立憲君主制や象徴王権制は、
支配階級がその権力を代理させるのに便利だった
神と同じ政治的・イデオロギー的属性を
君主に代理させるものだったのだろうね。

神が持っている政治的・イデオロギー的属性というのは、
最高の権威者であり自然の統治者でありながらも常に無謬の存在であり、
一切の責任から常に免れた超越的な政治意志の体現者という性質。

神と資本主義はこの政治的・イデオロギー的属性のために
一切の責任能力を超越した不死身の全能者となって人々の前に立ち現れる。

神が正しかったときには神の恩恵として感謝すべき対象だが、
神が失敗したときにはすべて個人の責任に帰される、
この徹底した無謬性・無責任性のために神は永久に絶対者として君臨できる。

その権力を支配階級が歴史的に利用してきた。
右翼的流儀による革命はそれを逆手にとろうしたものかな。