>>363



柄谷行人が今回の新著で試みているのは、いわば

「フェティシズムの再構築」

ということにある。

偶像崇拝はフェティシズムの現象する一形態にすぎないわけだから
資本主義あるいは国家主義的な偶像崇拝を否定しても
その他のカルト的な偶像崇拝を否定するというところまでは
話が及ばない。


この構造は柄谷にとって終始維持されることだろうと思う。