日本のバブル景気の時代は消費社会論が流行り、マルクスに依拠してきた知識人でさえ労働者階級窮乏化説が現実離れしていくように見えた。
日本人が再び経済のことで余裕を失って経済論争でいがみ合う時代が来るとは想像しなかった。
ケインズが言っていたように経済問題は資本主義がこのまま自動的に解決してくれるに違いないし、それは時間の問題のように思われた。
そう思う。

でも今は経済決定論にそれなりのrealityが復活している。
経済格差によってあれもこれも決まってしまう。
個人の自由も人生も学力も健康寿命も恋愛機会さえも決まってしまう。
そういう記事を見かけることが多くなった。
親世代よりも高い生活水準も見込めないかもしれない。
反出生主義や安楽死までが人々のニーズになる。
これはケインズが予想した労働以後の社会のメンタルヘルスの問題じゃない。
マルクス的意味でのメンタルヘルスの問題だろうと思う。