これまでこのスレシリーズをいくつか見て
フィヒテとシェリングの観念論を思い出したかな。
フィヒテは自我から自然・世界が作り出される自我中心の主観的観念論で、
シェリングはそれと対照的に自我や自然を包括する神のような上位主体者がいる
客観的観念論だそうです。

このスレにも観念論が主流でしょうが、どうもフィヒテタイプとシェリングタイプに
似たような観念論に分かれていると感じます。
個人的にはシェリングのほうがしっくり来ますが、
そちらのほうが謙虚さがあるのかなと思っています。