>>253
なるほど、考えてみれば決定(判断)は正しいこともあれば間違うこともあるだろうし
私のイメージよりも微妙かもしれません。
とりあえず私が気になるのは、誰が決定なり判断なりをしているのかです。
そして表層意識にはその権限がない気がしています。
むしろ考えているのは全面的に深層のような気がするのです。

>>254
まず私のイメージでは、科学的に整合する知識と真理とは別のものです。
例えば目の前にリンゴがあるという事実は一般的に真理とは言わないように
すべての物体が慣性の法則に従うということも真実ではあっても真理とまでは言わない気がする、
そして何かの知識を真理とするためには個人のバイアスがかかるだろうということがあります。
また、科学的に整合する知識は個人どころか人間だけで成立させることはできないはずです。
たとえば素粒子に意識があるとすれば、私は自然法則のようなものは
そういったレベルのものからの いわば共同幻想として成立しているのだろう
と言って来たつもりです。
何故そのように考えるのかというと、私にはそれ以外のもの
例えば物質が実在するように思えないためです。
世界とは精神的なもののネットワークがあるだけで、
つまりその中ですべてが起こっていると考えるしか選択肢は無い
ということになります。
それ以外のものが存在する証拠がみつかりません。
なお数字について、私はそれは自然のものではないと考えています。
自然数も構造的には虚数と変わらない虚構であって、
近似として有効ではあっても世界を語りきれるものではないと思います。
例えば「今」は0秒ではないし非0秒でもない、
前提から導かれる定理とかなんとかを現実で人間に自由にすることはできないということはありますが
(あくまでも現実レベルで理屈の上では自由になる)、しかし前提には必然性がなかったはずです。
前提に必然性はないと考える根拠は色即是空に通じるものであり
この説明は私の力量を越えているようで申し訳ないところですが、
いずれにしてもスペースの都合でレスを改
(今までも度々「胡蝶の夢」とかで説明してきたつもりですが、伝わっていない気がしています)。