私は、日本語におけるこの「〜ふ(復/覆)」の表現法を"frequentative"と解釈することを最初から拒絶してきたが、いづれにせよ、「あら・は」が、「ある」からの派生した表現であるとするなら、やはり、「あ(存/在/有/或)る」ことの方が「あら(顕/現)はる」ことに先立つのではないか、といふ疑念が生じるだろう。
私が「奇妙なことに気づくだろう」と言っているのは、そのことである。