そてに対して柄谷行人と浅田彰が90年代終わりのNAMの時期から
言い始めたことはこういう内容だった。



・偽善者とは実は正しい。

何故ならそれは、善を徹底化しようとしていることの現れなのだから、と。



もうこのロジックに対しては、だから呆れ返るしかないわけよw 本当は。
この人達は戦後現代思想の展開において一体何を今まで読み取っていたのだろうか?と。

バタイユが提示していた哲学とは、近代フランス文学の中では
サド論をはじめとしてキリスト教哲学を徹底化した末に見出された
とても現実的な物の見方のことだったのだ。

もちろん日本にはそんな洗練された思想の痕跡は見当たらなかった。
そういう意味では日本はずっとアジアの後進国であり続けていた。