>>237
2. 「快の剥奪」概念の妥当性と死
237は「快の剥奪は悪い」というベネターの主張を「意味不明」とし、「死は快の剥奪ではない」「快苦は物ではない」と批判しています。

「剥奪」の概念:
ベネターが言う「剥奪 (deprivation)」は、物理的な「物」の持ち運びや奪い合いのような意味ではありません。彼が指すのは、**ある状態や経験が「失われること」**です。生きていれば経験できたであろう快楽や喜びの機会が、死によって永久に失われる、という意味での「剥奪」です。

死と剥奪:
死は、まさに「快の剥奪」です。生きている間は、食事の喜び、人間関係の喜び、達成感、美しいものを見る喜びなど、様々な快楽を経験する可能性があります。死は、これら全ての将来の快楽の可能性を**完全に断ち切ります。**この「快楽の喪失」こそが、ベネターが「快の剥奪」と呼ぶ概念であり、これは多くの人が死を恐れる理由の一つでもあります。