これらの事例では、明らかに、というよりむしろ明示的に、「いき(息)づき」は、「いき(息)が(我が身に)つ(衝)かへる」感覚を伝へようとしている。
そんなことは、どうでもいい。「ため息をつく」でも、「息がつ(衝)かへる」でも似たようなものだと言ふのなら、それは、「他人が歌に詠んで伝へようとした感覚などどうでもいい」と言ふのに等しく、それなら、そもそも、万葉集に詠まれた歌など、どうせ他人事なのだから後世に残して伝へる必要もないといふことになるだろう。