ネオリベラリズムや新自由主義は今日では蔑称や批判用語としてのみ使われる傾向があるけれども、
そう思うのはこの言葉の表面的な機能だけを見ているせい。

オーストリア学派がネオリベラリズムや新自由主義という言葉に込めたそのコンセプトは一定の影響力を持ち続けている。

このスレッドでも「新自由主義批判は理解する」と言いながらも実際にはその典型的な代弁者になっている書き込みが多々ある。
多くの人にはその自覚がない。

日本は欧米よりも新自由主義政策はゆっくりと受け入れてきた経緯があるので推進派はまだまだ足りないと見ている。
日本人はまだ本当の資本主義を実感していないのかもしれない。
加速主義者はそこまで行くべきだと主張するかもしれない。だから維新に投票するとw