キリスト教や仏教が掲げる禁欲主義的理想のトリックは、ニーチェが指摘したとおり、「よく生きる」とは、「『みづから進んで意欲を退縮させる』ことを意欲する」ことであると信じ込むように、あるひは、少なくともそう信じているふりをするように人々を教へ導くことである。
その教へ導きに従ふなら、「意欲する」ことは形式として保たれるが、何をどのように意欲するのかは空虚化される。空虚な形式と化した「意欲する」ことは、汎用で限りなく追及され得るものとなるのである。