>>65
まあこれも、今までと同じように、「現象の実体は観測不可能」の一言で斬って落とせるのだが…
それを言うと、結局また「現象があれば実体がある」とか言い出されて、堂々巡りになるだろうな。
だから斬り口を変えよう。

君の議論は、「現象があれば実体がある」ということを、何の根拠もなく、自明の前提としてまず置いている。
そして、その前提から論理的に導き出される帰結をもって、相手を論駁しにかかる、というスタイルを取っているわけだ。
しかし、なぜわざわざ「現象があれば実体がある」ことを自明視しなければならないのだろうか?
言い換えれば、なぜ「実体がないと考えてはいけない」のか?
今までの君の議論には、この問いに対する答えがない。
というよりは、「「現象があれば実体がある」からそう言わなければならないのだ」というトートロジーしか語っていないな。
しかし、哲学というものは、その問いに対して、トートロジーを与えて済ませるのではなく、何らかの根拠をもって答えようとする営みのはずだ。
だから今のところ、君の議論は「神学」の域を脱していないと言わざるをえないな。
(まあ、「神学」として見るにしても、「現象があれば実体がある」という主張は、「無自性ならば無である」と言っているに等しいから、トンデモだと言うほかないが…)