>>894
>ところが、である。ここで反転が
生じてしまうのだ。どのような
反転かと言へば、それは、ここで
指摘した、その「気づき」より先に
「気づく側」としての「意識」と
「気づかれる側」としての「対象」
が存在したものとする物象化に
よって生じる錯覚による反転である。 <

物象化がもたらすこの錯覚による
反転を再び元に戻すように、つまり、
その「気づき」がどのような気づき方
であったのかを捉へることができる
ようにするのが、哲学で云ふところの
「反省」である。