>>356
「神の存在を信じる」ことは「神の存在を認識する」ということとはまた別だと思うよ。じゃ、何故信じるかというと、やはり人生には「苦」があるじゃないかな。あと、実際的なことを言えば、それは親や社会の影響だと思うよ。そういう観点から言えば、「神は客観として存在する」ことは、最初から「神の存在の信」に練り込まれていると言えるのかもしれないね。