〈唯物史観によれば,歴史における究極的な規定契機は現実的な生の生産と再生産である.
それ以上のことは,マルクスも私もかつて主張したためしがない.
しかるに,もし経済的契機が“唯一の”規定契機だというようにねじまげられてしまうと,
先の提題は無内容な空文句になってしまう.
経済的状態は土台ではあるが,上部構造のさまざまな契機が歴史的闘争の途上発展に影響を及ぼす.
(エンゲルス ブロッホあての書簡)。

エンゲルスにして、上のように言っていたのに、
最近やたらとマルクス主義哲学は「経済決定論」だからやめよう、
みたいなことを言う人が、「文壇」系では多いような気がする。
柄谷行人がそういうことを書いたので、
大澤真幸やら「子分たち」も同じよなことを唱えているのだろう。
「あかはた」にときどきエッセイがのるような
変な小説家なんかも、何もわかってないとしか思えないのに、
それについて相槌をうったりもしている。
浅田彰は、旧友の市田良彦に同調して、
もとのアルチュセール派にもどったようなところがあって、
そのしゅの「文壇」的なお集まりには、加わっていないようだ。