反出生主義の主張のタイプの一つに「生まれない場合のAは云々」という型がありますが、このタイプの意見は誤りを含んでいるように思えます
生まれていないならばそれは無です。無は指し示すことが出来ない概念です。それを「Aは云々」と述べている時点で実は無ではなくなってしまってるように思えます
無は語りえぬものであり、論理的に存在と非存在の価値比較は哲学の限界を超える試みであり、「比較不可能」の結果に至ります
よってこのタイプの反出生主義の主張は、「出生か不可知のどちらかよいか?」という問いに還元されて、その答えもやはり「不可知(既出のように比較できないため)」です
私には具体的な方法は思いつきませんが、定義次第ではすべての反出生主義の問いの答えを「不可知」にすることも可能かも知れません