誰でもそれを大切に守りさえすれば、「よく生きる」こと、つまり、「意欲を満足させることができるように生きる」ことを可能にする汎用の「をし(教)へみちび(導)き」の条項といったようなものは、原理的にあり得ないことは、誰にでも容易に分かるだろう。
では、なぜ、あたかもそのような「をし(教)へみちび(導)き」が存在し得る、あるいひは、既に存在してゐるかのように大勢の人々が信じ込む、または信じているふりをするのだろうか。