時間が違うってのが乖離で、
位置が違うってのが分裂なの、
それらがズレてたりブレてたりして、
その誤差を修正するときに得られる情報によって、
世界を客体視することができるわけ、
これは自分の認識を一つ一つ疑って、
目の錯覚を一つ一つ修正していくようなことで、
もし究極の客観があるとすれば、
それはどうあがいても理想に近づけることしかできないようなものだと思ってる
それが俺の頭の中ではもうパラメトリック曲線まで飛躍しているって話