごと)絶対視し、
それを根拠に自分の主観を押し通す。だから「ホーリズム」だという、近代社会を逆行し、
原始時代(アニミズムの世界)に逆戻りさせようとする価値観こそが、ハイデガーの哲学
(=意図的誤解釈によって説明しようとする対象
〔プラトン哲学〕に全く正反対の意味づけをして見せる=パラレル・ワールド)である。
2022/06/14(火) 00:53:56.260
その動機とは、近代合理主義=啓蒙思想=立憲主義の市民社会をぶち壊し、
王と貴族の特権者らが自分ら祖先の神話を絶対視して
国民を専制支配する時代に逆戻りさせるためである(?)。

近代合理主義を巫女の恰好をして否定しようとしたら、単に『時代錯誤』『頭が悪い』と思われるが、
デカルトの方法論を『何でも分割すれば世界が分かる』と思い込んだ《機械論》として退け、
全体丸ごとを権威者が勝手に意味付けするホーリズムなる
(現代的な呪術祈祷の)考え方を導入すれば、
あたかも学問の体裁を使って近代合理主義=立憲主義を否定して神話
(が支える絶対王政)の世界へ逆戻り出来る。

80年代初頭に流行ったポスト・モダンなど、
デカルトを否定しプラトンを否定しようとする(それは数学を否定するに等しい、明らかな間違いだが)、
そうした人間がニーチェやハイデガーの思想を持ち込んでくる、その動機が最初は分からなかった。
90年代半ばに木田元氏の主張を読んで『何かが変だ』と思ったが、
こうした(超越的理念の否定が数学の否定につながる)
論旨が何を目的としているのかが見えなかった。
2022/06/14(火) 00:58:34.150
〇〇〇〇は、明治以来日本の近代化を支えた恩人=英米に戦争を仕かけた張本人で、
敗けた責任者にも拘わらず、自分が命じた東条英機にその責任を全て背負わせて、
敗戦後、自分は親米の平和主義者としてその地位に留まった。
真珠湾奇襲攻撃で提灯行列し、『鬼畜米英』を連呼していた日本国民は、
敗戦したら〇〇〇〇に倣って親米に寝返った。ナチスにパリを占領されたペタン元帥の統治下で
ユダヤ人をナチスに売って身の安全を図っていたフランス人は、
敗戦後、その悪い思い出をペタン元帥に全て背負わせて断罪し、
自分自身はロンドンでラジオ放送していただけのドゴールに感情移入しフランス解放を喝采した。
つまり〇〇〇〇は、一人でペタン元帥
(日本側に置きかえれば、その統治下で、大部分の日本国民は天皇が強いる戦争に反対せず、
反対する人間は特高警察に連れ去られ、
故に徴兵された同じ日本人は続々と戦場に送られて餓死・戦病死し、
都市の国民は広島長崎で、或いは焼夷弾による空襲で、無惨に焼け死んで行った)
とドゴール役(その悪夢の戦時下からの解放者)を演じている。
2022/06/14(火) 01:00:36.450
その戦後日本が朝鮮戦争を切っ掛けに経済復興し、ベトナム戦争で疲弊するアメリカを尻目に
『JAPAN AS NO1』『21世紀は日本の世紀』と言えるほどの成功を収めて居た。
政府・指導者と国民は大いに自信を持った。
(アジアの)日本人は『戦争して敗けた』という負い目(過ち)を今や克復し
(いや、そもそも大東亜戦争は過ちでなく
〔西欧文明に対する〕『アジアの解放』という聖戦だった、とすり替え)、
経済力・技術力ではアメリカ(=西欧“近代”)に勝っている。
だから(日本は今や西欧近代を超えた)『ポスト・モダンだ』という、
時代の雰囲気にマッチしていたのだ。しかし日本の経済発展は、
朝鮮戦争を切っ掛けに(MSA協定など)日本を兵站基地にしようとするアメリカの思惑で成り立っていた。
だから調子に乗った日本が日米繊維摩擦、自動車摩擦、半導体摩擦でアメリカに盾突くと、
怒ったアメリカは周恩来の中国と手打ちをし、鄧小平に中国近代化を約束する。
(その後にプラザ合意とバブル崩壊が起こり)
特に冷戦終結以後、戦後日本の発展は終焉しアジアと中国が代わって発展することになる。
それで、ポスト・モダンで正当化された束の間の《戦後日本の大成功》は瓦解した。
2022/06/14(火) 01:05:57.940
という現実を、日本の人文系の学者らは説明しようとしない。
ひたすらこの現実を隠ぺいする、《偽物語》を騙ろうとする
(むしろ、ピータードラッカーなどの〔真の友情を差し伸べた〕外国人が日本社会に警鐘を鳴らしていた)。
しかしそれを延々30年続けても、一向に日本が抱えた問題は解決しないのだ。
2022/06/27(月) 23:45:07.010
異常な暑さ?
2022/06/27(月) 23:45:27.660
「世界で何位?」から考える 2022参院選「共生」 大沢真理さん、中島岳志さん
朝日新聞 2022年6月27日

「世界人助け指数」という国別のランキングで、日本は114の国・地域の中で最下位でした。
格差が広がる社会で人びとが共に暮らすために、いま必要なことは。
東京大学名誉教授の大沢真理さんと、東京工業大学教授の中島岳志さんに聞きました。
(構成・真田香菜子)
2022/06/27(月) 23:46:03.070
格差対策し余裕ある社会へ 東京大学名誉教授・大沢真理さん

2019年に発表された10年分の総括を見ても、日本は126の国・地域中107位で、
20年に急落したわけではない。
「他人を信頼できるか」(一般的信頼)を尋ねるほかの国際調査でも、
日本は他国と比べ「信頼できる」の回答率が低かった。
世界的に見て、貧困率が高い国や経済格差が大きい社会では一般的信頼が低くなる。
日本人は人助けをしないという結果は、日本に格差社会が続いてきたことが影響している。
いろんな意味で余裕がない人が多く、人助けの意欲も低くなっているのだろう。
政府による所得再分配の前後で、
貧困率がどれだけ下がったかを示す「貧困削減率」という指標がある。
経済協力開発機構(OECD)の18年の調査で、
日本は欧州と比べて現役世代でも、高齢者でも、貧困削減率が低かった。
原因は、失業保険や生活保護、児童手当が機能せず、年金額が少ないから。
戦前から「とにかく働け」社会で、働けない場合や働いても低所得の状態に寛容でない。
昨年のOECDのリポートでは、日本の所得不平等(ジニ係数)はOECD平均を上回った。
2022/06/27(月) 23:46:31.140
「累進課税を進めるべきだ」とする人の割合は90%と平均より高かった。
つまり、余裕のある人に負担を求めて格差を削減しようという主張には、十分に政治的基盤がある。
人助け指数とは違う結果が出た、国の「孤独・孤立対策担当室」による昨年の調査にも注目したい。
「他者への手助け状況」を問う質問に、約45%の人が「している」と回答した。
累進課税を求める民意と掛け合わせたとき、政府が再分配に力をいれることへの支持になる。
格差社会を解消するための国への提案は二つ。
一つは年金に最低保障額を設けるなどして貧困格差を削減すること。
そして、全ての人の「同一価値労働同一賃金」を達成するとうたう、
国連の持続可能な開発目標(SDGs)を順守することだ。
一方、個人には特別な意識変革を求めようとは思わない。
余裕が持てる働き方と待遇、老後の生活保障が進めば、
一般的信頼や人助けの意欲はおのずと高まるだろう。
2022/06/27(月) 23:49:17.130
>「他人を信頼できるか」(一般的信頼)を尋ねるほかの国際調査でも、
>日本は他国と比べ「信頼できる」の回答率が低かった。
>世界的に見て、貧困率が高い国や経済格差が大きい社会では一般的信頼が低くなる。
>日本人は人助けをしないという結果は、日本に格差社会が続いてきたことが影響している。
>いろんな意味で余裕がない人が多く、人助けの意欲も低くなっているのだろう。

>一方、個人には特別な意識変革を求めようとは思わない。
>余裕が持てる働き方と待遇、老後の生活保障が進めば、
>一般的信頼や人助けの意欲はおのずと高まるだろう。
2022/06/27(月) 23:49:43.430
>彼の先駆的な研究によって、
>未知の人間との信頼関係を築く能力こそが、北イタリア人を豊かにしていることが判明した。
>そして、たんなる経済的支援でなく市民参画こそが、市民に意欲を起こさせることもわかった…
>市民活動に積極的に参加したことが、富の形成に役立った

原因と結果が逆ではないか?
2022/06/27(月) 23:50:08.620
マイケル・ジーレンジガー「ひきこもりの国」

>欧米人の大部分は、自己を超えた唯一絶対の力を信仰している。
>いっぽう日本人には、いくつもの信仰の対象がある…
>倫理的価値観でさえ、状況によってさまざまに変わる…
>堺屋太一によれば、日本人にはこのような相対主義的な信仰のシステムがあるため、
>絶対不可侵の神聖な教えとか、倫理原則の確固たる「指針」といったものがなく…
>「日本人にとって道徳的に正しいこととは、きょうの日本人の大多数が正しいと考えていること…」…
>「ですからもちろん明日、日本人の大多数の考え方が変わってしまえば、
>同じ行為が不道徳で間違ったものとされるでしょう」
>(日本人の倫理観について質問したとき、堺屋はそう答えた) 

>倫理的態度の変化がもっとも激しかったのは、鬼畜米英を撃破すると誓っていた国民が、
>一九四五年に天皇の「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」という声を聞いたときであろう…
2022/06/27(月) 23:50:46.220
>キリスト教徒もイスラム教徒も、事の善悪を判断をするとき、「神の教え」や「聖典」に根拠も求める。
>彼らには、損得勘定などでは揺れ動かず、まったく議論の余地のない、根本的な信仰がある…
>日本の場合は、もっと相対的で、人間中心で、実際的だ。
>「美徳」とは、ある時代、ある局面で権力を握っている者が「よい」と考えているものだ…
>どんなに不信仰だといっても、今日の欧米人は、
>この世とは別のところにある超越的な存在への信仰を失ってはいない。
>この信仰は、何百年にもわたって、国民が指導者の行いを判断し、
>責任を追及するさいに有効な羅針盤となってきた

>日本の歴史家、社会学者、精神科医
>およびその他の思索家たちとの対話で、たいへん印象的だったのは、
>ほとんど誰もが、日本文化が西欧文化と異なる重要な点として、
>一神教の不在を挙げていたことである。
2022/06/27(月) 23:51:50.060
>アメリカの神学者トマス・カスリスによれば、
>欧米人にとって日本人の倫理観は理解しがたいと述べている。
>「日本の思想では、次のようなものはまったく重視されていない。
>精神的、道徳的、政治的な基本単位としての個人、
>行動の理想としてすべての人間にあてはまる普遍的原則という考え方。
>人と人、人と神とは法と契約によって結ばれているという考え方…」

>「信頼」は「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」の重大な構成要素であり、
>効率的で、生産的な社会、革新や新しい考え方に即応できる社会を作る助けとなる。
2022/06/27(月) 23:53:08.800
>ソーシャル・キャピタルの重要性を最初に提唱したのは、
>現在ハーバード大学で教授を務めるロバート・D・パトナムである。

>なぜ北イタリアの人々は南イタリアのいとこたちより裕福なのか、
>とパトナムが疑問に思ったのがそもそもの始まりだ。
>彼の先駆的な研究によって、
>未知の人間との信頼関係を築く能力こそが、北イタリア人を豊かにしていることが判明した。
>そして、たんなる経済的支援でなく市民参画こそが、市民に意欲を起こさせることもわかった…
>市民活動に積極的に参加したことが、富の形成に役立ったのである。

>市民意識のあるコミュニティや住民は「お互いが公正にふるまい、法を守ると信じている…
>指導者はおおむね正直で、公平、平等の原則を守る。
>社会的・政治的なネットワークは階層的ではなく、水平的な組織形態になっている…
>『市民コミュニティ』は、連帯、市民参加、誠実を重んじる。そういうところでこそ民主主義が機能する」 
>対照的に…シチリアなど、イタリア南部の州では、
>その社会的・文化的生活はいまだにみすぼらしいものである。
2022/06/27(月) 23:54:59.610
中川靖造「海軍技術研究所」

もと海軍技術者の伊藤 が口癖のように指摘する問題点があった。日本人の無秩序な競争意識である…
つまり、日本人にはオレがオレがという経営者、技術者が多すぎ、
本当の意味の専門工業やエキスパートを活かす土壌ができていないと言っているのである…
戦後ドイツの復興計画のなかで、伊藤が感銘を受けたのは、住宅対策であった。
ドイツの都市も日本同様、連合国の爆撃や進行作戦で徹底的に破壊されたはずである。
にもかかわらず、戦前のそれに劣らぬ閑静な住宅街が建設されている…
伊藤は帰国後、その実状を小、中学生だった子弟に話し、次のように教えた。
「日本は遊興施設から復興し、ドイツは生産的なものから着手した、
われわれは総花的にバラックをたくさんつくったが、
彼らは、着実に都市計画によって少しずつ家を造っていった。この考え方の違いは協調心の有無である。
残念なことに日本にはそれがない。すべての人が自分を主張する。
それは電車に乗る姿、町を歩く様を見てもわかる。
そして政治にも科学にも不思議なほど協力が行われていない…
これに対しドイツ人は単一の性格を持った集合体になり、お互い協調し合う。
それでいて自己の自由と独立心、協調心同様、毅然としたものを持っている。
日本とドイツの違いはそこにある。」…
2022/06/28(火) 00:29:13.970
堀田善衛「上海日記」

三人で、渡辺さんを加へ話したことだが、
どうも僕は、日本はアテネやスパルタのやうに滅びるのではないかと思ふ。
この大東亜戦争が恐らく第一弾のものではないのか。
何しろ日本人ほど何かをやりたい、やりたい、やりたいといふ
慾情につかれた人民ばかりで成り立つている国家といふものはないであらう……
「かつて東方に国ありき」……と。
ともあれ、もはや世界には日本と戦争をしなかったといふ国はないのである。
いはゝ゛世界の札つきである。

上海に来て僕の感じたことのうちで大きいことは、
日本人といふものは、余程特異な存在であるといふことだ。
その風俗習慣、物の考え方に、国際的に共通、意識共通なものは殆どないといふこと。
しかも世界の如何なるものをも理解出来るらしいといふこと。
これはともあれ余程特異な人間の集まりである。余程ゝ特異なのだ。
2022/06/28(火) 00:31:24.550
「追想 バテレンの世紀」フランシスコ・カブラル書簡1596年 渡辺京二09年9月「選択」

カブラルはもともと日本人に好意を持たなかった。
はるか後年であるけれども、一五九六年に書かれた彼の書簡は彼の日本人観を率直に吐露している。

「私は日本人ほど傲慢・貪欲・無節操・かつ欺瞞にみちた国民を見たことがない。
というのは、百姓でも内心王たらんと思わないような者は一人もおらず、
機会あり次第そうなろうとする。……
彼らはそうするよりほか生きるすべがない場合以外は、共同と服従の生活をすることに耐えられず、
生活の道が立ちさえすれば、直ちにみずからが人の上に立とうとする。……
日本人は自分の心中をさらけ出したり、他人に覚らせたりしないことを、
名誉で思慮深いことだと考えている。
彼らは子供の時から、このような欺瞞と偽りにみちた人間になるよう育てられている。」
「日本人を入会させることをやめないと、イエズス会ばかりか、
キリスト教界までが、日本で破滅してしまうに相違ない。……
2022/06/28(火) 00:31:54.180
宣教師の方が日本人の本質を良く読み取っている。
嘘つき同士、詐欺師同士が嘘をつき合って社会を破局に導いた。
キリスト教会ではなくて日本そのものが
真実と本音を隠しあらぬ事を平然と口に出来る詐欺師、精神病質者によって瓦解した。
その典型例こそが二発の原爆投下を招いた太平洋戦争の惨敗であり、
その行政の結果、破裂に至った福島第一原発事故である。
2022/06/28(火) 00:37:52.320
>上海に来て僕の感じたことのうちで大きいことは、
>日本人といふものは、余程特異な存在であるといふことだ。
>その風俗習慣、物の考え方に、国際的に共通、意識共通なものは殆どないといふこと。
>しかも世界の如何なるものをも理解出来るらしいといふこと。
>これはともあれ余程特異な人間の集まりである

表向き紳士淑女に見えていても、日本人は頭のおかしな奴が多いのだろう。
2022/06/28(火) 00:38:35.590
福沢諭吉「学問のすゝめ」

我全国の人民数千百年専制の政治に窘められ、人々その心に思うところを発露すること能わず、
欺きて安全を偸み詐りて罪を遁れ、詐欺術策は人生必需の具となり、
不正不実は日常の習慣となり、恥ずる者もなく怪しむ者もなく一身の廉恥すでに地を払って尽きたり、
豈国を思うに遑あらんや。
2022/06/28(火) 00:46:32.380
ハインリッヒ・シュリーマン「シュリーマン旅行記 清国・日本」

もし文明という言葉が物質文明を指すなら、日本人はきわめて文明化されていると答えられるだろう。
なぜなら日本人は、工芸品において
蒸気機関を使わずに達することのできる最高の完成度に達しているからである。
それに教育はヨーロッパの文明国家以上に行き渡っている。
シナをも含めてアジアの他の国では女たちが完全な無知のなかに放置されているのに対して、
日本では、男も女もみな仮名と漢字で読み書きができる。

だがもし文明という言葉が次のことを意味するならば、
すなわち心の最も高邁な憧憬と知性の最も高貴な理解力をかきたてるために、
また迷信を打破し、寛容の精神を植えつけるために、宗教
――キリスト教徒が理解しているような意味での宗教の中にある最も重要なことを広め、
定着させることを意味するならば、
確かに、日本国民は少しも文明化されていないと言わざるを得ない。
2022/06/28(火) 00:47:08.520
なぜならば、まず前章で述べたように、崇高な美徳の実践
――人はそれを文明の高尚な現れとみなしたがるのだが――
その実践を促す高貴な感情が開花するのを妨げている強力な要因がある。
さらに他にも、民衆の精神的な憧憬を最小限に押さえているに違いない理由がある。
それは第一に、民衆の自由な活力を妨げ、むしろ抹殺する封建体制の抑圧的な傾向があげられる。
公然であろうと隠密裏であろうとを問わず忌まわしい諜報機関が存在し、
しかもそれが大君の政府を支えている。実際、密告は、この政府の最も強力な武器である。
政府の役人はどこへ行くにも決して一人ではなく、
いつも「オメツケ」(直訳すれば「見る目」、すなわちスパイ)と一緒である。
「オメツケ」は、役人の行動のすべてを監視し、政府に報告書を提出する。
私が江戸に入って以来毎晩、老中の一人が所用でポートマン氏のもとを訪れたが、
かならずお目付役を一人伴っていた。

網の目のようにはりめぐらされた、こうした諜報機関が、二つの第一階級、
すなわち将軍家および諸大名のどの家族の上にまでも拡げられ、
人々の間に不信感を植えつけ、真実と正直さの発現を不可能にしている。
日本人の間で?が単なる悪い習慣以上のものになったのも当然である。
日本では「?」は一つの制度であり、
しかもある動きを政府の行政機構のすみずみまで伝えるばねの一つとなっている
2022/06/28(火) 00:48:14.150
大君は外国との交流にきわめて積極的であり、あらゆる方面で交流を促進しようと考えている。
外国との交流によって農業面でも、国家的な規模においても
莫大な利益がもたらされることを、大君はよく知っている。
しかし不幸にも大君は、
この国の事実上の支配者であり自分たちの利益のことしか考えない大名、
すなわち封建領主に牽制されて、自由に振る舞うことができない。
大名たちは、外国との交易が盛んになればどうなるか、よくわかっているのだ。
外国人と日本人が接触し関係をもつ機会が増えれば増えるほど、
日本人の知的道徳的な進歩が促され、根本的な改革が求められる、
そうなれば自分たちがこれまで汲々として守ってきた封建的支配はまっ先に崩れるだろうと。
これが、外国との交流の確立と、
その発展に対して大名たちが一貫してもちつづけている敵意の唯一の所以である。
民衆が外国人嫌いになるようにしむけ、
江戸湾をこれから先もずっと閉ざそうとしているのも、大名たちである。
2022/06/28(火) 00:50:35.420
>大名たちは、外国との交易が盛んになればどうなるか、よくわかっているのだ。
>外国人と日本人が接触し関係をもつ機会が増えれば増えるほど、
>日本人の知的道徳的な進歩が促され、根本的な改革が求められる、
>そうなれば自分たちがこれまで汲々として守ってきた封建的支配はまっ先に崩れるだろうと。
>これが、外国との交流の確立と、
>その発展に対して大名たちが一貫してもちつづけている敵意の唯一の所以である。
>民衆が外国人嫌いになるようにしむけ、
>江戸湾をこれから先もずっと閉ざそうとしているのも、大名たちである。

現代は外国と交流はしているが、本当には開国していない。
正にこれは今の日本の企業社会であり、役所だろう。
2022/06/28(火) 01:02:57.400
マイケル・ジーレンジガー「ひきこもりの国」

集団主義的な圧力の強い現代の日本では、世間体
――自分が世間からどう見られているかということ、
つまり、世間の人に対する体裁や体面を保たなければならないという考え方――
は「いじめ」同様に、個人の行動を著しく抑圧するものだ。
東京都内の人口が密集する古い街であれ、郊外の…ベットタウンであれ、
人々は…ひしめき合うように暮らしている。
誰もがつねに高度な警戒態勢を維持し、隣人の一挙一動にいつも目を光らせている…
私も街を歩いているときに、外国人への冷たい視線をしばしば感じたものだ。
人々は私をじっと観察していた。ただし、それとわかるように正面から見つめるのではなく、
ガラス越しだったり、視野の片隅でとらえたりするのだ。
私が「危険人物」ではないかどうかを見きわめようとする視線だった。
こちらが温かな微笑みを浮かべてみても、彼らの警戒は解けなかった。
もしも正面から見つめ返したら、とたんに顔をそむけてしまうにちがいない。
こそこそ詮索する人間が多い土地では、ちゃんと洗濯しているか、夕食は何時に作るか、
夫婦仲はうまくいっているか、といったことをすべて近所の人たちに知られてしまう。
2022/06/28(火) 01:03:34.980
排除の手段としてのいじめ 

子供たちが幼いときから社会に適応するように、
そして共通の目的を持った、和が重視される集団に溶けこむように教育される日本では、
「いじめ」は際立って、そして残酷なまでに有効な「行動修正」の手段である。
小学校の低学年では、しばしば、教師や親が介入することを故意に避け、
クラス全体が自然な社会力学に支配されるがままにする。
幼児期の子供たちを、大人の干渉のない環境におくことで、
社会単位や上下関係を形成するのに必要な術を身につけさせることができる、
というのが教育学者の一般的な考え方なのである。
2022/06/28(火) 01:04:20.050
マイケル・ジーレンジガー「ひきこもりの国」

>小学校の低学年では、しばしば、教師や親が介入することを故意に避け、
>クラス全体が自然な社会力学に支配されるがままにする。幼児期の子供たちを、
>大人の干渉のない環境におくことで、社会単位や上下関係を形成するのに必要な術を身につけさせる
>自然でゆるやかな集団形成のプロセスに、教師が仲介することはめったにない。


岡潔「春宵十話」 昭和三十八年

>グループ活動などといって、
>ひとところに大勢集めて勉強させるのもよくないことで、何にもならない。
>ボスができるばかりである。
>ボスができてからなら道義の入れようもない。言語道断なことをするなといいたい。
2022/06/28(火) 01:04:45.850
岡潔「春宵十話」 昭和三十八年

私には日本民族はいま絶滅のがけふちにたっているようなものとしか思えない。
それだけでなく、世界的に見ても、人類は葬送行進曲を続けてやめないようにしか見えない。
そんな状況でなぜ教育のような迂遠なことを話すのかと思われるかもしれないが、
この危険状態から脱するにはよく教育するしかないからである。
というだけでなく、日本の危機もまた教育、特に義務教育から来ている。
少なくとも私にはそうとしか思えない…
こういうふうにいえば、すべて昔の教育はよかったといっていることになるが、
本当は日本の教育は明治からこのかた、悪い方へ悪い方へと行っている。
心配すべきことをちっとも心配しないという傾向は、ますますひどくなっている。
だから私がいまその傾向が不安だといくら強調しても、
せいぜい岡のいっていることはおもしろいという程度に受取られて、不安とは受取られない恐れがある…
私が本当に心配でならないのはいまの教育のことなのである。
事態がもっと切迫してくれば、みんな気がついてくれるかもしれないが、それでは遅すぎるのだ。
実にめちゃくちゃな教育だと思う。
2022/06/28(火) 01:05:32.500
娘が学芸大学に行っているので
教育学を学んでいる学生たちのことを聞いてみたが、ひどいものだと思った。
「何々教育学」というのがそこら中いちめんにあり、必ず出席をとるだけでなく試験をする。
おもしろくないものを覚えなければならない。
ゼミナールだ、講義だといって自分の勉強はちっともしていない。
こうして本来のものからはずれたものになり、理性が理性として働かず、
その結果、子供たちは、わかってもわからなくてもぼうっとしてることになり、
いろいろなセンスが欠けて正義心、廉恥心も働かなくなるのだ。
近ごろは集団として考え、また行動するようしつけているらしいが、
これこそ頭をだめにしてしまう近道だと思う。
人の基本的なアビリティーである他人の感情がわかるということ、物を判断するということ、
これは個人の持っているアビリティーであって、決して集団に与えられたアビリティーではない。
学生たちに最初から集団について教え、集団的に行動する習慣をつけさせれば、
数人寄ってディスカッションをしないと物を考えられなくなる。
しかしそれでは少なくとも深いことは何一つわからないのだ…
くにがこどもたちに被教育の義務を課し、
それを三十年続けてひどく失敗すれば、その国は滅びてしまうだろう。
2022/06/28(火) 01:06:30.090
いまの教育では個人の幸福が目標になっている。
人生の目標がこれだから、さあそれをやれといえば、
道義というかんじんなものを教えないで手を抜いているのだから、まことに簡単にできる。
いまの教育はまさにそれをやっている。
それ以外には、犬を仕込むように、主人にきらわれないための行儀と、
たべていくための芸を仕込んでいるというだけである。
しかし、個人の幸福は、つまるところ動物性の満足にほかならない。
2022/06/28(火) 01:07:33.640
三河島惨事は本当は教育の問題である。私にはそうとしか思えない。
惨事が起こってから上り電車が来るまでに五分あいていたのにどうにもできず、
線路を歩いていた人たちをひき殺した。これが一番いけない。
信号の見間違いというミスは起こり得るもので、これをそんなに責めることはできないが、
間違った場合にどうするか、それが最も大切なことなのである。
ところが事実は何一つできなかった。
それは自分で判断させるという訓練が義務教育以来全くできていないからにほかならない…
初めからはっきりした法則を教えて、
さあそのとおりにせよといえば人の頭は機械になるだけであろう。

本当は答えが合うことよりも、自分で合っていると認めることのほうが大切なのに、
それがわかっていない。こんなのが大きくなったら大事故が起こるのは当たり前だと思う。
惨事があればそんな教育であることが連想され、また教育をみればすぐ惨事が連想される。
答案などというものは、生徒に書かせるよりも本当は先生に書かせ、
それが合っているかどうかを生徒が調べるほうがよいと思う。
そうすれば自分で判断する訓練になるに違いない。
答案は書けなくても意味はわかるという子供ができればそれでよいのだ…
2022/06/28(火) 01:08:02.380
グループ活動などといって、
ひとところに大勢集めて勉強させるのもよくないことで、何にもならない。
ボスができるばかりである。ボスができてからなら道義の入れようもない。
言語道断なことをするなといいたい。
2022/06/28(火) 01:08:46.990
>ボスができてからなら道義の入れようもない。
>言語道断なことをするなといいたい
>ボスができてからなら道義の入れようもない。
>言語道断なことをするなといいたい
>ボスができてからなら道義の入れようもない。
>言語道断なことをするなといいたい
>ボスができてからなら道義の入れようもない。
>言語道断なことをするなといいたい
>ボスができてからなら道義の入れようもない。
>言語道断なことをするなといいたい
2022/06/28(火) 01:09:18.870
マイケル・ジーレンジガー「ひきこもりの国」

>小学校の低学年では、しばしば、教師や親が介入することを故意に避け、
>クラス全体が自然な社会力学に支配されるがままにする。幼児期の子供たちを、
>大人の干渉のない環境におくことで、社会単位や上下関係を形成するのに必要な術を身につけさせる
>自然でゆるやかな集団形成のプロセスに、教師が仲介することはめったにない。


岡潔「春宵十話」 昭和三十八年

>グループ活動などといって、
>ひとところに大勢集めて勉強させるのもよくないことで、何にもならない。
>ボスができるばかりである。
>ボスができてからなら道義の入れようもない。言語道断なことをするなといいたい。
2022/06/28(火) 01:09:31.200
>ボスができてからなら道義の入れようもない。
>言語道断なことをするなといいたい
2022/06/28(火) 01:12:32.160
.
この日本社会では、捻じ曲がった精神性が《社会道徳》として推奨されている。
2022/06/28(火) 01:19:26.470
それで『他人を信頼しろ』とか、『他人に優しくなれ』などと言われても、多分なれるものではない。
他人は絶対、(金銭授受を伴う仕事以外で)自分に優しくしないからだ。
権力機構によって(被支配層同士が相争うよう)そのように仕向けられている。
団結して支配層に歯向かって来ないように。おそらくは、それが《専制支配》の仕組みである。
2022/06/28(火) 01:24:15.620
>日本人の間で?が単なる悪い習慣以上のものになったのも当然である。
>日本では「?」は一つの制度であり
?=ウソ
2022/06/28(火) 01:29:07.500
夏目漱石「現代日本の開花」

それで現代の日本の開花は前に述べた一般の開花と何処が違うかというのが問題です…
私はこう断じたい。西洋の開花(即ち一般の開花)は内発的であって、日本の現代の開花は外発的である。
ここに内発的とうのは内から自然に出て発展するという意味で…、
また外発的とは外からおっかぶさった他の力でやむをえず一種の形式を取るのを指したつもりなのです…

西洋の開花は行雲流水の如く自然に働いているが、
御維新後外国と交渉を付けた以後の日本の開花は大分勝手が違います…
今まで内発的に展開して来たのが、急に自己本位の能力を失って
外から無理押しに押されて否応なしにそのいう通りにしなければ立ち行かないという有様になった…
それが一時ではない。四、五十年前に一押しされたなりじっと持ち応えているなんて楽な刺激ではない。
時々に押され刻々に押されて今日に至ったばかりでなく向後何年の間か、
または恐らく永久に今日の如く
押されて行かなければ日本が日本として存在できないのだから外発的というより外に仕方がない。
2022/06/28(火) 01:29:23.920
日本の現代開花の真相もこの話と同様で、分からないうちこそ研究もして見たいが、
こう露骨にその性質が分かってみるとかえって分からない昔の方が幸福であるという気にもなります。
とにかく私の解剖した事が本当の所だとすれば
我々は日本の将来というものについてどうしても悲観したくなるのであります…
ではどうしてこのような急場を切り抜けるかと質問されても、前申した通り私には名案も何もない。
2022/07/12(火) 20:42:05.710
蒸し暑い
2022/07/12(火) 22:11:09.670
ミチオ・カク『神の方程式 「万物の理論」を求めて』

それは究極理論というものだ…
宇宙のあらゆる力を統一し、膨張する宇宙の運動から、素粒子の極微のダンスまで、
すべてを操るただひとつのメカニズムだ。
課題は、簡潔な数学で物理学のすべてを取り込むような方程式を書くことだ…
そんな理論が成功を収めたら、科学の至高の偉業となるだろう…
理論上、ビックバンから始まり宇宙の終わりに至るまで、
あらゆる事象の方程式を導き出せる、ただひとつの数式だ…
しかし今日、多くの一流の物理学者が、自分たちはついに答えを絞り込んでいると考えている。
その筆頭候補(そして私の考えでは唯一の候補)は、ひも理論という。
この理論では、宇宙は点状の粒子ではなく小さな振動するひもで構成され、
それぞれのひもの振動による音が素粒子に相当すると仮定している。
おそろしく高性能の顕微鏡があったとしたら、電子やクォークやニュートリノなどは、
輪ゴムに似た極小のループに生じた振動にすぎないとわかるだろう。
その輪ゴムを何度も違うやり方ではじけば、やがては宇宙に存在するあらゆる素粒子が作れる。
すると、すべての物理法則は、こうしたひものハーモニーということになる。
化学反応は、それで奏でられるメロディーであり、宇宙は交響楽だ…
これは、学術的な問題にとどまる話ではない。
科学者が新たな力を明らかにするたびに、その力は文明の進路を転じさせ、人類の運命を変えた。
2022/07/12(火) 22:11:54.020
たとえば、ニュートンが運動と重力の法則を発見すると、
機械の時代と産業革命の土台が築かれた。
マイケル・ファラデーとジェームズ・クラーク・マックスウェルが電気と磁気を解明すると、
都市に明かりがもたらされ、強力なモーターや発電機のほか、
テレビやラジオ(無線)による瞬時の通信が実現されることとなった。
アインシュタインのE=mc^2という式は、星々のもつパワーを説明し、
核力(原子核を構成する素粒子間に働く力のこと)を明らかにするのに役立った。
また、エルヴィン・シュレーディンガーや
ヴェルナー・ハイゼンベルクなどが量子論の秘密を解き明かすと、
スパーコンピューターやレーザー、インターネット、
それにわれわれの家にあるすばらしい機器の数々を生み出す、
今日のハイテク革命がもたらされた…
結局、現代テクノロジーのあらゆる驚異は、
科学者が世界の基本的な力を徐々に見つけてきたおかげで生まれたのだ。
いまや科学者は、自然界のこうした四つの力
――重力、電磁力、強い核力、弱い核力――をひとつの理論にまとめる考えに注目している…
それによって最終的に、次に挙げるような、
科学のなかでもとりわけ深遠な謎や疑問のいくつかに答えられる可能性がある。
2022/07/12(火) 22:15:25.300
ビックバンの前に何が起きていたのか?…
ブラックホールを抜けた向こう側には何があるのか?…
タイムトラベルは可能なのか?…
ほかの宇宙へつながるワームホールは存在するのか?…
いくつもの並行宇宙からなるマルチバース(多宇宙)は存在するのか?
2022/07/12(火) 22:15:38.590
古代ギリシャ人は、
われわれをとりまく世界の混沌とした要素をいち早く真剣に分類しようとした人々だった…
最初の答えは、アリストテレスよりさらに前、哲学者デモクリトスが出している。
万物は、小さくて目に見えず、破壊できない粒子に還元できると考え、
その粒子を原子(原語のatomはギリシャ語で「分割できない」という意味)と呼んだのだ。
それに対し、原子は小さすぎて観察できないから、
直接的な証拠を得ることは不可能だとの批判もあった…
ふたつめの答えへの道を切り開いたのは、偉大な数学者ピタゴラスだった。
ピタゴラスには、数学の表現を音楽のような世間一般の事象にあてはめる洞察力があった。
言い伝えによれば、彼は、
竪琴の弦をつまびく音と、金属棒を槌でたたいて生じる響きとのあいだに、
似たところがあることに気づいたという。
そして、どちらでも、決まった比の振動数が耳に心地よい音になることを見出した。
すると、音楽のように感覚的に心地よいものの原因が、共鳴の数学的関係にあることになる。
これは、身のまわりにあるさまざまなものが
同じ数学的なルールに従っている事実を示しているのかもしれない、と彼は考えた。
こうして、この世界の少なくともふたつの偉大な理論が古代ギリシャで生まれた。
万物が、目に見えない、破壊できない原子でできているとする考えと、
自然界のさまざまなものが振動の数学によって表現できるとする考えである。
2022/07/12(火) 22:16:44.440
現在宇宙を見ると、四つの力が独立に働いているのがわかる。
重力と電磁力と二種類の核力のあいだには、一見したところ、共通点がないように思える。
ところが、時間をさかのぼると、四つの力は収斂していき、
宇宙創成の瞬間にはたったひとつの力になってしまいそうなのだ。
宇宙の誕生という、宇宙論で最大の謎を明らかにするのに素粒子物理学を利用する、
新しい見方が生まれていった。まったく異なるふたつの領域、
量子力学と一般相対性理論が、徐々に一つにまとまりだしたのである。
この新しい見方によれば、ビックバンの瞬間には、四つの力のすべては、
おおもとの対称性に従うひとつの「超力(スーパーフォース)」にまとまっていた。
このおおもとの対称性では、宇宙のあらゆる粒子を回転によって互いに入れ替えることができた。
そして超力を決定する方程式が、神の方程式だった…
ビックバン後の宇宙は、膨張するにつれ冷えていき、種々の力や対称性が破れだし、
今日の標準模型のような、分かれたそれぞれの力の対称性が残った。
この過程を「対称性の破れ」という。
2022/07/12(火) 22:17:16.270
ここまで、四つの基本的な力を制することで、自然の秘密の多くが明らかになっただけでなく、
文明そのもの運命を変える科学の大革命も引き起こされたことを見てきた。
ニュートンが運動の法則と重力の法則を打ち立てると、産業革命の礎が築かれた。
ファラデーとマックスウェルが
電気と磁気の力はひとつのものだと明らかにすると、電気の革命が幕を開けた。
アインシュタインや量子物理学者たちが、
現実の本質は確率論的で相対論的であることを示すと、今日のハイテク革命の火蓋が切られた。
しかしいまや、四つの基本的な力の全てを統一する
「万物の理論」への収斂がなし遂げられつつあるのかもしれない。
2022/07/12(火) 22:17:48.910
そこで、この理論がついに完成したと仮定してみよう…
われわれの暮らしや考え、宇宙観にどんな影響があるだろう?
日常生活への直接的な影響については、なきに等しいだろう…
万物の理論がわれわれの暮らしに影響を与えるとすれば、それは哲学的なものかもしれない。
この理論は、偉大な思想家を代々悩ませてきた深遠な哲学的問題に、ついに答えられる可能性がある…
偉大な生物学者トマス・H・ハクスリーは、一八六三年にこう述べている。
「人類にとって最も重要な問題――すべての問題の背後にあって、なにより興味深い問題――は、
自然界における人間の位置づけと、人間と宇宙の関係とを明らかにすることだ」
2022/07/12(火) 22:18:05.600
それでもなお、ひとつの疑問が残っている。
「万物の理論は、宇宙の意味について何を言わんとするか?」という疑問だ…
今日なお、宇宙の意味や創造主の存在についての問いは、一般の人々を引きつける…
アインシュタインは生の意味にかんする問いに答えるのはあきらめているが、
神についての自分の考えは明らかにしている。
ひとつの問題として彼が挙げたのは、神といっても実は二種類あり、両者がよく混同される点だった。
まず、人格神がある。これは人が祈りを捧げる神であり…アインシュタインはこの神を信じなかった。
彼にとって、宇宙を創造した神が人間ごときの営為に介入するなど、信じられることではなかった。
そんな彼も、スピノザの神は信じた。美しく単純でエレガントな宇宙における、秩序の神だ。
宇宙は醜く不規則で無秩序であってもおかしくないのに、そうなならず、
謎ではあるが深遠な秩序を秘めている。
2022/07/12(火) 22:18:33.940
私自身の見方 
宇宙は驚くほど美しく、秩序と単純さをもつ場所だ。
物理的な宇宙についてすでに知られている法則をすべてまとめても、
紙切れ一枚に収まってしまうというのは、まったく驚くべきことだと私は思う…
一枚の紙にこれほど簡潔にまとめられることを考えると、これがすべて前もって計画されており、
そのエレガントな設計は宇宙の設計者の手によることを示すという結論に至るのは避けがたい。
私にとって、これは神の存在を支持するなにより強力な論拠となる。
2022/07/12(火) 22:19:18.890
〇〇〇〇〇〇〇〇「〇〇〇〇〇」エジプトからギリシャ前期まで 〇〇〇〇年

ピタゴラス学派の座右銘は、“万物は数である”だったといわれている。
バビロニア人が身のまわりのものごと、
すなわち天体の運行から奴隷の値段までに数のものさしをあてはめていたことを思うと、
われわれはピタゴラス学派の座右銘にメソポタミアとの強い親近性をみることができる。
いまだにピタゴラスの名がついている定理すら、バビロニア人のものである可能性が強いのである。
『原論』のはじめの2巻のほとんどは、
ピタゴラス学派の業績とみなすのがこれまでの通例である。
それは、その部分が高度な学問的水準を前提としたものであることから、
ピタゴラス学派が
ターレスとピタゴラス以後にかなり急速な学問的進歩をとげたことを意味している。
算術は、いまや技術としてだけではなく知的学科としても考えられるようになったが、
そのような見解への推移はピタゴラス学派によってはぐくまれたようである。
いい伝えが信用できるなら、
ピタゴラス学派は算術を哲学の一分野として確立しただけではなく、
それを身のまわりのあらゆる世界を統一する基盤としたようである。
2022/07/12(火) 22:19:55.390
点、つまり広がりをもたない単位をならべた図形を通じて、
かれらは数を幾何学的広がりに関連づけた。
そして、それによってしだいに天体の算術へと導かれていったのである。
ピタゴラスが簡単な音楽法則を発見したという話も出てきた。
ピタゴラスは、振動する弦の長さが素朴な自然数の比として、
たとえば…のように表されるとき、それらの音は互いに調和することに気づいたといわれる。
初期のピタゴラス学派はこのように大胆な想像力をもっていたので、
かれらはこの法則を天体運動にもさっそく適用し、
天体も同様な調和音、すなわち“天体のハーモニー”をかなでていると結論した。
このように、ピタゴラス学派の科学は、ピタゴラス学派の数学と同じく、
冷静な思考と一風変わった推測との奇妙な寄せ集めであった。
地球球体説はよくピタゴラスによるものとされるが、
この結論が観測にもとづくものか(ピタゴラスが南へ旅行したときにみつけた新しい星座による)、
想像によるものかはわかっていない。
2022/07/12(火) 22:20:13.220
宇宙が“コスモス”すなわち調和のとれた順序に従う完全物であるという考え方そのものは、
ピタゴラス学派のものらしい
――この考え方は、当時、観測によって裏づけられることはほとんどなかったのだが、
天文学の発達においてはすばらしい成果をもたらした。
数にまつわる古代の空想をほほえましく思うとき、同時にわれわれは、
それらの空想が数学と科学双方の発達に及ぼした刺激のことも心にとめておななければならない。
かくしてピタゴラス学派は、
大自然のいとなみは数学を通じて理解できるのだと信じた最初のひとびとだったのである。
2022/07/12(火) 22:21:01.470
〇〇〇〇〇〇〇〇「〇〇〇〇〇」エジプトからギリシャ前期まで 〇〇〇〇年

>ピタゴラスは、振動する弦の長さが素朴な自然数の比として、
>たとえば…のように表されるとき、それらの音は互いに調和することに気づいたといわれる。
>初期のピタゴラス学派はこのように大胆な想像力をもっていたので、
>かれらはこの法則を天体運動にもさっそく適用し、
>天体も同様な調和音、すなわち“天体のハーモニー”をかなでていると結論した。
>このように、ピタゴラス学派の科学は、ピタゴラス学派の数学と同じく、
>冷静な思考と一風変わった推測との奇妙な寄せ集めであった。
>地球球体説はよくピタゴラスによるものとされる

>宇宙が“コスモス”すなわち調和のとれた順序に従う完全物であるという考え方そのものは、
>ピタゴラス学派のものらしい
>――この考え方は、
>天文学の発達においてはすばらしい成果をもたらした。
>かくしてピタゴラス学派は、
>大自然のいとなみは数学を通じて理解できるのだと信じた最初のひとびとだったのである。
2022/07/12(火) 22:21:24.720
ミチオ・カク『神の方程式 「万物の理論」を求めて』

>ふたつめの答えへの道を切り開いたのは、偉大な数学者ピタゴラスだった。
>ピタゴラスには、数学の表現を音楽のような世間一般の事象にあてはめる洞察力があった。
>言い伝えによれば、彼は、
>竪琴の弦をつまびく音と、金属棒を槌でたたいて生じる響きとのあいだに、
>似たところがあることに気づいたという。
>そして、どちらでも、決まった比の振動数が耳に心地よい音になることを見出した。
>すると、音楽のように感覚的に心地よいものの原因が、共鳴の数学的関係にあることになる。
>これは、身のまわりにあるさまざまなものが
>同じ数学的なルールに従っている事実を示しているのかもしれない、と彼は考えた。
>こうして、この世界の少なくともふたつの偉大な理論が古代ギリシャで生まれた。
>万物が、目に見えない、破壊できない原子でできているとする考えと、
>自然界のさまざまなものが振動の数学によって表現できるとする考えである。
2022/07/12(火) 22:21:50.010
>あらゆる事象の方程式を導き出せる、ただひとつの数式だ…
>しかし今日、多くの一流の物理学者が、自分たちはついに答えを絞り込んでいると考えている。
>その筆頭候補(そして私の考えでは唯一の候補)は、ひも理論という。
>この理論では、宇宙は点状の粒子ではなく小さな振動するひもで構成され、
>それぞれのひもの振動による音が素粒子に相当すると仮定している。
>おそろしく高性能の顕微鏡があったとしたら、電子やクォークやニュートリノなどは、
>輪ゴムに似た極小のループに生じた振動にすぎないとわかるだろう。
>その輪ゴムを何度も違うやり方ではじけば、やがては宇宙に存在するあらゆる素粒子が作れる。
>すると、すべての物理法則は、こうしたひものハーモニーということになる。
>化学反応は、それで奏でられるメロディーであり、宇宙は交響楽だ…
2022/07/12(火) 22:28:16.210
ニーチェやハイデガーを崇拝する、そうした者らの深層心理を考える

人類の歴史とは原人の時代から続く個人間の闘争と殺戮が絶対者のボスを生み、
その恐怖支配と苛烈な抑圧がボス殺しを生み、ボス無き後に手下同士の殺し合いが復活し、
そこからまた新たなボスが生まれて来る、という繰り返しであった。
その繰り返しが止まる切っ掛けが、一神教=超越的理念の成立になっている。
そう、フロイトは推理して見せた。
つまり、あらゆる個人、絶対者=ボスを含む万物を超越したところに唯一神が存在する。
全ての個人がその唯一神にひれ伏し、崇拝することによって『殺し合いは止まった』のだ。
それと共に意見の不一致は真理=超越的理念に向かって収束して行った。
その超越的理念が今のSCIENCE(ギリシアに遡る3学4科に起源を持ち、
その後継者である今のリベラル・アーツ&サイエンス)を生んでいる。
つまり神話(呪術祈祷)に支えられた高貴なボスによる《支配》は
(一神教を支える超越的理念を信じた民衆の中の指導者と彼らによって)打倒され、
(全ての判断基準は)“神話に”代えてリベラル・アーツ&サイエンスという“学問に”支えられ、
民衆の中から選挙で選ばれた者らの合議制による判断
(自ら高貴を名乗るボスの恐怖“《支配》=BDNSから)
《政治》”(近代合理主義=啓蒙思想=〇〇>〇〇〇〇療法)に取って代わられた。
2022/07/12(火) 22:30:09.610
この人類史の流れを否定し逆転させたいと考えた者が居る。それがニーチェだろう。
つまり、能力の低い、そのくせ一人前に欲は有る、品性下劣で己の分際を弁えない
(このオレ?( ?・ω・ )のような)大衆=末人(ラストマン)が、
キリスト教という超越的理念を振りかざし、
その権威を使ってシーザーやナポレオンのような(高い能力と資質を持つ)高貴なボスを罵っている。
これは許しがたい。こ奴ら末人(ラストマン)に己の分際を知らしめて、
その主張と騒動を潰すには、奴らが信じるキリスト教のような超越的理念を潰せばよい。
キリスト教の源流はユダヤ教だ。そしてプラトン主義だ。
だからモーセの一神教とプラトン哲学を否定しようというのがハイデガーだろう。
ハイデガーの師匠はエドムント・フッサールというユダヤ人で、
高名なワイエルシュトラスの下で数学を学んだ。
また、ゲッチンゲン大学で同じく高名な数学者ダヴィッド・ヒルベルトの同僚であった。というわけで、
ハイデガーは個人的にユダヤ人と数学を否定したかった(?のかもしれない)。
という個人的な恨み?も有って
ハイデガーはユダヤの一神教と数学に支えられたプラトン哲学を同時に否定する論旨の組み立て
(でっち上げ)にまい進した(と思われる?)。
2022/07/12(火) 22:30:50.450
それで(一神教とプラトン哲学を潰すには)どうしたらよいだろうか?
先ず、超越的理念とは何だろうか。
プラトンによれば、感覚で知られる世界=自然界は色も形もたえず様々に変わる
=常に生成流転消滅しているので信頼出来ない、真の実在は不生不滅のイデアの世界で、
これは感覚によってではなく精神によってだけ認識出来るとした。
つまり感覚で知られる世界とは、
この世の万物を構成しているそれ自身は不生不滅(で不変)の《共通素因子》(例えば原子核)の、
(順序を加味した)組み合わせから成り立っている。
その(極めて微小、等の理由により人間の目には見えない)《共通素因子》が互いに結合したり、
離れたりするので、人間にはあたかも生成や消滅が起こっているかに見えている。
また、個々の現象や物質は、
それらを構成する《共通素因子》の(順序を加味した)組み合わせが異なるので、
外観=色や形が異なっている。だから感覚で知られる世界の裏に、
それ自身は不生不滅(で不変)の《共通素因子》(例えば原子核)の世界が実在する。
それは(余りに微小なので)目には見えない。
つまり、『常に生々流転消滅している目に見える世界』の裏側には、
それを構成し根本で支えている『不生不滅(で不変)の《共通素因子》(例えば原子核)という、
目には見えないの世界』が存在する。という考え方を否定すればよい。
2022/07/12(火) 22:31:39.720
自然界の互いに異なる全ての現象存在
(及び、それらに関する正しい説明=証明)は、不生不滅(で不変)の《共通素因子》
(例えば原子核、或いは公理)の、(順序を加味した)異なる組み合わせから成り立っている。
それでこの《共通素因子》は、
(互いに異なる現象存在に関する)《哲学的問答法》(突合による分析)によって一旦究明されて決定したら、
一個人が勝手には変えられない。
そしてその現象存在(及び、それらに関する正しい説明=証明)が真に実在するならば、
それらはその《共通素因子》の、
或る(順序を加味した)異なる組み合わせによって“一意的に”表現出来る。
という《共通素因子》の存在を否定すれば、自然界に生起する或る現象存在を取り出して、
それに勝手な意味づけ、解釈を与えることが出来るだろう。
この思考態度こそ、呪術祈祷や神話の世界に没入するに必用な精神性となる。
2022/07/12(火) 22:33:34.220
(フロイトによれば)これは(未だ言語を自由に操れぬ)
人類の祖先=原人や(およそ〇〇〇〇の)幼児に共通の精神レベルである
(この時期に、理解不能の強い恐怖に曝されると《心的外傷》を受傷して神経症を発祥する、場合が有る。
それこそが、BDNSの世界=ファシズム、全体主義=専制政治の世界を創り出す)。
よってこの状態から脱するには、
(漠然としたイメージを論理的数学的な《基本ブロック》によって表現し直す)
言語を確立し、数学的に《共通素因子》を見出して、あらゆる(未知な)現象存在をこれら
(既知なる)《共通素因子》の(順序を加味した)異なる組み合わせによって表現“し直す”ことである。
そして意味不明の(未知なる)恐怖を(既知で)《理解可能な説明》に置き換えて行くことである。
これこそが啓蒙思想(=近代合理主義=立憲主義)の意味になっている。
これによって人類は、呪術祈祷の世界を脱し、
絶対王政(=専制政治)を倒して立憲主義(=法治主義=議会制民主主義)の世界に移行することが出来たのだ。
2022/07/12(火) 22:34:01.760
それで木田元氏が
『日本人に「哲学」がわかるか』新潮45 1995年10月号、
で説明したような、
2022/07/12(火) 22:34:20.180
《哲学の勉強をはじめた当初、私にはこのプラトンのイデア論も分からないものの一つであった…
私には、どうして永遠に不生不滅不変不動なイデアのような
超自然的なものを想定することが当然だとされるのか、いっこうに納得できなかった…
こんなふうに考えると、超自然的原理を設定し、
それを参照にしながら自然を捉えようとする思考様式
――この特殊な思考様式がどうやら「哲学」と呼ばれてきたようだ…
ニーチェ以降の現代の思想家たちは、
プラトン以来の形而上学的思考様式を懸命に乗り越えようとしている…
その際彼らが批判の拠点にするのが「生きた自然」という概念で…
たとえばニーチェや、その思想動機を継承するハイデガーは、
ソクラテス以前の思想家たちの自然観に着目する…
ソクラテス/プラトン/アリストテレスと三代にわたる師弟が活躍する
ギリシア「古典時代」に先立つ時代であり…
アナクシマンドロスやヘラクレイトスといったこの時代の思想家たちは、
一様に「自然(フュシス)について」という同じ題で本を書いたという伝承がある》
2022/07/12(火) 22:35:00.640
《この「自然(フュシス)」という名詞が
「なる・生成する」という意味の動詞「フュエスタイ」に由来する…
古い時代のギリシア人が万物を生きて生成(し、そして消滅)するものと見ていたことも推測できる…
ところが、プラトンのもとで、万物であるはずのこの「自然(フュシス)」の外に、
それを超えたイデア、つまり超自然的(メタ・フュシス)(=形而上学的)原理が想定され…
そうなると、すべての形成力はその超自然的原理の方に吸い上げられて、
「自然(フュシス)」はそれによって形成され構造化され、
つまりは制作される無機的な「質量(ヒュレー)(=材料)」に格下げされてしまう。
この「質料(フュレー)」というギリシア語がのちにラテン語で「マテーリア」と訳される…
つまり、ここで
自然が死せる「物質(マテーリア)(単なる質料でしかない物)」に成り下がってしまったのだ。
かつては生きて自(おの)ずから生成する万物であった「自然(フュシス)」が、
超自然的原理の導入とともに死せる「物質的自然」に転化し…てしまったのである。
こうして、超自然的原理の設定、つまり形而上学的思考様式の成立、
つまりは「哲学」の誕生と、物質的自然観の成立とは連動していたことになる》
2022/07/12(火) 22:40:03.740
或いは同じく木田元氏は、
『「哲学」とは何であったのか』中央公論 1998年2月号、で、
2022/07/12(火) 22:40:17.390
《近代哲学はわれわれにとって決定的に分からないところがある。
だが、それは、必ずしもキリスト教が前提になっているからというわけではなさそうで…
キリスト教の出現のはるか以前のプラトンにも似たような考え方がある…
プラトンのイデア論がそうで…
<イデア>というのも、生成流転する自然を超えた超自然的原理である。
このイデア論もまた、私には決定的に分からないものの一つだった…
むろん、プラトンにキリスト教的前提などあるはずがない。にもかかわらず、
キリスト教的神学やデカルトなどと同じように超自然的原理を設定した上でものを考えている。
これをどう考えればよいのか…
つまり…プラトンが、この自然の外にイデアという超自然的原理を設定し、
それを参照しながら自然を見るという特異なものの考え方を、西洋文化圏にはじめて持ち込んだ…
プラトンの(というより、正確にはその源泉になったピタゴラス教団の)こうした考え方…
これが古代末期にキリスト教の信仰の理論的基礎づけに使われ、キリスト教神学が構成された…
自然の外に超自然的原理を設定して、それを参照しながら自然を見るというこうした考え方は、
おそらく西洋以外の文明圏には生まれなかった…
自然をすべてだと見る他の文化圏の人間には理解しにくい考え方である…
2022/07/12(火) 22:40:59.150
西洋においても、はじめからこんな考え方がされていたわけではない…
たとえば<ソクラテス以前の思想家>と呼ばれる
アナクシマンドロスとかヘラクレイトスとかいった思想家たちが活躍した古い時代には、
ギリシャ人たちにとってもやはり万物(タ・パンタ)は自然(フュシス)であり、
すべてのものは生きておのずから生成する(フュエスタイ)するものだと考えられていた。
万物を<葦牙(あしかび)の萌(も)え騰(あが)るが如く成る>と見ていた
古代の日本人などと似たような自然観を、古い時代のギリシャ人ももっていた…
2022/07/12(火) 22:41:58.120
そこにいきなりプラトンが…イデアといった超自然的原理を持ち込んでくる。
そうなると、すべての形成力はこの原理に吸いあげられ、
自然はそれによって形成される無機的な材料・質料(フュレー)に貶められて…
自然はそれ自体では非存在であり、悪しきものであって、
超自然的原理によって形成されることによってはじめて存在者になり、良きものになる…
超自然的原理を設定し、それを参照しながら自然を見る形而上学的思考様式とは、
自然から離脱しようとする反自然的なものの考え方、不自然なものの考え方なのである…
<質料>(フュレー)というギリシャ語がラテン語では<マテーリア>と訳され、
これが…英語の<マテーリアル>に承け継がれる
。いわゆる物質的(マテーリアル)な自然観がこうして成立する…
形而上学的思考様式と物質的自然観とは完全に連動していることになる。
そして、近代的に更新されたこの思考様式と自然観を基盤に近代ヨーロッパ文化が形成された、
と言っても言いすぎではあるまい。となると、
<哲学>というのは<西洋>と呼ばれる文化圏に成立したよくよく不自然なものの考え方であり、
これが近代ヨーロッパ文化の形成原理として働いてきた…
2022/07/12(火) 22:42:21.760
今世紀を代表するドイツの哲学者ハイデガーに
『それは何であるか――哲学とは』という奇妙な題の講演(一九五五年)があるが、
そこで次のようなことが言われている。
<哲学>(フィロソフィア)という言葉は、ギリシアに生まれ、ギリシアにしか生まれなかった。
そこからも、
<哲学>(フィロソフィア)こそが「ギリシア精神の実存」を規定するものだと考えてよい…
それにとどまらず、この<哲学>(フィロソフィア)は、
このギリシア語の響きとそれによって名指される特殊な知のあり方を承け継いだ
「われわれ西洋=ヨーロッパの歴史のもっとも内的な根本動向」をも規定する…
2022/07/12(火) 22:42:39.700
逆に言えば、
「西洋とヨーロッパは、そしてそれらだけが、
そのもっとも内的な歴史の歩みにおいて根源的に<哲学的>なのである」。
したがって、<西洋哲学>とか<ヨーロッパ哲学>という言い方は同語反復になる。
そして、西洋とヨーロッパの歴史の内的歩みが<哲学的>だというこのことは、
この歴史の歩みから諸科学が発生してきたということによって証言される、とハイデガーは付けくわえる。
科学知や科学技術の成立は、<哲学>と呼ばれる特殊な知を形成原理としてきた
西洋=ヨーロッパ文化の展開の必然的帰結だと言いたいのである。
これも、哲学とは形而上学的思考様式のことであり、この思考様式は物質的自然観と密接に連動し、
そしてこの自然観の上に立ってはじめて機械論的自然観が可能になり、
この機械論的自然観を前提にしてはじめて近代自然科学が成立しえたと考えれば、納得のいく…
2022/07/12(火) 22:44:53.810
しかしハイデガーは、彼が西洋=ヨーロッパの歴史の根本動向を規定してきたと主張する
この<哲学>(フィロソフィア)に、はっきりと時代的限定をくわえる。
彼の考えでも、アナクシマンドロスやヘラクレイトスに代表される、
<ソクラテス以前の思想家たち>は、<叡智>(ト・ソフォン)を
愛する(フィレイン)「叡智を愛する人」(アネール・フィロソフォス)ではあったが、
「哲学者」(ホ・フィロソフォス)ではなかったし、
彼らの思索も、「叡智を愛すること」(フィレイン・ト・ソフォン)ではあっても
「哲学」(フィロソフィア)ではなかった。
彼らは哲学者よりも「もっと偉大な思索者」だったのであり、「思索の別の次元」に生きていた

彼がここで言う<哲学>(フィロソフィア)を、ソクラテス/プラトンのもとではじまった
<形而上学的思考様式>と重ね合わせて考えていることは明らかである。
2022/07/12(火) 22:45:44.770
したがって、この<哲学>を、
アナクシマンドロスやヘラクレイトスの思索にまで遡って適用することはできない。
彼らは、万物を自然と見、そのただなかで自然と調和しながら生きていたのであり、
自然を超えた視点に立ってそれを統一的に俯瞰する知の可能性など予感もしていなかったからである。
したがって、「<哲学>が西洋=ヨーロッパの歴史の根本動向を規定する」といっても、
それはソクラテス/プラトンの生きたギリシアの古典時代以降に限られる。
そして、ハイデガー自身この<哲学>の解体を企てている以上、まだ到来していないにしても、
<哲学>の支配にはその下限、つまり終焉もあることになる。
<哲学>は西洋=ヨーロッパのある限られた歴史的時代を支配する知の様式だ
と考えられているのである。
ハイデガーのこうした歴史観、哲学史観は、明らかにニーチェから承け継いだものであるが…
一般にニーチェ以降の現代欧米の思想家は<哲学>を相対化して見るようになったと考えてよい。
つまり、彼らは<哲学>を、どの文化圏にもある普遍知、
しかも最高の知の様式などとは見ておらず、
いつの日にか乗り越えることが可能な特殊な知の様式と見ている…
2022/07/12(火) 22:46:30.060
したがって、彼らは自分たちの思想的営為を、もはや<哲学>とは呼ばない。
ハイデガーも自分の思索を、これまで哲学によって蔽い隠されてきた<存在への回想>と呼んでいる。
幾分違った視点に立ってのことであるが、現代フランスの思想家メルロ=ポンティも、
自分の思想的営みを<反哲学>(アンチ・フィロソフィ)と呼び、その立場から<哲学>の解体を企てた。
彼の念頭には、一九五〇年代初頭にイヨネスコやベケットの演劇活動に与えられた<反演劇>
(アンチ・テアートル)…<反小説>(アンチ・ロマン)という呼び名が反響していたにちがいない。
この<反演劇>や<反小説>は、
十九世紀に成立した近代演劇や小説という芸術様式を解体しようと言う企てであったが、
<反哲学>も――規模ははるかに壮大であるが――
西洋二千五百年の文化形成を領導してきた<哲学>という知の様式を解体しようとする企てなのである。
やはり現代フランスの思想家ジャック・デリダも自分の思考作業を
<哲学の解体>(デコンストリュクシオン)と呼んでいるが、狙いは同じである…
2022/07/12(火) 22:47:10.540
私はもともとこうした現代の思想家についての勉強から出発したのであるが、
彼らの思想には、近代哲学に感じたような分からなさは感じなかった。
今にして思えば、そのわけも分かる。彼らの狙いは、近代哲学の、
つまりはきわめて不自然で反自然的な形而上学的思考様式の克服にあったからである。

私は十数年前から、『哲学と反哲学』…とか『反哲学史』といった題の本を出し、
<反哲学>といった立場を提唱してきたが、
むろんハイデガーやメルロ=ポンティやデリダに学んだ上でのことである。
私はかねがね日本で西洋哲学の勉強をすることの――滑稽さとは言わないまでも――
居心地の悪さを感じてきたが、この<反哲学>の立場に立って少し落ち着いた気分になれた。
この立場でなら、欧米の思想家たちと同じ土俵でものを考えることができそうに思える…
日本で哲学を勉強するということは、そう簡単明瞭なことではない。
この文章は、そうしたややこしい事態に身を置いてほぼ半世紀、
自分の立っている位置について考えぬいた末、今のところ到達した結論の報告書である》
2022/07/12(火) 22:48:39.810
という論旨が考え出された(と思われる)。
ここから『何でも分割しさえすれば世界は理解出来る』と考えた
(悪しき)《デカルトの機械論》が生まれたと。
それが第一次大戦で使われた機関銃、戦車、飛行機、毒ガスのような大量殺傷兵器
(及び、今日大問題となっている環境破壊)を生み出して人類に禍をもたらしている。
『悪いのはデカルトでありプラトンであり、モーセである』と。
いうわけで、(ハイデガーにとって学生時代以来抱き続けた?個人的な怨念=)
気に喰わない、忌々しいユダヤ人の思想とプラトン哲学のベースである数学を何としても否定したい。
2022/07/12(火) 22:50:07.920
つまり自分の師匠である、ユダヤ人で且つ数学者(という“最悪の”組み合わせ)のフッサール(の哲学)を
(自身の哲学、とは到底言えない一つの捻じ曲がった思想によって)否定する=乗り越えたい。
ということは、
(ハイデガーの哲学は、物理学や数学を、名指しで明示的に否定してはいない?ものの、
裏手回しで暗にそれらを否定しようとして、くれているのではないか?
その根拠を提示して、くれているのではないか?
物理学や数学が大量破壊の原因だよな?
と言おうとして、くれているのではないか?という《論旨の意味》を、動物的嗅覚で嗅ぎ取った)
日本の文系に属するような人々
(その代表が〇〇〇のような人=西欧文明の(価値観が生み出した)《成果》を都合良くパクり、
個人的には「立身出世」、自国の「富国強兵」を図りながら同時に手本
=西欧を否定したい後発文明のエリートだろうが)にとって、
ハイデガーの哲学を振り回して物理学の基礎的概念や、
それを支える数学を否定することは、さぞ痛快なことだろう(?)。
2022/07/12(火) 22:55:17.420
.
これはあくまで妄想である、可能性を持つ
2022/07/12(火) 23:07:26.980
もちろんこうした怨念の裏には、戦後日本の奇跡の経済成長を支えた工学部など、
日本の理系人種の傲慢さがあったと思われる。
それが水俣病のような公害を生み、福島第一原発事故さえ起こしている。しかも罪や責任を中々認めない。
この忌々しさを見せつけられるうちに、
何としても奴らを『否定したい!』との思いが募ったとしても不思議ではない。
ところがこうした日本人エリートは、
西欧をパクって自爆した自国の失政失敗(の真の原因=動機)を訂正する方向には向かわずに、
自分が《手本》として真似た西欧、その批判(罰する方向)に突き進む。
その動機とは(後発国の中で西欧をパクって権力を握ろうとして、
失敗したら本来自分ら自身に向かうべき)責任回避の心理
(西欧を利用して利益は手にし、不都合は西欧の責任に転嫁する=「和魂洋才」)だろう。
2022/07/12(火) 23:08:42.920
つまり、対独協力内閣のペタン元帥の下、(或る部分のそれと、無関心の大多数の)
フランス国民は身近なユダヤ人をナチスに売って生き延びた
(つまりユダヤ人は自分らの身代わりだった)、ことを隠ぺいし、
(本当はアメリカの上陸作戦で解放されたのに)ロンドンでラジオ放送していただけのドゴールの下、
勇敢なレジスタンス活動を戦って『(悪しきナチスから)自国を解放した』と思い込もうとした、
2022/07/12(火) 23:10:23.490
(《その間にかれ(=コンドルセ:引用者注)は、
人類の歴史を原始部族の時代からフランス共和制の成立までたどった9章と
フランス革命がまさに到来を告げようとしているとかれが信じた輝かしい第10章の予告とからなる
有名な著作『人間精神の進歩に関する歴史的素描』をかきあげた》

その輝かしいフランス革命の国から転落した)欺瞞国家の《戦後フランス》と同じ精神性である。

『悪いのはユダヤ人で俺たちじゃない!』『悪いのはユダヤ思想でヨーロッパ本来の価値観じゃない!』と。
しかし、こうした犯罪的な暴走を生んだのは、
デカルトの思想でも、プラトンの哲学でも、モーセの一神教でもない。
己が持つ過剰な恐怖に慄き、過剰な安心=欲を満たそうと、
その合理性が生んだ《成果》を使って暴走して行った者らの(神経症的)人間性である。
しかし人間は、己の邪な動機とそれを原因とする禍を、
他人や世界から隠ぺいするためよくもこんな回り回った理屈を考え出そうとした。
そうした努力をもっと前向きな議論に使った方が良い、というのがこの文章の趣旨である。
2022/07/12(火) 23:16:01.880
〇〇〇〇〇〇〇〇「〇〇〇〇〇」フランス革命期の数学者たち 〇〇〇〇年

数学の進歩と成熟は国家の繁栄と密接に結びついている. ――ナポレオン1世

コンドルセは、人間の道徳的向上の可能性を固く信じ、
また教育によって悪習を排除できると信じて、無償公教育を主張したが、
それはとくに当時としては賞賛に値する先見性のある意見であった。
数学の面では、コンドルセは数学の社会科学への応用、
とくに確率と統計の社会問題への応用の先駆者としておそらく一番よく知られている…
たとえば、保守的な勢力(医学部や神学部)が天然痘の予防接種を主張する人々を攻撃したとき、
コンドルセは(ヴォルテールやダニエル・ベルヌーイと共に)人痘接種の擁護にまわったのであった…
2022/07/12(火) 23:16:41.200
コンドルセは――過激派が支配するまでは――革命に崇高な希望を抱いていた。
それゆえ、かれは九月大虐殺に加わった革命派を公然と非難した。
そのため、革命に対する多くの貢献にもかかわらず、コンドルセは逮捕状を出される身となった…
そこでかれは隠れ家をさがし、何か月も潜伏することになったが、その間にかれは、
人類の歴史を原始部族の時代からフランス共和制の成立までたどった9章と
フランス革命がまさに到来を告げようとしているとかれが信じた輝かしい第10章の予告とからなる
有名な著作『人間精神の進歩に関する歴史的素描』をかきあげた…
その著作の完成(1794年)後まもなく、コンドルセは、自分の潜伏によって、
かくまってくれているひとびとの命が危険にさらされると考え、隠れ家を去った。
しかし、出るや否やコンドルセは、特権階級に属する人物であることが見破られ、逮捕されている。
逮捕の翌朝、かれは監獄の床の上で死んでいるところを発見されたが、おそらく自殺だったのであろう。
2022/07/12(火) 23:18:59.980
《人類の歴史を原始部族の時代からフランス共和制の成立までたどった9章と
フランス革命がまさに到来を告げようとしているとかれが信じた輝かしい第10章の予告とからなる
有名な著作『人間精神の進歩に関する歴史的素描』をかきあげた》

正にこの箇所は、フロイト『モーセと一神教』の以下の部分と完全に対応している。
おそらくフロイトはこの、コンドルセ『人間精神の進歩に関する歴史的素描』を読み
その真意を瞬時に読み取ったことだろう。
コンドルセは人類の歴史を振り返り、そこから各時代の精神的発達段階を読み取り、
故に人類が向かうべき理想が如何に在るかを確信し、
そして今正にフランス革命(の中の自分ら)がその最後の段階に差しかかりつつあることを知っていた。
そして『文明論之概略』(文明論とは、人の精神発達の議論なり。
その趣意は、一人の精神発達を論ずるにあらず、
天下衆人の発達を一体に集めて、その一体の発達を論ずるものなり。
故に文明論、あるいはこれを衆人発達論というも可なり)を著した福沢諭吉もまた、
コンドルセ『人間精神の進歩に関する歴史的素描』を読んでいたことだろう。
2022/07/12(火) 23:20:21.470
(数学者であった)コンドルセらはおそらく、一神教、プラトン哲学の本質を見抜いていた。
何故人類は既に古代、そのような思想に到達していたのか。
そしてそれが今日まで、神話として大切に語り継がれて来たのか。
その動かぬ事実こそが彼らの正しさを証明しているのだ。
何故なら彼らの行動は、古代の過去に繰り返されたことの再現だからである。
人類の歴史に於いて、闘争と殺戮のカオスから《聖なる秩序》が生まれ、堕落しカオスに戻って来る。
だからこそコンドルセは、確信を持って
《人類の歴史を原始部族の時代からフランス共和制の成立までたどった9章と
フランス革命がまさに到来を告げようとしているとかれが信じた
輝かしい第10章の予告とからなる
有名な著作『人間精神の進歩に関する歴史的素描』をかきあげ》ることが出来たのだ。
正にこれこそが、神が与えたインスピレーション(の啓示)で無くて何であろうか。
2022/08/03(水) 18:33:59.550
.
この、35度が普通という世界はどうなのか?
2022/08/03(水) 18:35:09.940
會田雄次「日本への遺言」新潮45 1995年4月号
「不安の戦前、絶望の戦時、嫌悪の戦後」

最初から暗澹たる戦争であったが…昭和十八年(一九四三)にもなって見ると、
前年六月のミッドウェー海戦での致命的敗北以来…南方の日本軍は惨たる敗戦続き…
ドイツもソ連の反攻とアメリカの攻撃によって決定的な敗北を重ねている…
すこし物を考える人間ならもう日本の敗戦は不可避と観念せざるを得ない状況にあった。
とすれば、その敗戦はどういう様相・・・だろうか・・・先例は、第一次大戦のドイツにある。
あんな悲惨なことにならぬよう何とか処置を講じねばならないところだが、
そんな冷静な…きざしは、軍はもちろん…政、財、官、マスコミ…
日本のどの部分にも寸分も見てとることができない…
負けるかも知れないなどという危懼を口にするだけでも、どんな災難が襲ってくるかも知れぬ…
一億逆上、総ヒステリーといった…
顕著な民族性がとりわけ強く表面に噴出したのが、この逆境の昭和一八年という年だった…
2022/08/03(水) 18:35:53.780
学徒総動員が行われ、神風、回天特攻隊といった・・・無謀な決死攻撃法が考案、
実施に動き出すのもこのときだった。だがそれらは所詮無駄なあがき・・・
必然のこととして日本…の…敗北、・・・全国焼土、瓦礫の山、飢餓、インフレ、
敵軍の暴力的支配とそのもとでの掠奪、暴動、…無秩序そのものの社会だろう。
その中で老いた父母と寝た切り病人の妹を守って行く手立ては。
いや、そんな敗戦前に召集令状が来ることはもう避けられぬ…
ただただ暗澹たる前途、その余りの暗さ・・・
身も心も凍るような気分に・・・冷静に思考する能力など持ち得ず…
だた自棄的な気分のまま毎日を過ごしていた…

もっとも、大きな難事に直面したとき、呆然と為すすべもなく
巨大な流れに翻弄され…て行くだけというのは…どうやら日本人の弱点でもあるらしく、
時の支配者層までふくめ、大半の人々の生き方は…そんなことだったのではないか。
このころからの、大小の作戦を含む軍事指導そのものさえ、
もう大敗がきまってしまった囲碁同様、…負けを最小限にとどめようとする努力さえとっくに放棄…
無気力なまま、機械的に手を動かしているといった状況だった…
もう国として意識と計算に基く行動ができなくなっていた有様なこと、
ちょっと戦史をまともにふり返って見れば充分察知できよう…
2022/08/03(水) 18:37:06.990
無気力、無意味、…な生き方をしているうちに案の定召集令状が来た。
七月十日に京都伏見の歩兵連隊に入営…数カ月間「猛訓練」ののち…出征部隊に編入、
十八年末、南方へ抛り出されることになった…支給された軍服類がすべて夏物だったから南方とまでは判る。
すさまじい敗戦続きの南方行きとなればこれはもう死刑宣告に近い…
出征隊全員に与えられた主武器は、
それまでの在営訓練で使っていた、機銃でなく一発ずつ手ごめにする時代おくれの小銃だったが、
それでも一応改良はされた九九式短小銃でさえなく、
私にとっては中学校以来馴染の、やたらと重く長い三八式歩兵銃、
日露戦争直後、明治三十八年に制定された兵隊たちのいうガッチャンポン鉄砲、
それも使い古した古色蒼然たるあの小銃である…
わが連隊に…新しく対戦車砲二門が配備された…その対戦車砲というのを見学した私は驚いた。
それは何と明治三十年式山砲、
日露戦争に活躍した古物で一発撃つごとに砲身砲車とも飛び上がって後退、
照準し直しという時代ものではないか。
配給された罐詰に明治四十何年製というのがあり陸軍は保ちがよいと仰天したのと双璧の古物である…
こんな日露戦争当時と殆ど変わらない兵備で、
緒戦時のような警官隊に多少「毛をはやした」程度の英蘭米植民地軍とならともかく、
充分以上に近代化した欧米正規軍と戦えというのか。
観兵式か何かの儀礼用としか思えない装備が実は最終的実戦装備なのだ。
2022/08/03(水) 18:38:20.430
私たちはこの武器の外に短剣と弾薬と鉄帽、地下足袋、水筒、飯盒、防毒面、毛布、
雨外套をはじめさまざまな衣類、罐詰、乾パンから薬品、薬具、洗面具をはじめ日用雑貨、
天幕とその支柱といった野営用具、円匙(シャベル)、十字鍬(つるはし)、それに歩兵操典、
軍隊手帳、預金通帳、ハガキ、封筒、便箋、鉛筆、万年筆、…
強度の近視の私にとって命の綱となる眼鏡を…頑丈なケースに入れ…
やどかりよろしく個人住宅用品一揃を身体いっぱいに巻きつけ・・・その全重量は六〇キロを優に越える。
うっかり尻でもおろそうものなら銃を杖にでもしないと急に立ち上がれず、
「いやしくも天皇陛下の銃を」となぐられることになってしまう。
2022/08/03(水) 18:40:58.100
.
これは會田雄次先生の遺言とのことなので、日本人はよく読んで噛みしめた方が良いかと思います。
2022/08/03(水) 18:41:24.700
私がいわゆる軍装についてここに…詳しく紹介したのは、
今次大戦における日本軍は、補給をあてにせず、相当期間何でも自前…
という前提にして…米袋まで背負って戦場を行軍し、
荷物をおろして戦闘、そしてまた…という思考のものだったといいたいから…
たしかに相手が同じような軍隊なら、パンパンパン、ガッチャンポン、ガッチャンポン、
ときどきボカン…ワー、ワー突撃とかで一応けりがつき、
「退却を知らぬ勇猛な日本軍」は進撃を続けて行くということになったろう。
日露戦争…、シナ事変や大戦でも緒戦では一応それで通った。
だが、相手が数十倍の火力を持ち、戦車を中心に機械化された軍隊だったらどう…か。
「牧歌」的な戦場風景はその正反対の…陰惨極まる地獄相を呈さざるを得なくなること…
ノモンハン事件で実証ずみだ。私たちの兵備はそのときの日本軍以下なのである…
2022/08/03(水) 18:42:12.760
我が師団は輸送船団を組んでまず上海に上陸…ここで…小型のボロ汽船に乗り換え…
南方に向かったが…護衛艦もつかない裸船団で…敵潜水艦の襲撃をうけ船団は散り散り…
他船はどうなったか判らぬまま私たちの船は…サイゴンの東南方に上陸できた…
私たちの主力はビルマの東北部から進撃して来た英印軍と対決すべく大挙北上した。
途中までは…貨車だったがラシオで鉄道は終る。あとは足である。
そこへ四月後半からの雨期…日本軍はこんな途方もない雨期にこんな辺境を重武装で行軍、
戦闘するとはどういうことなのか全然判っていなかった…何しろ馬で引く野砲・・・
馬も砲もすべてジャングルの泥沼の中に水没ならぬ泥没、消滅してしまった…
僅かあった自動車も動けなくなった。補給は全く途絶え、退却行がはじまった。
それでも…二十年二月には…最後の日英会戦といわれるメークテーラの戦いを遂行した。
しかしここで一方的な惨敗を喫してからはもう潰走といってよい敗戦行になった…
2022/08/03(水) 18:43:25.110
何しろ重火器は殆どない。
日本軍の航空機、戦車などはビルマに入って以来一年半の戦いの中で遂に見たこともない…
要するに私たちの戦いというのは、戦車か、
姿を見せない敵兵に対しガッチャンポン、ガッチャンポンと鉄砲をうち、
残弾が心細いのでたまに軽機をカタカタカタカタと鳴らし、すぐ移動、
つまり逃げてしまうといっただけのことであった。
だが私たちがおそろしいのは、この敵の砲火より、飢餓とマラリア、
血便が出てとまらぬアミーバー赤痢…を筆頭に腸チブス、コレラ、
皮膚病だが全身膿だらけになるビルマ疥癬などの疫病だった。
それに対する薬は極度に欠乏、というより最初からな…かった…
死者の大半はこの病死と栄養失調死つまり餓死だった…
私自身でいえばマラリアで入院中も薬を与えられた覚えはない。
こうして私の中隊でいえば十九年夏…二百数十名…が、敗戦時に前線に残ったのは十六名、
タイなどへ逃れ別途帰還したものを入れて二十名前後が生き残っただけである。
このように私たちが投入された昭和十九年からのビルマの戦いは、もう戦いといえるものではなかった…
2022/08/03(水) 18:44:49.610
ところで私の語りたいのは、こういう戦場の具体相ではない。そこでの自分の精神状況である…
こんな体験は生死の境にいて人間性を涵養するなどと…は無関係で…
むしろ逆に…精神の深い所で自分自身の人間性に癒し難い傷を与えたように思えてならない…
中でも、・・・楽をしている古年次兵、下士官、将校、さらには日本軍そのものへの呪詛、軽蔑、
憎悪の感情だけを異様に肥大させて行ったということがあるからだ…

収容所に入れられ強制重労働を宣告された仲間の兵隊たちが、
しばらくして一応生命は無事、本国帰還もそのうち許されるだろうと思えるようになると、
日本はどうなるのか、アメリカ軍、イギリス軍が占領しているらしいが
家族たちはどういう生き方をしているのかを知りたがり、
ヨーロッパ専門家のはずの私に、アメリカがどうするだろうかなどをしきりに問いただすようになった。
やっと多少は精神的ゆとりもできた私も、このとき生れてはじめてまじめに、日本はどうなるのか、
自分はそこでどう生きるべきかなどを考えるようになった…
2022/08/03(水) 18:48:40.240
米英軍が日本を占領しているが、何とその総司令官はコレヒドールからまんまと脱走、
至って詰めが甘かった日本軍の鼻を明かした
あのフィリッピンのアメリカ軍司令官だったマッカーサーという野郎ではないか…
日本の首相に任ぜられているのが吉田茂、・・・イギリス大使をやっていたいわゆる親英米派の男。
その役割はドイツ軍占領下のフランスのペタン元帥のような面従腹背であるはずだ。
国民は飢餓状態だが、アメリカ軍によって暴動などは弾圧、一応の社会秩序を保たれているようだ。
しかし泥棒は横行するしストやデモも盛ん…
ビルマでも捕虜を虐待したとか殺したとかいうので憲兵隊や千葉の鉄道連隊を中心にかなりの将校、
下士官などがつかまり、裁判を受け、ラングーンの中央監獄でもずい分と絞首刑になっている…
日本でも極東軍事裁判とかが開かれ東條首相など戦時中の最高権力者をはじめ
やはり捕虜虐待などで将校から兵士までが投獄されたり死刑になったりしている…
戦時中の日本の指導層に対する抑圧や処分も当然行われているだろう…
2022/08/03(水) 18:49:32.840
こういったところが、私の戦後日本の推定だったのだが、何分情報が不足で理解できぬ点も多かった。
その最大のものが天皇が健在、その地位も安泰らしいという点だった…
が、この大雑把で幼稚な推定をわざわざ今ここに揚げたのは一つの理由がある。
たしかに私たちは歴史の具体的経過についての細かい情報を欠いたまま考えた、
いわば基本的要件から抽象的に当然そうなるだろうという結果を推定したのだが、
むしろそれ故にそれは歴史の常識上、そうなるのがふつうであり、自然であり、当然であって、
そうならなかった日本の特殊な歴史的条件の方が、いわば歪んで居り狂っていたといえるのではないか。
戦後日本の歪みもそこから来ていると思うからだ。
帰還後も私は基本的にはそういう立場に立ってこの戦後五十年を、
もし日本が、地獄の底から独立を回復、自主自立のふつうの国の再建という道を歩んでいるなら、
漸次この歪みは解消されて行くはず、
そういう期待を以て生きて来た。だがすこしもそうはならなかった。
歪みはむしろ極端化して行く一方、しかも多くの人はそのことに気がついていない…
2022/08/03(水) 18:50:19.950
ポツダム宣言とやらの内容といったことなど全然知らなかった私が
まず判らなかったのは、天皇が健在、その地位も安泰で、どうやら日本を巡幸、
各地で大歓迎を受けて居られるらしいということであった。
これほど徹底的敗北を喫した国の君主は、退位はもちろんのこと、蒙塵、
ときには国内で革命がおこり処刑されてしまうこと世界史上の法則といってよい結果である。
それに戦時中私たちに対してせっせと撒かれた米英軍の降伏勧告のビラも
天皇は絞首刑にするがお前たち一般兵卒は生命はもちろん国際法に基き充分な待遇を与えるとうたっていた。

不思議な縁で親しくなった、例のルバング島の小野田寛郎少尉が私に語ってくれたのは、
自分が日本がずっと交戦中と誤認したのは、ラジオを聞いても
天皇が健在で国内巡遊中ということはさずがの米英の宣伝報道でも否定できぬ事実のようだ。
負けたとしたらそんなことはあり得ない。そう思ったためだということだった。
あのブラジルの日本人のいわゆる勝組の誤認もこの点が一つの大きな原因であった…
2022/08/03(水) 18:50:47.710
それにしても戦争行動のすべては天皇の名で行なわれている。
この天皇が責任を問われなかったことと、
アメリカが戦争犯罪裁判を正義の名において強行したこと、
さらには公職追放といった無法なみせしめ処分を広範囲に行ったことが相乗効果となって、
戦時の指導者に対し、敵国側からでなく、当の日本国民側からの戦争責任でなく
敗戦の責任が一切追及されなかったことは日本の致命的な禍となったといわなければならない…
このため、無意識ながら国民の戦犯への同情とアメリカへの反感が作用して
責任が極めて明確な敗戦責任の方がどこかへ行ってしまった…
国土を焦土と化し、部下や国民をこれほど殺して惨敗、これほど屈辱を国民に課した以上、
例えば陸海軍の軍人の将官などことごとく処分されて当然だろう…
だが、せめてしかるべき筋からしかるべき意見が出て当然なところ、
それさえ全くといってよいほどなかったのである…
2022/08/03(水) 18:51:01.870
つけ加えておくと、例の旅順開城のステッセル、日本海海戦のネボガトフ…は、
ロシア政府から、前者は抗戦不十分、後者は戦わずして降参したということで死刑を宣告されている…。
処刑が不名誉というなら阿南陸相のごとく全員が自決すべきであった。自決は不名誉ではない…
こういう犯罪かどうかも、責任も、一向明確でない戦犯などを旧敵国から普遍の名で追及される一方、
国民に対する重大な責任は国から全然問われないということになって、
その後の日本はいわば誰も真の責任を問われない国、負わない社会、となった。
国民の間に、訳が判らぬままに何かその責任らしいものを負った気分と、
そして責任というものはみんなそういうわけの判らぬもので謝って
金でも出せば済むものという何とも不潔な観念を定借させてしまったのである。
ために法を犯し法によって罰せられても失敗した、運が悪かったとしか思わない…
日本はこうして法律的にも道義的にも責任混迷、転嫁、無責任という人格喪失、
つまり人間でない人間の国になったのである。
2022/08/03(水) 18:51:30.670
その無責任性の支配とか、国家の生存とその存廃を自分自身で決定することを放棄、
これまで鬼畜の敵国として戦って来た連合国の主力米、英、仏、ソ連、中国をこともあろうに公正、
正義の国としてそれに任せるという旧敵国の手になる隷属国家・植民地憲法の奉載など、
講和が成立、独立を回復したということになったら当然根本的に否定、破棄、
新憲法を制定しなければならない。
だのに政治の無能と金権化は極点に達し、この占領憲法を不磨の大典として奉載し続ける。
自国が自主自立することを否定しておいて、
その経済唯一絶対、金権万能の社会にどっぷりと身をひたしつつ
民主主義を謳歌するというのが戦後進歩派知識人の良心というものらしい…
私が収容所で描いていた。天皇退位、占領法によるアメリカ支配、
それが平和条約制定にこぎつけて、天皇復辟、自立的国防軍組織、新憲法制定、
独立宣言といった日本の未来像は全くの夢想として消えた。
戦後五十年、昭和天皇の死と共に古い伝統の残照のすべてが消失した。
その間…何とか何とかと懸命に期待しては来た日本なのに
残念、無念の思いの中生命を終えるのが私の運命のようである。
2022/08/03(水) 19:00:55.740
>こういったところが、私の戦後日本の推定だったのだが、何分情報が不足で理解できぬ点も多かった。
>その最大のものが天皇が健在、その地位も安泰らしいという点だった。
>大きく間違った推定も多かった。だが、…

>いわば基本的要件から抽象的に当然そうなるだろうという結果を推定したのだが、
>むしろそれ故にそれは歴史の常識上、そうなるのがふつうであり、自然であり、当然であって、
>そうならなかった日本の特殊な歴史的条件の方が、いわば歪んで居り狂っていたといえるのではないか。
>戦後日本の歪みもそこから来ていると思うからだ。

>帰還後も私は基本的にはそういう立場に立ってこの戦後五十年を、もし日本が、
>地獄の底から独立を回復、自主自立のふつうの国の再建という道を歩んでいるなら、
>漸次この歪みは解消されて行くはず、そういう期待を以て生きて来た。だがすこしもそうはならなかった。

>歪みはむしろ極端化して行く一方、しかも多くの人はそのことに気がついていない…
>私がまず判らなかったのは、天皇が健在、その地位も安泰で、
>どうやら日本を巡幸、各地で大歓迎を受けて居られるらしいということであった。
>これほど徹底的敗北を喫した国の君主は、退位はもちろんのこと、
>蒙塵、ときには国内で革命がおこり処刑されてしまうこと世界史上の法則といってよい結果である。
2022/08/03(水) 19:01:52.900
>不思議な縁で親しくなった、例のルバング島の小野田寛郎少尉が私に語ってくれたのは、
>自分が日本がずっと交戦中と誤認したのは、ラジオを聞いても天皇が健在で国内巡遊中ということは
>さずがの米英の宣伝報道でも否定できぬ事実のようだ。
>負けたとしたらそんなことはあり得ない。そう思ったためだということだった。
>あのブラジルの日本人のいわゆる勝組の誤認もこの点が一つの大きな原因であった…

>それにしても戦争行動のすべては天皇の名で行なわれている。
>この天皇が責任を問われなかったことと、アメリカが戦争犯罪裁判を正義の名において強行したこと、
>さらには公職追放といった無法なみせしめ処分を広範囲に行ったことが相乗効果となって、
>戦時の指導者に対し、敵国側からでなく、当の日本国民側からの戦争責任でなく
>敗戦の責任が一切追及されなかったことは日本の致命的な禍となったといわなければならない…
>このため、無意識ながら…責任が極めて明確な敗戦責任の方がどこかへ行ってしまった…
2022/08/03(水) 19:02:39.680
>国土を焦土と化し、部下や国民をこれほど殺して惨敗、これほど屈辱を国民に課した以上、
>例えば陸海軍の軍人の将官などことごとく処分されて当然だろう…
>だが、せめてしかるべき筋からしかるべき意見が出て当然なところ、
>それさえ全くといってよいほどなかったのである…

>戦犯などを旧敵国から普遍の名で追及される一方、
>国民に対する重大な責任は国から全然問われないということになって、
>その後の日本はいわば誰も真の責任を問われない国、負わない社会、となった…
>ために法を犯し法によって罰せられても失敗した、運が悪かったとしか思わない…
>日本はこうして法律的にも道義的にも責任混迷、
>転嫁、無責任という人格喪失、つまり人間でない人間の国になった
2022/08/03(水) 19:06:14.040
この世代に正しい日本の歴史認識が伝わっていることは、大変頼もしく嬉しいことである。
ttps://www.youtube.com/watch?v=FSm2Sme0j_w
ttps://www.youtube.com/watch?v=FSm2Sme0j_w&t=2252s
統一教会と戦争責任 2022.8.2
2022/08/03(水) 19:07:18.650
ttps://mevius.5ch.net/test/read.cgi/seiji/1517566115/233-237
豊下楢彦「昭和天皇・マッカーサー会見」2008年

まず、「不平等条約」と言われる旧安保条約の内容はいかなるものであったの…か。
何よりも、日本には米軍に基地を提供する義務があるが、
米軍の日本駐留はあくまでも権利であって米軍には日本防衛が義務づけられていない。
しかしその一方で、米軍には日本の「内乱」に介入する権利がある。
さらに、「極東条項」がおかれ、米軍は「極東における国際の平和と安全の維持に寄与」するという、
国連憲章の裏づけもないあいまいな目的のために日本の基地を利用することができる。
しかも、その基地については、提供地域が特定されない「全土基地化」の権利が米軍に与えられている。
また裁判権の問題にかかわって、米軍には事実上の「治外法権」が保障されている。
最後に、この条約には有効期限が設定されておらず、
その失効には米政府の承認を必要とすると規定されているのである。
2022/08/03(水) 19:08:15.280
昭和天皇の側近達は、朝鮮戦争の帰趨と天皇制の将来を直結させて、深刻きわまりない危機感を抱いていた…

つまり、彼にとって「朝鮮有事」とは「日本有事」であり、そして「天皇制の有事」であった。
この点で、「大陸の政治動乱がわが島国を直接に脅かさなかったことは歴史の事実」との…判断を背景に、
「朝鮮有事」と「日本有事」を峻別した吉田とは情勢認識を大いに異にしていた…
昭和天皇の側にあっては、朝鮮戦争で米軍が苦境にたつならば、
それはソ連による直接侵略が国内共産主義者による間接侵略かはともかく、
「革命」と「戦争裁判」と天皇制の打倒につながるものと看做されていたのである。

この未曽有の危機を救えるのは米軍以外にないという結論に至るのは、きわめて自然の成り行きであった…
2022/08/03(水) 19:09:24.300
従って、吉田が基地提供という「根本方針」でいささかなりとも“動揺”を示すことは許しがたいことであり、
ましてや、基地提供を交渉カードに使うといった発想それ自体が認められないことなのである。

つまり、日本の基地提供と米軍駐留は、天皇制の死守をはかる昭和天皇にとって絶対条件となったのである。

こういう昭和天皇の立場にたてば、日本はあくまで無条件的に米軍駐留を「希望」「要請」し、
基地の「自発的なオファ」に徹しなければならない…それこそが、安保条約の「根本趣旨」なのである。
さらに「内乱条項」は、きわめて重要な位置を占めていたであろう。
こうして、皮肉な表現を使うならば、

「国体護持」を保障する安保体制こそが、「独立」を果たした日本の新たな「国体」となったのである。
2022/08/03(水) 19:09:55.750
豊下楢彦「昭和天皇・マッカーサー会見」2008年

しかし天皇は、第九条にも国連にもおよそ期待をかけていないかのように、
「日本ノ安全保障ヲ図ル為ニハ、
アングロサクソンノ代表者デアル米国ガ其ノイニシアチブヲ執ルコトヲ要スルノデアリマシテ、
此ノ為元帥ノ御支援ヲ期待シテ居リマス」と、米軍による日本防衛の保障を求めた。
そこでマッカーサーは、「米国ノ根本観念ハ日本ノ安全保障ヲ確保スルコトデアル。
此ノ点ニツイテハ十分御安心アリタイ」と答え、具体的な軍事戦略上の問題に議論をすすめたが、…
奥村の記録はここで切除され、後半部は破棄されている…

実は両者は四六年一〇月一六日、新憲法発布の三週間ばかり前に行なわれた第三回の会見ですでに、
天皇が「戦争放棄を決意実行する日本が危険にさらされる事のない様な世界の到来を、
一日も早く見られる様に念願せずに居れません」と第九条に懸念を表明したのに対し、
マッカーサーが「戦争を無くするには、戦争を放棄する以外には方法はありませぬ」と、
第九条の意義を強調する議論を交わしていたのである…
以来およそ半年を経て天皇は、事実上第九条に代わる日本の安全保障のあり方、
つまりは米軍による防衛の保障をマッカーサーに求めた訳であった。
2022/08/03(水) 19:10:14.900
それにしても、わずか一年九カ月前まではアジア・太平洋諸国を「危険にさらしていた」国の「象徴」が、
その償いも何ら果たしていない段階で、しかも戦争放棄の第九条がなぜ求められることになったのか
という歴史的な経緯もほとんど認識されていないかのように、
ひたすら自らの国が「危険にさらされる」ことのみを考え、アジアや世界に眼を向けることもなく、
もっぱら占領者のアメリカに「安全保障」を求めるという発想方法には、ただ驚かされる…
否、むしろ天皇のこのような発想こそが、戦後日本の歩みをそれこそ“象徴”しているのかもしれない…
2022/08/03(水) 19:10:39.820
>それにしても、わずか一年九カ月前まではアジア・太平洋諸国を「危険にさらしていた」国の「象徴」が、
>その償いも何ら果たしていない段階で、しかも戦争放棄の第九条がなぜ求められることになったのか
>という歴史的な経緯もほとんど認識されていないかのように、
>ひたすら自らの国が「危険にさらされる」ことのみを考え、アジアや世界に眼を向けることもなく、
>もっぱら占領者のアメリカに「安全保障」を求めるという発想方法には、ただ驚かされる…
2022/08/03(水) 19:14:27.670
>こういったところが、私の戦後日本の推定だったのだが、何分情報が不足で理解できぬ点も多かった。
>その最大のものが天皇が健在、その地位も安泰らしいという点だった。

>いわば基本的要件から抽象的に当然そうなるだろうという結果を推定したのだが、
>むしろそれ故にそれは歴史の常識上、そうなるのがふつうであり、自然であり、当然であって、
>そうならなかった日本の特殊な歴史的条件の方が、いわば歪んで居り狂っていたといえるのではないか。
>戦後日本の歪みもそこから来ていると思うからだ。

>帰還後も私は基本的にはそういう立場に立ってこの戦後五十年を、もし日本が、
>地獄の底から独立を回復、自主自立のふつうの国の再建という道を歩んでいるなら、
>漸次この歪みは解消されて行くはず、そういう期待を以て生きて来た。だがすこしもそうはならなかった。

>歪みはむしろ極端化して行く一方、しかも多くの人はそのことに気がついていない…

>それにしても戦争行動のすべては天皇の名で行なわれている。
>この天皇が責任を問われなかったことと、アメリカが戦争犯罪裁判を正義の名において強行したこと、
>さらには公職追放といった無法なみせしめ処分を広範囲に行ったことが相乗効果となって、
>戦時の指導者に対し、敵国側からでなく、当の日本国民側からの戦争責任でなく
>敗戦の責任が一切追及されなかったことは日本の致命的な禍となったといわなければならない…
2022/08/03(水) 19:17:10.990
そもそも戦前の日本が真珠湾を奇襲出来たのは、
明治以来、日本は親英米でその英米から軍艦や航空機を製造する技術を得ていたからだ。
日本(西郷隆盛と大久保利通を排除後の、明治維新の勝者である伊藤博文と山縣有朋は、
親英米による対ソ防衛と立憲主義による国家を目指していた。
だが、岩〇〇視に殺された?孝明天皇の側近だった朝彦親王の子供や孫らが薩摩の海軍と結託し、
陸軍からの長州閥排除、南方進出と英米仏蘭打倒を考えた)はその技術を“逆用し”て英米を攻撃し、
ところが勝って自分が英米を東アジアから追い出すどころか、惨敗してその支配下に組み込まれた。
そうした一連の愚策を強行した〇〇天皇以下の極右と軍部の大部分は
責任をとらされて表舞台から消えることなくアメリカの支配下で生き残った。
親米に転じた〇〇天皇以下の極右と軍部の残党は、
日本列島を朝鮮戦争の兵站基地として差し出すことと“引き換えに”
(戦争責任を免除され且つ)戦後アメリカから最新技術を供与され、日本の復興の実現に成功した。
つまり、日本列島に駐留する在日米軍と戦後日本の経済発展はバーターだった。
その技術の中には核兵器と大陸間弾道弾の技術も含まれる。
つまり戦前、日本が英米から航空機と空母、大型爆弾、航空魚雷の技術を得ていたように、
戦後、核ミサイルの技術をアメリカから得ているのだ。
2022/08/03(水) 19:17:40.520
だからアメリカは、こうした工業国家日本を独立させるわけにはいかないのだ。
何故なら、過去に自分らが与えた技術“を逆用し”て自分らに切りかかった者ら、
その血筋が今の日本に依然存在し、活動しているからだ
(日本をアメリカに売ることで戦争責任を免れ、
しかもそのアメリカの後ろ盾で自分らの権力を維持している、
彼らの存在こそが日本の自立を阻んでいる)。
日本の極右が再び暴発しないための《蓋》として在日米軍は駐留し、憲法9条が強制されたのだ。
2022/08/03(水) 19:18:09.070
もし、日本人がこの状況を残念に思い、打開しようとするならば、
〇〇天皇とマッカーサー、その背後に居る〇〇〇〇の大資本家の都合
(明治以来、自分らが投資してきた日本の工業生産を利用する目的)
で温存された極右グループとその価値観を自分の社会から一掃し、
日本を真の民主主義国、立憲主義国にするしかない。
日本がカルト国家でもない、極右国家でもない、真の自由主義的な、
英米、西欧が持つその(人類史的な意義を深く理解した上で)価値観を同じくする国に変わったと、
英米、西欧が心から信じられるようになったなら、
在日米軍は日本列島から引き上げられる(?かもしれない)。戦後憲法を本当の憲法に出来る。
日本の司法制度が自国アメリカと同じ信頼性を持つと信じられるなら、
日米地位協定を解除できる(?かもしれない)。
そのためには日本国民が自分らの手で、(専制的な体制の中で反対者を暗殺しつつ)
英米に戦争を仕掛けて自国を潰した者らを政治決定の中枢から永久に排除しなければならない。
そうでなければ今の状態は永久に続くのだ。
2022/08/03(水) 19:30:47.790
その血筋が→その思想が
2022/08/15(月) 21:59:07.330
災害が多い
2022/08/15(月) 22:28:49.660
ミチコ・カクタニ「真実の終わり」

はじめに 
人類の歴史において、最も酷い政権のうちの二つが二〇世紀に権力を握った、
その両方が、真実への冒涜と略奪に基づいていた…
『全体主義の起源』(一九五一年)でハンナ・アーレントが書いた通り、
「全体主義的統治の理想的な臣民は筋金入りのナチでも筋金入りの共産主義者でもなく、
真実と虚構との区別(つまり経験の現実性リアリティ)
をも真と偽の区別(つまり思考の基準)をももはや見失ってしまった人々なのだ」。
このアーレントの言葉は…別世界からの伝言というよりも、
私たちを取り巻いている政治的・文化的状況の、身の毛のよだつような鏡になりつつある。
フェイクニュースや嘘が、ロシアのトロール
[ネット上での荒らし行為、その行為をする人]製造工場で大量生産されたり、
米大統領の発言やツイッター・フィードから延々と吐き出され…
イナヅマのような速さで世界中を駆けめぐっている…

民衆が、扇動と政治的操作を受け入れやすくなり、
国家が独裁を目指す者の恰好の標的となるような条件や振る舞いに着目したい…
事実が軽んじられ、感情が理性に取って代わり、言語が侵食されることで、
真実の価値そのものが低下する経緯を検証しようと思う…
2022/08/15(月) 22:35:07.910
それはつねに一つの嘘によって穴を開けられたり、
集団、国民、階級の組織された嘘によって引き裂かれ、否定され、歪められ、
またしばしば山のように積み重ねられた虚偽によって周到に覆い隠されたり、
ただ忘却の淵に沈むにまかされたりする危険にさらされている…

米国の公務上で「事実と分析の果たす役割が低下しつつある」様子を指して、
ランド研究所が使用した「真実の衰退(truth decay)」という表現が、
聞きなれた「フェイクニュース」やもう一つの事実(alternative facts)]といった語彙と並んで、
ポスト真実の辞書に加えられた…なぜこのようなことが起きているのか。

何がトランプ時代における欺瞞の根底にあるのが。
真実と理性は、どうしてこれほどまでに絶滅危惧種と化してしまったのだろうか…
ナルシシズム、虚言癖、無知、偏見、無作法、扇動、
それに暴君的な衝動を具現化する、大袈裟で常軌を逸したアバター…
2022/08/15(月) 22:38:11.100
しかし、トランプの滑稽な側面に気をとられるあまり、
真実と法の支配に対する彼の攻撃が引き起こす途方も無い悪影響を無視してはならない…
さらに言えば、相対主義の影響力は一九六〇年代に文化戦争の幕が開いて以降、高まりつつあった。
当時それは、西欧中心的、ブルジョア的、男性支配的な思想のバイアスを暴くことに熱心な新左翼と、
普遍的な真実を否定するポストモダニズムの真理を唱える学者に採用された。
2022/08/15(月) 22:38:50.150
あるのは小さな個人的な真実、
つまりその時々の文化的・社会的背景によって形成された認識に過ぎないというのだ。
その後、相対主義的な主張は右派のポピュリストに乗っ取られた…
相対主義は、当然の成り行きとして
トム・ウルフの「個の一〇年(Me Decade)」から自惚れたセルフィ―
[自撮り]時代までに勢いを増していったナルシシズムと主観主義に、完璧に同調した。
羅生門効果[一つの出来事について複数の異なった見解を人々が主張し矛盾が生じる現象]
――すべてのものは視点次第という考え方が、私たちの文化に浸透した…
これらの問題を扱いながら、私は四〇年近く読んだり書いたりしてきた。
それは脱構築主義の出現まで遡り…
クリントンとブッシュ両政権による情報公開を回避して自らの条件に沿って事実を定義しようとする試み、
言語に戦争を仕掛け、異常を正常とみなそうとするトランプの取り組み、
私たちが情報を処理し共有する方法に対してテクノロジーが与えた影響にまで及ぶ。
2022/08/15(月) 22:39:31.100
私は以下のページを通じ、書物や時事問題への自分なりの解釈を示しつつ、
真実への攻撃に関する個別の事情を、何年にもわたって私たちの文化を侵食してきた
広い社会的・政治的な動向の文脈の中に位置づけ、結論を導き出したい。
2022/08/15(月) 22:39:56.620
また、私たちの現在の苦境を解明する手掛かりとなるような、
先見の明がある過去の書物や文章を紹介できればと思う。真実は民主主義の基盤である。
元司法長官代行サリー・イエーツが述べたように、
真実は、私たちを独裁主義から切り離す要素の一つなのだ。
「…議論は、偏向したレトリックやでっち上げによって人々の感情や不安に直に訴えるのではなく、
共有された事実に基づいていなければならない。
客観的な事実が確かに存在するというだけでなく、真実を語らないことは重大である。
私たちは、公務員が嘘をつくのを防ぐことはできない。
しかし、嘘をついた者の責任を追及するのか、
疲弊のあまり、もしくは自身…を守るために、目を背けて真実への無関心を常態化するのかは、
私たちにかかっている」のである。
2022/08/15(月) 22:46:28.310
ミチコ・カクタニ(Michiko Kakutani、漢字:角谷 美智子、1955年1月9日 - )は、

『ニューヨーク・タイムズ』などを中心に活躍する文芸批評家。日系アメリカ人二世。
1955年、アメリカ合衆国コネチカット州ニューヘイブンで生まれる。
父はイェール大学の数学科教授を務め、
経済学の一般均衡理論の基礎となる多価写像の不動点定理を証明した角谷静夫。
2022/08/15(月) 22:47:01.050
ttps://www.youtube.com/watch?v=ci7B2hFsQhs
Olivia Newton-John - Xanadu (Live At Japan Production Studio)
オリビア・ニュートン・ジョン - ザナドゥ (日本制作スタジオ)
2018/04/02

オリビア・ニュートン=ジョン[1]
(英: Dame Olivia Newton-John AC DBE[2]、1948年9月26日 - )は、イギリス生まれ、
オーストラリア育ちのポピュラー歌手、実業家。オーストラリア勲章および大英帝国勲章を授章されている。
イングランド・ケンブリッジ生まれ。
母方の祖父はアインシュタインとも親しかったドイツ出身のユダヤ系で
ノーベル賞受賞物理学者マックス・ボルン (Max Born)、
ウェールズ人の父親はケンブリッジ大学のドイツ語教授であった。
母方の曾祖母の父は法学者のルドルフ・フォン・イェーリングである。
2022/08/15(月) 22:49:23.710
なんか、生まれも能力もすごい方たちでした。
2022/08/15(月) 22:50:38.660
皮肉なのは、右派ポピュリストによるポストモダン的議論の流用、
その客観的実在の哲学的否認の採用だ。これらの学派は何十年間も
左派およびトランプとその仲間が軽蔑する極めて名門とされる学会と結びついてきた。
学者によるこうしたしばしば深遠な議論を、なぜ我々が気にしなければならないのか?

トランプが、デリダやボードリヤール、リオタールの作品を読破したことがないのは明らかだ…
世の中に流布している漠然としたニヒリズムのすべてが、
ポストモダニズムの思想家のせいだとは到底いえない。
しかし、思想家たちの理論は、俗物化された産物として大衆文化に浸み出し、
大統領の擁護者に乗っ取られてしまった。
彼らは、その相対主義的な主張を、大統領の嘘を弁明するために用いようと欲したのだ。

右派はそれを、進化論に異議を唱えるため、気候変動の現実を否定するため、
もう一つの事実を売り込むために使った。
2022/08/15(月) 22:51:47.970
ポストモダンの概念は、物語の伝統を覆し、
ジャンルの境界や、大衆文化と高尚な芸術との境目を破壊した。
それは文学、映画、建築、音楽、絵画において解放的であり、時には革命的で…
しかし、ポストモダンの理論が社会科学や歴史に応用されるようになると、
あらゆる種類の哲学的含意が意識的・無意識的に表に現れ、
ついには私たちの文化において不規則な動きをするようになった。
ポストモダニズムの要素や解釈には無数の変異が存在するが、
非常に広く言うならば、その理論は、人間の知覚から独立して存在する客観的実在を否定し、
認識が、階級、人種、ジェンダー等のプリズムによってフィルタリングされていると主張する。

客観的実在が存在する可能性を否定し、
真実という考えを視点や立場の概念に置き換えるポストモダニズムは、主観性の原理を尊重するのだ…
人が十分に理性的で、自律的な個人としてふるまえるという概念さえ考慮されない…
コンセンサスという発想など却下。直線的な物語としての歴史の捉え方も却下。
大きく普遍的な、超越的なメタ物語(meta-narrative)も却下。
2022/08/15(月) 22:55:29.110
例えば左派の多くのポストモダニストが、啓蒙主義を、植民地主義的であるとか、
歴史の覇権主義的・西欧主義的な解釈であるとしてはねつけた。
植民地主義者や、理性と進歩の資本主義的な概念を奨励しようとしているというのだ。

一部のポストモダニストにとっては、科学者の主張でさえ、
「受け入れられようとしている他のすべてと競い合う、物語めいたものに過ぎない。
それらは、世界と唯一合致する、確かに一致するものではなく、
確実に現実に対応するものでもない。単なるフィクションの新たな一類型とされてしまう」。

ポストモダンの理念の、学術界から政治の主流への転移は、
予想外の方向へ変異した文化戦争を思い起こさせる…
二〇一五年の著書『…(米国の魂をめぐる戦い)』で歴史家のアンドリュー・ハートマンは
「六〇年代に動き出した文化的な変革に抵抗し」「五〇年代の規範的な米国主義に共感していた」
伝統主義者たちは、八〇、九〇年代の文化戦争に負けたようだと記した…

結局のところ、こうした楽観的な評価は完全に時期尚早だった。
フランシス・フクヤマが一九八九年の論文『歴史の終わり』で、
ソ連の共産主義の崩壊をもってリベラル民主主義が勝利し、
「人類の最終的な政治形態」になると主張したのが早計であったのと同じである…

二〇一七年にフクヤマは、
「諸制度の穏やかな衰退」とトランプ大統領の下での民主主義の規範を心配していると話した。
二五年前、彼は「民主国家が後退し得るという感覚も理論もない」と言っていたが、
今は「それが当然あり得る」と気づいたのだ。
2022/08/15(月) 22:57:09.270
ポストモダニストはすべての真実が他の要素次第であるというにとどまらず、
「真実の追及が無益であるどころか有害だと」ほのめかしていると主張した…
科学もまた、過激なポストモダニストの襲撃を受けた。
科学理論は社会的に構成されたものだと彼らは主張した。
科学理論は、それを仮定する人物のアイデンティティや、
その人間を形成した文化的な価値観によって特徴づけられており、
中立的・普遍的な真実であるとは断言できないというのだ。
「ポストモダン的な考え方は、
原爆投下後、冷戦中に発展した科学へのアンビバレントな感情によく合致した」と
ショーン・オットーは『The War on Science(科学に対する戦争)』に書いている。
大学の人文科学における左派の学者の間で、と彼は続けた。
「科学は、タカ派の、商業的で右翼的な権力構造の領域のものとして見られるようになった。
環境を汚染し、思いやりがなく、貪欲で、機械的、性差別的、人種差別的、帝国主義的で、
同性愛を嫌悪し、威圧的、非寛容的であるものとして。
2022/08/15(月) 22:58:23.580
それは、私たちの魂と身体、および
母なる地球の精神的・総体的な健全さにほとんど気を配らない冷酷なイデオロギーだ」…
こうしたポストモダン的な論理は、圧倒的多数の科学者が同意した見解の受け入れ
を拒む今日の気候変動否定論者や反ワクチン主義者に道を開いた…

オーウェルはこうした考え方の危険性に何十年も前から気づいていた…
「我々の時代が特殊なのは、歴史を正しく記すことができるという発想の放棄である。

過去、人々は故意に嘘をついたり…脚色したり…誤りが生じることを承知で、真実の追及に苦労した…が、
いずれの場合も、『事実』とは存在し、多かれ少なかれ発見可能だと信じていた」…
「この含意の共通基盤と、それに続く人間は皆同種の動物であるという意味合いこそが、
まさに全体主義が破壊する対象である。
2022/08/15(月) 22:58:54.330
実際、ナチスの思想は明確に、『真実』の存在というものを否定する。
例えば『科学』というものはない。『ドイツ人の科学』『ユダヤ人の科学』…といったものしかないのだ」…
真実がこれほどまでに断片化し、相対的なのであれば、
ある「指導者や支配派閥」が何を信じるべきかを指示する道が開かれる。
「何々の出来事について指導者が『そんなことは起きていない』と述べてしまえば、なかったことになる」…
人々が、すべての真実にバイアスがかかっているというポストモダン的な主張を転用するようになった。
脱構築主義的な歴史観は
「確立された真実が世代を超えて伝達される形を急激に変える可能性」をはらむと、
学者のデボラ・E・ リップシュタットは…で考察した。そしてそれは、
「どんな事実も、どんな出来事も、歴史のどんな側面も、確固たる意味や内容を持たない。
いかなる真実も書き換えられる。究極的な歴史的リアリティなど存在しない」という
知的環境を助長しかねないのである。
2022/08/15(月) 23:05:25.380
>ショーン・オットーは『The War on Science(科学に対する戦争)』に書いている。
>大学の人文科学における左派の学者の間で、と彼は続けた。
>「科学は、タカ派の、商業的で右翼的な権力構造の領域のものとして見られるようになった。
>環境を汚染し、思いやりがなく、貪欲で、機械的、性差別的、人種差別的、帝国主義的で、
>同性愛を嫌悪し、威圧的、非寛容的であるものとして。

>それは、私たちの魂と身体、および
>母なる地球の精神的・総体的な健全さにほとんど気を配らない冷酷なイデオロギーだ」…
>こうしたポストモダン的な論理は、圧倒的多数の科学者が同意した見解の受け入れ
>を拒む今日の気候変動否定論者や反ワクチン主義者に道を開いた…

科学や理性が人間性を破壊し、環境を破壊しているという、すり替えの論理。
2022/08/15(月) 23:05:52.700
ttps://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1453477774/704-709
F・カプラ「タオ自然学」1979年

物理学の影響はいまや社会全般におよんでいる。
物理学は自然科学(ナチュラル・サイエンス)の基盤となり、
自然科学と技術科学(テクニカル・サイエンス)が結びつくことによって…
われわれの生活はすっかり変わってしまった。
ほとんどの産業が原子物理学の成果をとり入れ、核兵器への応用は、世界政治にも影響を与えている。
さらに、その影響は科学技術にとどまらず、
思想、文化の領域にもおよび、宇宙やそのなかの人間との関係は、
以前とはまったく違った方法でとらえられている。
二十世紀の原子と素粒子の世界の研究によって、古典的な考え方の限界が明らかになり、
数多くの基本概念の根本的修正が必要になってきた。
たとえば、原子物理学の物質概念は、古典物理学の伝統的な物質感とはまったく異なるもので、
空間、時間あるいは因果律といった概念も同じように変わってきている。
このように、周囲の世界をとらえるうえで欠かせない概念がいまや根底から変わってしまったために、
世界観にも変化が生じてきた。
2022/08/15(月) 23:06:26.470
過去数十年にわたり、物理学者と哲学者は現代物理学がひき起こした変化を論じてきたが、
その変化の方向性がすべて同一で、
東洋神秘思想の世界観とひじょうに類似していることはまったくといっていいほど認識されていない。
現代物理学の概念は、東洋の宗教、哲学思想と驚くほど類似している。
この類似が論議の対象となることはまれであったが、講演のためにインドや中国や日本を訪れ、
東洋の文化に接した今世紀の偉大な物理学者たちは、その類似に気づいていた…
本書の目的は、現代物理学の概念と、東洋の哲学や宗教の基本思想との関係を明らかにすることにある。
二十世紀の物理学の基盤である量子論と相対性理論によって、
物理学者はヒンドゥー教徒や仏教徒やタオイストと同じ世界観をもつようになった。
また、すべての物質を構成する粒子の特性と相互作用といった、極微の世界での現象を記述するために、
ふたつの理論を結合させようとする最近の試みに注目すれば、
世界観の類似性はいっそう鮮やかに浮かびあがってくる。
2022/08/15(月) 23:06:58.400
そこでは、現代物理学と東洋の神秘思想は驚くほど似ており、
物理学者と東洋の神秘思想家のどちらが言ったことなのか区別できない発言によくお目にかかる。
わたしのいう『東洋の神秘思想』とは、ヒンドゥー教、仏教、タオイズムの宗教思想をさしている。
その中には、たがいに微妙に関連しあったさまざまな修行や哲学体系が無数に含まれているが、
世界観の根底には共通した性格がある…したがって、現代物理学の世界観は、
あらゆる時代の神秘思想家の世界観とひじょうに似てきていると言うこともできる。
2022/08/15(月) 23:07:50.630
現代科学の誕生と前後して、精神と物質の二元論をさらに強化する哲学が発展した。
その傾向は十七世紀のルネ・デカルトの哲学にあらわれている。
デカルトは心(res cogitans)と物質(res extensa)という分離、
独立したふたつの領域への分割にもとづく自然観をうちたてた。
「デカルト哲学的」分割によって、科学者は物質を自身とはまったく分離した無機質として扱い、
物質界を数多くの異なる物体が集まってできた巨大な機械とみるようになった。
そのような機械論的世界観をもっていたアイザック・ニュートンは、
その世界観にもとづいてかれの力学をうちたて、古典物理学の基礎を築いた。
十七世紀後半から十九世紀末までは、機械論的なニュートンのモデルが科学思想全体を支配していた。
またその時代には、神は神聖な法を課すことによって世界を統治する君主的なイメージでとらえられていた。
科学者の探究する自然の根本的法則は、世界を支配する永遠不変の神の法と考えられていたのである。
デカルトの哲学は古典物理学の発展に寄与したばかりでなく、
今日にいたる西洋の考え方全般にはかりしれない影響を与えてきた。
2022/08/15(月) 23:08:41.270
”Cogito ergo sum”(われ惟うゆえにわれ在り)というデカルトの有名な言葉に端を発して、
西洋人は有機体としての自身全体では無く、心を自己ととらえるようになった。
現在、大多数の人が、自分自身を外界から独立した身体の「内側」にある自我として自覚しているのは、
デカルト哲学の二元論のもたらした結果である。
身体から分離された心は、身体をコントロールするという不毛な仕事を与えられ、
意志と本能の対立が生れた。
さらに、個人はその行動、才能、感性、信仰などにもとづいて、分離、独立した数多くの部分に分割され、
それらの対立がはてしない形而上学的な混乱と不満の原因となっている。
この人間内部の分割は、
「外の」世界が無数の分離した事象から構成されているとする見方を反映したものである。
自然は、あたかも異なる利害関係にある集団の便宜をはかるため、
分離した部分からなっているかのように思われている。
2022/08/15(月) 23:09:26.920
この見方は、社会へも拡大して適用され、社会は異なる国家、人種、宗教、政治集団に分割される。
個々の部分がすべて分離、独立しているという観念こそが、
現代における社会、文化、生態系の一連の危機をもたらした根本的原因なのである。
われわれは自然からも、仲間たるべき人間からも疎外されている。
資源の不公平な分配、経済や政治秩序の混乱、暴力の続発、みにくく汚染された自然、
こういった環境の中で、心身の健康はそれこそ大幅にそこなわれてしまった。
デカルト哲学の分割と機械論的な世界観は古典物理学と科学技術の発展という効用をもたらしたが、
同時に文明をそこない多大な損失をももたらしたのである。
二十世紀の科学は、デカルト哲学の二元論と機械論的な世界観を源とし、
その世界観に支えられてはじめてここまで発達することができた。
ところが、科学はその分裂を克服し、初期ギリシアや東洋思想にみられた合一の思想へと立ち戻りつつある。
いまや、われわれは、あらたな局面を迎えていると言えよう。
2022/08/15(月) 23:13:24.810
>現代科学の誕生と前後して、精神と物質の二元論をさらに強化する哲学が発展した。
>その傾向は十七世紀のルネ・デカルトの哲学にあらわれている。
>デカルトは心(res cogitans)と物質(res extensa)という分離、
>独立したふたつの領域への分割にもとづく自然観をうちたてた。
>「デカルト哲学的」分割によって、科学者は物質を自身とはまったく分離した無機質として扱い、
>物質界を数多くの異なる物体が集まってできた巨大な機械とみるようになった

>デカルトの哲学は古典物理学の発展に寄与したばかりでなく、
>今日にいたる西洋の考え方全般にはかりしれない影響を与えてきた。

>身体から分離された心は、身体をコントロールするという不毛な仕事を与えられ、
>意志と本能の対立が生れた。
>さらに、個人はその行動、才能、感性、信仰などにもとづいて、分離、独立した数多くの部分に分割され、
>それらの対立がはてしない形而上学的な混乱と不満の原因となっている。
>この人間内部の分割は、
>「外の」世界が無数の分離した事象から構成されているとする見方を反映したものである。
2022/08/15(月) 23:13:35.430
>この見方は、社会へも拡大して適用され、社会は異なる国家、人種、宗教、政治集団に分割される。
>個々の部分がすべて分離、独立しているという観念こそが、
>現代における社会、文化、生態系の一連の危機をもたらした根本的原因なのである。

>資源の不公平な分配、経済や政治秩序の混乱、暴力の続発、みにくく汚染された自然、
>こういった環境の中で、心身の健康はそれこそ大幅にそこなわれてしまった。
>デカルト哲学の分割と機械論的な世界観は古典物理学と科学技術の発展という効用をもたらしたが、
>同時に文明をそこない多大な損失をももたらしたのである。
2022/08/15(月) 23:15:36.520
人間社会を阻害しているのは、科学でも理性でもなく、
動物である人間にとって、もっと根源的、原理的な恐怖であり欲でありナルシシズムである。
2022/08/15(月) 23:20:41.460
〇〇〇〇〇〇〇「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」

ナルシシズムは心理的状況と文化的状況の両方を説明する言葉である。
個人のレベルにおいてナルシシズムとは、「自己」(訳注1)を犠牲にしてなされる
自分のイメージへの過剰なのめりこみと特徴づけられるようなパーソナリティ障害のことである。
ナルシシストたちは、自分がどう感じるかということよりも
自分がどう見えるかということに関心を持つ。
じっさい彼らは、自分が追いもとめるイメージと矛盾するような感情を否定していく。
彼らは感情なしに行動しながらも、たいていの場合、ひとを誘惑し、操縦し、
権力や支配力を得ようとしてたたかっている。
彼らは自我中心的な人間(エゴチスト)であって、自分の利害に関心を集中しながらも、
真の意味での自己の価値というものが
――すなわち自己表現、自己抑制、品位の感情、そして誠実さが――欠けている。
2022/08/15(月) 23:21:22.530
文化のレベルにおいては、ナルシシズムは人間的価値の喪失のうちに
――つまり環境への関心、生活の質への関心、
自己の同胞たる人間たちにたいする関心の喪失のうちに――見出すことができる。
利潤や権力のために自然環境を犠牲にする社会は、人間の欲求にたいする鈍感さをしめすものである。
物質的なものがどれほど増大したかということが生活がどれほど進歩したかということの尺度となり、
男は女と、労働者は雇用者と、個人は共同体とたたかわざるをえなくなる。
知恵よりも富が高い地位をしめ、人間としての品位よりも名声が賞賛され、
自分に敬意をはらうことよりも成功することのほうが重要だとされるときには、
文化そのものが「イメージ」を過大評価しているのであり、
それはナルシシスティックだとみなされなければならない。
2022/08/15(月) 23:22:46.700
むかし見られたようなノイローゼ、
つまり罪悪感や不安や病的な恐怖や強迫観念のために無力化されてしまうことに代表されるような
ノイローゼは、今日ではあまり見ることができない。
そのかわりに、それよりもよく見るのは抑うつ状態を訴えるひとたちである。
彼らは、感情が欠如していること、
内面の空虚さ、深いフラストレーション感覚、深い自己不全感を口にする。
彼らの多くは仕事の面ではきわめてうまくいっているのだが、
そのことは、彼らが世間でやっていることと
彼らの内面で進行していることとのあいだに亀裂があることを暗示している。
どうにも奇妙に思えるのは、
障害の深刻さにもかかわらず、彼らが不安や罪悪感を比較的感じていないことである。
2022/08/15(月) 23:23:23.100
彼らがやること――社会的に、性的に、そして仕事の世界で――は、あまりにも能率がよく、
あまりにも機械的であり、あまりにも完璧すぎて人間わざとは思えないほどである。
彼らは、人間というよりは機械のように機能する。

ナルシシストとそれ以外の人間を区別するものは、人間味の欠如であろう。
彼らは核による人類絶滅の危機に脅かされている世界の悲劇を感じないばかりでなく、
自分のことをかまってくれない世界にたいして
自分が値うちのある存在であることを何とか証明しようとすることに
人生が費やされることの悲劇も感じていない。
自分がすぐれた人間、特別な人間であるというナルシシスティックなファサードが崩壊し、
喪失と悲しみの感覚がいやおうなく意識されざるをえなくなるときには、しばしばもう手遅れである。
2022/08/15(月) 23:24:03.610
一人の男、大会社の社長がいて、末期ガンであることを告知された。
生命の喪失という事態に直面することによって、彼ははじめて人生の何たるかを発見した。
彼はこんなふうに説明した。
「私はこれまで花など見たことがなかったし、太陽の輝きも、野原も見たことがなかった。
私は、自分が成功した人間であることを父に証明しようとする努力のために、自分の一生を費やしてきた。
私の人生のなかには愛のしめる位置がなかった」。
この男は大人になってからはじめて泣き、
助けをもとめて妻と子どもたちに手をさしのべることができたのである。
2022/08/15(月) 23:25:16.530
ナルシシズムとは個人と社会における非現実性の程度をしめすものである、
というのが私のテーマである、
非現実性は、ノイローゼだけに見られる現象ではなく、精神病の領域にまでおよんでいる。
成功した人間になれるかどうかを
愛し愛されたいという欲求よりも上位におく行動パターンには、どこか狂ったところがある。
自分が現実にどのように存在しているのかということ
――身体およびその感情――にふれようとしない人間には、どこか狂ったところがある。
また、「より高い」生活水準を、
という名目のもとで大気や水や大地を汚染する文化には、どこか狂ったところがある。

患者はみな自分を理解してくれるひとを必死になってもとめている。
彼らは子どものころ両親に理解されていなかった。彼らは感情をもった人間として見られておらず、
また人間性にたいする敬意をこめてあつかわれてもいなかった。自
分の患者のうちにある苦しみを見抜くこと、彼らの恐れに気づくこと、
ひとを狂わせもするような家庭状況のなかで
自己の正気をまもるためにたたかわれている闘争がいかにはげしいものであるかを知ること
2022/08/15(月) 23:28:36.220
昔も今も、西欧文明よりも自分の国や文化が
優越していることを何とかして誇示したいという指導者は居るだろう。
かつての大日本帝国もそうだった。
2022/08/15(月) 23:29:10.230
ナルシシストは子供のとき、分析家が深刻なナルシシズム的外傷として記述するようなこと、
つまりパーソナリティに傷をのこしつつそれを形成してゆくような自己評価への痛撃をこうむっている。
この外傷は屈辱感、とりわけ自分にたいする権力や統制の行使を
他人にほしいままにされて無力なままでいるという経験をともなっている。
私は単一の経験で性格ができあがるとは思わないが、
子どもが何らかの形で
たえず屈辱感にさらされていれば、身体にも精神にも屈辱の恐怖が構造化されてゆくことになる。
このような人間は苦もなく次のように誓うことができよう。
「大きくなったら私は権力をにぎり、
お前にもだれにも二度とこんなことを私にできないようにしてやる」。
あらゆるナルシシストが屈辱を受けることに深い恐れをいだくのは、
誇大なイメージがその底にひそむ不全感をおおいかくしているからなのだ。
権力は自分を屈辱からまもる方法である。それは劣等感を克服する方法である。
それはまた性的不能への対抗手段でもある。
2022/08/15(月) 23:30:06.780
ほとんどのナルシシズム患者は、支配権をゆずりわたすことを恐れている…
彼らは家族の中でそうだったように、利用されることをこわがっているからである…
無力であることはあまりに屈辱的なことなのだ…
彼らはコントロールしつづけなければならないのである。
コントロールは感情を否定したり抑圧したりすることによって維持される。
ナルシシストが恐れているのはまさに感情によっておし流されることの恐怖だということである。
それが狂気への恐怖をかきたて、彼らはそれに対抗しすべての防衛方法を動員する…
このような患者の心のなかでは、
自分自身をコントロールできなくなることと狂気におちいることは同様なのである。
拒否されること、あるいは公然と傷つけられることは、怒りの感情を喚起する。
だが信頼している人間からのニセの約束によって裏切られることは、
極度に残忍な激怒を誘発するものだからである。
2022/08/15(月) 23:30:53.900
安岡正篤「運命を創る」

明治の時代を考えますると…形の上においては…たいへんな成功をいたしました…
スターリンやフルシチョフが叫びました…「追いつけ追い越せ」…
毛沢東らが呼号…した「大躍進」の号令も…とんと成功はいたしておりません…
(これに対し)ひとり…嘘も偽りもない大成功をやってみせましたのが明治の歴史…
ところが、この大成功の陰に一つの大きな錯誤がありました、それは学校教育…の失敗であります。
それは…つまり幕末に…日本は西欧近代の科学技術文明に驚嘆し…
驚嘆は恐怖になり…畏怖になり…反省になり、あるいは負け惜しみ…
インフェリオリティ・コンプレックスというものの最も深刻な、
最も大規模なものを明治の人物が体験した…

そこで、何はともあれ西洋に負けない近代文明を日本がつくり上げなければならぬ。
それこそ…追いつけ追い越せで…なんとかして一刻も早く追いつき追い越さねばならぬ…
つまり、上は大学から下は小学校まで、明治教育は、学校教育を主眼として、
西欧近代文明の模倣・再現に役立つ知識・技術を早く習得させる…ことになった…
そこで…人間を養う、徳性を磨くというようなことはつけたりになって…
人間には…これがなければ、人間の格好をしておっても人間ではない、
これあることによって人が人であるという、いわば…
この本質的要素が、すなわち人間の道徳性、徳性…
付属的要素の代表的な二つが知能と技術…
2022/08/15(月) 23:31:36.320
ところが明治教育というものは、学校教育一本…になり…非常に単一になって…
人物・徳性…は修身教育ぐらい…ほとんど話にならんことになってしまった…
全力を挙げて知能教育、技能教育、…知識・技術の習得になった…
ところが戦後は、そういうものをなくしてしまい…非常に簡易速成式…
つまり明治・大正・昭和にかけての学校教育というものが、
残念ながら人間教育をお留守にして…もっぱら知識教育、技術教育になった…
昔と違って、できた人物というようなものが非常に乏しく…
もっぱら功利的・知識的な機械的人物、才人、理論家が輩出した…

その弊害が、つまり人間的深さ…修練…ができていない…秀才…
それが第一次大戦を転機といたしまして…
今度の敗戦後のアメリカ軍の進駐管理に至るまでが一連の時期…
大正時代、第一次大戦がはじまりますまでは、割合にその先祖の遺産でなんとかできた…
この第一次大戦が日本の非常な反省、試練になれば、
日本はあそこで大きく自己を取り返せたのですが…戦争に便乗して大儲けし…
この時に日本に初めて成り金というようなのができて、札びらが全国に舞った…
これで明治末期から大正へかけての日本の頽廃と堕落が一ぺんに吹き出したわけです。
2022/08/15(月) 23:37:30.080
.
ってことは、日本近代はノイローゼ患者の暴走なんだろう
2022/08/15(月) 23:38:48.570
>ところが、この大成功の陰に一つの大きな錯誤がありました、それは学校教育…の失敗であります。
>それは…つまり幕末に…日本は西欧近代の科学技術文明に驚嘆し…
>驚嘆は恐怖になり…畏怖になり…反省になり、あるいは負け惜しみ…
>インフェリオリティ・コンプレックスというものの最も深刻な、
>最も大規模なものを明治の人物が体験した
2022/08/15(月) 23:39:20.510
.
ってことは、日本近代はノイローゼ患者の暴走なんだろう
2022/08/16(火) 00:00:08.330
>ところが、この大成功の陰に一つの大きな錯誤がありました、それは学校教育…の失敗であります。
>それは…つまり幕末に…日本は西欧近代の科学技術文明に驚嘆し…
>驚嘆は恐怖になり…畏怖になり…反省になり、あるいは負け惜しみ…
>インフェリオリティ・コンプレックスというものの最も深刻な、
>最も大規模なものを明治の人物が体験した
.
ってことは、日本近代は《ノイローゼ患者の暴走》なんだろう
日本人は、それ(己の恐怖、負け惜しみ)を、『ヨーロッパ近代が悪いんだ!』と言い換えた。
(自分自身に恐怖を与えている原因たる)
デカルトの理性が、ニュートンの機械論が、それを使った資本主義が、戦争や環境破壊を起こしている!
日本自身も最悪の(自滅)戦争や環境破壊(例えば水俣病、福島第一原発事故)を起こしているにも拘わらず。
しかも、その当事者は一切、責任を感じていない。
2022/08/16(火) 00:00:57.680
自分自身が欧米を真似て機械化したにも拘わらず(何故かと言えば欧米が怖いから)、
その恐怖を隠ぺいし、自分の真似より上を行く《手本》の欧米を何とか引きずり降ろそうと、
一生懸命すり替え(言い訳)の論旨を考えている。
しかしそうした論旨から、己の未来を救う建設的な議論は一切出てこない。
2022/08/16(火) 00:06:37.160
ミチコ・カクタニ「真実の終わり」

学術界によるポストモダニズムの支持と並行し、
七〇年代にはクリストファー・ラッシュが「ナルシシズムの文化」と呼び、
トム・ウルフが「Me Decade(個の一〇年)」という覚えやすい名称をつけら潮流が花開いた。
自己陶酔、自己満足、注目への渇望といったことの大きな拡がりを、
二人の著者はまったく別の原因に求めている。
ラッシュはナルシシズムを社会的変化と不安定さに対する防御的な反応として捉えた。
敵対的で脅威に満ちた世界から自己を守るのだ。
一九七九年の著書『ナルシシズムの時代』を通じて彼は、
シニカルな「自衛本能と精神的自己保存の倫理」が米国を苦しめていると主張した。
ベトナム戦争の敗北、拡大し続ける悲観主義的な雰囲気、有名人と名声に熱中するマスメディア文化、
文化の伝達において家族が果たしていた役割を縮小させる分権主義的な力と闘っている国の症状である。
この自己陶酔の時代を日に日に象徴するようになったナルシシスト的な病者は、
「強烈な怒りの感情」「内面の空虚感」
「全能的な妄想および他者を搾取する権利に対する強い確信」を経験するとラッシュは記した…

ラッシュと比べ、トム・ウルフは七〇年代における「Me…Me…Me…(私、私、私)」の爆発を、
より幸福な、快楽主義的な展開として理解した。
輝かしい自己の「改革、改造、昇華、自分磨き」
という虚栄的な行動を追求する余暇と可処分所得は、かつて貴族の特権だった。
だが戦後の経済成長…それが労働者や中流階級に与えられた階級解放の動きだというのだ…
2022/08/16(火) 00:07:37.400
コロンビア・ロースクール教授ティム・ウーはそれを
「着飾った自己」と「自分をスペクタクルとして他者の注意を引こうとする」衝動と評している。
その支配に、ソーシャルメディアが拍車をかけることになった。
こうした主観性への信奉によって、客観的真実の地位が低下した。
知識より意見、事実より感情を賛美する傾向は、トランプの台頭を反映し、助長している…

ブーアスティンは『幻影(イメジ)の時代』に記した。
イメージが理想に取って代わるのと同様に、「信憑性」という概念が真実に置き換わっている。
人々は、ある事柄が事実か否かということよりも、「信じた方が都合が良い」のかどうかを気にしている。
やがて、物差しとして、迫真性が真実に取って代わるに従い、
「何かを真実に見せかける」手腕が、「社会的に報われる技術」となった…

ボードリヤールはこうした考察をさらに発展させ、次のように示唆した。
今日のメディアが中心の文化において、人びとは「ハイパーリアル」
つまりディズニーランドのように人工的な現実のシミュレーションを、
退屈で日常的な「リアルの砂漠」よりも好むようになったのである。
2022/08/16(火) 00:22:12.420
>ブーアスティンは『幻影(イメジ)の時代』に記した。
>イメージが理想に取って代わるのと同様に、「信憑性」という概念が真実に置き換わっている。
>人々は、ある事柄が事実か否かということよりも、「信じた方が都合が良い」のかどうかを気にしている。
>やがて、物差しとして、迫真性が真実に取って代わるに従い、
>「何かを真実に見せかける」手腕が、「社会的に報われる技術」となった…
2022/08/16(火) 00:23:08.030
〇〇〇〇〇〇〇「〇〇〇〇〇〇〇〇〇」昭和〇〇年

正常な場合イメージは、現実の反映である。
分裂質障害では、イメージの、現実からの解離が生じている。
イメージの現実性は感情や感覚との結びつきから生じる。
しかしこの結びつきが分裂してしまったとき、イメージは、抽象的なものとなる。
イメージと現実との分裂は、妄想を抱いている精神分裂病の人において最もはっきりと現れる。
古典的な例として、自分をイエス・キリストやナポレオンと思っている痴呆化した人の例がある。
2022/08/16(火) 00:23:54.850
一方、精神的健康とは、イメージと現実とが一致している状態をいう。
イメージの機能が広く受け入れられている社会においては、イメージが危険なものになると、
イメージの効果は人間関係においても好ましくないものとなり、危険な働きをするようになる。
たとえば、父親が子供の欲求に反するような父親像を演じている家庭においてみることができる。
こうした父親は、自分自身を自分のイメージでみているように、
自分の子供を一つのイメージとしてとらえている。
そこでは、子供は、自分の感情や欲求をもつ個人としてみなされない。
このような状況においては、
しばしば父親の無意識的な自己像の投射である一つのイメージに、
子供を合わせようとする教育が行われる。
親の無意識のイメージに自分を無理に合わせようとしている子供は、
彼自身の感覚や自己同一性の感情、そして現実との接触を失う。
2022/08/16(火) 00:25:56.580
つまりネット右翼とは,
《イメージの、現実からの解離が生じている人間》のことである。
2022/08/16(火) 00:31:55.570
つまりネット右翼とは、
《イメージの、現実からの解離が生じている人間》のことである。

もしかすると、何とか協会に依存し絡めとられている?日本の〇〇党も、
その極右的な主張に陶酔している
一部の日本人も、《イメージの、現実からの解離が生じている人間》なのかもしれない。
.
《イメージの、現実からの解離が生じている人間》=ナルシシストである。
2022/08/16(火) 00:34:49.340
.
というようなことを書き込んだとしても、別に決めつけたわけではない。
~かな?というレベル。酒も飲んでるし、悪しからずw
2022/08/16(火) 00:44:40.290
ttps://www.youtube.com/watch?v=WjtfPLggyes&t=2016s
ttps://www.youtube.com/watch?v=WjtfPLggyes&t=3088s
日本の闇がここにある。
安倍晋三と安倍昭恵夫婦か゛はまっていた統一教会以外のカルト・スヒ゜リチュアル。
精神の孤独か゛人間を追い詰めて危険な思想に追い込んて゛いく。
安冨歩東大教授。一月万冊2022.8.3

ちょっとね、あの一個、誤解無きように、誤解されると困るのが、スピリチュアルとか、
そういうカルト的なものダメだっていうふうに私、言いましたよね。
言ったけど、じゃあ、ね、全くそういうものは良くないと。
ね、そういう見えないものに縋るなんて良くない。
人間というのは理性の力で論理的に考えれば、いいんだ。っていうふうになるとですね。
これは、オカルトなんですよ、別のカルトなんですよこれ。
あの、理性の力で、全てのものを論理立てて説明出来る、冷静で居られる、客観的で居られる、
これ、カルトですよ、これは。
2022/08/16(火) 00:45:14.630
特にだから歴史的に言うと、19世紀末ぐらいからか、そういうのが流行ったのって。
だと思うんだけど、…19世紀末ぐらいにそういうのが破綻してですね、
それでサイエントロジーもそうだけど、人智学ですね。えっと…シュタイナー!
シュタイナーは人智学であれはだから亜流じゃないですか。神智学の方が先やね。
なんとかかんとか婦人っていうロシアの何かおばちゃんが…居たな…
あの辺から始まったんですけど、あれ第一次オカルトブームで、
それはやっぱり合理主義の破綻によって生まれたんですよね。
2022/08/16(火) 00:46:50.660
特にだから歴史的に言うと、19世紀末ぐらいからか、そういうのが流行ったのって。
だと思うんだけど、…19世紀末ぐらいにそういうのが破綻してですね、
それでサイエントロジーもそうだけど、人智学ですね。えっと…シュタイナー!
シュタイナーは人智学であれはだから亜流じゃないですか。神智学の方が先やね。
なんとかかんとか婦人っていうロシアの何かおばちゃんが…居たな…
あの辺から始まったんですけど、あれ第一次オカルトブームで、
それはやっぱり合理主義の破綻によって生まれたんですよね。
2022/08/16(火) 00:48:06.740
失敗
2022/08/16(火) 00:48:20.800
で、そのー、そっからそれが何ていうの、色んな焼き直しで今日まで来ているんだけど、
そこに敗れたものを私はだから、《神秘的な合理主義》と、
合理主義には神秘的なまでの力が有ると信じる《神秘的な合理主義》が在ってですね、
いまもまあ、二流サイエンティストとかがそういうのをよく振り回すじゃないですか。
『そんなの非科学的だあ』とか言って、振り回す人たちが居るけど、
そういう『文系なんて全部クソだよねw』みたいな人たちがみんなでさ、
二流の《神秘的な合理主義者》なんだけど、
だから私が提唱しているのは《合理的な神秘主義》、
つまり人間とかが生きているってこと自体がやっぱり神秘なんだけど、
神秘についてですね、語ろうとすると即座にオカルトになるわけです。
だからそこは語らずに受け入れて、その神秘的な力を破壊する暴力について考える。
というのが合理的な神秘主義、なんだけど、正にそれ抜きにはね、
この今のこのカルト的状況を抜けられないと思うよ。無理!!無理でございます。
だから日本人全員私の本読もう!(笑い)。
2022/08/16(火) 00:50:27.840
.
というわけで、日本人なら〇〇教授の本を読みましょう。
2022/08/16(火) 01:10:51.740
.
って、ここ誰も見てないけどw
2022/09/09(金) 20:36:45.750
.
なんか変な気候だよね
2022/09/09(金) 20:37:14.380
そう言えば、大学生ぐらいのときに確か?『一番独創的なのはイギリスです』と〇〇〇〇先生が言っていた。
えっ?V2号とか、(軸流式)ジェットエンジンを考えたドイツじゃないの?と思ったことを思い出す。
2022/09/09(金) 21:20:25.740
取り敢えず コーヒー・ブレイク
ttps://www.youtube.com/watch?v=Wc7qGegBbUQ
Let It Be - Beatles - Karolina Protsenko - Violin and Piano Cover
2019/09/26
ttps://www.youtube.com/watch?v=_NerVoThgmo
Let it be - Beatles - alto sax - free score
2018/10/01
2022/09/09(金) 21:22:29.870
福沢諭吉「文明論之概略」

文明論とは、人の精神発達の議論なり。その趣意は、一人の精神発達を論ずるにあらず、
天下衆人の発達を一体に集めて、その一体の発達を論ずるものなり。
故に文明論、あるいはこれを衆人発達論というも可なり。

都て事物を詮索するには、枝末を払いてその本源に遡り、止まるところの本位を求めざるべからず。
かくの如くすれば、議論の箇条は次第に減じて、その本位は益々確実なるべし。

ニウトン初めて引力の理を発明し、およそ物、一度動けば動きて止まらず、…
明らかにその定則を建ててより、世界万物運動の理、皆これに由らざるはなし。
定則とは道理の本位というも可なり。
もし運動の理を論ずるに当たりて、この定則なかりせば、その議論区区として際限あることなく、
船は船の運動を以て理の定則を立て…徒に理論の箇条のみ増して、その帰するところの元は一なるを得ず、
一ならざれば則ち確実なるを得ざるべし。議論の本位を定めざれば、その利害得失を談ずべからず…

故にこれらの利害得失を談ずるには、先ずそのためにする所を定め…
その主とするところの本を定めざるべからず。
古今の世論、多端にして互いに相齟齬するのも、その本を尋れば、初めに所見を異にして、
その末に至り強いてその枝末を均うせんと欲するに由て然るものなり。
2022/09/09(金) 21:23:30.080
>ニウトン初めて引力の理を発明し、およそ物、一度動けば動きて止まらず、…
>明らかにその定則を建ててより、世界万物運動の理、皆これに由らざるはなし。
>定則とは道理の本位というも可なり。
>もし運動の理を論ずるに当たりて、この定則なかりせば、その議論区区として際限あることなく

>古今の世論、多端にして互いに相齟齬するのも、その本を尋れば、初めに所見を異にして、
>その末に至り強いてその枝末を均うせんと欲するに由て然るものなり
2022/09/09(金) 21:39:01.860
〇〇〇〇〇.〇〇〇〇「〇〇〇〇〇 〇」 4.フランス革命期の数学者たち

数学の進歩と成熟は国家の繁栄と密接に結びついている. ――ナポレオン1世

いつの時代もその時代自体を革命の時代――大変革をとげた時代――と考えがちである。
しかし急激な変化をとげたいかなる時代もそのほとんどが、時には意識的に、多くの場合には無意識に、
その変革を準備する長い年月を要したのである。
たとえばフランス革命の先導者たちには、ヴォルテール…やルソー…やダランベール…やディドロ
――かれらのうちだれ1人、生きてバスチーユの陥落をみたものはいない…
――やかれらの同僚であり、自分が計画に加担した大虐殺の犠牲となったコンドルセがいた。
ところで数学の世界では、道案内人となるべき6人の数学者
――モンジュ、ラグランジュ、ラプラス、ルジャンドル、カルノーおよびコンドルセ――
がこの激動の渦中に身をおくことになるのだが、この章では主としてこの6人について述べる…
2022/09/09(金) 21:39:56.680
これら6人の数学者たちは互いに年齢が近く、ラグランジュが一番年上で1736年に生れ、
コンドルセは1743年、モンジュは1746年、ラプラスは1749年、
ルジャンドルは1752年にそれぞれ生れている。
そしてカルノーがもっとも若く1753年生まれであった。
監獄で自殺したコンドルセを除いて、かれらはみな70歳を越えるまで生き…ている。
18世紀のフランスでは、大学はこんにちのように数学の中心ではなく、
たとえばパリ大学において数学者の名前を1人あげることさえ苦労する…
かつて14世紀には、パリ大学は科学における世界の中心の一つ
(もう一つの中心はオックスフォード大学)であったが、その地位を失ってからすでに久しかった…
したがって、18世紀フランスの数学者のほとんどは大学とは関係なく、
教会または軍隊に属していたか、さもなくば王室のお抱えか私的な家庭教師であった。
2022/09/09(金) 21:41:00.280
ラグランジュ(…, 1736~1813年)は、ただ1人厳密にはフランス人ではなかったが、
フランスとイタリアの血をひくかつては裕福であった両親の子供としてトリノで生れている…
トリノで教育を受け、若くしてトリノの陸軍工兵学校の数学教授となった。
しかし、その後かれはプロシアのフリードリッヒ大王、続いてフランスのルイ16世の庇護を受けている。

次のコンドルセ(…, 1743~1794年)は家族のなかに騎兵隊や教会の有力なメンバーがいた…
数学において人もうらやむほどの名声を博した…

3番目のガスパール・モンジュ(…, 1746~1818年)は貧しい商人の息子であった。
しかし、モンジュの才能を見込んだ陸軍中佐の力添えによって、
かれはメジェール工兵学校の授業に出席することを許されている。
ところが学校当局はかれの才能にすっかり感動し、その結果かれはまもなく教授団の一員に加えられた…
――かれは6人のなかで最初から教師であった人物であるが、
おそらくユークリッドの時代以降もっとも大きな影響力をもった数学教師であろう。
2022/09/09(金) 21:41:58.480
次のラプラス(…, 1749~1827年)もまた貧しい家に生れ、
モンジュ同様、かれも有力な友人に恵まれ、――同じく工兵学校で――教育の機会を与えられた。
また、次のルジャンドル(…, 1752~1833年)もなんの困難もなく教育を受けたが、
かれの場合パリの工兵学校で5年間教えたにもかかわらず、厳密には大学教師ではなかった。

6人のなかでもっとも若いラザール・カルノー(…, 1753~1823年)は
中産階級より上の階級の出身者であったから、メジェール工兵学校に通うことを許されたが、
そこでかれが教えを受けた教官のなかにモンジュがいた。
2022/09/09(金) 21:42:33.960
1789年にバスティーユ監獄が陥落した頃、6人の数学者たちは二つのグループにわかれていた。
名前の頭文字がLで始まる3人(ラグランジュとラプラスとルジャンドル)は、
そのあとに引き続いて起こることになった政治的事件の具体化に大した貢献をしなかったが、
残りの3人(カルノーとコンドルセとモンジュ)は、その変革を歓迎し、
革命的活動において一定の役割を演じていた。
しかし、どちらのグループも、
革命期にくわだてられた少なくともある一つの数学上の改革には参画していたのである。
2022/09/09(金) 21:43:08.230
このいわゆる度量衡制度の改革は、数学者たちが混乱と政治上の困難さにもかかわらず、
かれらが忍耐強く努力し続けたという点で特筆に値する例である。
革命初期の1790年に、タレーランが度量衡制度の改革を提唱した。
そして、それは科学アカデミーに委託されたが、
そこではラグランジュとコンドルセをメンバーの一員とする委員会が設置され、
提案を作成することになった。
ところで、ルジャンドルもフランス全土を三角測量した功績で名声を博していたから、
その委員会のメンバーであってしかるべきであったが、
革命政府の方針によってかれはメンバーからはずされた
よく知られているように、
その委員会ははじめ新しい度量衡制度の長さの基準単位として二通りの値を考えていた。
その一つは秒を刻む振子の長さであった…
しかし、ルジャンドルたちが測定した地球の子午線の長さの正確さに非常に感動した委員会は、
最終的には赤道と極とのあいだの距離の千万分の一として1メートルを定義した…
こうして生まれたメートル法は1791年にほとんどの分野ですぐにでも使える状態になった
2022/09/09(金) 22:09:35.580
>よく知られているように、
>その委員会ははじめ新しい度量衡制度の長さの基準単位として二通りの値を考えていた。
>その一つは秒を刻む振子の長さであった…
>しかし、ルジャンドルたちが測定した地球の子午線の長さの正確さに非常に感動した委員会は、
>最終的には赤道と極とのあいだの距離の千万分の一として1メートルを定義した
2022/09/09(金) 22:10:23.860
宮下正美 著/解説 東京工業大学教授 理学博士 矢野健太郎「数のふしぎ・形のなぞ」
長さのもとをきめる いいかげんなものさし

むかしは、どこの国でも、長さのもとがはっきりきまっていないので、
ものの売り買いに、いいあらそいがおこって、とてもこまっていました。
どこの国でも、まず、人間のからだをもとにして、長さをはかることが、ふつうのやりかたでした。
両手をいっぱいにひろげた長さを一ひろといったり、
足のつま先からかかとまでの長さを一フィートといったりして、長さのもとにしていましたが、
どうも、これでは、人によってちがうために、いいかげんなものとなります。
「ロープ(つな)を百ひろください。」と、買いにいっても、
手のみじかい店員にはかってもらったら、たいへんな損をしてしまうでしょう。
「このきれを二十フィートください。」「かしこまりました。」と、
買い手の見ているまえで、きちんとはかってわたしたのに、
お客さんが、家にかえって自分ではかってみたら、十六フィートしかなかったと、
店にねじこんでくることもざらにありました。
2022/09/09(金) 22:13:37.760
ところが、交通がべんりになり、国ぐにのとりひきがさかんになってくると、
かってにつくったものさしや、いいかげんなものさしでは、
めんどうなことがおこって、正しくとりひきができません。
「どこの国でも、安心してはかれる、正しいものさしを考えようではないか。」と、
いまから百七十年ほどまえ、ます、フランスの人たちがいいだしました。
そこで、学者たちがあつまって、研究をはじめました。
しかし、人間のからだをもとにしてきめたのでは、うまくありません。
背の高い人やひくい人、手の長い人やみじかい人があって、
せっかくきめても、いろいろとめんどうがおこりそうです。
「それでは、なにをもとにしてきめたらいいだろう。」
「いつまでも、けっしてかわることのないものが、もとにならなければだめだ。」
「さて、そんなものがあるだろうか。」 学者たちは、みんな考えこみました。
と、そのとき、「あるぞ、あるぞ。」 とつぜん、ひとりの学者がさけびました。
2022/09/09(金) 22:14:03.940
「なんですか、それは。」
「われわれのすんでいる地球ですよ。地球の北極から、赤道までの長さをもとにしたらどうでしょう。
これなら世界じゅう、どこへいってもかわらないでしょう。」
「それでは、長すぎますよ。」
「いや、その長さの一千万分の一を、長さのもとにしたらいいじゃありませんか。」 
なるほど、それならよさそうです。
北極から赤道までの長さも、南極から赤道までの長さも同じです。
そして、この長さは、地球のあるかぎりかわりません。
「よし、そうしよう。」と、きまりました。
そうときまったら、こんどは、北極から赤道までの長さを、じっさいにはからなければなりません。
そのころは、フランス革命がはじまるすこしまえのころで、
もう、地球のことは、だいたいわかっていました。
2022/09/09(金) 22:14:19.610
その長さの一千万分の一は、
おとこの背の高さの三分の二くらいになりそうだと、けんとうがついていました。
けれども、いいかげんなことはできません。
とりあえず、おなじ経度のうえにあるフランスのダンケルクというところから、
スペインのバルセロナというところまでの長さを、正しくはかり、
あとは、測量のきかいや、けいさんで、北極から赤道までのきょりをわりだしていくことになりました。
「たいへんなしごとだぞ、これは。」「もしかすると、なん十年もかかるかもしれない。」
「なん十年かかっても、やりとげよう。世界の人びとのしあわせのためだ。」 
学者たちは、つより決心をもって、そのしごとにとりかかりました。
「その長さの単位には、メートルという名をつけようではないか。」ときめました。
千七百九十年のことです。
2022/09/09(金) 22:14:38.450
いのちがけのメシヤン
メシヤンも、そのしごとにとりかかった学者の一人でした。
メシヤンは、からだも弱くて、おとなしい人がらの学者でしたが、心はつよく、情熱にもえていました。
かれは、千七百九十二年に、測量のきかいをもって、スペインのバルセロナにむかいました。
ところが、スペインのいなかの村の人たちは、みしらぬ外国人が、
ふしぎなきかいをもって村にはいりこみ、星をはかったり、土地を測量したりするので、
これは、てっきり、まほう使いにちがいないと思いこんでしまいました。
そのころ、スペインのいなかでは、なにかかわったことをすると、まほう使いということで、
うち殺されたり、やき殺されたりするものが、なん人もありました。
「あいつは、まほう使いだ。この村からおいだしてしまえ。」「あの、まほうのきかいをぶちこわせ。」 
村人たちは、手に手に、“すき”や“かま”をもって、目をひからせながらメシヤンたちをとりかこみ、
口ぎたなくののしりました。村のお寺の坊さんが、このさわぎをききつけて、とんできました。
やっと、わけがわかって、手だしをするものはなくなりましたが、
測量をしているあいだじゅう、村人たちは、夜もひるも見はっています。
でも、メシヤンは、くじけませんでした。歯をくいしばって、しごとをつづけました。
2022/09/09(金) 22:15:23.290
村人たちは、たべものを売ってくれませんし、病気になっても、家のなかにいれてはくれません。
しかも、いろいろのものがぬすまれました。ゆだんもすきもありません。
やっと、その村の測量がおわり、つぎの町にはいろうとすると、
こんどは、がんこな役人に通せんぼをされてしまうありさまです。
「おまえたちがやってきた方角に、ペストのはやっている村がある。
だから、おまえたちを、この町にいれるわけにはいかない。」と、いうのです。
「そんなことは、うわさにもきいたことがありません。」
「いや、ほんとうだ。むりにこの町にはいろうとするなら、いのちがないぞ。」 
役人は、“けん”をひきぬき、ふりまわしながらどなりました。
「わたしは、スペインの王さまのおゆるしをいただいて、この土地の測量をしているものです。
どうぞ、おとおしください。」 メシヤンは、王さまの書きつけを見せました。
2022/09/09(金) 22:15:36.680
さすがの役人も、王さまのおゆるしときいては、これいじょうむりをいうわけにはいきません。
「それでは、おまえたちのもちものを、みんな“す”につけるなら、ゆるしてやろう。」ということになりました。
きかいを“す”づけにしたら、くるってしまうし、
せっかく苦心をしてしらべ、紙に書きこんだことも、消えてしまいます。
けれども、ペストをふせぐのには、そのころ、
もちものをみんな、“す”づけにするよりほかなかったのですから、しかたがありません。
役人のいうとおりにして、やっと、町にいれてもらいました。
このような苦労をかさねたために、メシヤンはとうとう病気になってしまいました。
そして、「いまに、きっとメートルがきまるぞ。」とさけびながら、死んでいきました。
2022/09/09(金) 22:16:24.310
スパイのうたがい
メシヤンにかわって、こんどは、アラゴーという、勇気のある学者がスペインにやってきました。
「メシヤンのこころざしをついて、きっと、一メートルの長さをきめてみせるぞ。」 
アラゴーは、なにものもおそれず、
まことをもってあいてをときふせながら、メシヤンののこした測量にとりかかりました。
あるときのことです。アラゴーたちが、あれはてた山にさしかかると、とつぜん、
ばらばらと、一隊の山賊があらわれて、一行をとりかこみました。
みんなは、うろたえさわぎましたが、アラゴーはびくともしません。
「よくきけ。わたしたちは、フランスやスペインをはじめ、
世界中の人びとのために、長さのもとをきめようとして、測量にやってきたのだ。
このしごとは、どんなことがあってもやりとげなければならぬ。
持っているお金は、みんなわたそう。いのちもほしいというのなら、よろこんでおまえたちにやる。
ただ、このしごとがおわるまで待ってくれ。どんなきびしい見はりをつけてもかまわないぞ。」 
アラゴーの心からのさけびに、山賊のかしらも、ひどく感動しました。
「よろしい。そんなりっぱなしごとをしているのなら、おまえたちから、金をとろうとは思わない。
わたしたちが、おまえをたすけてやろう。だれにもじゃまをされないように守ってやる。
あんしんして、しごとをつづけるがよい。」 
2022/09/09(金) 22:17:42.510
山賊たちは、あべこべに、アラゴーの一行につきそって、そのしごとを助けてくれました。
おかげで、アラゴーたちの測量は、思いのほか、とんとんびょうしにはかどりました。
「さあ、もうすこしだ。」 
よろこび勇んでいるとき、運わるくフランス革命がおこり、
フランスとスペインとの関係も、さらにわるくなってきました。
スペイン人たちは、手に手に武器をもってかけつけ、アラゴーたちの一行をとりかこみました。
「あいつはスパイだ。」「スパイをつかまえろ。」「さいばんにかけろ。」「ろうやにぶちこめ。」 
しかし、それでもアラゴーはへこたれませんでした。
なげこまれたろうやから逃げだして、アルジェリアというところにのがれ、
測量したくわしい報告書を守りながら、苦心に苦心をかさねて、
ついに、フランスにかえりつきました。
2022/09/09(金) 22:23:11.460
一メートルがきまった
あたらしいものさしのもとをつくるための、メシヤンやアラゴーたちの
いのちがけのはたらきのおかげで、ついに、北極から赤道までの長さをわりだすことができました。
あとは、その一千万分の一の長さをきめればよいわけです。これは、かんたんなことでした。
そして、その長さを、一メートルとしました。一メートルの長さがきまれば、あとはもう、
とんとんびょうしに、さまざまの長さや、ひろさや、重さがきまっていきます。
一メートルの百分の一の長さが一センチ、
そのまた十分の一が一ミリ、千メートルが一キロというようなぐあいにです。
また、ひろさも、一メートル四方、一センチ四方、百メートル四方、
一キロ四方などが、ひろさの単位になりました。
たて、横、高さともそれぞれ一センチのいれものにいっぱいにした、
摂氏四度のときの水の重さを一グラムときめれば、
重さの単位も、きめていくのにむずかしいことはありません。
2022/09/09(金) 22:23:24.840
じつは、そののち、もっと精密なきかいではかったら、北極から赤道までの長さは、
メシヤンやアラゴーたちがはかったものより、すこしおおいことがわかりました。
それは、一メートルの一千万ばいではなく、一千万八百五十六ばいだったのです。
しかし、それがわかったのちも、学者たちは、
「でも、一メートルの長さは、アラゴーたちによってきめられたものにしよう。」と、いうことにしました。
この長さのもとに、すこしの狂いもあってはなりません。
それで、熱にもつよく、のびちぢみのしない、白金をつかって、
ぴったり一メートルの棒と、一キログラムのおもりをつくり、
これを、メートルとキログラムのいちばんの大もとの、ものさしと、はかりとにしました。
これが、メートル原器とキログラム原器というもので、
フランスの国で、いまも、げんじゅうにまもって、たいせつに、ほぞんされています。
2022/09/09(金) 22:23:36.570
いまでは、世界じゅうのほとんどの国が、メートルをもとにしたものさしをつかっています。
日本でも、むかしは、丈(じょう)、尺(しゃく)、寸(すん)、分(ぶ)とか、間(けん)、町(ちょう)、
里(り)とか、坪(つぼ)、畝(せ)、反(たん)などの、長さやひろさや、匁(もんめ)、
貫(かん)などの重さの単位をつかっていましたが、
昭和三十三年からは、すべて、メートルをもとにした単位だけをつかうことになり、
世界の国ぐにのなかまいりをしました。
わたしたちは、べんりなメートル法をつかって、あたりまえのように生活していますが、
これをきめるために、いのちがけではたらいたメシヤンやアラゴーのことを考えますと、
どんなものごとでも、はじめがたいせつであることがわかります。
そして、こうした人たちには感謝しなければならないと思います。
2022/09/09(金) 22:24:00.640
「数のふしぎ」について(解説)
東京工業大学教授 理学博士 矢野健太郎

《長さのもとをきめる》
私たちが使っているメートル法は、万国共通で世界じゅうみな同じですが、
こういう便利な方法が、いつごろ、どこで、どうして生まれたか、
それには想像もおよばない苦心談がひそんでいます。
いまここにとりあげたのは、
フランスの学者が血のにじむような苦難をのりこえて、メートル原器を生み出した話です。
2022/10/06(木) 21:22:37.490
.
とん・ちん・かん
2022/10/06(木) 21:23:24.430
完成品をパクってのし上がる、者らが嵌った躍進と蹉跌

こそが《近代日本》であり、これを確立した元祖がおそらくは織田信長だろう。
この《信長型国家》の反復が明治の近代化に見られる。
晩年、確かNHKで司馬遼太郎氏が
「明治になって福沢諭吉が『さあこれから議論をしよう』と言いました」ということを言っていた。
つまり、それまでの(封建時代の)日本には『議論は無かったのだ』と。
幾ら何でも議論ぐらい有っただろうと思ったが、実際、大学や会社などに入ってみて、
今から思えば確かに『日本社会に議論は無かったな』と、改めて認識する。
2022/10/06(木) 21:24:16.560
例えば、ジョン・G・ロバーツ「軍隊無き占領」には、

《日本人の心理を鳥瞰するには、彼らに欠けている西欧の標準的信念を並べあげるのが一番手っ取り早い。
日本人にないものは何か。

▼西欧で一般的にいわれる宗教。神道とは、日本と日本人の賛美にすぎない。
彼らの仏教は、ディレッタント(素人の生かじり)の仏教でしかない。
彼らは、神道、仏教、キリスト教を同時に信じると平然という。
そのうえ、星の数ほどもある驚くべき迷信を信じるという。

▼死に対する大いなる恐怖。地獄と天国が彼らの前に迫ってくることはない。
死後は霊魂になって戻り、まったく愉快ではなかった現世よりも丁重に扱われるものと思っている。

▼系統だった哲学。彼らが、自分がなぜこの世に生きているのか、
その先に何があるかを考えることは、まずない。
2022/10/06(木) 21:24:44.400
▼西欧においては騎士道を生み、文学に浸透し、
映画を生むインスピレーションとなり結婚の基本的理由でもあるロマンティックな愛情の概念。
日本人の夫婦は主人と召使の関係にある。婚外関係は、心よりも実用主義の問題だ。
性の作法について、西欧と比べると厳しい掟があるが、モラルはない…混浴は問題にもならない。

▼西欧で知られている真理の観念。
質問に答えるとき、その目的は、情報を伝えることではなく、礼儀を守ることにある。
このように日本人の生活は西欧人には理解不能な型にはめられている》

という記述がみられる。
2022/10/06(木) 21:25:12.880
>西欧で知られている真理の観念。
>質問に答えるとき、その目的は、情報を伝えることではなく、礼儀を守ることにある。
>このように日本人の生活は西欧人には理解不能な型にはめられている
2022/10/06(木) 21:26:10.160
また、福沢諭吉「文明論之概略」には、

《西洋の文明は、その人間の交際に、諸説の並立して漸く相近づき、遂に合して一と為り、
以てその間に自由を存したるものなり。
これを譬えば、金銀銅鉄等の如き元素を鎔解して一塊と為し、金にあらず、銀にあらず、…
一種の混和物を生じて、自ずからその平均を成し、互いに相維持して全体を保つものの如し。
顧みて日本の有様を察すれば、大いにこれに異なり…
立君なり、貴族なり、宗教なり、人民なり、皆古より我国に存して、各々一種族を為し、
各々自家の説なきにあらざれども、その諸説並立するを得ず、相近づくを得ず、合して一と為るを得ず…
もしあるいは合して一と為りたるが如きものありといえども、
その実は諸品の割合を平均して混じたるにあらず、
必ず片重片軽、一を以て他を滅し、他をしてその本色を顕わすを得せしめざるものなり》と有る。
2022/10/06(木) 21:26:30.720
>西欧で知られている真理の観念。
>質問に答えるとき、その目的は、情報を伝えることではなく、礼儀を守ることにある。
>このように日本人の生活は西欧人には理解不能な型にはめられている

>西洋の文明は、その人間の交際に、諸説の並立して漸く相近づき、遂に合して一と為り、
>以てその間に自由を存したるものなり。
>顧みて日本の有様を察すれば、大いにこれに異なり…

>もしあるいは合して一と為りたるが如きものありといえども、
>その実は諸品の割合を平均して混じたるにあらず、
>必ず片重片軽、一を以て他を滅し、他をしてその本色を顕わすを得せしめざるものなり
2022/10/06(木) 21:28:03.460
更に、中井久夫「日本の大学どこがダメか 1994年」では、

《四十年の昔、他の学部から医学部に転部したら、理学部の友人が、
解剖学や内科学の教科書を手に取って、アスファルトの道を炎天下に長時間歩くようなものだな、
医学ではこれが学問か、面白いか、そんなゼミもなく必須科目ばかりのところが大学といえるかよ言った。
当時の医学部は、確かに、大学というより、士官学校に似ていた。独善的なエリート意識があった。
「学問的」という言葉がドイツ語の「アカデーミッシュ」の意味で使われていたが、

強烈な印象は、内科の一教授が、最初の講義の冒頭、「一切の質問を許さない」と言ったことであった。
確かに「これで大学か」と思った。
2022/10/06(木) 21:29:05.220
>強烈な印象は、内科の一教授が、最初の講義の冒頭、「一切の質問を許さない」と言ったことであった。
>確かに「これで大学か」と思った。
2022/10/06(木) 21:31:40.260
つまり日本人の議論とは、
(《上意下達》〔の階層秩序〕で一方が相手に合わせることにより)
互いに敵意が無いことを確認し合う挨拶(頷き)に過ぎないのだ。
挨拶からは何ら有意な価値や真理(互いに共有する合意)は生まれない。
つまり、日本人の議論は本当の議論ではない。
例えば貿易摩擦が顕著だった80年代、日米の通商摩擦で日本側が
ひたすら『ご理解ください』(理由を問わずこちらの言い分を受け入れよ)としか言わないので、
アメリカ側がうんざりしたという。
これも、思考の基準(物差し・座標系)自体が異なる世界の間に起こった認識の齟齬だろう。
日本人も言い争ったり相手を説得しようとしたりして、議論しているように見えるのに、
議論が(何か普遍的な理論を生むような)議論になっていない
(それが、『二大政党制を目指す』などと言い、
30年に及ぶ政治改革の結果、議会制民主主義よりも天皇親政の権威主義、
法治主義よりも縁故主義、それで科学的合理性よりもカルトに支援された政治に陥って、
今(2022年9月)、〇〇〇会云々で混乱している日本の政治や、
『原発は絶対安全だ!』『想定する高さ以上の津波は来ないw』で破裂した、
福島第一原発事故を招いている)のは何故なのか。
2022/10/06(木) 21:34:16.130
ttps://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1501550015/214-216
阿部謹也『日本に西欧型「社会」は存在するか』大学とは、「自分とは何か」を考える場である
2022/10/06(木) 21:36:33.370
或る本の中に、阿部謹也氏が『一般教養とは何か』を論じた箇所があった。
確かその本の中ではその一般教養に関する説明は、その個所だけだったと記憶しているが、
謹也氏の著書曰く、一般教養とは(百科事典の中から項目を探して拾うような、
多種多様だがバラバラの情報をバラバラのまま頭に入れることではなく)、
自分とは何かを考え、その自分を取り囲む親や先生、社会を考え、自国を考え、
その社会と自国を囲むその他の社会や国、更にそれら全てを包含する地球や宇宙を考えて、
その上でそれら相互のつながりを考えること、『それが一般教養だ』という、
つまり(一般教養の)《定義》は書かれていたが、
何故そうした概念が一般教養として打ち出されて来たのか、
そうした思考規律が社会の中で重要視されるようになったのか、についての説明はなかったように思う。
何故そうなっているか、という説明が無かったのである。
2022/10/06(木) 21:38:32.080
人間というのはおぎゃあと生まれて最初の他人は親であり、
その先に兄弟が居て、祖父母、親戚一同や近所が在って、学校や会社、社会や国が在り、
その先に他国、それら全てを含む地球や宇宙が在る。
だが幼児や未開人の視線が届く範囲は大概、自分の家族や近所、その先(食糧確保に必要な領域)までだろう。
だから其々が見ている世界は重なる部分も有るがそもそも別々なのだ。
平素見ている範囲や根拠(つまり基準)が別々なので、認識の齟齬や意見対立が起こる。
だが或るとき人類に、宇宙が在ってその中に地球が在り、またその中に国が在って、
更にその中に自分ら家族や地域が在って、最後に自分が居る、というように、認識の逆転が起こった。
つまり、ガリレオによる天動説から地動説への転換と同じ、《思考上の転倒》が既に古代に起こっていた。
これは『地球を中心に天空が…』ではなく、
実は『地球が太陽の周りを回っている』という“事実(=現実)を認める”という意味のみならず、
自分と自分の身近を中心に(世界全体から見て偏狭〔=部分〕から先に=優先して)考えるのではなく、
先ず天空(=全体の在り方)を考えて
その中の自分(=部分)の位置を考えるという、《思考(順序)の逆転》であった。
2022/10/06(木) 21:39:13.880
これは、人類がその歴史過程の中で、部分に過ぎない存在を全世界、
或いは中心と思い込んで(判断行動した結果、組織的に)失敗したことから来る、
反省の上に立って獲得された思考態度であったろう。
この《思考の逆転》は、世界を部分としてバラバラに見ていたバラバラの個人が、
(そうした存在をおぼろげに想像する)宇宙という一つの世界を共有し、
そこから全てを(整合的〔=完全、且つ無矛盾〕に)考える契機を与えた(と思われる)。
それこそが、モーセの一神教、プラトン哲学を、
その哲学を支えるユークリッド幾何学を生み出すコンセプトの大元を与えた(と、推論する)。
こうした考え方との類似性がメートル原器、その設定の仕方にも見られる。
それに対し、日本の知的世界は未だ《メートル原器》制定以前の状態にある。
2022/10/06(木) 21:40:17.290
其々が自分自身の経験した狭い範囲(地域的文化的、時間的世代的)での常識を基準に採り、
それを根拠に議論したら互いに話がかみ合うはずがない。正に共通単位が無いのと同じことだ。
では、共通単位を決めるにはどうすれば良いのか。誰かの基準に“片寄せ”したら良いのか。
例えば天皇(が指定する基準)に?だ。そうしたら、多くの他人が
(地域的文化的、時間的世代的に)経験して得たそれら基準を全て無視し切り捨てることになる。
そうしたら視野狭窄に陥る。
だから、全ての人間の経験を包含するような(表面には顕れることがない、
もっとずっと奥に存在する“より根本的な”)基準を見出さなければならない。
ならば全ての人間、存在にとって唯一共通の環境である、この地球自体を基準に採ろう。
それがメートル原器のアイデアになっている(?)。
2022/10/06(木) 21:41:04.340
この唯一共通の基準を《取引単位》に採用すれば、全てに渡って公正な取引が成立する。
と同様、其々があらゆる手前勝手な基準を思考の根拠=基準=単位に採り、
そこを起点に議論したら議論が成り立つはずがない。
だから、(メートル原器に相当する)
万人にとっての唯一共通の《議論〔=思考〕の根拠=単位》が与えられなければならない。
それが一旦与えられたなら
(ユークリッド幾何学と同様〔非ユークリッド幾何学の発見以後、理論が持つ本質的な、
想定する成立上の限界領域内で〕)、あらゆる議論が正しく成り立ち流通可能になるだろう。
だから、同じように万物にとっての唯一共通の環境である、“宇宙を”思考の基準に採ろう、
というのが一神教のアイデアではないか。
それで宇宙を知り、その中に存在する地球(の環境)を知り、国や社会を知り、
学校や会社、近所や親せき、親兄弟、との関係を考え、自分自身を知る。
知ってそれらの在り方を考える。
2022/10/06(木) 21:45:57.390
ttps://mevius.5ch.net/test/read.cgi/seiji/1601032893/121-124
ttp://toyokeizai.net/articles/-/13697
日本人の的外れな「リベラルアーツ論」山田 順 :ジャーナリスト
リベラルアーツとは何か(上)2013年04月17日

一般教養とリベラルアーツは別物だ
リベラルアーツは、「一般教養」と言ってもいいが、日本の大学の一般教養とはまったく違うものだ
日本の大学で現在行われている教育そのものが、根本的に欧米の学問体系からズレている
2022/10/06(木) 21:48:57.330
これが(ギリシアの3学4科に遡る)リベラル・アーツ&サイエンスを学ぶ意味なのだろう。
これを支えているのは《思考のメートル原器》に相当する
議論の《公理》(ごく少数の最も基本的な、既知の命題から成る一式で)、
つまりそれ自身、不生不滅の《イデア》に相当する。
現実に存在するあらゆる現象・存在は、
この不生不滅の《イデア》=《思考のメートル原器》=議論の《公理》の、
有限な(順序を加味した)異なる組み合わせによって表現出来る。
これ(あらゆる未知の現象・存在を、既知なる《議論の公理》、
〔その順序を加味した有限な〕異なる《組み合わせ》によって表現“し直す”こと)が、
『世界を理解する』という行為の意味になる
(と同時に、或る人間が幼児期に、神経症的な親や社会から、『こう在るべき』と無条件で強制された
〔実は不条理な〕因習を理詰めで問い直し、
その呪縛から自己と社会を解放する《〇〇〇〇〇〇療法》ともなっている。
これを集団的に行う思考潮流こそが啓蒙思想である。
これによって人類は、呪術祈祷〔=神話〕の世界を脱し、
絶対王政を打倒して〔法治主義と〕立憲主義の世界に進むことが出来たのだ。
2022/10/06(木) 21:50:03.130
こうした〔宇宙環境を数学的に記述する〕超越的理念と
〔個が持つ動物的情動を基礎とする〕人間心理との関係、及び相互メカニズムをフロイトが解明した)。
2022/10/06(木) 21:51:17.980
という仕組みによって(一神教、プラトン哲学を基礎とする)西欧文明は成り立っている。
だが日本にはこうした(思考上の)仕組みが無い。
それどころか、西欧文明の根幹たるプラトン、デカルトの哲学を否定しようとする。
正にこれは、思考や議論に《メートル原器》が存在せず、
未だに丈(じょう)、尺(しゃく)、寸(すん)、分(ぶ)、間(けん)、町(ちょう)、里(り)、
坪(つぼ)、畝(せ)、反(たん)、といった長さやひろさ、匁(もんめ)、貫(かん)
などの重さの単位をつかって他人と取引しようとしていると、全く同じ状態である。
これでは結果的に相手を騙し欺くことになり、まともな取引は成り立たない。
その《メートル原器》以前の状態に在る日本人が、
《メートル原器》を決める(ような西欧文明)なんておかしい!と、
思考や議論で未だ尺(しゃく)や匁(もんめ)を振り回している。
それで議論をする度に、その長さや重さが変わってしまい、相手が何を言おうとしているのか、
(過去に)自分が何を言っていたのかが自分自身分ですら分らなくなっている。
そして(時間的=世代的、空間的=地域所属的に)全てに辻褄が合わなくなっている。
それが今日、日本の政治(その大元を成す議論の)混乱を招いている根幹だろう。
2022/10/06(木) 21:52:44.100
宮下正美 著/解説 東京工業大学教授 理学博士 矢野健太郎「数のふしぎ・形のなぞ」
長さのもとをきめる

いいかげんなものさし
むかしは、どこの国でも、長さのもとがはっきりきまっていないので、
ものの売り買いに、いいあらそいがおこって、とてもこまっていました。
どこの国でも、まず、人間のからだをもとにして、長さをはかることが、ふつうのやりかたでした。
両手をいっぱいにひろげた長さを一ひろといったり、
足のつま先からかかとまでの長さを一フィートといったりして、長さのもとにしていましたが、
どうも、これでは、人によってちがうために、いいかげんなものとなります。
「ロープ(つな)を百ひろください。」と、買いにいっても、
手のみじかい店員にはかってもらったら、たいへんな損をしてしまうでしょう。
「このきれを二十フィートください。」「かしこまりました。」と、
買い手の見ているまえで、きちんとはかってわたしたのに、
お客さんが、家にかえって自分ではかってみたら、十六フィートしかなかったと、
店にねじこんでくることもざらにありました。
2022/10/06(木) 21:53:01.860
ところが、交通がべんりになり、国ぐにのとりひきがさかんになってくると、
かってにつくったものさしや、いいかげんなものさしでは、
めんどうなことがおこって、正しくとりひきができません。
「どこの国でも、安心してはかれる、正しいものさしを考えようではないか。」と、
いまから百七十年ほどまえ、ます、フランスの人たちがいいだしました。
2022/10/06(木) 21:54:46.080
福沢諭吉「文明論之概略」

>文明論とは、人の精神発達の議論なり。その趣意は、一人の精神発達を論ずるにあらず、
>天下衆人の発達を一体に集めて、その一体の発達を論ずるものなり。
>故に文明論、あるいはこれを衆人発達論というも可なり。

>都て事物を詮索するには、枝末を払いてその本源に遡り、止まるところの本位を求めざるべからず。
>かくの如くすれば、議論の箇条は次第に減じて、その本位は益々確実なるべし。

>故にこれらの利害得失を談ずるには、先ずそのためにする所を定め…
>その主とするところの本を定めざるべからず。
>古今の世論、多端にして互いに相齟齬するのも、その本を尋れば、初めに所見を異にして、
>その末に至り強いてその枝末を均うせんと欲するに由て然るものなり。
2022/10/06(木) 22:08:31.150
現代の心理学ではフロイトの理論はトンデモと考えられていると聞いたことがある。
しかし以下の書ではフロイトをそうは見ていない。革新的な見地を切り拓いたとみているのだ。
2022/10/06(木) 22:08:45.490
ジャン=フランソワ・ブラウンスタン他「グランゼコールの教科書」

フロイトの精神分析は、比較的軽い精神疾患である神経症の治療方法というだけではない。
それは人間の文化活動の解釈であり、さらには真の哲学でもある。
精神分析の科学的根拠についてはまだ検討の余地があるとしても、
フロイトが現代人の人間観を大きく変えたことは否定できない。
古代ギリシア悲劇の作品から名を借りたエディプス・コンプレックスは、
フロイトの最も注目すべき概念であり、
ある意味で、20世紀が自らを重ね合わせることのできる数少ない神話の一つだと言える。
性に関するフロイトの新しい見方は、たとえ間違っているとしても、
人間が性に向けるまなざしをすっかり変えてしまった。
2022/10/06(木) 22:09:11.850
第一次世界大戦によって悲観的な心情を強めたフロイトは、理論を修正し、
人間における破壊欲動の重要性に注目する。
そして、生の欲動であるエロスと死の欲動であるタナトスを対比させた。
1927年の『幻想の未来』で宗教に関心を向けたフロイトは、
1930年の『文化への不満』…では、
文化がなぜ「本能的欲動の放棄に立脚」し、抑圧的にならざるをえないのかを説明している。
ナチスの迫害を避けて1938年にロンドンへ渡った彼は、翌1939年にこの世を去った。

無意識の存在に気づいたことは、フロイトの第一に挙げるべき功績である。
フロイトは意識によっては把握できない無意識が、精神現象の大部分をなすと考える。
「無意識は心的構造そのものである」。
その後フロイトは、精神現象の最も原始的な領域で、「快楽原則」に支配されている「エス」と、
幼少期の両親のしつけが内在化されてできた領域である「超自我」という用語を用いるようになる。
相矛盾する「エス」と「超自我」の傾向を
現実世界に適応させようとす結果生じるのが「自我」にほかならない。
2022/10/06(木) 22:09:38.380
われわれが意識的にしているつもりの行為のなかには、無意識によって屈折するものがある。
無意識はそうしたものを通じて認識される。
しそこなってしまった行為、神経症、さらに夢は、そのように解釈できる。
神経症は「遮断された」ままになっている幼少期の心的外傷に原因がある。
会話を用いる精神分析の治療は、その動かない情動を心的構造から取り除こうとする。
「夢の解釈は無意識を知るための王道である」。
夢の「はっきりした」内容の背後に「潜在的な」内容がひそんでいるとフロイトは考えた。
フロイトによれば、どんな精神現象にも必ず原因がある。
それを彼は「心的決定論」の前提と呼んだ。
ガリレイとダーウィンは「人間の思い上がりに痛手を負わせた」革命的な思想家だった。
無意識を発見したフロイトは彼らを継承する思想家となる。
地球は世界の中心ではなくなり、人間は動物を超える存在ではなくなり、
フロイトによって、人間は自分の心の支配者ではなくなったのである。
2022/10/06(木) 22:10:15.390
>ガリレイとダーウィンは「人間の思い上がりに痛手を負わせた」革命的な思想家だった。
>無意識を発見したフロイトは彼らを継承する思想家となる。
>地球は世界の中心ではなくなり、人間は動物を超える存在ではなくなり、
>フロイトによって、人間は自分の心の支配者ではなくなったのである。
2022/10/06(木) 22:25:45.620
フロイト「モーセと一神教」
解題 歴史に向かい合うフロイト――モーセ論はなにゆえ(不)可能であったか 渡辺哲夫

フロイトのモーセ論を解読し始めるにあたって、
無視できぬ深い指摘を残しているのはルートヴィヒ・ビンスワンガ―だろう…
このスイスの碩学の言葉は実に鋭く問題の中枢を打っている。
2022/10/06(木) 22:26:00.660
さてわれわれがいまこの象徴
〔学問的認識の限界において必ず出現する白紙(タブラ・ラーサ)の意、渡辺注〕を現実として、
つまり人間の歴史の実際の始まりとして措定するとき、
われわれは、自然と歴史と神話との歴史的関係に関する非常に示唆にとんだ科学的逆転劇を体験します。
われわれが普通、人類史の最古期に神話を見出し、
祭祀と神話の伝承と伝記から脱皮して歴史がでてくるのを見てとり、
のちにこの歴史のなかで初めて自然に関する学問がつくられるのを見るのに対して、
いまや自然科学は方向を逆転して、
初めに自然科学的構築の産物たる自然人homo natura(ホモ・ナトゥーラ)の観念を措定し、
ついでこの自然人の「自然の発達」から歴史を考え、
さらにさきの自然と歴史とから、神話と宗教を「説明」しようとするのです。
ここでいま初めてわれわれは、自然人の理念を、そのまったき意味において見てとることができます。
つまりこの理念は、人間を、衝動と幻想のなかに嵌込めてしまいます。
つまりこれは衝動と幻想の力の緊張から、芸術と神話と宗教とを発生させようとするのです。
2022/10/06(木) 22:26:20.180
これはフロイトの八〇歳の誕生日になされた祝賀講演のなかの一部である。
その年の内に『人間学の光に照らしてみたフロイトの人間理解』と題されて専門誌上に文章化されたが、
全篇を支配するビンスワンガ―のフロイトに対する尊敬と信頼にもかかわらず、
この箇所だけが鋭利な刃物のごとく、師の言わば非常識な逆立ちを突いている。
歴史の根底にあるのは、自然人(原始人、新生児)でもエスでもなく、
神話を素朴実直に信じつつ生活していた「実存のひと」homo existencialisだ、
この歴史哲学的深浅を逆転してはならぬ、とビンスワンガ―はこの論文のなかで言っている。

体調不良のため講演会に出席できなかったフロイトは約五カ月後、
ビンスワンガ―に礼状を書き送っている。
2022/10/06(木) 22:26:41.640
「あなたの講演は私には嬉しい驚きでした。
それを聞き、私に知らせてくれた人びとは明らかになにも感じていませんでした。
彼らにはやはりそれはむつかしすぎたにちがいありません」…との書き出しである。
彼が、身近を取り巻くフロイディアンよりもビンスワンガ―を高く評価していることは明白だろう。
書状の続きは「科学的逆転劇」をさらに徹底させる決意の表明であり、
「われわれの話はすれ違いに終わるでしょう」との文章も見られるのだが、
肯定的驚きと否定的決意とが圧縮されているこの短い書状は、
八〇歳のフロイトがすでに約二年前からモーセ論に取り憑かれていた経緯を思うならば、
看過できぬ資料となりうる。
2022/10/06(木) 22:27:18.460
興味深く、また重要な書簡がある。
一九三四年九月三十日付のアルノルト・ツヴァイク宛のものである。その中の一箇所に

「新たな迫害に直面して人びとはまた、いかにしてユダヤ人は生まれたのか、
なにゆえにユダヤ人はこの死に絶えることのない憎悪を浴びたのか、と自問しております。
私はやがて、モーゼがユダヤ人をつくったという定式を得、
私の作品は「モーゼという男――― 一つの歴史小説 ―――」という表題がつけられました」
2022/10/06(木) 22:28:17.560
超越理念と人間心理との関係を解明したフロイトは《心理学のニュートン》である

フロイトはモーセと一神教の中で
何故一神教という超越的な理念が人類に必要とされ人々がそれを信じるようになったのかを
(その当時の、出来る限りの考古学的事実を集めて)推理した。
それは原人に遡るギャングとギャングの乱闘のような状況に始原を持つ。
己の肉体が追求する快感を最大化しようとするギャングのボス
(比喩的にはこのボスがモーセに当たる)が権力と支配領域の拡大を目指して殺し合いを続けていた。
支配下に於けるメスも食料も全てはボスの独占だった。
支配下のオスを苛烈に扱い、逆らう者は虐殺し、
或いは追放したボスは(或るとき)反逆者(フロイトによれば、その代表がキリストだ)によって殺された。
ボスを失った群れは(苛烈な支配の下の平和=)統率を失い、
ボスの跡目を狙う者らによる血みどろの殺し合いが続いて行く(正に、チトー無き後のユーゴのように)。
そしてその中から抜け目のない残虐な者がボスとして再び登場する。
この殺し合いとボス殺し、ボスの復活を、何千、何万年と繰り返すうちに、
(苛烈に自分らを弾圧した)ボスを倒した仲間同士の友情と、死守すべき《聖なる掟》が生まれて来た。
その掟が一神教として結実する。
2022/10/06(木) 22:29:08.010
つまり、ボスの肉体が求める快感だけが正しいとされる世界(それを自己正当化する似非論旨=神話)、
全てのメスや食料の独占、それに逆らう者は殺され追放されるという加虐、を批判する論拠、
且つ(集団が従うべき)規範として一神教=超越的理念が打ち出された。
一方、ボスが行う加虐によって支配下の者らにはBDNS
(=オレが創った造語:未だ言葉を上手く操れない、およそ〇〇〇〇の幼児期
〔これは人類史的に言えば原人時代に相当する〕に、
性的虐待などの心的外傷を受傷するとその人間にはナルシシズム障害、
或いは〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇障害の、何れか)が生ずる。ナルシシズム障害を持つ権力者と、
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇障害を持つ人民の組み合わせが専制政治(ファシズム=全体主義)を生み出す。
このBDNSによる(集団)神経症から立ち直るには、
言語によって自分が隠ぺいしている(死の)恐怖を(正しく自分自身に)説明することである
(何時どのようなタイミング、時系列で、誰と誰が何の動機を持ち何を目論んで仕かけて来たか)。
この(真理を追究する)説明によって、自分に恐怖を与えている者の不条理が見えて来る。
それが近代合理主義=デカルト哲学=プラトン哲学=啓蒙思想=立憲主義になっている。
2022/10/06(木) 22:30:02.520
それで人類は(原人や古代人に遡る)神話=呪術祈祷の世界を脱し、
絶対王政を倒して立憲主義の世界へと踏み出すことが出来た。
つまり(プラトン及びデカルトの)哲学は、
苛烈なボス支配がもたらすBDNS=神経症を逆手にとって利用する専制的
(=BDNS的構図)な支配体制から、立憲主義による支配体制へと移行する、
集団的な《〇〇〇〇〇〇療法》となっている。それを推進する知的活動こそが
(古代ギリシアの3学4科、それをルネサンスに復活させたロジャー・ベイコン、デカルトに遡る)
《リベラル・アーツ&サイエンス》になっている。ということを
(プラトンやデカルト、権威有る数学史、
フロイトの孫弟子に当たる〇〇〇〇の精神医学心理学者の書と併せて読むと、結局解ることは)、
フロイト「モーセと一神教」が構造化して説明しているのだ。
ここに、神経症の原因を解明する心理学と、
(その個人的というだけでなく、“集団的な”治療に対しても最強の効力を発揮する、
が故に政治理念の正しい建設にも効力を発揮せざるを得ない)数学的な超越理念
(=プラトン哲学=モーセの一神教)との深い関係が見えて来る。
2022/10/06(木) 22:30:23.030
この二つの一見、相容れぬように見える存在相互の関係を暴き、
(人類史が辿った経緯の意味を)構造化して説明した、ということを以って、
正に《フロイトは心理学のニュートンである》と確信を持って主張出来る
2022/10/06(木) 22:31:40.110
つまり、プラトン哲学、デカルト哲学が、
(日本で言えばポルトガルの鉄砲をコピーさせて敵対者を薙ぎ倒し、
自分の都合に合わせて天下統一した、典型的には信長のような)
専制的な主従関係という人間社会の在り方から立憲主義の法治社会へ進む切り札となっている。
つまり、(エジプトを経由したギリシアなど、古代に先端的な民族らが推し進め、
それがローマからヨーロッパに受け継がれた)人類の歴史とは、
専制的な主従関係が強いるBDNS(により発症した神経症)から脱して行くプロセスになっており、
その脱する方法論こそが超越的理念の追求
(モーセの一神教、プラトン哲学=近代合理主義=啓蒙思想=〇〇〇〇〇〇療法)になっている。
2022/10/06(木) 22:39:38.170
>全篇を支配するビンスワンガ―のフロイトに対する尊敬と信頼にもかかわらず、
>この箇所だけが鋭利な刃物のごとく、師の言わば非常識な逆立ちを突いている。
>歴史の根底にあるのは、自然人(原始人、新生児)でもエスでもなく、
>神話を素朴実直に信じつつ生活していた「実存のひと」homo existencialisだ、
>この歴史哲学的深浅を逆転してはならぬ、とビンスワンガ―はこの論文のなかで言っている。

>彼が、身近を取り巻くフロイディアンよりもビンスワンガ―を高く評価していることは明白だろう。
>書状の続きは「科学的逆転劇」をさらに徹底させる決意の表明であり、
>「われわれの話はすれ違いに終わるでしょう」との文章も見られる
2022/10/06(木) 22:40:08.460
『神話を素朴実直に信じ』ている者らの世界の歴史哲学的深浅を逆転させること、
この「科学的逆転劇」をさらに徹底させることこそが、
神経症的BDNSを利用したルイ王朝のような絶対王政、信長の恐怖支配の如き専制政治の世界を脱し、
近代合理主義と立憲主義で動く近代社会を創り出す。
2022/10/06(木) 22:50:48.660
(自分たちが推し進めて来た『近代化』がそういうものだからだろうが、
特に後発文明の人間が考える)『近代化』というと、機械を造って公害を出し、資本家と乞食を作り、
格差を拡大して…というようなことを思い浮かべる人間が多い。
それでその近代を考え出した奴は誰か?それは『デカルトだ』と。その先を辿れば『プラトンだ』と。
しかし、近代を創り出した思想、その当初の動機はそういうところには無い。
2022/10/26(水) 19:28:14.440
寒くなった?
2022/10/26(水) 19:28:34.270
記者が質問しないでパソコンのキーボードばかりを叩いている。
政治部記者が、或る派閥や官邸のスパイになって反対派閥の政治家に質問に行って、
それに答えた内容を戻って報告している。
ttps://www.youtube.com/watch?v=fmZzlcls4lY&t=6622s
○ The News ● 五輪利権の行方、検察とメディアを考える【若狭勝・望月衣塑子・尾形聡彦】
2022/10/11 にライブ配信
2022/10/26(水) 19:29:48.410
伏字にするのを忘れました。スパイ→ス〇イ
2022/10/26(水) 19:30:17.740
ttps://news.yahoo.co.jp/articles/5089493178cc31504832920fb76a392132447868
「マスコミの取材態勢は時代に逆行している」 
ジャーナリスト・外岡秀俊が語る「縦割り取材」の限界〈dot.〉
10/17(日) 9:00配信

日本は最先端技術の分野で「世界一」だと信じてきたが、
コロナ禍で蓋を開けてみれば、見えてきたのは「技術大国」のお寒い現状だった―――。
先ごろ上梓した『価値変容する世界』(朝日新聞出版)でこう指摘するのは、
ジャーナリストの外岡秀俊さんだ。
接触確認アプリ「COCOA」の不具合、手書きとFAXでの感染報告、
休校時のデジタル環境の未整備など、明らかになった「デジタル後進国」の惨状は、
それを正しく伝えてこなかったメディアにも大きな責任があると外岡さんは言う。
2022/10/26(水) 19:30:51.210
―――コロナ禍で日本のITの遅れが明らかになったと指摘されていますが、それはなぜでしょうか。

パンデミックは面積、人口、経済力の大小にかかわらず、世界同時に同じ条件で、
同じ課題をつきつけ、それにどう対応するかが横並びではっきりしました。
これまではほかの国と比較する機会、状況がなかったため、
われわれは気づくことができなかった

それにはメディアの責任も大きい。政府はこの20年以上ずっと
「ITを変えていく」ことを課題として掲げ…失敗してきました。
しかしメディアは政策が発表されるたびに「IT先進国になる」…と、
政策の青写真を流してきました。
そうすると読者、あるいは視聴者にしてみると、
「日本のIT技術はこんなに優れているんだ」としか、思えないです
2022/10/26(水) 19:31:36.330
―――なぜメディアは正しく伝えられなかったのでしょうか。

一つは、「決算主義」でなく、
「予算主義」があまりにも大きすぎたということ
各省庁は、予算をどう獲得するか、競ってバラ色の政策を打ち出す
メディアはその「売り込みトーク」をそのまま流していて、
その後、実際に予算がどう使われたのかを深く検証してこなかった。
こうした継続取材の弱さは、マスコミ全般にある傾向だと思います。

また、これまでの日本のメディアの
「縦割り取材」の限界がここにきて出てきたなという気がします。
メディアはそれぞれの持ち場の役所や記者クラブの視点でしかものを見てこなかった
それが全体像を見えにくくしている一つの原因ではないか
これはメディアの問題だけではなく、
日本の官僚主義、明治以来の「官治」の伝統を写し取っているメディアの姿です。
たとえば他社より先に情報を得て、
それを紙面や番組で大きく取り扱うことで会社の中で評価されたり、
役所の覚えがめでたかったりする。
つまり、取材源との距離をいかに縮めるかで切磋琢磨している。
それは読者、視聴者のニーズではなく、政策立案者のニーズにこたえているわけです。
2022/10/26(水) 19:31:59.510
―――現在のマスメディアの取材態勢について、どう考えますか。

SNS時代になりさまざまな人がいろいろな発信をするなかで、
マスコミだけが特定の取材源に頼った役所取材をしているのは、
時代にあわなくなっている

これまでメディアは「装置産業」で…印刷機や販売網が必要な新聞、
電波の発信装置やスタジオが必要なテレビやラジオだけが情報を独占し発信していましたが、
いまは誰もが発信、受信できる時代になり、
メディアにおける「装置産業」としての優位性が低下しました。
フルセットでいくというのは時代に逆行していると思います。
2022/10/26(水) 19:32:22.030
―――コロナについては、たとえば感染症の専門家などがSNSで自ら情報を発信していました。
そのなかで、メディアが果たすべき役割は何ですか。

SNS時代のメディアにとってもっとも重要なのは、
検証する力とともに、フォーラムを形成する力だと思います。
テレビのワイドショーでは、
公衆衛生や感染症の専門家が出演し、質問に答えるかたちをとっていました。
聞きたい問題を専門家にこたえてもらうという点ではとてもよかったし
需要があったと思いますが、それぞれの局で出てくる専門家が違い、おっしゃっていることも違う。
あの当時必要だったのは、立場の違う専門家に集まってもらって対論する、座談会をする、
そういうフォーラムをつくることだったと思います。

「知ってもらうべきだ」という発想ではダメですね。
アクセス数だけに指標を求めると、
本来のメディアの価値、メディアの役割がおろそかになってしまう。
2022/10/26(水) 19:32:42.530
―――マスメディアの記者やジャーナリストには、何を期待しますか。

私は10年前に朝日新聞を早期退職し、フリーになってはじめてわかったんですが、
以前は、本来「会社は」と語るべきところを無意識のうちに、
「マスコミは」とか「ジャーナリストは」という主語に置き換えていたことに気づきました。
だから「私は」という主語で語らないといけない。私はジャーナリストとして考える、
私はジャーナリストとしていま会社がこういう決定をしようとしているが
それには納得がいかないとか。
個人としての自覚が当時の自分にはすごく欠けていたなと、思います。
2022/10/26(水) 19:36:17.860
>「決算主義」でなく、「予算主義」があまりにも大きすぎ
>メディアはその「売り込みトーク」をそのまま流し…深く検証してこなかった。
>こうした継続取材の弱さは、マスコミ全般にある傾向だ

>これまでの日本のメディアの
>「縦割り取材」の限界がここにきて出てきたなという気がします。

>メディアはそれぞれの持ち場の役所や記者クラブの視点でしかものを見てこなかった
>それが全体像を見えにくくしている一つの原因ではないか

>これはメディアの問題だけではなく、
>日本の官僚主義、明治以来の「官治」の伝統を写し取っている

>SNS時代のメディアにとってもっとも重要なのは、
>検証する力とともに、フォーラムを形成する力だ
2022/10/26(水) 19:36:51.370
>これまでの日本のメディアの
>「縦割り取材」の限界がここにきて出てきたなという気がします。

>メディアはそれぞれの持ち場の役所や記者クラブの視点でしかものを見てこなかった
>それが全体像を見えにくくしている一つの原因ではないか
2022/10/26(水) 19:49:42.540
酒井啓子「あすを探る 外交 専門知を結ぶシステムを」
朝日新聞 2011年9月29日

9.11から10年。…9.11を振り返る記事は数多あるが、
その原因と予防策を論じた論考は、驚くほど少ない。
米政権の「対テロ戦争」が見当違いで…「それみたことか」的な批判はあっても、
その教訓を生かして今後どうすべきかという根源的な問いに、解を示せている…か。
筆者も含めて中東研究者は、
しばしば「なぜ戦争/テロ/政変が予想できなかったのか」との批難に曝される…
9.11も「アラブの春」も、発生を読めなかった「役立たず」として、叱られた。
研究者が物知らずなわけではない…
では情報と知識があったのに何故、大事件の発生を想定できなかったのか。

それは知の総合化の不在にある…
個別の分野では、研究者は正確に事態を把握していた。
問題は、こうした異なる兆候を総合的にどう判断するか…
研究者にも、専門分野を超えて総合的、学際的な分析を披露する人がいないわけではない。
2022/10/26(水) 19:50:19.290
だがダビンチ…のように、
専門と総合化の両方ができるマルチ…な研究者は、そういない。
逆に専門外に手を広げて分析の質を落としたり、
政策に阿ったりする専門家は、たくさんいる。

個人が専門家と総合的判断者を兼ねることが無理なのであれば、
システムでそれを行うしなかい。言ってみれば…総合病院的なシステム…
ある特定の事象について、
個々の専門家の知識を俯瞰して総合的判断を示すようなシステムが、
少なくとも社会科学にはない。
2022/10/26(水) 19:50:45.730
9.11の犯人たちの政治思想やそれを生んだ国際関係を政治学者が論じ、
社会的背景を社会学者が、犯罪に至る心理を心理学者が議論する…
そんな恒常的な学際的共同研究の場からこそ、
同様の問題の発生を防止する糸口が見つかる…
研究者が個々の専門知の多様性を活かし…同じ問題意識を共有し…
戦争や災害など生活を根幹から壊す事件に対処する。
そこで生まれた知は、広く社会の誰もが利用できる。
そんなシステムの重要性を再認識するために、
もう一度大惨事が必要にならないことを願う。
2022/10/26(水) 19:55:18.930
>そんなシステムの重要性を再認識するために、
>もう一度大惨事が必要にならないことを願う

残念ながらもう起こったよ、新型コロナで『PCR検査をすると医療崩壊する』というw
2022/10/26(水) 19:56:33.380
>個人が専門家と総合的判断者を兼ねることが無理なのであれば、
>システムでそれを行うしなかい。言ってみれば…総合病院的なシステム…
>ある特定の事象について、
>個々の専門家の知識を俯瞰して総合的判断を示すようなシステム
>9.11の犯人たちの政治思想やそれを生んだ国際関係を政治学者が論じ、
>社会的背景を社会学者が、犯罪に至る心理を心理学者が議論する…

まあ、そもそも日本は先進国じゃ無かったのかも…
2022/10/26(水) 19:56:54.030
ノーバート・ウイナー「サイバネティックス」

…ちょうどそれと同じような事情が生じている科学の或る研究部門がある。
そこでは純粋数学・統計学・電気工学・神経生理学の各方面からの研究が同時に行われ、
同じことにそれぞれの部門で別々の名前がつけられ、
重要な研究成果が三重にも四重にも別個にまとめあげられているかと思うと、
ある部門ではすでに古典とさえなっている結果が、
他の部門ではあまり知られずに研究が遅れているというような有様である。
科学のこういう境界領域こそ、有能な研究者に最もみのり豊かな好機を与える…
同時に、こういう領域は、集団攻撃と分業という、
一般に使われている研究方法だけではどうにもならない…

もし或る生物学の問題の行きづまりが、本来、数学的なものであるとすれば、
数学を知らない生理学者が10人かかったところで…それ以上の進展は望めない。
また数学を知らない生理学者が、生理学を知らない数学者と協力したとしても、
前者は後者が取り扱えるように問題をいい表すことができず、
後者は前者が理解できるような形で解答を示すことができない…
2022/10/26(水) 19:57:50.750
ローゼンブリュート博士は日ごろ、科学の世界におけるこれらの空白地帯の探求は、
一つの世界の専門家でありながら同時に
隣の部門にも透徹した理解のある科学者たちのチームによって初めて成功すると主張した。
すなわち、全員が、共同研究に参加し…たがいに他の人の考え方の習慣を知り、
同僚が新しい提案をするときには…その意義をくみとることのできる…科学者のチームである。
数学者が、生理学の実験をやりとげる腕前をもち合わす必要はないが、
それを理解…批判し…示唆し得る能力をもたなければならない。
生理学者は数学の定理を証明できなくてもよいが、その生理学上の意義を把握し、
数学者に考えてほしい問題を話せるようでなければならない。
2022/10/26(水) 19:59:08.630
上意下達のセクショナリズムでは
『全体にとって何が正しいのか』という《真理》を見極めることは出来ない。
だから福沢諭吉は封建制度を支えていた江戸時代の腐った(日本的な)儒教=腐儒を捨て、
西欧思想=近代合理主義、啓蒙思想、自由平等博愛の精神を『学べ』と言った。
それを説明し伝達するために「学問のすゝめ」を書いたのだろう。
決して単に立身出世を勧めたわけではない、と考える。
2022/10/26(水) 20:03:51.800
ttp://bizmakoto.jp/makoto/articles/1204/19/news020.html
2012年04月19日 06時55分
「日本は三流の国」と言われた――マイケル・ウッドフォード氏インタビュー

2週間ほど前、ワシントンD.C.である米国の機関投資家の業界団体の総会に出席して講演しました。
それはカルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)のように数兆円も動かす機関投資家が集まる、
非常に影響力のある業界団体なんですね。
その時、ある大きな機関投資家の代表者がやってきて、
「やっぱり日本は三流の国ですよね」と言いました。
私は「はい」とは言わなかったのですが、答えに非常に困りました。
そう思われても無理はない面が多いからです。
2022/10/26(水) 20:09:04.220
ttp://news.livedoor.com/article/detail/6108272/
この国は会社も政府も腐っている
2011年12月11日

○○〇〇〇の不正を調べていた第三者委員会の調査報告書を読むと、
日本を代表する企業がいかに腐っていたかがよくわかる…
第三者委員会はチェック機能がきかなかった役員会を「サラリーマン根性の集大成」と断罪…
これが日本の企業風土…○○〇〇〇みたいな企業はゾロゾロある
秘密を共有した“共犯者たち”がずっとおいしい思いをしてきた…
これは○○〇〇〇だけの話ではない…どこもかしこも似たようなもの…
この国には法律もなく倫理もない…経済一流どころか、旧態依然のムラ組織。
2022/10/26(水) 20:09:22.430
ttps://www.youtube.com/watch?v=fmZzlcls4lY&t=2792s
○ The News ● 五輪利権の行方、検察とメディアを考える
【若狭勝・望月衣塑子・尾形聡彦】2022.10
2022/10/26(水) 20:10:54.730
.
太平洋戦争の惨敗も、福島第一原発の破裂事故も、こうした体質の延長線上に存在する。
2022/10/26(水) 20:18:56.070
んじゃないのかな?
2022/10/26(水) 23:56:39.520
>私は旧ソ連地域をフィールドに地域研究、国際関係を研究してきた。
>そして研究の出発点は、旧ソ連の紛争を解決するための研究を行いたいという気持ちだった。
>そして、アルメニアとのナゴルノ・カラバフ紛争を抱えていたアゼルバイジャンに留学もした。
>旧ソ連の紛争を紐解くにはロシアの行動が重要だということから、
>旧ソ連の小国からロシアの外交政策を検討してきた。
>これらの研究成果に基づけば、ロシアがウクライナに侵攻するはずはなかった。

>紛争勃発前夜まで、私は「侵攻はない」と自信を持って主張していたのだ。
>しかし、侵攻は起きてしまった。

>その時、「私が知っている」ロシアは消滅し、私が構築してきた議論も崩壊した。
>自分の長年の研究は何だったのだろうか、
>そして人間は戦争を防げないのか、という絶望的な気持ちに苛まれた。
>だが、この戦争勃発で、茫然自失となっている社会科学研究者は少なくないらしい。
2022/10/26(水) 23:57:20.190
ttps://twitter.com/kakuyokusyugi/status/1513543170247696385
kakuyokusyugi@kakuyokusyugi
午前0:43 ・ 2022年4月12日

〇〇〇〇氏はブログで反省の弁を述べていたようだ。
研究してきた露国の分析は間違っていて、構築してきた議論も崩壊した。
自分の長年の研究は何だったのだろうかと。
ttps://sfc.keio.ac.jp/deans_diary/
016182.html?fbclid=IwAR14wlRxeuFZ2eycdlqIbx4dySSyv0Dep7YT1MvFfqKWl4m_ELXXO4Z7vjA

彼女が間違った理由は、研究の中に米国の存在がない事だと思う。
そもそも世界中すべての国の外交政策は、ホワイトハウスの大戦略から出発している。
彼女は露国周辺の小国をみることで露国外交を分析してたようだが、ベクトルは逆で、
先に米国の戦略があって、そのカウンターとしての露国の戦略がある
だから、米国の大戦略の動きを理解したうえで、露国や露周辺諸国の動きを見ないと、
ただ事件を並べただけの浅い理解しかできなくなる。
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)
2022/10/26(水) 23:58:40.320
今後の教訓としてあえて書き込みをさせて頂きました。
2022/10/27(木) 00:13:41.330
正直に自分のお気持ちを表明されることは立派であると考えます。
2022/11/20(日) 17:01:29.670
暖かい?
2022/11/20(日) 17:34:48.720
変われるか、東大 改革目指し、教養学部の若手教員ら分析
「点数主義」教育内容ほぼ全否定 朝日新聞2013年6月21日

東京大が2015年度末までに4学期制を導入する方針を固めた。
ただ、これはグローバル化対応への施策の一つに過ぎず、改革の本丸は教育内容の見直しだ…
東大で何が問題になっているのか。
教養学部の内部委員会が3月に作成した報告書に、生成しく記されていた。

「個としての主体性を発揮しようとしない」
「自分の関心より、高得点が望める授業の履修を優先させる傾向がある」
「批判的思考、国際感覚に乏しく、英語力が低い」 
2022/11/20(日) 17:35:30.780
報告書には、東大生についての厳しい評価が並ぶ。
その原因は「本学がつくっている」とし、「学部教育としては不十分」と断じている。
教養学部長の諮問を受け、同学部の若手教員ら16人でつくる内部委員会がまとめた。
特に問題視するのが、東大独自の「進学振り分け」制度のあり方だ…
進学先は成績の平均点などで決まるため、
東大生は点数本位になり、受けたい授業より「成績の評価が甘い」授業を優先している…

実際、文科3類2年のある男子学生…は…
「今の仕組みだと、学びたいものを犠牲にしても点数を優先してしまう。本当におかしい」と話す。

報告書は、卒業に必要な単位数が多すぎるとも指摘する…
大学設置基準では…124単位を取れば卒業できるとされるが、
東大は150単位以上を求める学部が多い。
そのため、授業への出席に追われて自分から勉強する余裕がない…
報告書は、他にも問題点を列挙。東大の教育をほぼ全否定するような内容だ。
2022/11/20(日) 17:36:05.700
ある教員は「教員は本当はもっと熱心に教えたい。学生だってもっとじっくり学びたいはず。
でも、今は学問のつまみ食いになっている」と嘆く。
3月の内部委員会の報告書は…まず、学生がしっかりと学ぶ環境を整えること。
少人数教育の必要性や、聴くことが主体の講義から、
集団討論などを含む学生参加型の授業への転換など、
より深く、じっくり学べる仕組みが必要だとした。
積極的に学ぶ姿勢を育むため、卒業に必要な単位数と必修の授業を減らすことや…
学生の能力と興味・関心を最大限尊重した多様な授業選びができる仕組みづくりも訴えている…
これらは東大本部に提出され、検討会議はこれらを踏まえて今回の答申をまとめた。
2022/11/20(日) 17:36:31.250
東大幹部の一人は「ここまで東大の教育の問題点を分析したものは、かつてなかった。
学生の成長に徹底して力を入れる米国の大学などに…立ち遅れてはいるが、
総合的に改革したいと思っている」。 
浜田純一総長も…
「教育内容、方法を徹底的に改革してみようということで動いている。
東大は、研究ではなく教育で優れている大学だと評価されるように持って生きたい」と話した。
ただ、改革実現への道のりは険しい…学内でも改革を求める声は大きくなってきている。
2022/11/20(日) 17:36:47.000
>厳しい評価が並ぶ。
>その原因は「本学がつくっている」とし、「学部教育としては不十分」と断じている。
>今の仕組みだと、学びたいものを犠牲にしても点数を優先してしまう。本当におかしい」と話す。
>報告書は、卒業に必要な単位数が多すぎるとも指摘する
>授業への出席に追われて自分から勉強する余裕がない…
>報告書は、他にも問題点を列挙。東大の教育をほぼ全否定するような内容だ
>ある教員は「…今は学問のつまみ食いになっている」と嘆く

>東大幹部の一人は「ここまで東大の教育の問題点を分析したものは、かつてなかった。
>浜田純一総長も…
>東大は、研究ではなく教育で優れている大学だと評価されるように持って生きたい」と話した
2022/11/20(日) 17:37:39.110
.
しかしこれは、我々無能の庶民にとっては雲の上の話でございます。
2022/11/20(日) 17:38:31.830
藤垣裕子、柳川範之「〇〇教授が考えるあたらしい教養」

〇〇大学が新たに後期教養教育科目を設けるにあたって、議論を開始したのは2013年のことです。
筆者(〇〇)は座長として議論をとりまとめる役割を担っていました。
その中で筆者の頭にあったのは、原発事故によって露呈した「日本の教養のなさ」です。
2022/11/20(日) 17:38:57.550
東日本大震災の際に福島第一原子力発電所で起きた事故に関しては、
複数の海外の研究者から
「科学技術立国をうたっていた日本で、なぜあのような事故が起きたのか」
という問いを突きつけられました。
福島第一原発は1960年代に設計されたもので、営業運転を開始したのは1971年です。
事故が起きるまでには40年の時間が過ぎていました。
この間、地震や津波に関する研究が進む中…研究者はその危険性を繰り返し指摘していました…
しかし、こうした研究の成果が生かされることはなく、あの重大な事故が起きてしまったのです。
この背景には、日本では地震、津波、原子力などの各分野では
最先端の研究が行われていたにもかかわらず、分野をまたいだ連携ができておらず、
最先端の研究の間をつなぐ「知の回路」がないという問題があったのです…
いくらそれぞれの分野でトップクラスの研究を行っていても、
その間をつなぐ知の回路を持ち、それを行政に生かし、
国や国土を守ることができないのであれば、それは何のためにある学問なのかという反省です…
2022/11/20(日) 17:39:47.450
もう一つ、原発事故後に福島県が実施している県民健康調査に関して提起された問題もありました…
IAEAでは、福島において医師と住民のコミュニケーションに問題が起きていると考え、
その解決のために関係者をウィーンに集めて会合を開こうとしていました。
そこで呼ばれたのが、
福島県立医科大学、長崎大学、…放射線医学総合研究所の研究者、
そして筆者でした。

IAEAでこの問題を担当していたチェム…部長は、
ウィーンに集まった日本人医師たちと面識があり、
彼らが熱意をもって原発事故後の医療に取り組んでいることを理解していました…
2022/11/20(日) 17:40:22.960
そのうえで、部長は筆者に
「これはもしかしたら医学教育に問題があるかもしれませんね」と言いました…
その部長はカンボジア出身で、政変から逃れてフランスに渡り、
フランスで医学を学んだという経歴を持つ医師でした。
彼は一例として、フランスの医学教育では医学だけでなく、
ミシェル・フーコーの思想についても学ぶのだと話してくれました。
ミシェル・フーコーは、権力というものがどのようにして発生するか、
あるいはどのように日常生活に埋め込まれているかを深く考察した哲学者です。
フランスで医学を学ぶ学生がフーコーの思想を学ぶ理由は、
おそらく、医師というある意味で権力を持つ立場を相対化し、
ときにはその権力を壊す必要があると認識することにあるのではなかと思います。

これらの疑問に答えるなら、
「分野」と「分野」の間のコミュニケーションが下手であること、
研究者と行政の間のコミュニケーションもふくめて
多様な知の結集が苦手であることが大きな原因でしょう…
2022/11/20(日) 17:40:59.320
原発事故は日本社会に大きな課題を突きつけましたが…
現代社会には一つの専門分野の知識だけでは対処できない問題が山積しています。
分野を越えた知識の連携が必要とされる場面において、
相互につながり合う力を持つことが求められているのです…
「物知り」になることと、課題解決力を身につけることは根本的に目指す方向が異なるのです。
まして、日本の教育で長く行われてきたように、哲学者の名前や著作名、
有名なフレーズを覚えるといった勉強にはほとんど意味を見出せませんし、
それを引き合いに出して気の利いたコメントをすることが教養だとはいえません。
つまり、フーコーが指摘した権力に関する洞察を、自らの持つ権力や、
自分の目の前にある権力に対して応用し、考えることです。
知識をいかに増やすかではなく、知識をいかに有機的に結びつけるか
――その力こそ、現代社会で求められている「教養」なのです。
2022/11/20(日) 17:45:24.170
>筆者の頭にあったのは、原発事故によって露呈した「日本の教養のなさ」です。

>しかし、こうした研究の成果が生かされることはなく、あの重大な事故が起きてしまったのです。
>この背景には、日本では地震、津波、原子力などの各分野では
>最先端の研究が行われていたにもかかわらず、分野をまたいだ連携ができておらず、
>最先端の研究の間をつなぐ「知の回路」がないという問題があった

>いくらそれぞれの分野でトップクラスの研究を行っていても、
>その間をつなぐ知の回路を持ち、それを行政に生かし、
>国や国土を守ることができないのであれば、それは何のためにある学問なのか
2022/11/20(日) 17:45:46.370
>現代社会には一つの専門分野の知識だけでは対処できない問題が山積しています。
>分野を越えた知識の連携が必要とされる場面において、
>相互につながり合う力を持つことが求められている
>「物知り」になることと、課題解決力を身につけることは根本的に目指す方向が異なる
>日本の教育で長く行われてきた…といった勉強にはほとんど意味を見出せません
>知識をいかに増やすかではなく、知識をいかに有機的に結びつけるか
>その力こそ、現代社会で求められている…のです
2022/11/20(日) 17:49:05.110
>筆者も含めて中東研究者は、
>しばしば「なぜ戦争/テロ/政変が予想できなかったのか」との批難に曝される…
>9.11も「アラブの春」も、発生を読めなかった「役立たず」として、叱られた。
>研究者が物知らずなわけではない…
>では情報と知識があったのに何故、大事件の発生を想定できなかったのか。

>それは知の総合化の不在にある…
>個別の分野では、研究者は正確に事態を把握していた。
>問題は、こうした異なる兆候を総合的にどう判断するか…
>研究者にも、専門分野を超えて総合的、学際的な分析を披露する人がいないわけではない。
2022/11/20(日) 17:49:35.100
>個人が専門家と総合的判断者を兼ねることが無理なのであれば、
>システムでそれを行うしなかい。言ってみれば…総合病院的なシステム…
>ある特定の事象について、
>個々の専門家の知識を俯瞰して総合的判断を示すようなシステムムが、
>少なくとも社会科学にはない。

>9.11の犯人たちの政治思想やそれを生んだ国際関係を政治学者が論じ、
>社会的背景を社会学者が、犯罪に至る心理を心理学者が議論する…
>そんな恒常的な学際的共同研究の場からこそ、
>同様の問題の発生を防止する糸口が見つかる…
>研究者が個々の専門知の多様性を活かし…同じ問題意識を共有し…
>戦争や災害など生活を根幹から壊す事件に対処する。
>そこで生まれた知は、広く社会の誰もが利用できる
2022/11/20(日) 17:58:22.500
>もし或る生物学の問題の行きづまりが、本来、数学的なものであるとすれば、
>数学を知らない生理学者が10人かかったところで…それ以上の進展は望めない。
>また数学を知らない生理学者が、生理学を知らない数学者と協力したとしても、
>前者は後者が取り扱えるように問題をいい表すことができず、
>後者は前者が理解できるような形で解答を示すことができない…

>ローゼンブリュート博士は日ごろ、科学の世界におけるこれらの空白地帯の探求は、
>一つの世界の専門家でありながら同時に
>隣の部門にも透徹した理解のある科学者たちのチームによって初めて成功すると主張した。
2022/11/20(日) 17:58:52.880
.
風通しが良くないとな…
2022/11/20(日) 17:59:29.900
ttp://bizmakoto.jp/makoto/articles/1204/19/news020.html
2012年04月19日 06時55分
「日本は三流の国」と言われた――マイケル・ウッドフォード氏インタビュー

20億ドルの不正を告発した私に対して、
「支持する」という声を国内の大株主はあげていません。
旧経営陣への批判の声も一度もあげていません
2週間ほど前、ワシントンD.C.で
ある米国の機関投資家の業界団体の総会に出席して講演しました。
それはカルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)のように
数兆円も動かす機関投資家が集まる、非常に影響力のある業界団体なんですね。
その時、ある大きな機関投資家の代表者がやってきて、
「やっぱり日本は三流の国ですよね」と言いました。
2022/11/20(日) 17:59:55.120
私は「はい」とは言わなかったのですが、答えに非常に困りました。
そう思われても無理はない面が多いからです。
〇〇〇〇〇の経営陣自らが設定した第三者委員会では報告書で総退陣を求めており、
かつ〇〇〇〇〇の(〇〇〇〇)社長がその報告書の提言を受け入れると言っていました。
しかし、もし時事通信の報道が正しいとすれば、
少なくとも(旧経営陣のうちの)2人が執行役員として残ることになりそうです。
そして、疑惑のある〇〇〇〇氏が財務本部長に起用される、
というちょっと不思議な国なのです。
外から見て、「これは三流の国だな」と思っても無理はないですよね。
2022/11/20(日) 18:01:31.250
「出る杭」を認めろ。目を覚ませ、ジャパン!
マイケル・ウッドフォード・元オリンパスCEOインタビュー
大竹剛 2012年10月15日

日本はいくつかの点で、ほとんど共産主義のようだ。
日本企業を見ていると、〇〇〇の状況を思い出させる。
変革は社会の内側から起きなければならない。日本には革命が必要だ。
革命は、一般的に物事が悪くなったときに起きるものだ。
今、東京を歩いても危機感を感じない。
しかし、どうやって国内総生産(GDP)の200%以上もの負債を返済していくのか。
現在の日本は、集団自殺に向かってゆっくりと進んでいるように見える。
私は、“フクシマ”が変化のきっかけになるかもしれないと期待をした。
国民の怒りが、日本の社会に変革を起こすと思った。
しかし、過去1年、変化はほとんど起きていない。
「目覚めよ、ジャパン」。私はそう言いたい。
今の日本はほとんど夢遊病状態だ。
2022/11/20(日) 18:02:16.540
ttps://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200102-00000048-jij-eurp
オリンパス元社長「日本の裁判、不公正」=ゴーン被告を擁護
2020/01/03 09:03 【ロンドン時事】

オリンパスの粉飾決算を告発した元社長のマイケル・ウッドフォード氏は、
日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告が日本から逃亡したことを擁護した。
同時に「公正な裁判を受けられない」と、日本の司法制度を痛烈に批判した。
2日付の英紙タイムズが報じた。
2022/11/20(日) 18:05:23.860
すいません。伏字にするのを忘れました。オリンパス→〇〇〇〇〇
2022/11/20(日) 18:07:34.300
あいつに協力したら俺たちが不利になる、と思っている社会で有益な共同作業は無い。
2022/11/20(日) 18:14:12.570
恐怖に駆られた者らが他人の上に出ようと競って舶来品=西欧近代
(が生んだ精神性を学ばずに結論=《手本》だけ)を学んだ結果、社会が破滅

この世に於ける完全性・無矛盾性は、宇宙という存在によって体現されている。
それで、人間の思考は様々な制約によってそのままでは不完全であり、
何らかの統制をかけることによって宇宙の完全性・無矛盾性を理解出来るとする。
その発想が、プラトンの著作「ティマイオス」及び「国家」に見られる。
人類を含む万物は宇宙に包含されており、そこから出られずそこでしか生きられない。
だからその宇宙を理解しようという。
この発想が、神によって創造された宇宙を知る、一神教とギリシアの哲学につながっている。
2022/11/20(日) 18:15:05.360
ttps://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1396898238/145-146
プラトン全集12 『ティマイオス』『クリティアス』岩波書店
『ティマイオス』解説 種山恭子

>逆に言うと、人間の「理性」と同質の、
>しかしもっと純粋で…もっと強大な「宇宙の魂」が万有を動かしているのだ。
>われわれは先に、『国家』では、個々の人間の構造と、国家全体の構造がパラレルに置かれて、
>どちらにおいても理性の種族が主導権を握る“べき”だと言った。
>本編では、人間の構造が、宇宙全体の構造とパラレルに置かれており、
>しかも、宇宙においては、“じっさいに”、理性を宿す宇宙の魂…がすべてを動かしているのである。
>「天にある理性の循環運動」は、われわれの「思考の回転運動」を矯正するモデルとなるものなのである…
>われわれの理性と同質の、もっと純粋で強力な知的存在が宇宙全体を支配しているという点は、
>…まさにそうした…この宇宙論全体の、大前提をなしているものなのだ

>『国家』では、個々の人間の構造と、国家全体の構造がパラレルに置かれ
>どちらにおいても理性の種族が主導権を握る“べき”だと言った
>本編では、人間の構造が、宇宙全体の構造とパラレルに置かれており
>宇宙においては、“じっさいに”、理性を宿す宇宙の魂…がすべてを動かしている
>「天にある理性の循環運動」は、われわれの「思考の回転運動」を矯正するモデルとなる
2022/11/20(日) 18:16:40.040
日本とは、近代合理主義、啓蒙主義、共和主義、立憲主義的な先進外国から
(予め『こうすれば正しく動作する』と検証済みの)、完成品=《手本》を輸入する者が、
遅れた自国で立身出世して専制的な封建体制を維持して成り立つような文明である。
つまり日本的な近代化=発展とは、近代合理主義、啓蒙主義、共和主義、
立憲主義的な《価値観》と《規律=手続き》が定義された空間から、
専制(=BDNSという精神病理から来るファシズム、全体主義)
的なそれが定義された空間への《写像》になっている。
2022/11/20(日) 18:17:13.920
前者の世界では社会の中に何かの不全(矛盾・不条理)が存在し、
組織全体がその本来の持てる能力を十全に発揮できず、上手く機能していないと感じられるとき、
何者かがその不全自体を社会に向かって明示する。
また、原因を調査分析し不全(矛盾・不条理)の解消案(アイデア)を提示する。
問題を誰もが理解可能な形で表現し、それは世代や地域を超えて受けつがれ、
或るときそれを別の人間が解決する。こうして問題の発見と解決が繰り返されて行く、
ことによってその社会の中から不全(矛盾・不条理)が取り除かれて
組織全体がその本来の持てる能力を発揮できるよう、方向づけられて行く。
それが西欧近代合理主義の持つ機能であり意義だろう。
これはそもそも矛盾と不条理に満ちた人間社会の在り方=構造を、
(非ユークリッド幾何学や、ゲーデル不完全性定理の発見以前まで)
完全且つ無矛盾と考えられていたユークリッド幾何学
(それは宇宙空間を数学的に表現可能な形式の、最初の雛形であった。
そ)の構造に向けて収束させて行こうとするプロセスであった
2022/11/20(日) 18:19:13.040
日本の近代化は、そのような世界から(問題の発見とその解決策の)《結論》を輸入し、
遅れたままの土着世界を睥睨する圧倒的な
(その地位を表すシンボルなり単語〔が示す組織、その構成員〕を見れば
“無条件で”ひれ伏すような社会的公認の)権威に立ち、
自分の思い通りに支配することである

(つまり西欧の幾何学的・合理的世界から輸入した存在
〔それを学んだ人物や学問・手法自体〕が、
無条件の権威を得てその他は只それに従うという呪術的世界のそれにすり替わっている。

偶像崇拝を禁じて成り立つ幾何学的合理性の世界から、
権威や地位を無条件で信じるアニミズムの世界への《写像》

=明治に始まる日本の近代化=テクノロジー・カルト、

これこそが『原発は絶対に安全だ!』で破裂した福島第一原発事故の原因だろう)
2022/11/20(日) 18:19:58.730
(そうした構造が、
オオカミのような動物の群れ社会を文化的に昇華した親分子分の階層構造であり、
母子関係を基にした一種の拡大家族であった。
これは一組の親分子分関係を《鎖状》に連結した階層構造で、
これによって上意下達の命令を下まで伝播させるようになっている。
つまり、一番上の親分〔=天皇なり将軍〕の主観的な《思い込み》を、
末端まで強制する仕組みであり、これが一つの巨大な塊として忖度の、
〔恐怖政治に裏打ちされた〕空気による拘束=BDNSを作り出す。
2022/11/20(日) 18:20:53.410
西欧近代合理主義と啓蒙思想はこうした空気による拘束が持つ矛盾と不条理を、
数学的な証明行為を通じて暴露して、その拘束を合理的な判断根拠に置き換えようとする)。
矛盾や不条理を作り出している存在は歪んだ(精神性による)支配=BDNSであり、
西欧世界ではモーセの一神教、
近代合理主義(啓蒙思想)=ユークリッド幾何学「原論」で用いられる証明の様式を手本とし、
歪みや不条理を矯正して行く精神的プロセスを持っており、
それが西欧文明の『歴史』を形成している

(これが福沢諭吉「文明論之概略」が言う、
《文明論とは、人の精神発達の議論なり。その趣意は、一人の精神発達を論ずるにあらず、
天下衆人の発達を一体に集めて、その一体の発達を論ずるものなり。
故に文明論、あるいはこれを衆人発達論というも可なり》であり、
フランシス・フクヤマが言う「歴史」の意味だろう)。
2022/11/20(日) 18:21:48.330
にも拘わらず、日本側では日本人同士の決着のつかない泥仕合
(=例えば応仁の乱、以後)に西欧側で造られた《手本》
(例えばポルトガルの鉄砲、幕末ならアームストロング砲)を使い、
或る特定の者(例えば信長、秀吉、家康)が持つ(独特の恐怖感覚が生み出すBDNS=)
矛盾と不条理世界に支配下の人間を閉じ込めるような構図に(その歴史が)なっている。
つまり、(西欧の歴史が矛盾と不条理から脱却するプロセスなのに対し、日本のそれは)
或る矛盾と不条理を強制する世界から別の矛盾と不条理を強制する世界に移っただけなのだ。

これが《モーセ型国家》に対する《信長型国家》が持つ特徴であり、
明治の近代化も、正に応仁の乱後に
ポルトガルの鉄砲を輸入して実現した《信長型国家》の反復になっている。
それで近代日本は(権力側が叫ぶ)『鬼畜米英』や『原発は絶対安全だ』の世界
(北村透谷が言う『我牢獄』)に閉じ込められてしまい、
破綻に向かってまっしぐらに進むことになったのだ。
2022/11/20(日) 18:22:11.280
結局、(より良い状態を目指し、維持して持続的に生き残るためには)
『何が全体にとって正しいのか』を問わず、
『何が支配者にとって都合が良いか』
だけを考えて上意下達の階層構造を守り抜こうとするために、
常に生成流転消滅している、変化する外部環境・内部状態(人口動態など)から
その階層構造が乖離して最後に破綻する。階層(=支配)構造を守ろうと、
(暴力に裏づけられた)“日本的な”《法》によって支配側への批判や盾突く者を排除して、
一時的に構造は守れても、階層構造の外部環境・内部状態との乖離とその進展は止められない。
むしろ加速する。こうして階層構造は、最終的に外部環境からの圧力によって崩壊する。
これは、後発文明に於ける哲学無き《法》社会という問題を提起する。
2022/11/20(日) 18:22:36.630
日本の学者や知識人は、進んだ西欧から
“予め”『こうすれば正しく動作する』と検証済みの完成品=《手本》を輸入しながら、
それを生み出した西欧的な価値観(近代合理主義や啓蒙思想、立憲主義)を誹謗し、
貶めることで自分らに有利な専制政治(幕藩体制や天皇制によるそれ)を正当化しようとして来た。
それがために、守旧が壊れ西欧を真似た初期には専制的な階層構造が決まってしまい、
後は只、その階層構造を守るために各自が動いて行き、
守旧の矛盾・不条理は別の不条理・矛盾に代わっただけで、
しかし世界は常に生成流転消滅しており
外部環境と内部の(新たな別の矛盾・不条理を抱え込んだ)階層構造
(が当初に前提し、適応しようとした元の環境)との間に徐々に乖離が生じ、
その乖離は段々と大きくなって、
遂に階層構造は外部の環境圧力に耐えきれず崩壊することになる。
それが(クリミア戦争で英仏とロシアが対立し、初の世界戦争で極東の日本に達し、
ユーラシアへの橋頭保を築こうと
ペリーが開国を迫ったところで守旧の幕府が崩れて行った)
幕末だろう。
2022/11/20(日) 18:37:42.860
これを見たとき、かなり衝撃を受けたことを思い出す。
ttp://www.videonews.com/
祝1000回記念 ようやく見えてきたコロナの正体
児玉龍彦氏(東京大学先端科学技術研究センター名誉教授)
マル激トーク・オン・ディマンド 第1000回(2020年6月6日)
2022/11/20(日) 18:38:08.930
児玉龍彦先生《要約》

新型コロナが流行り出したとき、
文科省の命令で大学の教員や研究者は大学に立ち入れなくなった。
つまり研究が出来ない。それで文科省と押し問答をした。
新型コロナのような全く新しい研究をする際には倫理委員会を通過しないといけない。
ところが倫理委員会は単なるペーパーワークで、ペーパーさえ整っていれば、
現実に感染が広がったり、人が死んでも問題視しない。議題に上がらない。
それを変えさせるのにもの凄く苦労する。という倫理委員会の無倫理という問題が有る。

調査をする際に住民台帳から無作為に抽出するというが、
それをネットでやろうとすると応募者にバイアスがかかる。
もう無作為抽出とは言えない。
誰が責任者で誰がデータの精度を確保するのか、責任者が見えない。
しかし予算が付いて下請けや団体にカネだけが出て行く。
結局、公共事業になっていて、効果的な感染症の対策になっていない。
行政側がこれを決めて専門家がその下請けをして、
行政が失敗すると今度はそれを隠すのが仕事になって行く。
2022/11/20(日) 18:39:35.160
私は国家プロジェクトのリーダーや内閣府の研究員をずっとやってよく知っているが、
日本の役人は皆、日本が財政破綻していることを良く知っている。
だから今の日本の役所は破綻企業の財務、総務部みたいな感じになっている。
役人に、諦めやニヒリズムがある。
倒産企業で自分が在籍している間、もてば良いという。
どう、日本を立て直すかを、もう一度根本から考えないともっと酷くなる。

日本の将来に希望を持てない人間が官僚、役人をやっているという不幸が有る。
優秀な人ほど逃げて行く。今の日本は江戸時代末期の幕末のようになっている。
2022/11/20(日) 18:46:14.040
雑誌「選択」2009年09月号
巻頭インタビュー 日本人に政治「劣化」への危機感がない

――なぜ日本の政治は、ここまで劣化してしまったのでしょうか?

イェスパー・コール:
政治が場当たり的になってしまった。
選挙に勝つことばかりで、誰も理想や国家ビジョンを示さない。
自民党の政治は、
家柄のよい二世三世たちがエスカレーター式に出世する、ワンパターンの「お坊ちゃん政治」。
誰ひとり、オバマのような魅力はない。国民は毎日、自己責任を果たしている。でも政治はどうか? 
2022/11/20(日) 18:46:59.380
――かつて責任政治はあった?

イェスパー:
中曽根さんとか小泉さんは、欧米型の政治家に近かった。
政策や個別の問題で、自分で判断し決定できる人がいたけど、でも自民党は世代交代に失敗してしまった。
高成長の時に責任政治はそんなに大事ではなかった。
名目経済成長率が四~五%伸びてパイ全体が拡大すると、勝ち組も負け組も皆ハッピーになる。
だから問題も先送りできた。でも今はゼロ成長。経済の成長が止まったことで問題が表面化した。
今、日本には「どうでもいい」という雰囲気が漂っている。
日本人は、「神風主義」。待って我慢していれば、いつか神風が吹くと信じる。
それまで全て、他人まかせ。政治もそうなってしまった。
神風を待っている間に、自民党は静かに死んでいった。

――政治だけの責任でしょうか?

イェスパー:
財界にも責任がある。財界はこの二十年間、
自分の会社のことばかり考えて、国家戦略を全然描いてこなかった。
財界と政治が両輪となって機能しなくなったから、政治は劣化してしまった。
一九八六年に僕が来日したとき、経団連会長というと、まさに「財界総理」の風格があった。
2022/11/20(日) 18:47:37.070
――-政財界の関係がうまく機能してないと感じますか?

イェスパー:
外国人の眼からみれば、そのあたり、自民党政治は完全にアマチュアだった。

――政権交代が現実となりますが。

イェスパー:
日本にはどうしても成長戦略が必要だが、政治がそれを描けるか。
中国、韓国との通貨圏構想とか、「エアバス」みたいな多国間プロジェクトを提唱するとか、
世界から一目置かれる戦略を打ち出せばいい。
無責任な「お坊ちゃん政治」を続けるなら、世界は日本を見放すだろう。
相手にしても時間の無駄と思われる。
政治は社会を映す鏡。だから、政治の劣化は、社会の劣化でもある。
2022/11/20(日) 18:49:22.100
徳富蘇峰「終戦後日記Ⅱ」

日本の将校がかくまで腐敗した理由は、何であるかといえば、
全く教育の方針が、間違っていた為めといわねばならぬ。
一口にいえば、正しき意味に於ての教養そのものが全く無視せられて、
只だ形式だけの教育を施した為めである。
これを称して鸚鵡教育といってもよし、あるいは猿芝居教育といってもよし。
兎に角訳も道理もなく、唯だ一つの型を作って与えたまでであって、
一度びその型を失えば、全く無教育者も同様となって、
いわば一箇の野蛮人化するべきは、必然である。
即ち彼等が醜態を暴露したのは、
その野蛮人化したる事を、明白に証拠立てたるものといわねばならぬ。
2022/11/20(日) 18:50:23.860
海軍などでは、随分猛訓練を施している。
江田島海軍兵学校の訓練は専ら隼人男児訓練の型を、そのまま襲い来ったものである…
しかしながら悲しい哉、それが全く形式に流れて、
精神の上には殆ど痕跡だも留むるものが少なかった…
精神教育も、当局者は決して閑却したる訳ではない…
しかし悲い哉、それは何の役にも立たなかった。
何となれば、一切が只だ形式に止まって、宛かも役者が、顔を白く塗り、赤く塗り、
また黒く塗りても、それは只だ皮膚の上のみであって、
洗い去れば素の木阿弥であると一般であった。
2022/11/20(日) 18:51:06.220
如何に軍隊では、全ての事が形式であったかは、軍隊の通用語に要領よくやるという言葉がある。
要領よくやるという事は、その当座を巧く誤魔化すという事である…
一等兵となり、上等兵となり、更に下士官とでもなれば要領学を全く卒業して、
遖れの兵士となることが出来る。
即ち要領学という事は露骨にいえば誤魔化し学である。
人の前を飾り、上長官の前を詐り、而してその尻尾を出さぬようにする事である。
例えば中隊に於て、兵器検閲の時に銃砲が不足するといえば、一寸他の中隊から借用し来って、
検閲の当座を誤魔化す事である…
検閲者の眼の前さえ誤魔化せば、跡は何うでも宜いという事を以て、
要領学の極意としているものである。
かくの如き事を以て、軍隊一般がその雰囲気として居る時に於て、
それが常勝軍であり、無敵軍であるという事は、余りにも無理の注文である。
2022/11/20(日) 18:51:47.670
形式教育については必ずしも軍人の教育ばかりでなく、
日本の教育それ自身が全くその為めに大いなる禍根を養い来った。
予は敢て言う。帝国大学あって、日本の腐敗せる官僚政治は出で来り。
士官学校、兵学校あって、陸海軍の腐敗せる幹部は出て来った…
唯だこの場合に於て、如何に帝国大学なるものが、我があらゆる文官の各方面に害を流し、
士官学校兵学校なるものが、また陸海両軍に大いなる禍を胎したかという事…

この形式教育なるものは、人間を全く物体として取扱い、
心というものには、全く触るる所はなかった。
別言すれば、一切の事は法に任せて、人に義務もなければ、責任もないものとした。
いわば日本の官府は、文官も武官も皆な法治国の文官であり、武官であり、
法以外には何物もなかった。所謂法度万能主義であって、
彼らの心掛けは、只だ法にさえ触れず、丸木橋を渡るが如く、
只だ法の筋目を践んでさえ行けば、可なりという事になった…
2022/11/20(日) 18:52:37.540
この要領よくという事は、法度の筋目を践み外さぬように、巧くその当座を取り繕う事である。
かくの如く、人間は只だ法度の番人であって、法度そのものが、自動的に動くかの如く考えたる結果は、
例えば配給などでも市場の表に書き出しさえすれば、現実如何にあるとも、無頓着という事になって来た。
即ち某の地方には、青物が何千何百何十貫配給せらるるという事が、書付には出て来ても、
現物には大根一本、葱一筋さえも、出て来ぬという奇怪千万の状態を現出した…。
机の上や紙の上で作ったものが、果たしてその通り行わるるや否やという事には、一切頓着なく、
それを作り上げさえすれば、我が事已むという訳で、自分等は実行も不実行も、何等痛痒を感ぜず、
またそれらの事は、自分等の責任以外と考えて、偶々苦情を持ち込む者あれば、
飛でもない迷惑という風に、それを要領よく追っ払って、済ました顔をしている。
日本の官界で、上下を通じて最も大なる弊害は、法に任せて、人に委かせない事である。
責任を法に譲って、人間は全く無責任の位地に立ち、且つ立たしむる事である。
これが即ち機械的教育の結果であった。
2022/11/20(日) 18:53:21.160
機械的に人間を製造したる、製造所ともいうべき、あらゆる官学は、
文武何れの方面に於いても、点取り競争であって、学生は只だ点数さえ取ればよいと心得ていた…
文武何れの学校でも試験の成績良き者から、採用せられて行く…
一旦緩急となれば彼等は紙で張った人形が雨雪に遭うた如く、忽ちその本性を現して、
役に立たぬ事となった事は…今回の大東亜戦争が遺憾なくそれを暴露している。
要するに彼等の学問には、文武何れの方面にしろ、大切の要点が欠けている。
それは諺にも万能足りて一信足らずというが、彼等の学問の中には、人間学が全く欠乏している…
その為めに目から鼻に抜ける程の秀才先生も、いざとなれば糸の切れた凧の如く、
全く運動の自由を失う事となる。その結果が今回の戦争に極めて明白に暴露せられた…。
学問の目的は、所謂る立身出世である。即ち個人的功利以外には何物もない。
而してその標的に到達する道は、定められたる型通りの筋を践んで行くことである。
所謂秀才とは、その定められたる型に最もよく嵌まりたる者をいう訳であり。
成功者とは、その型に適まって、立身出世をした者をいう事であり。
かくて世の支配階級なる者は、文武何れの方面も、軽佻浮薄、無責任、
無節操の徒輩の寄合となって、飛んでもなき餅を搗き出す事となったのである。
2022/11/20(日) 18:54:21.630
徳富蘇峰「終戦後日記Ⅳ」

武藤氏は、教育の欠陥という言葉に、恐らくは
教育が不足したという意味を、含ませているようだが、我等は教育の不足とか、
僅少とか、不十分とかいう意味でなく、
教育そのものが、根本的に間違っていたのではないかと思う。
改めてここに言えば、現代日本の教育は、
直接とは言わぬが、今回の大いなる敗戦を来たし、我が国家を今日の境遇に陥れたるに於いて、
最も大なる分け前を、働いたものであろうと思う。
別言すれば、日本国は、
日本の現行教育によって、亡ぼされたと言うても、余り過言ではあるまいと思う。
要するに我が官学教育は、形式教育であった。また独善教育であった。
それで軌道の上を走る事は知っていたが、軌道の外に走ることは知らなかった。
こちらの筋書だけの道は、歩く事を知っていたが、それ以外には、一歩も踏み出す事は出来なかった。
而して自分の知っている事を最善と思い、自分の為す事を最上と思い、
相手が何者であるとか、如何なる事をするとかいう事には、一切無頓着であった…
2022/11/20(日) 18:56:46.000
例えば海軍の如きは、予め計画したる真珠湾の不意討だけは、確かに成功したが、
それ以外は、する事為す事、総てとは言わぬが、概ねへまをやった。

それは啻に軍事ばかりでなく、一般の政務についてが、またその通りである。
日本の政治が、所謂る官学の法学士政治であって、
その以外に活動する事を、知らない結果は、一切の政治は、全く机上に於ける文書政治となって、
書附さえ物を言えば、事実はどうでもよいというような事になり、
その為めに物資を統制し、全国に過不及なからしむるを目的としたる統制経済が、
一方には薩摩藷の尻尾も手に入らず、
他方には幾万貫という薩摩藷が、空しく腐敗して、顧る者ないというような、
逆効果を来たすに至った事も、是非もない次第である…
かくの如くにして、日本は形式と独善とで、活きた人間の活動というものは、
何れの方面にも、及ぼす事は出来ず。遂に一人角力を取って、自ら倒るるに至ったのである。
2022/11/20(日) 18:57:26.460
我が官学の教育では、文武何れの方面にしろ、一通りの技術だけは教えたが、
如何にしてこれを用い、如何なる場合にこれを用い、
如何にこれをその時処位に適用せしむるかという事は、一切教えていなかった。
従て官学の秀才は、学校で教えられたる所のものを、そのままこれを鵜呑みにして、
これを実際に応用するという事になったから、
応用せらるる社会こそ、実に当惑千万といわねばならぬ。

要するに総ての学問は、教えられたとしても、
我が官学には、人間学なるものは、全く抜きにして措かれた。
その為に、政治方面に於ては、人間学を知らない地方官、
司法方面に於ては、人間学を知らない裁判官、…軍隊に於ても亦た同様であって、
彼等は唯だ士官学校や、兵学校や、陸海軍大学校で教えたる通りの事を、施すばかりで、
同僚が何者であるか、上司が何者であるか、部下が何者であるか、
敵が何者であるか、味方が何者であるか。それ等の点には、一切無頓着であった。
2022/11/20(日) 18:57:38.850
かかる人間を掻き集めて、彼等に軍国の大事を托したる、日本国こそ不幸なるもので、
遂に今日の状態まで、我れ自ら我れを、引き摺り落として来た。
今更ら誰をか怨むべき。今更ら誰をか咎むべき。
我等は所謂る亡国の種を播いて、亡国の果を収穫したる事の現在を見、
今更らながら、因果応報の恐るべき鉄則に、戦慄する者である。
2022/11/20(日) 19:14:15.050
全く変わってないw
2022/12/09(金) 23:04:40.300
と
2022/12/09(金) 23:05:01.420
ん
2022/12/09(金) 23:05:12.420
で
2022/12/09(金) 23:05:21.860
も
2022/12/09(金) 23:05:31.860
な
2022/12/09(金) 23:05:53.090
い
2022/12/09(金) 23:06:26.920
ことが起こった
2022/12/09(金) 23:06:59.430
が、
2022/12/09(金) 23:08:09.050
未だ油断は出来ない。
2022/12/09(金) 23:25:21.950
ttps://twitter.com/yukionoguchi10/status/1598427737748033536?cxt=HHwWgMDSueDj4K4sAAAA]
〇〇〇〇内閣の経済政策も基本的な方向づけが定まらずキャッチフレーズだけが乱発されている。
「分配こそ重要」と言ったかと思うと…
「貯蓄から投資へ」というスローガンが唐突に蘇ったりした。
日本は、いま方向性を失い漂流している。

マクロ経済政策も、基本的な点で深刻な矛盾を含むものになっている。
なぜなら、一方で物価高騰が問題だとしながら、
他方で金融緩和を続けることによって、円安を放置しているからだ。
もっとも恐ろしいのは、日本国民が円を見捨て、
資産を外貨建てに移すという「キャピタルフライト(資本逃避)」が起きることだ。
大規模なキャピタルフライトが生じれば、日本経済は崩壊する。

円安をくいとめるには、日本銀行が金利抑制策をやめ、金利の上昇を認めることが必要だ。
ところが日銀は、こうした政策転換を行おうとしない。
経済のもっとも重要な問題に関して矛盾した政策が続けられているのは、
日本の政策決定体制が深刻な機能不全に陥っていることを示すものだ。
そうしているうちに円安が進み、物価が高騰する。そして賃金は上がらない。
また、日本の国際的地位が確実に低下を続けている。
このような混迷の時期だからこそ考え方や政策の基本的方向づけを確実にする必要がある。
そうしないとさまざまな事象に翻弄され押し流されるだけのことになってしまう。
重要なのはこの状態から脱却して日本経済の長期的な低下傾向をくいとめ、
新しい日本をつくることだ。
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)
2022/12/09(金) 23:27:24.070
>日本は、いま方向性を失い漂流している。
>経済のもっとも重要な問題に関して矛盾した政策が続けられているのは、
>日本の政策決定体制が深刻な機能不全に陥っていることを示すものだ。
>このような混迷の時期だからこそ考え方や政策の基本的方向づけを確実にする必要がある。
>そうしないとさまざまな事象に翻弄され押し流されるだけ…になってしまう
2022/12/09(金) 23:27:41.090
日本の大学は、大企業に就職するための通過機関になってしまっている。
そして、企業は、専門知識を給与に反映させることはなく、
年功序列的な賃金体制を続けている。
このため、大学教育を受けるために要した費用を、賃金によって回収することが難しい。
日本の未来を拓くために、こうした状況を変えることが必要だ。
日本の賃金が20年間上がらない基本的な原因は、労働組合の力が弱まったことではなく、
企業の稼ぐ力が停滞していることなのである。
将来に向かって日本経済を成長させるためには、産業構造を改革し、
人材の質的向上を図ることがもっとも重要な課題だ。
それにもかかわらず、
目の前の問題の処理に振り回されて、基本問題がなおざりにされている。
2022/12/09(金) 23:33:49.210
ttps://www.youtube.com/watch?v=HUV1PTUpB2c&t=669s
【落合陽一】「アメリカは参照すべき国でなくなった」「日本の病理は“玉虫色”」
日本思想史家・先﨑彰容が説く、日本が尊厳を取り戻すために必要な『自己同一性』とは?
2022/11/17

こういう何て言うのかな、自分が国を動かしている感は持てるんだけれども、
それが玉虫色になって、
そして現場に降りてったときには『何一つ社会が動いていない』、っていうね。
この日本社会の根本的な病理を、何か蟻の一穴で変えて行かない限り、
この国はね、おんなじような、
自由化とか、リスキリングとか言ってんだけど、
アメリカほど過剰な競争社会にならないようにして、そら良い面もあるんですね…
だけどそういう形で中途半端な自由化だったり、
それを中途半端に止める保守的な意見とかが、結局玉虫色になって行って、日本を停滞させている。
ぼくはね、これが日本のね、一番の、そのなんて言うかな、異能異才が出てこないとか、
みんないろんな形でどうやったらイノベーションが起きるのかとか言ってるけど、
このマインドを変えない限りね、変わらないと思いますよ。
2022/12/09(金) 23:34:39.830
まあ、工程に最適化された仕事をするのに仕事の8割かかってしまうんですよね…
この工程を最適化させる労力に8割、コンテンツに2割しか時間かけてないなら、
2割でちゃんとしたもの作れる奴っていうのは天才しか残んないだろうって思うんですけど。
いやー、それにしても8割の時間を手順やそこでしか使えないノウハウを埋めるのに、
なんか使ってるってのは、時間の圧倒的無駄ですが、
時間の圧倒的無駄に圧倒的に優秀な官僚の人生を使っちゃうから、
『あんなの労働生産性上がるわけねえだろ』ってぼくはいつも思ってますけど。
いや、ほんとその通りで、とにかく手順のことをして、
とにかくコンテンツをちゃんと作らないんですよ。
コンテンツっていうか、実際の《モノ》ですね。
パワポに玉虫色のものを書く時間はどうでもいいから、
『実地に落とす《モノ》のクオリティを上げて下さい』っていうのが、
全ての国民が望んでいるのに、そこがねー、一番ですね。
2022/12/09(金) 23:35:23.620
中国の場合…そのね、馬力と、その…トップダウン…に対抗できるだけの、ものを、
こちら側が持てるかというのを、突きつけられているぐらいしんどい時代なんですよね。
民主主義が持っている一番良い所は、遅さなんですよ。
手順を踏んで、一人の人が独裁にならないようにやって行くっていうね…
只それが、いま言ったような形で形式的な書類を作るとか、
そういうことの中に時間が忙殺されて行って、そして2割しか出力出来ないっていう状態が、
この国を疲弊させているんだとしたら、
『これは一体何なのか?』ってことは、根本から考え直さないと…。
ほんとそう思いますね、これね。これ未だましな方ですね、これツイッターで探してて、
これが玉虫色ってやつですよ…この世の全てが書いてあるんですね、この中に…この世の全て。
で、『この世の全てが書いてあったら上手く行かないので優先順位を付けてください』
っていうのが、ほんとにそうなんですよ。
2022/12/09(金) 23:35:56.730
先生がご展開されている自己同一化の議論っていうのは、
ま、こういった中でも出てくるような気がするんですけれども、
その自己同一性のお話っていうのをちょっと聞いてみたい…
要するにこの国っていうのは、アメリカっていうのをモデルにして来たんだけれども、
そのアメリカ自体が民主主義の本家本元が、ああいう状態になっていると。
しかもそれを90年代以降に、
アメリカで80年代から始まった新自由主義経済を中途半端な形で90年代から入れた結果、
成長も出来ないし、しかも所得も下がって行ってしまっている、
こう、或る種の夢の無い、若い人たちにとってしんどい社会を作ってしまったわけですね。
そうしたときに、『我々はどういう国造りで今まで失敗して来たのか』、
そしてその中で『一体どういう国造りの在り方が問われるのか』って、
これのことをぼくは『自己同一性を取り戻さなきゃいけない』って言ってるんですね。
2022/12/09(金) 23:43:15.080
ttps://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/307845.html
「ミライを創る『大切な真実』とは」(視点・論点)
2018年10月24日 (水)
京都大学 客員准教授 瀧本 哲史

90年代にはジャパンアズナンバーワンと称され、
世界の時価総額上位企業を日本起業が殆どを占める時代から、
この20年間、日本はその地位を一貫しておとしてきました。
時価総額上位企業は、アップル、アマゾン、グーグルなどアメリカの新興企業が占め、
日本は、中国、インドなど新興国にどんどん抜かれる国になろうとしています。
この間、急に日本人の何かの能力が落ちたり、
日本社会が構造的に変わったという証拠を見いだすのはなかなか難しいかと思います。
むしろ、私はこの原因を外部環境の変化、世界のゲームのルールが変わったことに求めます。
2022/12/09(金) 23:44:23.580
キーワード的にいうのであれば、
それはグローバル資本主義とコモディティ化ということになろうかと思います。
グローバル資本主義は一言で言えば、世界中で最適なものを集めて提供する、
世界で唯一の特徴を持った会社が国境を越えて世界の標準になり、
圧倒的な競争力を持つようになるということです。
アップル、アマゾン、グーグルはすべてそう言う企業です。
実は、日本企業でも、村田製作所、日本電産と言った
唯一の特徴をもった会社は今でも高い今日競争力を持っています。
逆に、顧客から見て優劣がつきにくい状態、つまりコモディティ化が起こり、
特色のない複数の供給者がいる製品はいかに客観的に品質が高かろうと、
価格競争になり易く買いたたかれます。
2022/12/09(金) 23:44:50.780
過去のデータを元に最適化する、
パターン化するのはコンピューターの最も得意とするところです。

「今まで」と「これから」の違いは、「課題を解く」から「課題自体の発見」が大事であり、
「100%の真実」は価値がなく、「半信半疑。少数意見が多数に変わる」に価値が生じる訳です。
「今までの延長で改善」しても「非連続、破壊的な発見」に簡単に上回られてしまうわけです。
実際、グーグルもアマゾンも当初はその将来に対して懐疑的な意見が多数を占めていました。
小型モーターで世界の標準となった日本電産も、
永守社長が元々勤めていた会社の上司、銀行、日本のメーカーは、
彼の考えを真面目に取り上げませんでした。

Facebookの初期の投資家であり、オンライン決済の世界の標準になった
ペイパルの創業者でもある、エンジェル投資家、
創業期の企業を専門に投資する投資家のピーター・ティール氏は
「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう」と必ず問いかけるそうです。
現代はまさに、この「大切な真実」が大きな価値を持つ時代であり、
すでに判っていることをより一生懸命にやることの価値が落ちている時代なのです。
2022/12/09(金) 23:47:50.370
それでは、どのようにして、
この「大切な真実」を見つけることが出来るようになるのでしょうか。
いろいろな切り口があると思いますが、
過去、新発見をおこなった偉人達の例を研究してみると、
「例え反対する人がいても、現状に対する違和感を大切にする」ことにあろうかと思います。

近代的な病院、看護制度の祖であるナイチンゲールを例にとりましょう。
彼女は、どちらかというと博愛精神的な文脈で注目されがちな人ですが、
科学史の文脈では、統計学者として取り上げられます。
ナイチンゲールの時代には看護の重要性は顧みられず、
看護に当たるスタッフの社会的地位もかなり低いものでした。
ナイチンゲールはクリミア戦争の従軍経験を通じて、この通説に対して強い違和感を感じました。
そこで、兵士の死亡原因を統計的に調査した結果、
戦闘の負傷を直接の原因で死亡する兵士よりも、
その後の看護の質の低さによる感染症などで死亡する兵士が多数を占めることを証明し、
看護の重要性を説きました。
2022/12/09(金) 23:51:10.740
周りの反対を押し切って、自分がつかんだ「大切な真実」を仮説とし、
それを事実をもって証明するというのは多くの新発見で見られる現象です。

実は、「大切な真実」の目の前を通りがかった人は沢山いると思います。
ただ、ナイチンゲールは貴族で数学教育を受けており…ある意味ラッキーだったのです。

さて、以上を踏まえた上で、日本の社会システムは、
「大切な真実」あるいはそれをつかんだ人を大切にするような仕組みにになっているでしょうか。
残念ながら、そうはなっていません。
教育システムは、新しいことを見つけることよりも、今までの知識を覚えて、
それを再現することが重視されています。
もちろん、基礎的な知識、現状を知らなければ、それを打ち破ることも出来ないわけですが、
手段である知識が目的になっており、
「大切な真実」を見つけることとは無関係な、ただのクイズ大会になっています。
2022/12/09(金) 23:51:41.780
日本の意思決定システムや意思決定者である
エリートを選抜する仕組みも同じように「大切な真実」の発見能力よりも、
すでに判っている知識の再現能力や整合性を説明する能力が重視されているように思います。
最も多くの資本を所有し、最も権限を持ち、
従って、最も重要な意思決定をすべき政府、公共セクターにおいて、
この傾向はより顕著と言えるでしょう。こうした仕組みは、
欧米先進国キャッチアップ型国家として最も成功したかつての日本には最適でしたが、
「大切な真実」が世界を支配する新しいゲームのルールになった
現代のグローバル資本主義においては、見直しは避けられないと考えます。
2022/12/09(金) 23:57:11.150
一方、現代社会に合わせた教育改革の方向として、
「すぐに社会に役立つことを教えよう」「社会に役立つ研究を重視しよう」
という方向が打ち出されつつあります。
しかし、これは現代社会に合わせているようで真逆な方向だと実は考えています、
というのも、社会にすぐに役立つことは、
現代においては、「大切な真実」によってそう遠くない将来打ち破られる知識であり、
それを身につけても、安く買いたたかれます。また、新発見を行った研究者は口を揃えて、
「役に立つかはあまり考えなかった。動機は、むしろ知的好奇心だった」と答えています。
今必要なのは、「大切な真実」を追求したくなるような知的好奇心を刺激することと、
貴族でなくても、偶然に恵まれなくても、社会全体が「大切な真実」の価値、可能性を認め、
守り育てていくような仕組みに変えていくということなのではないか、と考えています。
それは、未来の可能性を信じて、すぐに成果が出なくても、
教育や基礎研究に投資していくということではないかと考えています。
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