「マルクスの社会変革構想は時代とともに変化していった。『共産党宣言』においては、まだ楽観的に大恐慌が労働者の蜂起を引き起こすと単純に考えていた。

ところが1948年の革命が失敗し、1857.58年の革命もそのような大きな蜂起を引き起こさなかった。
マルクスは共産党宣言時代の楽観論を放棄し、資本の強靭性の源である弾力性を研究するようになる。

結果としてマルクスは共産党宣言時代の恐慌待望論ではなく、労働組合などを通じて物象化の力を制御し、より持続可能な生産を実現するための改良闘争が持つ戦略的重要性を強調するよう転換していくのである。」

                  齋藤幸平