快苦の非対称性は、全く意味のない愚論です。ベネターの本は話にならない、出来の悪い学生の卒論のようなもので、なぜまともに取り上げる人がいるのか理解できません。
そもそも快や苦の「不在」という概念に特に意味はありません。それらの「回避」やら「剥奪」やらも、混乱させるだけの無用の概念です。
人間の「今」の心的状態の可能なパターンとしては
1.快の現在
2.苦の現在
3.両方の現在
4.両方の不在
の4つだけで、どこにも非対称性などありません。

ついでに、「死ぬ」と「生まれない」の間に本質的な違いは何もありません。面倒なだけで「死ぬ」という言葉を廃止して「生まれない」と言い換えても、意味は通じます。
この点は理解している人はあまりいませんが、心理的な強烈なバイアスがかかっているから見えづらいだけで、純粋に抽象的に考えれば、何も難しい話ではありません。