>>493
私としては、その背景には「“理解”とはどのような現象か」
という問題がそもそも的にある気がしています。
そして私の答えは、「理解は虚構」あるいは「幻想」です。
カフカの「理解と誤解とを厳密に区別することはできない」につながります。
私はむしろすべては誤解だと考えます。
たとえば「“1+1”=“2”」というのはすり替えです。
つまり始めから人間には物事を理解することはできない、
それは「世界」であろうがあるいは「真理」であろうが
何も理解することはできない、誤解するしかない、
これが私が哲学をオワコンとする論拠です。
哲学が真理の究明だとすれば、それは幻想だということです。