>>232
>真理自体が人間意識の外側にあるのは当然
その「当然(常識)」を疑ってみましょうということのつもりです。
とりあえず真理自体が人間意識の外側にあるとする根拠とはどのようなものでしょう。

>定義するのは「1+1=2」でなく、「1+1」「=」「2」それぞれ
確かに日常感覚ではそのような印象があります。
この場合「1+1=2」は結果です。
すると何故「1+1」は「2」になるのかという問題に発展したりなんかもします。
しかし本来は「1+1=2」は定義というか「2」とは「1+1」のことで
あるいは「2=1+1」と表現した方がよかったかもしれませんが、
するとつまり順番としてはそれは結果ではなく事実上の前提のように見えます。
しかし実はここでポイントになるのは(たぶん存在論的に)
「2=1+1」というのはどのような過程を経て定義されたのかです。
みんなで集まってナントカ会議で決めたみたいな歴史的事実はないはずで
おそらく深層の知レベルが関わっていると考えるのが妥当のように思えます。
なお私は数学というのは人間が決めたルールに基づき展開される
ゲームのようなものだと認識しています。
ゆえに岡潔が言うように「情緒(人間性)」が関わるのだろうと考えます。