後悔は悲しみが先で罪悪感が後かな
罪の意識は、(そうすべきだった)というところに至るでしょ
それは本来であれば、(そうであるべき)理に辿り着いたから
素朴に罪について知っているなら、既に理のことも知っているはずで、それは他の何かに言い換えてまで知ろうとすることでもないんだろうな
そうでないから、抜け道を探したり遠回りをしたりする
遠回りした分だけ説明は冗長になり
真の理解からは遠ざかるが
意思疎通としての理解はされやすくはなる