>>404
例えばリンゴが赤いのは、リンゴの方に赤いものとして認識される要素がある
ということではあるだろうと思います。
しかしそれはリンゴとして認識されているものが、認識されていなくても赤いということではない気がします。
例えばすべての生物に色を認識する能力が無かった場合、
それは生物には本当の姿を認識出来ないということだろうか、
あるいは逆に我々の認識能力が自然界のありのままの姿を認識できている保証はあるのだろうか、
そもそも「本当の姿」とか「ありのままの姿」とか、そういうものはあるのだろうか、
私には色であれ音であれ味であれ「写真にあたるもの」は認識者相応にカスタマイズされたものだと考えておく方が妥当のように思えます。
リンゴは認識された瞬間に赤くなるのであって、それまでは赤いわけではない
という考え方です。

>>405
私が言いたかったことを改めて整理をすると
意識の中に現れているものは、意識の外側にあるものからの影響を受けているものだろうということです。
これは甚だ直観的なもので、あるいは印象であって、確実な根拠は無いものです。
しかし「意識の中に現れているもの」が意識の内部で完結できる気がしません。
それがもしも意識の内部で完結できるのであるならば、世界は私がいなくなったら存在しないことになってしまうからです。