>>578
ご指摘ありがとうございます。早速ウィキペディアを覗いてみました。
あとから思えば>>576の「私の理解」という表現は微妙だったと思います。私としては「私個人の「物自体」についての見解」のつもりでしたが、わかりづらかったようです。
いずれにしても私はカントが「物自体」をどのように考えていたのか具体的には知りませんでしたから、参考になりました。恐縮です。(ウィキペディアが信用できるかどうかという問題はありますけど)

さて、せっかくなのでその記事の話です。
その記事によると「カントに拠れば、物自体の世界が存在するといういかなる証拠もない」とのことでした。
そこでカントが「物自体の世界」を有ると思っていたのか無いと思っていたのか、カントを読んでいない私はもちろん知りませんし、私は病的な面倒くさがりですからカントはスルーして自分の直観に走るわけですけど、とにかく私の答えはもちろん「無い」です。これは本当に無い。
例えばサイコロを100万回振ると目の出方がどうなるのか予想ができるでしょう、つまりそこにパターンが生じるはずです。しかしそのパターンは物理的な誘導でも精神的な誘導でもなく、おそらく誘導している力的なものは何も無い、その見かけ上の誘導をしている詰まり実在しないものを私は「見えざる手」と表現しているつもりですけど、それと同様に「物自体」も無い可能性が有る ということです。
少なくとも「存在」一択ではなく、現状ではギロンの余地があると思う、

「物自体」自体は想定可能だけれども、それは存在ではない、
わけわからんくなります。