>>923
そうなんだよ「「同じ」って何?」ってなっちゃうんだよね。
「A=Aは真である」が「同じ」であるためにそれが真であるという制限した状況で言えることだよねって思ってるよ。制限された私が考えられる限りでの無制限と制限された彼が考えられる限りの無制限で以てして「同じ」は言えないと思うんだよね。
「同じ」というこの日本語としてのこの文字を見た時に受ける印象は「彼にも伝わるであろう」が無い場合に、例えば「A=Aはравныеである」って「равные」が何を意味しているのかが分からない限り「その語の意味が分からないので、その語の意味を私が分かるように説明されない限り私としては不明と回答します」ってなるかなって思うよ。
これは日本語でも同様のことが起きてて、例えば神や仏は果たして私にとっての「概ねそうであろう」となっているのか?なっていないのであれば「概ねそうであろう」という印象を抱かせるために説明がされない限り他者の同意は得られないつまり私が彼の発する言葉は何かしらの感情の発露であると私が理解できる以上のことでは無いってなるのかなって思ってるよ。
カントがどう思ってそれを書いたのか私は理解しきれてるとは言えないけれど、私が認識しうる限り物自体を想定できると書いてあったのかなって思うんだよ。
カントはすごい丁寧に説明してるし岩波文庫のは読みやすいからおすすめだよ。