「逃走論」40年後の世界 浅田彰さんは今なお「逃げろ」と訴える

2022年2月13日 19時00分(朝日新聞)

 「逃げろや逃げろ、どこまでも」――批評家・浅田彰さんの1984年の著書「逃走論」は、
老若男女に逃走を呼びかける不思議な思想エッセー集として大ヒットした。あれから
約40年。人々の逃走は成功したのだろうか。そして、逃げるという戦略は今も必要なのか。
管理社会化やコロナ禍で「逃げ場のない感じ」も漂う今、浅田さんにじっくり聞いてみた。

浅田彰(あさだ・あきら)
 1957年生まれ。京都芸術大学教授。83年「構造と力」刊行。
「逃げろ」と訴える「逃走論」が翌年話題に。




 ――「逃走論」の刊行は80年代でしたね。思想書としては異例のベストセラーになった
「構造と力」を発表した翌年の著作でした。なぜ、逃走を呼びかけたのですか。

 「70年代の思想課題をどうすれば清算できるか、を意識していました。具体的にはそれは
全共闘世代の問題です。70年代は初めに連合赤軍事件が起きて、その後の左翼的な運動
や思想は袋小路に入っていました。どうすれば革新的な思想をポジティブな方向に展開
できるのか、を考えようとしたのです」

逃げ道絶った「革命家のアイデンティティー」
 「連合赤軍の関係者は、革命を目指しながらも仲間内での悲惨な殺し合いに陥って
いきました。そこには気になる傾向があった。自らの逃げ道をあえて断つことで、
『革命家としての自分のアイデンティティー』を確固たるものにしようとしていたのです」

 ――逃げ道を断つとは?

 「『革命家をやめて就職することも選択肢に残しておこう』と考える学生はダメなやつと
され、逃げずに『革命家としてのアイデンティティー』を純化させることが大事にされた
のです。しかし僕には、それは戦略的に間違っていると思えました。陣地を捨てて逃げた方
がいいのに、と」

 「異なる人々と接触し、それを通じて自分自身も変わっていくような生き方の方が絶対に
いい。そう考えて僕は、同一性ではなく差異に注目しようと提案したのです。旧来的な
アイデンティティーにこだわり、同じ考えの人たちと一緒にその道を突き止めようとするような
生き方では、先がないと思いました」