マルクスやアダム・スミスなどの古典派経済学者は財の価値を労働などで客観的に測ることができると考えていた。

しかし「限界革命」では主観主義が導入された。
財の価値は財を観察している主体の意識の内部に存在すると考えられた。
つまりある財が価値を持つのは、その価値を決定する人間が存在するからである。