私に言はせれば、ショーペンハウアーは、「意志の働き」について、「»endgültig gelöscht«とされるような様態を実現すること」を「求められるべき理想」とすることをあらかじめ決めてゐる。
しかし、ショーペンハウアー自身がそのことに気づいてゐるとほり、それを「現に生きてゐるもの」がその理想を実現することは「できない」。
否、むしろ、「できようがない」といった方が適切だろう。だから、ニーチェは、禁欲主義的ニヒリズムは、実のところ、「虚無」を理想として追求するように見せかけながら、»Wille«/「〜を!」を救済したのだと指摘してゐるのである。