>>260
さて、今回私が時計さんの指摘でピックアップしたのは私の記憶の限りで三点あります。
農耕は美味いものを食おうと思って始めたのか農作業が楽しいから始めたのか、
列島社会で水稲が広まったのは成功例の真似っこだったということだったのか、
縄文時代のリーダーとはどのようなものだったのか、
で、率直に、私がそれらを拾ったのは時計さんの考え方に違和感を感じたからです。
私の基本として、原初で起こったことは今でも起こっている、
あるいは原初だけ特別なことが起こったわけではない、というのがあります。
これは例えばビッグバンと構造的に同じ現象は今でも起こっているだろう
という考え方です。
あるいは例えば貨幣の起源はオツリという考え方がありますが、
そのような現象が確認された例は世界史レベルで無いらしい、
それに対し子供たちのあいだでビックリマンチョコのシールや筋ケシなどが
レートを成立させながら交換が始まったりすると
そちらの方が貨幣経済の起源としてはリアリティがある気がする、
同様に例えば家庭菜園は何故始まるのか、
もちろん食うのが目的というのもありますが、
花を育てることもあると思えば成長を見る楽しみというのが大きい気がする、
とにかく私にはそういう考え方に真実がある気がするのです。
すると上の三つの話はスルーできないみたいになったりします。
成功例の伝播とかリーダー的な人による稲作の伝授(?)とかみたいなことは史実としてあったのか、
うん、あったような気もする、
ただしどこまで行っても空想です。