>>18
一応言うが、ここは相談スレではないし、個人にとっての世界の追求を目的としていない。しかし、人間が一般に抱く問題をはらんでいるように見えるのでそちらに対する私見を話したい。

すなわち、存在的不安だ。
世界は私の存在場所である。ゆえに私が消えれば世界は消える。そして私はいつか必ず消える。つまり、この世界にも生にも価値はない。単純化すればこのようになるが、大半の人間は主に二つのアプローチでその不安を回避している。
一つは物語への回帰だ。自己を文化や伝統、家族へ帰属させることで、虚空にぽつりと浮かぶ人生の存在を、大いなる流れに接続する。結果として死という概念が遠のき、世界が終わることはない。
そしてもう一つは、逃避だ。仕事などの外的な圧力や、優越感や承認欲求などの生物的欲求に従うことで肉体的及び精神的に忙しくなることができる。そして存在の不安を頭から半強制的に排除する。これは青年期から家庭を持つまでの間で顕著に表れる傾向だと個人的に思っている。


質問への返答だが、私は"他者に影響を及ぼしている"という感覚を身に着けるべきだと思う。
あなたはきっと理想に向かって努力することができるのだろう。40を過ぎても不確かな理想に向かって勉強をし続けられる人はそう多くはないはずだ。
だが、あなたはこれまでその理想に至ることはなかった。偏見で申し訳ないが、私はこれからも至ることはないと思っている。
もしあなたが、将来夢を実現できると確信している、あるいは自己の実存をそこに定義づけることができるのなら、すべきことは言うまでもないはずだ。
だがもしそうでないのなら、あなたは他者を求めた方がいいと思う。すなわち、先の話でいう”物語への回帰”だ。
自己を見限り、存在を他者に託す。大変消極的に見える姿勢だが、私にはそれが普通でかつ美しいものに思える。

なんにせよ、ここにあるのはただの私見にすぎない。せいぜい後悔のないよう生きればいい。