探検


人間の欲望というカルマについて

1考える名無しさん
垢版 |
2025/02/25(火) 16:13:09.280
金が絡めば道徳は二の次になってしまう
何千年前から人間は物欲、支配欲で動いてきた
罪深い生命体だ
2考える名無しさん
垢版 |
2025/02/25(火) 17:15:38.950
私のことぉ?
3考える名無しさん
垢版 |
2025/07/14(月) 20:57:28.250
本来、勝つ実力の無い者がどうしても勝とうとすると、勝つために手段を選ばないという気持ちが湧きます。
そして、手段を選ばず、卑怯な行為に手を染めていきます。
その結果、上手くいってしまった場合、さらに卑怯な行為を続けていきます。
そのうちに良心の呵責も無くなっていきます。そうなると大変です。
他人を騙したり、足を引っ張ったり、寝首をかいたりする事に恥を感じなくなるのです。
日本人が本来持っている美徳が失われていくのです。
4考える名無しさん
垢版 |
2025/07/30(水) 20:46:01.280
欲求不満も限界突破って感じの今日この頃。そんな時に限って、男友達から飲みの誘い。別に期待してたわけじゃないけど、まさかこんな展開になるなんてね。

お酒も入っていい感じに酔いが回ってきた頃、ふと気づく。あれ、なんか雰囲気、いつもと違う? 目が合う回数が増えたり、距離が近くなったり…なんて、ベタな展開だけど、それが妙にドキドキするんだよね。

そして、案の定、終電を逃しちゃった。もちろん、偶然を装った必然ってやつ。彼の部屋にお邪魔して、さらに飲み直し。話す内容もだんだん際どくなってきて、もう後には引けないなって空気。

キスしたのは、どっちからだったかな? でも、そんなこと、どうでもいいくらいに体が熱くなっていく。服がはだけて、肌が触れ合うたびに、もう理性なんてどこかへ飛んでいってた。

暗闇の中、彼の大きな手が私を包み込む。普段はただの友達なのに、この瞬間は完全に「男」だった。そして、彼の身体の奥に触れたとき、息をのんだ。想像以上に、たくましくて、熱い。コンドーム越しでも、その大きさに衝撃を受けた。

最初は、ちょっとした好奇心だったのかもしれない。でも、一度その熱さを知ってしまったら、もう止まらない。彼の激しい動きに合わせて、私の体も勝手に反応する。彼の雄叫びが耳元で響くたびに、体が内側から震える。

奥まで到達するたびに、私の体は快感に打ち震える。今まで知らなかった感覚に、何度も声をあげそうになった。理性では「友達なのに…」って思っても、体は正直なんだよね。彼の巨根が奥で動くたびに、この上ない快感が押し寄せてくる。もう、頭の中は真っ白で、ただただ気持ちいいっていう感情しかなかった。

何度も何度も、体が重なり合う。汗ばんだ肌が擦れる音だけが部屋に響く。彼も私も、もう我慢なんてできない。理屈じゃなくて、本能のままに求め合う。まるで、ずっとこの瞬間を待っていたかのように。

夜が明けて、隣で眠る彼の顔を見た。友達だったはずなのに、一夜にしてこんな関係になるなんて。でも、後悔は全くない。むしろ、体の奥底から満たされたような、不思議な感覚に包まれてる。

「昨日さ…」なんて、気まずい会話になるかと思いきや、彼はにっこり笑ってくれた。その笑顔を見て、私も自然と笑顔になった。
5考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 01:10:04.540
人間だもの
6考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 05:25:31.290
>>1 こいつはアホやなあ
日本なんてのはな、江戸時代までの権力者な武士も権威の天皇陛下も皆、
質素を旨としてだんだからな。
加えて武士は何か間違いを犯したら切腹を命じられる程だったが知らんのか?
7考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 07:30:49.250
「思想」は、それが詩や哲学に解消されるのではなく、「思想」の言説として機能する限り、何らかの「主体」をどのようにであれ「存在者」として先立てる。
8考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 07:38:46.290
したがって、「ケアの思想」も、それが「思想」の言説として機能する限りにおいて、そして、その場合には、その「思想」を誰かが「主張する」、つまり、「『主体的』に唱へる」ことになるのだから、必然的にそれを唱える「我(われ)」といふ主体が「存在者」として先立てられることになる。
9Lass dein Herz nicht um mich besorgt sein
垢版 |
2025/08/17(日) 08:01:35.000
すると、「ケアの思想」は、それが「我(われ)」といふ「存在者」の「否認」/"negation"をとも(伴)なはない限り、それを言説として唱へることは、そのまま、「我(われ)に[不満が生じないように/うま()しく(»zu meiner Zufriedenheit«/"for my well-being")]配慮されてゐなければならない」/»um mich besorgt sein sollen«といふ「『ケアの要求』の思想」とならざるを得ない。
そして、逆に、それが「我(われ)」といふ「存在者」の「否認」/"negation"をとも(伴)なふならば、つまり、それが"self-negation"をとも(伴)なって唱へられるならば、「禁欲主義的ニヒリズム」に陥らざるを得ないのである。

そして、このように「ケア/配慮の思想」と「ケア/配慮の要求の(否認)思想」が互ひに切っても切れない関係で結びついていることは、例えば、フランス語の《soin》と《be・soin》の関係を想起してみれば、すぐに気づくはずである。
10考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 09:17:59.190
「ケアの思想」(/「ケアの要求』の思想」)を唱へることの「かひ(効)」とはどのようなものだろうか。

ここで、「存在者」としての「我(われ)」は、その誰もが»um mich besorgt sein«を既成事実として既に求めつづけていることに留意しよう。
というのも、さもなければ、「我(われ)」は、現に存在してはゐないことになるのだから。
つまり、「ケア/配慮」は、現に生きてゐるといふ事実により、既に実践されている。
であるとすれば、それでもわざわざ「ケア」(/「ケアの要求」)を言説として唱へるといふ行為は、その「かひ(効)」としてどのようなことを企図しているのだろうか。
11考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 09:27:43.000
「存在者」としての「我(われ)」は、実のところ、誰一人としてみづからが「ひと(人/一/等/均)」と「ひと(人/一/等/均)し(是)なみ(並)に」扱はれること、他人同然に扱はれることが望ましいと感じていないと私は指摘した。
誰もが、「ひと(人/一/等/均)なみ(並)」以上に、親身に扱ってもらいたい、みづからに配慮してもらいたいと願ってゐるのである。
「そんなことはない。私は、他人同然に扱はれて大いに結構だ。他人の親切など、私には余計なお世話でしかない。」と反発する人もゐるだろう。
しかし、それが嘘であることは、具体例を用ゐて考へてみれば、誰でもすぐに気づく。
12考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 09:40:25.350
「存在者」としての「我(われ)」は、誰もが、「ひと(人/一/等/均)なみ(並)」以上に、親身に扱ってもらいたい、みづからに配慮してもらいたいと願ってゐる。
その一方で、その同じ「我(われ)」は、誰もが、「ひと(人/一/等/均)に配慮する」ように絶え間なく求められることを、好ましいとは感じない。
好ましいと感じるのは、逆に、「ひと(人/一/等/均)に配慮する」必要がないこと、「気ままに」/»sorgenfrei«にしてゐられることである。
ここで、「我(われ)」の「ケア/配慮」に関する意識の働きには、「非対称」が見られることに気づくだろう。
13考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 09:50:29.740
例えば、隣家の敷地の隅にスズメバチが巣を作ったとしよう。隣家の住民は、そのことに気づいているが、巣が作られたのは、自分の庭の隅であり、スズメバチが飛んでいたとしても、自分からそこに近づかない限り、スズメバチに襲われる惧れはなく、別に気にもならないので、わざわざ金を払って業者を呼んで、巣を撤去してもらいたいとも思わない。
庭の隅は、隣の敷地と境を接しているが、隣の住民とは、何の付き合いもなく、面識すらないので、全くの他人である。
2025/08/17(日) 09:58:09.600
ところで、隣家の庭の隅にスズメバチが巣を作った、その「隣の住民」とは、「存在者」としての「我(われ)」であり、その家族である。
スズメバチがその敷地内に巣を作った隣家の住民にとっては、そこに近づく必要がない庭の隅であったとしても、
隣家と境を接する「我(われ)」と「我(われ)」の家族にとっては、そこは、毎日、必ず通る必要のある通路であるが、無論、スズメバチは、そんな「ひと(人/一/等/均)」の事情に一切「配慮」したりはしない。
巣に近づいていけば、巣に脅威となる可能性があるので、スズメバチは、それが誰であろうと威嚇し、それでも近づいていくなら攻撃するだろう。
15考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 10:01:36.930
さて、そのような状況で、「我(われ)」は、「ひと(人/一/等/均)なみ(並)」以上に、親身に扱ってもらいたい、みづからに配慮してもらいたいなどとは願ってゐない」、「私は、他人同然に扱はれて大いに結構だ。他人の親切など、私には余計なお世話でしかない。」と言えるだろうか。
16考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 10:18:05.880
「我(われ)」が、一般的な普通の「ひと(人/一/等/均)」であれば、自宅と境を接するその敷地内にスズメバチが巣を作った隣家の住民に、「そこは私たち家族が毎日、通る場所で、スズメバチに襲われる危険性が高いので、巣をすぐに撤去してください。」と申し入れるだろう。
また、申し入れを受けた隣家の住民も、それが一般的な普通の「ひと(人/一/等/均)」であれば、「隣から要望されたので『仕方ない』」といふ気持ちを抱いたとしても、その要望に応じるだろう。
17考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 10:36:27.170
ところが、「我(われ)」が、敷地内のスズメバチの巣を撤去してくれるよう申し入れたにも拘わらず、隣家の住民は、「我(われ)」の要望に応じることなく、「我(われ)」に対して、境を接する「隣人」としてではなく、「ひと(人/一/等/均)」と「ひと(人/一/等/均)し(是)なみ(並)に」、つまり、他人同然に対応したとしたらどうなるだろうか。
無論、隣家の住民も、スズメバチが巣に近づいてくる「ひと(人/一/等/均)」を攻撃する習性があることは、よく知っている。
それでも、「スズメバチも地球環境の生態系を保全するために重要な役割を果たしている生物種であり、私は、自然環境を保護することの方が、人の生活の利便性よりも大切だと思っているので、巣を撤去するつもりはない。刺されたくなければ、巣に近づかなくていいように暮らしなさい。」と応じたとしたらどうだろうか。
18考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 10:43:55.130
「我(われ)」は、そのようなことを「隣人」に平然と言ってのける隣家の住民を、「なんて『身勝手』な人だ」と感じるだろう。
しかし、その隣家の住民にしてみれば、「我(われ)」を「隣人」として親身に扱ふ、つまり、「ひと(人/一/等/均)なみ(並)」以上に扱ふことはせずに、「我(われ)」と「我(われ)」の家族がスズメバチに襲われる危険性を他人事として、「隣人」もそれ以外の人々も区別なく、「ひと(人/一/等/均)」と「ひと(人/一/等/均)し(是)なみ(並)に」、他人同然に扱おうとしているだけである。
19考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 10:48:59.980
ところで、奇妙で矛盾しているように思えるかもしれないが、「ケアの思想」(/「ケアの要求』の思想」)を唱へることは、実は、この「自分の隣人の都合」よりも、人類のために「自然環境を保護すること」の方を優先する隣家の住民のご高説と同様のかひ(効)」を発揮するように企図されているのである。
20考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 10:51:06.690
同様のかひ(効)」 ×
同様の「かひ(効)」 ○
21考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 11:04:43.530
「ケアの思想」(/「ケアの要求』の思想」)は「つか(仕/使)へる」(»bedienen«)者を飼育する躾に役立つ「かひ(効)」を発揮するように企図されている。
22考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 13:09:15.670
それが、どのようにしてか分かるだろうか。
23考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 13:13:35.860
唱えられる「ケアの思想」が、「我(われ)に[不満が生じないように/うま()しく(»zu meiner Zufriedenheit«/"for my well-being")]配慮されてゐなければならない」/»um mich besorgt sein sollen«といふ「『ケアの要求』の思想」として聞こえるなら、
それを声高に唱える相手が、みづからにとって「身内」である「をさな(幼)ご(児)」のような存在者でないかぎり、そんなものに誰も耳を貸そうとは思わず、それが何にどう配慮するように求めているにせよ、聞く耳を持たない。
24考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 13:35:44.730
つまり、唱えられる「ケアの思想」に人々が耳を傾け、何らかの「かひ(効)」を発揮するためには、それが「我(われ)」といふ「存在者」への配慮を求めるものではないといふ「否認」/"negation"をとも(伴)なはなければならない。
ところが、そのような否認は、それを現に生きてゐる誰かが「我(われ)」みづからの主張として唱へているのだから、既に指摘したとおり偽善であり、その思想に耳を傾ける誰もが、その偽善に気づかざるを得ない。
したがって、「ケアの思想」は、それが「我(われ)に配慮されてゐなければならない」といふ要求であることを偽善的に否認しながら、誰かにどのようにか配慮すべきことを「ひと(人/一/等/均)」に呼びかけるものなのだから、誰かにどのようにか献身的に「つか(仕/使)へる」(»bedienen«)べきことを偽善的に唱へていることになる。
25考える名無しさん
垢版 |
2025/08/17(日) 14:57:06.660
>>13 これぞ理性の幼いお馬鹿さん
戸建ての場合でお隣とはなんの面識もないとか言えることこそがお馬鹿の証明をしている。
2025/08/17(日) 15:22:34.510
実際、戸建てでかなり長期にわたって隣家に住んでいた人々とは、こちらが挨拶に行くまで、何の面識もなかったよ。表札も出さず、何という名字の人が何人でそこに暮らしているのかすら不明だった。こちらから挨拶に行って、名字は知ることになったが、最終的に引っ越して出て行くことになったが、最後まで何人がそこに暮らしていたのかも不明のままだった。
植林した樹木ではなく、勝手に種から生えた雑木が屋根を超える高さの巨木にまで成長して、そのままだと伸びた枝がこちらの屋根に接触したり、落ち葉が雨樋に降り注ぐことになるので、剪定をお願いしたが、完全に無視された。夜中の2時、3時まで大音量でよく何か政治演説のような不明な録音を大音量でループでずっと流していて、とても奇妙な感じだった。
2025/08/17(日) 15:32:03.810
それだけでなく、国勢調査員を名乗る人が、隣の人は、いついるのかを尋ねてきたり、引っ越しで出ていた数ヶ月も後になって警察手帳を提示する私服の人が「隣に○○さんが住んでいるはずですが」と尋ねてきたり、いかにも何か普通の人とは異なる事情がありそうな感じだった。
結局、そこの戸建ての所有者ではなく、借りていただけだったことが判明したが、どうみても家族としてまともに生活しておらず、戸建ての賃貸の家賃は、相当に高い地域なので、なぜアパートやマンションではなく、そこを長期で借りる必要があったのかもよく分からなかったし、最終的に引っ越していくときにも、何の挨拶もなかったので、出て行くことになった理由も不明なまま。
2025/08/17(日) 15:39:29.170
ちなみに、スズメバチの巣の件は、完全に架空の話ではない。スズメバチが自宅の室内にまで入ってくることがあり、隣家に巣があることが判明したので、お願いして巣を撤去してもらった。
この場合は、面識がなかったわけではなく、撤去に普通に応じてもらえたが、「巣があることは知っていたけど、怖いから近寄らずに放置していた」のだそうだ。
これが、もう一方の不明な住民の隣家であったら、雑木の大木の場合と同様に無視されただろう。
2025/08/17(日) 15:55:50.420
室内に侵入してきたスズメバチは、こちらに真っ直ぐに飛んで向かって来たので、ハエ叩きで運よく叩き落としたが、ヒットしなかったら酷い目に遭っていただろう。
隣家の雑木の大木については、植林した樹木ではなく、剪定のお願いも無視されたので、仕方なく、「違法行為」であることを知りながら、勝手に木に登って、こちらの敷地の上空に伸びた太い枝は、ノコギリで切り落とした。
二階の高さまで木に登って作業するのだから、滑り落ちたら命を落としかねない危険な作業だが、こちらが裁判所に訴えたりするのも面倒で、仮に「違法行為」で訴えられても、物損の民事訴訟にしかならない。
自宅の屋根に物損が生じてから裁判所に訴えて補償を要求するよりは、面倒が少ないと判断した。
30考える名無しさん
垢版 |
2026/01/04(日) 23:55:36.840
発達障害ほど性欲強いのなんで?
31考える名無しさん
垢版 |
2026/03/25(水) 20:49:51.540
利己主義もバランス次第
32考える名無しさん
垢版 |
2026/06/30(火) 12:55:45.630
>>1
それが動物の本能だからだろ
2026/08/02(日) 05:47:31.870
https://i.imgur.com/IkEGCzM.jpg
レスを投稿する


ニューススポーツなんでも実況