>>319
(2) 「責任の押し付け」という主張反論は、プールの例えが反出生主義者に「プールをきれいにする責任」を押し付けていると批判します。
しかし、これは例えの意図を完全に誤解しています:例えの目的は責任の押し付けではない
プールの例えは、反出生主義が「改善努力を拒否し、存在そのものを否定する」思考構造を批判するためのもの。反出生主義者に「プールをきれいにしろ」と押し付けているのではなく、「なぜ改善を試みず、即座にプールをなくす結論に至るのか」を問うている。

反出生主義の責任回避:反出生主義は、苦痛の存在を理由に新たな出生(=プールに人を入れること)を否定するが、既存のプール(=現在の人生や社会)の改善については責任を取らない。
この点を例えが浮き彫りにしているのであり、「責任の押し付け」ではなく、反出生主義の論理的一貫性の欠如を指摘している。

批判の問題点:「責任の押し付け」という批判は、反出生主義者が自身の立場(苦痛を理由に存在を否定)の倫理的帰結を直視せず、議論を被害者意識にすり替えている。これは感情的訴求であり、論理的応答になっていない。
反出生主義者が「プールをきれいにする責任」を負うべきかどうかは、例えの主眼ではない。むしろ、反出生主義が「プールをなくす」以外の選択肢を排除する理由を正当化できない点を問題視している。