>かくの如く神ひとの体内にかよひては、私思欲情となりたること思ふべし。されども神はさばかり尊きものなるを、今かく私思欲情なりと定むるは、古来いまだ人の言はざる所なれば、信ぜぬ人もあるべけれど、天地にして神祇といふもののうへをばおし通はして思ふに、私思欲情より外にそのさが同じき物はなきをや。もと私思欲情などいふ名のおこる所を尋ぬるに、人道の理を上なき尊きものと立てて、その人道にもとるものなるが故に、いやしめて私思とも欲情とも名づけたるものなれば、もしこれをば私思とも欲情とも名づけずば、ただ迦美にて、天地の神祇同物たることも明らかなるべし。<