>>672
問題の核心
反出生主義の理論的主張の中核は、「存在には避けられない苦痛が内在しており、ゆえに新たな存在を生み出すことは悪である(=道徳的に誤り)」という価値判断です。
つまり「苦痛が悪 → 存在には苦痛が不可避 → 存在=悪」という倫理的連鎖を含んでいます。
この意味で「苦痛が悪」と「存在が悪」は切り離せないものです。
反論の誤り
> 「存在が悪じゃなく、苦痛が悪」だからヴィーガニズムと整合する。
※この主張は、以下のようなすり替えを含んでいます
「存在を否定しているわけではない」と言いながら、実際には存在を“倫理的に悪と見なして否定”している反出生主義の中核命題を曖昧にしている。
「苦痛が悪」だけを取り出し、「存在」は中立的または可塑的(改善可能)な対象と再定義している。
→これはもはや苦痛削減主義であって反出生主義ではない。
・ベネターがヴィーガンであることは、確かに「動機の親和性」や「倫理的感受性の共通性」を示すことはできます。
・しかし、それは論理的整合性の証明にはなりません。
・実践としてヴィーガニズムを選ぶことが、反出生主義という存在否定の理論と論理的に整合しているかどうかは別問題です。
要約
「苦痛が悪」だからといって「存在が悪でない」とするのは、反出生主義の中核命題から逸脱しています。
反出生主義は、「存在には必然的に苦痛が内在する」ことを理由に「新たな存在そのものを否定する」立場であり、
既存の存在に倫理的加護を与える(=価値ある存在として扱う)実践は、理論の自己解体を招く矛盾的行為です。
ベネターがヴィーガンであることは事実としては興味深いですが、それは 理論の整合性の証明には一切なりません。