殊更に言及するならば、そもそもの価値尺度が道理を解するのか否かではないという事だろう
マスは事象がより公正な観点で把握されているかという質の問題にする以前に、そういった観点を保持しようとする姿勢が欠落してしまっている傾向が強い
「普通」とは何なのかというテーマにも共通し得るパターンではないだろうか
というのも、「普通」概念は現実というある種の根源性或は普遍性から逆照射され浮かび上がってくるものだからである
然しながら、我々は本質的に公正であろうとする只中に於いて普遍を見るのであってその逆ではない
この事実は単なる形容矛盾であるばかりでなく、マスに於ける概念作用の志向性に多くを負っているのである
両者の関係はミラーレス及び一眼レフとの関係に通ずるものだと言えよう