>>39
たぶんだけど私と時計さんが使ってる言葉の示しているものが違ってるかもだよもちろんどっちがどうとかじゃないからね「その」話もしてるし
私の言う「客観」は非標準超球面論理さんが言っている「主観的客観」みたいな感じかな
私が「客観的」って言葉で受ける印象は「的」の部分で誰かの視点が入っているように思えちゃうけどその誰かの視点からすると「私が思うにある」と「客観的にはある」になっちゃって「(私の知らない)客観としてある」とはいえないかな
「それが撤去される可能性が非常に低いから」ってところは私の言う「(主観として)概ねそうであろう(という私の主観)」ってところと同じ考えだよ

これら私の主張を総合すると今回の話の場合だと「「客観」とは私の知らない何かを見た「(主観的客観としての)あった」であり「「客観的」とは私の知らない何かを「概ねそうであろう」という(私の主観としての)ある」ってなるよ

だから公園のブランコを目前に見た時は「客観としてあった」と「客観的にある」はその言葉自体はどちらも成立するけどそれは前者が客観で後者が主観という違いがあってでも私の主張からすると時計さんの「目前に見た時に」って言葉があるから「「客観的にある」は客観とはいえない」だよ

ごめんねなんか重複して語ってるところあるかもだけどおかしなところや違うって思うところがあったら教えてね明日以降に返事するよ