>>232
現在形の云々についてのあれは私の考えとちょっと合わないかなあの時の「現在形」って「何らかの刺激を受けているその瞬間」って文脈だったはずなのに語の定義の話にズレてたように思えたから
私が「存在」って言葉を使わないのもこの言葉がこの場では「概ねそうであろう」とはならないかなって思っているからだよ「ある」「ない」は私のいう主観的客観「概ねそうであろう」を示すことができるだろうと私が思っているから使っているよ
猫の話に戻すけど時計さんの言う「「現前」する客観」って「みんなそこに「猫がある」って言うけど私は「猫のいない空間」しか見えないんですけど「猫」はどこにいるの?」って言っている私の主観だと私は考えるんだけどその「客観」を私はどのようにして刺激として受けることができるのかな