>>977「らしい」を除いた部分は、上のネットにある発表関連資料(論文という表現は適切ではなかった)の記述や、非存在言明についての書籍の購入ページからもってきた。
ただ、他者の評価の一例を知っているだけで、マイノング主義を理解できていないのに妥当性を判断するのはおかしいから断定を避けた。

論理的であることにこだわるのは、コテがそれを求めているから。

古典論理で反出生主義が論理的に正当性がないという主張と、マイノング主義の論理で正当性があるという主張は両立する可能性がある。
したがって、「非存在から存在に変化する事がむしろ苦痛や不幸からの開放と言えてしまう可能性もある」という主張が論理的である可能性はあるね。

上の発表関連資料は、 カント実践哲学は神という非存在対象を前提に「すべき」について述べているが、非存在対象に言及する論理がないため、重大な欠陥を抱えるのでは? と指摘している。
この指摘を反出生主義にそのまま突っ込むと、>>976の言いたかったことになった。