「客観」が空想でしかないのであるならば
「客観的事実」とは何なのか。

とりあえず日常から得る印象として「たったひとつの客観」はある気がします。
解釈(無知等含む)によって変わってしまうようなものではない現実です。
で、私もそれはある派のつもりです。
ただちょっとややこしいです。
私は「たったひとつの現実」は「その場の空気」みたいなものだと考えます。
例えば職場で課長のカツラが微妙にずれていたとしましょう。
本人は気づいていない様子です。誰も言い出せない気まずい状況です。
その気まずい空気は客観的実在ではないけれども確実に個人の挙動に影響し、
つまり有ると言えば有るし、無いと言えば無い、
私は目の前に見えるリンゴもそのようなものではないかと考えます。
この世界には「解釈」的なものしか無い、
それぞれの解釈はたったひとつの何かに起因するけれども
それは精神がなくても成立できる客観的存在とされているものとは違うという考えです。

では「たったひとつの何か」とは何か、
と思えばそんなものは無い気がしてきた、
「ほぼ同じ何か」誤差が気にならないくらいのものではあるけれども
「たったひとつ」ではないような気がしてきました。