皆さま、ありがとうございます。



唯識論、認識論、順にいいますが、

私の例えで行くと、

脳内の写真を主軸に説明するのが唯識です。

脳内の写真と被写体の断絶について説くのが中観の空です。



空は、そもそもが仏教における認識論がたどり着いた、

認識には限界があるということを一言で表した言葉です。



その限界の意味は、現代の我々が例をあげるなら、写真と被写体が=になることはない、

その≠の断絶を、思考や概念、言語に向けて、真実は何もとらえていない。

ゆえに言葉や思考、概念は空だ、つまりからっぽだと言っています。



これで、認識論、唯識論との関連を説明できたかな?