単なる感想になってしまうんですが、楽しいことがなくても「悪くない」とは思いませんね。
とても悪い状態です。
もちろん苦痛があることも悪いんですけど非対称にはなってないと思います。

生み出す側の都合は軽視されるべきだという論調もおかしくて今具体的に生きてる人々の都合を大事にしない意見は受け付けないんですよ。
ていうか大嫌いなんですよ。昔からね。俯瞰できてる俺すげーって思ってませんかあ?
私が反出生主義に反発する大きな要因はその人間の都合を悪いことのように考えているところです。
生まれて来る子供も多くは生まれたことを嘆いたりはしない。たまにはあるかもしれませんが。
大事なのはどんな意見も具体的に生きてる人間の意見でしかないという自覚があるのかどうかです。

我々は何よりまず生きてる生物なわけですよ。
一番根源的な性質は生物的側面であるということです。
生き物が生殖して何が悪いんですかね?
もちろん生まれて来る子供の苦痛や幸福のことも我々の都合に含まれていますからそう単純でもないんですが。
要は大事な仲間として迎え入れる体制を整えておけば子供にとっては十分なんです。

そんなん関係ねー。とにかく苦痛が気になってしょうがないというなら素直にそう言えばよい。
仲間として受け入れられなかった個体もいるでしょう。
悲しい悲しいことですよね。涙が出ちゃいますよね。思う存分泣けばいいと思いますよ。
ただ他人の都合を無視して勝手にルールを作ってはいけません。
他人の都合をちゃんと認めてあげないとあなた方の都合も軽んじられてもしょうがないんですよ。
苦痛が本質なら反出生主義を主張しない苦痛があるということになる。つまり自分の都合で動いてることに変わりは無いんですね。
自分は自分にとって都合が悪いことを言ってるんだと思ってませんかあ?
お互い自分の都合でしかないと気付いたならもっと素直になれると思いますよ。