隘路を通りぬけようとすると「ちから」が入る。
日本語の「ち(血)」の声遣ひは、「ちち(乳)」と同様にその感覚を伝へようとしてゐるだろう。
私は、中国語についてはほどんど何も知らないが、中国語の普通話の、日本語の話者には「ち」に聞こえるピンイン表記の"qì"(氣)の声遣ひにもそのような感覚が伴ってゐるのではないかと思える。
というのも、先日、中国のTVドラマを観ていると、いかさま占い師が客にお告げをしている際中に、高く鋭い音のおならをもらしてしまい、それを誤魔化すために"qì"(氣)と声を張り上げて誤魔化す場面があったからだ。