>>19
そもそも何故この世界には客観があるのでしょう?
しかもどのようにしてそこに秩序が与えられたのでしょう?

一般的な印象では、先ず深い客観があって、次に浅い客観の順番で生じる
ということになりそうですけど、
主観主義的には先ず主観があって、次に浅い客観、次に深い客観が生じる
ということになるだろうと察します。
順番というのはまさに時間的な順番のことであり、
例えば色で言うと、電磁波よりも先に光が生じたイメージです。
確かに認識されなければ存在したことにはならないという理屈から言えば
それはそのとおりです。


世界は何でできているのか、
それを知るための方法は分解ではない気がします。
分解は新しい何かを生み出す作業のような印象です。
分解は無限にできますが、材質は無限にさかのぼるものではない
という気がするためです。
例えば目の前にあるリンゴは何からできているのか、
それはそのリンゴがリンゴになる前は何だったのかという問題だと思います。
時間的にさかのぼったものこそが根源だと思うのです。
リンゴは原子でできているわけではないということです。
ぼくらは原子の集まりではないからこそ痛みや悲しみがあるのだと思います。

主観はどのようにして成立したのか、
それは客観を分析すればわかるというようなものではない気がします。
それ以前に「わかる」ということがどういうことなのかを考えておく必要が
あるかもしれません。