スレ立て代行、ありがとうございます。

時計の考え。

全ての存在は主体にある。
脳神経系を含む客体は主観を精緻に表現したものである。

他者の意識は存在しない。
仮に存在すれば、それは主体の意識の内側に存在する。

他者の意識と呼ばれるものは他者の声である。
それを他者の意識のように思うのは主体にとって声は極めて意識的であるからである。

物質はクオリアを説明しない。
クオリアは物質を説明する。

根源では主/客の関係は消失する。
例えば、どこかで雷が鳴ったとする。
雷は独立性の高い形式の私であると私は考える。

語り得ないことは語り得ないと語り得る。
語り得ないことは矛盾である。
語り得ないことは無い。

無は無い。