普通に経緯を見ると、始まりはアメリカによるウクライナの親露政権の転覆デモ。
選挙によらず、いきなり親米軍事政権を立ち上げたからクーデターといってもいい。
その後選挙で政権が選ばれていくが、親露派排除を徹底する。

ゼレンスキーになってからは、親露地域で独立運動が起きると、武力による攻撃を始めた。
その武力攻撃の正当性をNATO加盟に求めた。
親露地域の独立を認めず、NATO加盟を主張するウクライナにプーチンが堪忍袋の緒を切らした。

ゼレンスキーは国家主義を主張して、国民に犠牲を求め、戦争を続けている。