「〜すべき」、「〜すべからず」は人間の好みの問題でしかない
いくら反出生主義者が「生むべからず」と主張しようが、それは普遍の原理原則でも何でもなく、ただ「そうしたいから」という願望に過ぎない
法などによる強制力がない限り、「生みたい」と願う者がそれに従うことはない