探検


意識のハードプロブレムの答え47

1考える名無しさん
垢版 |
2025/11/01(土) 23:06:24.330
意識のハードプロブレムの答え46
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1733806278/

さあ「語り」ましょう
2025/11/02(日) 00:06:14.710
ZFCをみてみると、公理系において特級呪物として機能しているのが論理式だ。
関数/述語でもある。
この呪物に縛れることで好ましくないものが封印される。
呪物が強い時は好ましいものまで縛られてしまうので、好ましいものの公理を追加する必要がある。
そう考えていくと、真理値というものは、封印されたものを封印されたまま利用する技術である。
2025/11/02(日) 00:14:46.990
意識や言葉なども、呪物によって封印されたものを封印されたまま扱う。イージープロブレムだ。
言葉は、封印されたものであるが、呪物としても扱える。
無限後退も封印してしまえば呪物として扱える。
おかしな用語を使用しているが、ようするに「公理系」というものの世界。
2025/11/02(日) 14:22:58.790
反応と反応の反応と反応の反応の反応と...これらも意識ということでよいと思うが、
一般的には、これらの反応群が主観内にあるものを意識と呼ぶ。
主観内にある他者の主観を考えれば、そこにも意識がある。
主観とはなにか、という問題に、ブラックホールに類似する集まりを考えてみたい。
2025/11/04(火) 18:28:16.920
イージープロブレムから主観・意識・クオリアをつくってみる。
基本となるのは「反応」だが、それは入力された情報に対して情報処理された結果の出力だ。
主観とは主観世界のことであり、通常の「世界」のこと。
世界とは空間であり、空間は数学的には「集まり」のこと。
主観とは情報空間。意識もクオリアも、この情報空間の内部にある。
2025/11/04(火) 18:45:42.730
細かい説明は先送りするとして、この主観という情報空間には4つの真理値がある。
ミニマムな情報空間は1ビット空間だが、これが4つの真理値を持てるのか、考えてみる。
ビットをスピンの↑↓と考える場合は、観測者も必要だ。
多世界解釈に従って、観測者を情報空間に組み込むと、
この多世界な情報空間は2ビット空間とみなすことができる。
2025/11/04(火) 18:56:09.100
00,01,10,11という固定値ではない。それは外部に観測者がいる場合であって、この2ビット空間の内部に観測者がおり、
内部の観測者自身からみた2ビット空間になる。
0次元球面は2つの点である。0次元リーマン球面(そんなもんあるのか?)を考えて、その変換を扱ってみる。
2025/11/06(木) 00:54:27.330
違った。2ビット空間内部の観測者がみた場合、それは1ビット空間にみえる。
主観世界の情報は本来あるべき情報の半分になる。
それが「主観」だ。意識は反応の連鎖として、クオリアはどうなるか?
クオリアという呪物。集合論的な呪物であり、われわれが使う呪物して代表的なものが「言葉」である。
9考える名無しさん
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2025/11/07(金) 22:54:36.810
意識のハードプロブレムとは形而上のものを扱っているように思います
「感じる」の適用範囲に「神」があるように思えます
それは物理学にも適用できるようにも思えますが物理学が神と違うのは「どのように使えるか?」ということのように思います
「神が世界を創造した」を「どのように使えるか?」として扱う場合に問題になるように思います
それらの系の適用範囲はどのようなものによって構築されているのかというのであれば経験によるものと考えます
2025/11/07(金) 22:56:04.650
ラジオツ
2025/11/07(金) 23:49:04.610
形而上とか形而下というのは易経からきているものであり、
本来はmetaphysicsメタ物理学です。神など不要で、単に物理学のためのツールと考えます笑。
2025/11/08(土) 00:00:35.790
>>5
それって、そんなややこしい話ではなくて、内部的なプロセスがわかってない場合には、入力に対して全く同じ出力をするけど、内部的なプロセスそのものが全く別物であるということがあり得るというところに問題があるんでしょ?
でなんで、そこが問題になるかと言うとその内部的なプロセスというのは我々が知覚していそうだと言えるものであるから、その意味で外部的なプロセスとなり得るからでしょ。そうじゃなきゃ、わかりようがないから知らんがなで終わるわけだからね。
で、その辺りを深掘りしたいなら、その話は聞きたいわけだが、そんな話してないよね?
2025/11/08(土) 01:36:31.140
ん? 主観や意識やクオリアが外部からわからないのは、
no-cloning theoremによるものと考えています。
これにより内部であっても観測結果しか得られません。反応しか得られません。
「量子AIは量子羊の夢を見るか?」ということを考えています。
2025/11/08(土) 18:01:21.230
ええと、なにをやろうとしていたのかだんだんわからなくなってきた。
とりあえず、対象(ミニマムなビット意識)に情報をぶちこんで返ってきた情報から対象の意識を検証しよう。
チューリングテストのビット意識版。検証する側もビット意識とする。
コロッサスとガーディアン。CとGとの間でのチューリングテスト。
2025/11/08(土) 18:09:09.140
主観や意識が外部に漏れださないのは量子複製不可能定理もしくはブラックホールに類似した構造があるものとする。
2025/11/09(日) 14:27:31.100
入力不明のままの対象Cの反応を入力として対象Gは反応する。
対象Gの内部的反応が意識。
入力→反応ではなく、反応→入力のように逆にたどっていく。
対象C,Gの環境を仮想的な対象Eとする。
対象{C,G,E}と、それらの間の射が渦を成す。渦も仮想対象になる。
2025/11/09(日) 14:40:34.990
ただし、仮想対象は、C,G,Eそれぞれの主観内にあるので取り出せない。
{C,G,E}を主観内に持つ観測者としての対象Iを加える。
対象Iの主観内に{C,G,E,I}がある。C,G,E,Iは対象であるが、それぞれが内部に対象を持つ集まりである。
圏論の射はドメインとコドメインによって区別されるものではないが、ドメインとコドメインによって規定される
新たな基本射を考えてみる。
2025/11/09(日) 14:52:20.230
基本射を考えるのは、その内部に立ち入らないようにするためである。(形式化?)
Iの内部では量子として情報を扱う。必要ならば量子もつれも使用する。
Iの量子意識内部での仮想対象たちの意識。ほんとうに仮装大賞かもしれん。
とりあえず、構想がまとまったので、実作しながら検討してみよう。机上やシリコン上で検討して、
最終的には量子コンピュータで...
19考える名無しさん
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2025/11/11(火) 12:04:50.150
まず知ることから始めてみないと埒があかない。意識はある、眠っている時にも意識はある、このような命題を真であると知ることが大事なんだ。

クオリアなんてない方も大勢いるようだ。私はクオリアは茂木研究者にないと知っている。脳科学者でさえクオリアは風前のともし火だ。
20考える名無しさん
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2025/11/11(火) 14:45:00.410
他人の意識やクオリアの存在を証明することはできない。
その事実により、意識やクオリアは自然科学の対象とはならない。
実に明白なこと。
21考える名無しさん
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2025/11/12(水) 05:58:54.500
「リンゴ」は存在を証明出来る(という事になってる)のに
「リンゴがある」と言えば途端に「いやあるってなんだよ」となるからその感覚の存在は証明出来ないという事になるの
理屈はたぶん分かるんだけど、直観的には未だにしっくり来ない
22考える名無しさん
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2025/11/12(水) 08:50:23.600
意識の能動性(ここで「反射」と呼ばれるものの)の起源は感覚の反作用にある。つまり感覚とは受動的なものであるだけではなく、能動性を持つ広い意味の「感覚」である。
23考える名無しさん
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2025/11/12(水) 09:03:17.670
>>22
人は外界から刺激を受ける。その刺激を分類するならば、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚のいわゆる五感である。もちろん、五感に収まりきらない無数の刺激を外界から受け取っていると言ってもよいが、ここでは便宜的に「五感から刺激を受ける」とする。

とかく、人は外界から刺激を受けている。視覚は光を、聴覚は空気の振動を、味覚は食物の成分を、嗅覚は様々な分子の混交を、触覚は触れた対象を感じる。

特に重要なのが触覚だ。なぜ触覚か?確かに触覚は受動的に刺激を受け入れるが、その本質は心のなかで「能動的に触れる」機能にある。触覚は感覚を受けつつ、またそれが機能している間は、能動的に感覚に触れているのである。

この触覚における能動性は、「触覚自体の存在と、他の四つの感覚を感覚する役割」を持っている。つまり、身体に入ってくるあらゆる刺激は、能動的な触覚の働きによって初めて「刺激」として認識される。

例えば、カエルの足に電流を流すと、一定の閾値を超えたとき、足が反射的に跳ねる。しかし、ここで重要なのはそのような反射ではなく、あくまでも自ら触れようとする触覚による能動性である。この触覚の能動性(内的に触れること)が、原初的ではあるが「感情」や「意識」の基盤となる。意識の発生には、「感覚」、特に触覚の能動性が無意識の底で深く関わっている。すなわち「触覚=意識の原初態」である。
24考える名無しさん
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2025/11/12(水) 09:16:00.290
>>23
意識の発生において、この
「感覚の反作用=触覚の能動性=意識の原初態」
は覆すことが出来ない働きである。
25考える名無しさん
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2025/11/12(水) 12:46:00.710
>>23>>24

ほう。意識の発生か。

シナプスが発生するんかね。
26考える名無しさん
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2025/11/12(水) 14:00:03.830
>>25
触覚自体は科学の範疇に収まるだろうが、「触覚の能動性」は科学(神経科学など)で証明することは出来ない。その能動性は自分の内部でしか、つまり感覚を「感覚(刺激)」として扱っているときにしか分からないからだ。
そして、その能動性を他者と比較することが出来ない、という意味では客観的に扱うことができない。これは超主観的な話題である。なぜなら触覚は諸感覚の「メタ」であるからだ。

そして、そのメタ領域を科学は言葉で説明することができるが、その内実を、つまりその実際的な超心理を万人は理解できるわけではない。
27考える名無しさん
垢版 |
2025/11/12(水) 15:17:57.150
意識のハードプロブレムで問題視されているのが一定の入力に対して
一定の出力しかできないのかということ
f:入力→出力ではただの関数だが
テンソル積を扱うモノダイル圏だと
⊗:C✕C→C
という第一引数と第二引数の入力が可能
入力から即出力されるのではなく入力が高階テンソルになるとちょっとだけ「考える」ことができる
28考える名無しさん
垢版 |
2025/11/12(水) 15:34:26.680
「考える意識」は低次の感覚的な入出力(作用反作用)から得ることは出来ない。感覚ベースの反作用はあくまでも自我・非我の分別が無意識にできるようになるだけで、それは意志による「考える意識(思考)」とは違う。「思考する」とはある種の「思考の形式」を利用することである。

精神の機械化(機心化)にはルーチンワークとしての「習慣」が関わる。「習慣」が意識に投与され、はじめて意識は機械化され意志の自由を獲得する、というのはある形式の所有によって意識は自由になるからだ。
自ら機械的に振る舞う選択をすることができる、これが最低限の「考える意識」であるだろう。
29考える名無しさん
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2025/11/13(木) 06:16:07.000
「お茶が飲みたくなったので、お茶が入ったやかんを手に取ったが、思ったより熱かったので手を放してしまった」
という人がいたとする


その人の意識の発生プロセスは

喉が渇く
→お茶を飲む為にやかんに触れたいと思う
→熱いと感じる
→やかんから手を放す
……という感じの流れになっている
30考える名無しさん
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2025/11/13(木) 06:17:43.960
意識は自分に主体があるのか?
意識は世界に主体があるのか?
哲学の世界では、たまに、そういう事が議題に上がる

それを上記のモデルで考えてみると
「喉が渇いた」という気持ちは世界に主体がある
「やかんを手に取ってお茶を注ぎたい」という気持ちは自分に主体がある
「やかんが熱い」という気持ちは世界に主体がある
「手を放したい」という気持ちは自分に主体がある
31考える名無しさん
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2025/11/13(木) 06:18:37.210
「何故やかんが熱いのか?」
それは、やかんを手に取ったからである

「何故やかんを手に取ったのか?」
それは、喉が渇いたからである


「何故非我があるのか?」
それは、自我があるからである

「何故自我があるのか?」
それは、非我があるからである
32考える名無しさん
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2025/11/13(木) 06:35:28.380
人間の理性というものには
おそらく、「参照元を1つしか捉えられない」という感じの性質がある
何故ならば、命題というものには絶対性が必要であり、循環参照は矛盾している

「Aである理由はB」
「Bである理由はA」
こういうロジックは、循環論法と言われ、証明すべき結論を前提として用いているだけの詭弁だと捉えられる
「自我がある理由は非我があるからであり、非我がある理由は自我があるからである」
こういうロジックも、根拠が循環しているので、説明が説明になっておらず、論理が論理になっていない


しかし、「意識の参照元」という概念は
そんな「参照元を一つにして欲しい」という人間の都合などおかまいなしに
おそらく、世界と自分を常に絶え間なく循環している

人の意識というものを理性で捉えようとしたら意味不明になるのは
意識のそういう性質も絡んでいるからなのではないかなと、個人的に思う
3323 Errors
垢版 |
2025/11/13(木) 07:15:20.970
人間的な意識は無目的に循環運動をしているわけではない。意識はその時々の社会条件・環境条件に適合するように運動する。その「適合」を固定的な絶対的真理と区別して客観的真理という。
すなわち意識(意識の発生)は客観的真理を根拠(目的)にして運動する。

意識の客観的真理との「同一化」という、その都度の同一性というあり方は、しかしまだリアルなものではない。意識にとっての究極的な目的は、「それ以上求める理由がないもの=幸福」であるからだ。その真理との同一化にかわり、幸福の獲得という究極的な目的(根拠)があることによって、意識は発生する。
34考える名無しさん
垢版 |
2025/11/13(木) 12:26:26.260
人間の欲求とは世界の在り方との摩擦から発生する
例えば、お腹が空いたのにご飯を食べられなかったら、ご飯を食べたいという気持ちになる
よって、意識とはつまり、「世界に自分を合わせる」(=客観的真理との同一化を果たす)という事を目的として存在すると言える

という感じなのだろうか
35考える名無しさん
垢版 |
2025/11/13(木) 12:39:23.700
意識は客観的真理を根拠として運動している
例えば、やかんが思ったより熱ければ、人はやかんから手を放す

しかし、それを言うならば、それと同時に
意識は絶対的真理を根拠として運動もしている
例えば、人間の根底には「熱いのは嫌だ」という気持ちがあり、それがあるから人はやかんが熱ければ手を放す
36考える名無しさん
垢版 |
2025/11/13(木) 12:40:42.780
「熱くても我慢しなさい」
そう言われた時、ある程度は、それは耐えられる
しかし、ある程度を超えると、人間には限界があるので、それに耐えれない
そしてそれに耐えられない時、その人は普通に、「無理です」と言う


幸福とは端的に言えば
世界と自分との間に摩擦がない事である
しかしその為の手段は、自分を変えるという方法の他に、世界を変えるという方法もある

意識は客観的真理との同一化を目指している
しかし、意識というものには同時に、世界と同一化するなんてまっぴらごめんだとも言っている
…ような気もする
37考える名無しさん
垢版 |
2025/11/13(木) 12:53:57.520
「世界と同一化するなんて嫌だ」という気持ちも
言ってしまえばそういうエゴを適度に発散する事で世界と自分との折り合いをつける行為なのかもしれない
つまり、言ってしまえば、それもまた「客観的真理との同一化を果たす為の運動」と言えなくもないのかもしれない
…しかし、そうやって折り合いを付けている時点で運動の根拠は絶対的意識の方にあるのではと言われたら、そうであるような気もする


意識の主体は何処か?
どちらが作用でどちらが反作用か?
そんなものは結局、立場次第というか、見方によるような気もする
しかし、そんな事を言い始めれば、「それは見方による」という結論もまた見方によると言えてしまうパラドックスが始まってしまうような気もする

うーん…
38考える名無しさん
垢版 |
2025/11/13(木) 12:58:07.530
世界を変えられるほどの力があれば、変えるのが筋がありそうだ。

だけど、僕たちは自分を変える力から養わなくてはならないだろう。

やかんが熱くて条件反射するのはごく自然なことだけど、やかんが熱いというのが世界像なんじゃねえのかと。

世界という名の少年を育てることが、世界を変えるんだと。
3923 Errors
垢版 |
2025/11/13(木) 14:38:11.780
人間的な意識はそのつどの社会条件・環境条件に適合するように運動する。その適合において人は客観的真理に至ることができる。しかし、意識による客観的真理への適合および同一化の本質は、もっと別のこと、いわば幸福の実現にある。

幸福の実現を意識は欲する(そのために、より高次な(人間的な)意識は発生する)が、これは自己の幸福のみの実現を意味しない。なぜなら社会の中に生きる以上、自己の周囲の人々が不幸ならば自らが幸福になることを妨げられるかもしれないからだ。
ゆえに意識による「幸福」の実現は、他者の幸福の実現を介することで自己の幸福を実現するという共同体の正義という道筋を辿る。

意識の「能動性」の根拠は客観的真理への適合、自他の幸福の実現、共同体の正義(自由)を経ることでより明確になる。つまり(人間的な)意識の能動性の発生は「自由」という普遍的な目的(根拠)があることによる。
40考える名無しさん
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2025/11/13(木) 17:01:51.960
論理学におけるアイデンティティはA=Aであり
写像では恒等写像f:A→A,f(a)=aのことを指す
変換群ではΦ:G✕X→XでありXからXの写像に見えるが同じ集合の違う要素x→x´への写像である
加群ではf:R✕M→Mであり閉じていることが条件である
R=Z,M=Zならrm∈Zである
スカラー倍に対して閉じている作用と加法が両立している
r(m1+m2)=rm1+rm2∈M
rが作用してもアーベル群を損ねないことを意味する
つまりアイデンティティを保存するとは集合からはみ出さない範囲で別の要素に写し変える
f(x)=x´である
アイデンティティの集合とは何か
自我同一性の場合自分の中に閉じているということであり
自分は何者かとして人間だというのもアイデンティティである
加群の例ではrが作用してもアーベル群を損ねないという拡張性があり
自我同一性とは自己拡張性のことを指すのではないだろうか
自我と非我において非我とは他者だったり物だったりする
全てのものは夢の中だったら非我も自我に飲み込まれることになる
自我Aと自我Xがあるなら自我ax∈X
自我Aと非我Yがあるなら自我+非我ay∈Z(自我でも非我でもない第三者)
非我は外付けの道具のようなものといえる
果たして人間が道具を持ったとき人間+道具の集合Zは何に属するべきだろうか
自我を持った道具なのか非我を持った自我なのか
非我を持った人間だと自我の居場所がなくなってしまう
これを「道具のパラドックス」とする
41考える名無しさん
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2025/11/13(木) 17:40:57.790
虚無の壁w
42考える名無しさん
垢版 |
2025/11/13(木) 17:49:20.160
自我は非我を取り込む
自我は非我へと変化を受け入れる
自我は非我とコミュニケーションをとることで自我のネットワークを広げる
完全な非我は存在せず経験により非我を乗り越える(自我化する)
未経験のものを非我として乗り越えていく
自我と非我は視点が違う
非我は超自我である
全ては夢だった
でもそれぞれ主観があると信じる
43考える名無しさん
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2025/11/13(木) 17:51:12.270
ヴァカの壁w
44考える名無しさん
垢版 |
2025/11/13(木) 23:44:20.820
「そこにやかんがある」や「そこにやかんはない」ということを言うためには「やかん」という概念が前提になる
「やかんはない」や「非我」という言葉はどのようなものだろうか?
45考える名無しさん
垢版 |
2025/11/14(金) 09:57:56.600
>>44
当たり前の話だが
宇宙が始まった瞬間には、やかんにはやかんという名前はついていない
「丸くて取っ手の付いたお茶を沸かす為の道具」という概念を人間が勝手にやかんだと定義しただけ
だから、まずそういう意味で、「やかんは(人間がそう名付けなければ)ない」と言える


そして、もう一つの話として
「”それ”がやかんであるかどうか?」という事は、いわゆる、相関係数というもので捉えられる
「丸っこいかどうか?」
「取っ手が付いているかどうか?」
「コップにお茶を注ぎやすいかどうか?」
そういう条件を複合的に加味して、人はただのアルミニウムの塊に対してやかんという概念を紐づける
だから、その相関係数の合格点のハードルを勝手に上げて
「本物の職人が作った究極のやかんでなければ私はそれをやかんだとは認めない」みたいな事を言い始めれば
「(私にとっての)やかんは(この不完全な世界には)ない」とも言える
46考える名無しさん
垢版 |
2025/11/14(金) 10:16:56.290
そして、理論というものは何かがある前提で組み立てられていくものなので
この「あるは実はない論」を突き詰めれば
ただひたすら「あれは本当はない」「これも本当はない」の難癖合戦になって、最後にはこの世界は全部幻だーとか言い始めて、不毛になる
(だからこういう話と真面目に向き合ってしまう哲学は何にも答えが出せない)
47考える名無しさん
垢版 |
2025/11/14(金) 10:37:04.010
数学の世界では「1というものがある」という事になっている
だから「1+1=2」で、「2×2=4」で、みたいな事を迷わず計算して行ける

哲学の世界では「いや1って何よ?」みたいな事がまず問われる
そして「概念って何?」「あるって何?」みたいな話が永遠に続くので、何時までも1+1=2にすら辿り着かない


そして、意識とは何かを考えるという事は
要するに「脳味噌さんが言ってる1って何の事なんだろう?」みたいな事を考える事である
だから、意識のハードプロブレムは哲学の沼に足を突っ込んでしまっていて、この世界は全て夢ですぞーみたいなアレが常に影からチラついていて、議論が何も進まない
4823 Error
垢版 |
2025/11/14(金) 13:43:59.590
そもそも言葉は指し示される概念の実体を前提にしない。たとえ、その言葉の示すものが虚(非存在)であったとしても人は「それについて語ること」ができる。
例えば「シャーロック・ホームズ」という言葉は非存在(「シャーロック・ホームズ」という探偵は実在しない)を指し示す言葉であるが"""それが非存在であることを承知しながらも、我々はそれについて進んで語るとき"""がある。

つまり、対象の虚実は言語の一側面に過ぎず、むしろ語るということの本質は「言葉の意味」について語ることであり、意味の世界では「どのような意味が適切か」ということが問題となる。そして、そのつどの社会条件・環境条件(状況コンテクスト)に合わせてその意味が客観的に語られるように意識は働く。

ハードプロブレムの諸問題における諸概念についても同様で、それは「適切な意味」をめがける言語の戯れである。そこでは言語により指し示される「実体の虚実」はたいした意味を持たないのかもしれない。
2025/11/15(土) 20:52:10.500
量子力学が量子情報理論となった現在、主観・意識・クオリアも情報である。
主観は、情報空間における情報という現象を、ある情報のまとまりからみた情報世界である。
観測者としての情報のまとまり内部での情報の流れが意識になる。
クオリアは、観測者としての情報のまとまり内部での意識が投影する主観という情報世界(仮想世界)だ。
そう考えてみる。
主観内で仮想世界を構成している仮想粒子がクオリアであり、クオリアは(仮想)粒子だ。
50考える名無しさん
垢版 |
2025/11/15(土) 21:35:41.960
マルチバース宇宙において、個々の宇宙はそれぞれがひとつの主観宇宙で意識やクオリアを持つと考えてみる。
そのそれぞれの主観宇宙に中にさらに主観世界がある。
そう考えていくと、主観というのは物理法則のようなもので、それぞれの主観の物理法則のようはものは異なる。
主観の入れ子を考えるなら、親となる主観の法則の一部または全部が子に受け継がれる。
この主観宇宙/主観世界をclassと考えるなら、一番外側のクラスまたは基底クラスがあるかもしれない。
2025/11/15(土) 21:46:31.490
{C,D,E,I}モデルでハードプロブレムを考えていたのだが、
階層構造が必要なようだ。Iの主観世界のなかでのC,D,Eの振る舞いではなく、Eの主観世界のなかでのC,D,Iにしないと、
共通となる情報が得られず、暗号としての情報を復号できない。
2025/11/17(月) 00:06:04.620
初めて参加させてもらいますが
こういう見解は既に出ているのかわからないので思うままに書きます
意識が朦朧とする事ってあるでしょ?
あれはつまり通常の人間よりはっきりしてない意識があるという事ですよね
逆に言えば人間より遥かにはっきりとした意識もあり得ると思うんですね
だからそんなに特別な事だと思えないんです
不思議だなぁと思えないんです
53考える名無しさん
垢版 |
2025/11/17(月) 02:38:12.310
忙しい時とかって色々な事を考えてるけど
人間の脳味噌には限界があるので、色々な事を考えていると言っても限度はある

でももし脳味噌に限界がなくて
色々考えるという行為を限界の100万倍くらいしている自分がいるとして
もしそのタスクとか心労を100万倍抱えている状態の自分が今の自分を見れば、何も考えてないというか、こんなにぼーっとしてる奴に意識なんてないというように見えるのだろうな
5423 Error
垢版 |
2025/11/17(月) 06:19:46.420
>>23
だが「原初的な感覚」は病的な要素から成る。
①夢遊病
感覚的に現実を捉えはするが、まだ夢見と現実の区別の程度が低い状態
②強硬症
実際的な状況に合わせて自分の意志で身体の状態を変えようとしない病的な能動的状態
③錯覚視
感覚の能動性は働くが誤認(強い思い込みなど)してしまう病的状態
④無際限な自己の投影
省略
⑤無際限な自他の融合
省略

これをサポートする者としての「医師」が重要である。医師はその人を治療する者として意識の感覚を正しく導かなければならない。治療によって自己の意識と医師の意識が共通の方向を向くことで、すなわち医師の治療を通して自らの意識を整えることで、意識の健康=正気の基礎が形成される。
5523 Error
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2025/11/18(火) 11:52:26.320
意識の発生について反因果論的な立場からの説明。意識の目的論的立場による意識の発生論。

①意識の特別な地位
意識は因果論的世界観に対して特別な地位にある。意識自身は因果論的法則性のなかに存在しつつ、因果論そのものを作り出す主体性であるからだ。

②因果論の弱点
この主体性は自身の作り出した因果論的な説明の正しさを検証することはできない。全ての人は自らの主観の外に出ることは出来ないからだ。そのため、その因果論が絶対的に正しいかを検証することは出来ない。また、その因果論はあくまでもその時代に正しいと思われた客観的な仮説にすぎない。

③因果論の範囲
我々は、特別な地位をもつ能動的な主体性=意識の起源には、科学的な因果論によっては到達することが出来ない。意識に対する因果論は(たいていは)意識の周縁のみを説明する。

④目的論的性質(能動的な否定)
では、どのように意識の発生を考えればよいか?まず、意識そのものは因果論的な性質のみを持つわけではないことを認識しなければならない。意識は同時に目的論的な性質を有しているからだ。意識が目的論的な性質を持つゆえに、それまでの社会条件・環境条件を否定して新たな因果論(社会条件・環境条件)を形成するのである。
5623 Error
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2025/11/18(火) 11:52:34.040
⑤意識の真の目的=客観的真理
では、意識の真の目的は「客観的真理への適合」か?いや、それはまだ本質ではない。自らを客観的真理へ適合させるのは、そもそも「自らの幸福」の為である。自らを変革し、より良く自然のことについて知れば、自らの幸福に繋がりうるからだ。それに、幸福とは、人がそれ以上に求める理由を持たない最上の目的である。

⑥意識の真理の目的=幸福、自由
それでは、意識の真の目的は「意識の幸福」だろうか?いや、それもまだ違う。己の幸福のみを求めていても社会の中で生きる以上、他者の幸福追求のせいで妨害を受けて、苦痛や理不尽を味わう可能性があるからだ。そうなれば、己の幸福を追求することは出来ない。だから、社会を変革し、他者の幸福の実現を通して自らの幸福の実現をしなければならない。それゆえに、意識の真の目的は共同体における「倫理=自由の獲得」であることになる。

⑦目的論の解体
ここまでの説明での「意識の能動性の発生」は、科学では証明することが出来ない超主観的なメタ領域の話題であった。そして、それは日常における自らの生から実践的に確かめる他ない。言葉で説明できても、言葉でその実質を得られるとは限らないのである。また、日常の実践において「意識の真の目的は~」と言えなくなるかもしれない。しかし、その能動的な否定こそが新たなる意識の目的を指示しうるだろう。

⑧まとめ
総括すると、意識は因果論的な性質だけではなく、目的論的な性質を持ち、その性質ゆえに意識はある社会条件・環境条件の中にありつつ、それら条件を否定する反作用として「自由を!」とする意識が発生するのである。
57考える名無しさん
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2025/11/18(火) 16:23:50.250
意識はどの空間の現象なのか?
エネルギーやエンテロピーは、唯物的には存在しないが、現実空間の現象のいち表現である。
シュレディンガー方程式の波動関数はヒルベルト空間の要素だが、それでも、波動現象は
現実空間で行われていると解釈されている。

しかし、意識が現実空間の現象であるかには疑義がある。
脳活動は現実空間の現象であるが、意識がそこから発生している証拠はない。
58考える名無しさん
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2025/11/18(火) 16:35:36.050
「現実空間」と言うが、我々が体験しているのは「脳によって生成された"現実空間"」であり
「真の現実空間」は体験しようもない。
ところが「意識」は、その「脳が生成した空間」の中には登場せず、まるで物語の語り手のように、
特別な人称を与えられている。これは「意識」が、現実空間には登場しないことを意味する。
59考える名無しさん
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2025/11/18(火) 19:47:48.910
あらゆる真理探究の為には
その大前提になる「絶対に正しいもの」を間違ってはいけない
60考える名無しさん
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2025/11/18(火) 20:09:58.610
意識が何処にあるかは誰も分からないし、証明しようもない
だから、意識は現実空間の外にあるみたいな話も、別に誰にも論破は出来ない

しかし科学的に考えれば、自然は飛躍しない
人間は直ぐに神だの魂だのと言って理論を飛躍させたがるが
観測出来る自然界には理論を飛躍させなければ説明出来ないようなものは本当は(今の所)存在しなかった


自然は飛躍しない
この思考は哲学的命題にも言えると私は信じている
だから、突然宇宙から飛び出してしまうような哲学思想は、はっきり言ってアホらしいとしか思えない
61考える名無しさん
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2025/11/18(火) 20:13:10.580
現実的に考えて、どう説明出来るか
これを前提にしないなら別に物事なんて何とでも解釈出来る
そして、何とでも言えてしまうような理論は、その時点で何の価値もない
62考える名無しさん
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2025/11/18(火) 20:38:55.960
よくVRゴーグルで例えられるように
人が認知している現実空間は、その時点で視覚とか聴覚を通しているので、抽象化されている
だから同じ対象を捉えていても。昆虫が見ている景色と人間が見ている景色は根本的に違う

そういう意味では
人間が捉えている現実空間とは、本当の現実空間ではない
そしてその「本当の現実空間」という概念も、あくまで人間が脳味噌のシナプスとかを使って想像しただけのものなので、本当の本当の現実空間ではない


流れをよく読まずに>>59->>61のレスをしたけど
波動がどうこうみたいな電波論じゃなくて
ただ単にそういう意味で「意識は(人が認知している時点で既に抽象化されている偽りの)現実空間にはない」と言ってたなら、ごめん
2025/11/18(火) 21:50:12.610
情報という言葉を濫用するが、
情報という暗号を復号するということが主観・意識・クオリアになると考える。
これらをまとめて観測とすれば、量子宇宙における観測が主観・意識・クオリアである。
人や高度な知性だけでなく、ただの物と認識されているものでも、
同一性があれば、それは存在という観測によって主観・意識・クオリアを得ている。
2025/11/18(火) 23:28:51.760
この宇宙に存在するのだから、われわれも含めてすべてが自然現象だと考えられる。
ハードプロブレムは広義のイージープロブレムに書き換えられるが、"イージー"ではない。
現時点で最強なツールは量子情報理論だけだろうと思う。
モノの主観・意識・クオリアは内部に閉じ込められていない。ここが突破口と考える。
われわれは(われわれを含めて)モノを閉じ込めている宇宙の内部にいる。
と、考えてみたが、それって宇宙の主観・意識・クオリアだね。
6523 Error
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2025/11/19(水) 08:10:33.290
「意識」と「意識の対象」は同じである。意識が意識の対象を受動的に受け入れているとき、意識は意識の対象を「意識の対象」として能動的に触れているからである。受動性と能動性が混ざり合う「触」の領域において、それらの絶対的な区別はもはや空虚なものになっている。つまり、意識と意識の対象はそれぞれ区別はされているが、その区別はあってないような区別である。

そのような内的に区別されるだけの区別(内的な区別)の世界が意識であり、また意識とは意識の世界である。我々の全ては、その世界から出ることは出来ない。
6623 Error
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2025/11/19(水) 11:11:27.050
人は感覚的対象を受け取ったとしても、反射的に能動的な意識が生じるわけではない。いっけん対象と意識の発生の間には因果的必然性がないように見える。例えば、心神喪失の患者にいくら感覚的なメッセージ(神経を刺激するなど)を送ったとしても、必ずしもその意識が復活するわけではないのと同じである。また、そこに因果論的必然性がないのだから、意識体験の発生に関してその因果を「無限」に遡及することはできない。
つまり、意識の発生には因果論的性質で応じるのではなく、よりよく説明しうる別の意識の性質、すなわち目的論的性質で応じるべきであろう。

とくに意識と対象の繋がりは、必然性がなく因果論的に接合することはできない。それらの繋がり方は観察して外面的にわかるように繋がっているのではなく、むしろ内面的な繋がり方をしているからだ。
そこでは"""意識の発生が対象の成果(対象→意識)であることが、意識によって能動的に把握されること(意識→対象)""'が重要である。すなわち目的論的説明は、因果論的説明と全く異なる説明を与える。つまり、因果論は対象こそが意識の原因だと言う立場で繋がるのに対して、目的論では意識の原因が対象にあることを一旦みとめながらも同時に対象の原因が意識にあるとする。
2025/11/23(日) 05:00:28.640
主観・意識・クオリアは、結局のところ、情報に対する見方の違いである。
対象はID射を持つまとまり(集まり)であり、外面と内面を持つ。
情報による対象の変化を、反応とする。
外面だけの反応をゼロ反応、内面で処理が行われたものは処理の段数に対して反応�T・反応�U・反応�V...とする。
ただし、内部の反応はフィードバックもあったりアルゴリズムもあったりするので簡単には定義できない。
内部の反応はアルゴリズムととらえておくのが現時点ではベターだろう。
ハード的な処理ならFM音源、コンピュータ的ならプログラムあるいは量子アルゴリズム/量子プログラムだろう。
と、今朝寝起きにまとまったのでとりあえずメモ。
2025/11/23(日) 05:13:03.690
FM音源のようなもの。のようなものが抜けていた。音源そのものじゃない。
内部の反応は出力として外部反応と同じレベルで発生する。
まとまり(集まり)では面倒くさいし、集合とも異なるので、これを空間と呼べば、対象の外部空間/内部空間がよいだろう。
内部空間は、その対象内部の情報空間であり、
外部空間は、その対象外部の情報空間である。
外部の情報空間内にあるだろう別の対象からみれば、その対象の外部空間に最初の対象があるかもしれないが、
外部空間は対象それぞれの主観空間であって、同じものではないし、他の対象が認識できているかどうかもあやしい。
2025/11/23(日) 05:29:02.240
内部空間を持たない(かもしれない)対象であっても、
その対象の外部空間を内部空間にするような宇宙そのものは主観・意識・クオリアを持つといえる。
ただし、どのようなものでも内部空間を持っているとも考えられる。
構造があれば、フォノンによって構造が振動するだろうから、それが内部空間だ。
(トポロジカル物質を参照)
クォークでさえ内部空間がないとはいえないのでクォークにも意識があるかもしれない。
まあ、どこかに終点がないと困るだろうが、そんなものなくてもよい構成を考えたい。
70考える名無しさん
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2025/11/23(日) 16:19:45.010
自我同一性とは
f:自我→自我´である
x´=axなら
侍が自我になるためには侍=作用素・自分である
道具を使う自分はf(自我,非我)なら
z=bx
またはx´=bx
他者になるか自分になるかどちらかである
答えは外部拡張性なのでz=bxだろう
自分+他者=zである
自我とも非我ともいえる不思議な存在である
拡張された自我である
71考える名無しさん
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2025/11/23(日) 16:22:51.930
道具を使う自分は
外部拡張性
z=bx
である
72考える名無しさん
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2025/11/23(日) 20:01:45.760
内部を持つとする根拠を持ち得ないから否定されたとするなら、<意識>に仮託する意味は何か。
7323 Error
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2025/11/24(月) 19:52:16.290
>>54
不健康な意識には世界が分裂して現れる。病的な状態が様々な区別(夢見や強迫観念や錯視)を曖昧にして、一貫した世界が立ち現れるのを妨げる。しかし、医師の治療を経ることで意識はそのなかに「統一的な意識の状態」が可能になる。

ただし、治療だけではまだ十分な理性に至らない。すなわち、治療で完治し得なかった「病的な意識」が「統一的な意識」と半々となり、ふたつの意識は対立する状態となる。
2025/11/25(火) 00:35:20.770
均衡状態/平衡状態が乱されることで情報/エネルギーが処理される。
ようは安定した状態になる。
この情報の流れを意識の流れとする。
宇宙の内部空間とすれば、宇宙の意識となる。
そのようなレベルでは情報としての同一性のあるまとまりがクオリアとなる。
宇宙自身の主観的世界。それは宇宙の情報空間。
2025/11/25(火) 00:51:41.480
泡宇宙を考えず、その宇宙だけがあるとすれば、その宇宙に外側は無く、内側しかない。
内側の表面に情報がある。
0次元宇宙を考えるなら、それは2つの点だ。点と点の間には関係がある。
ゆらぎがあったとしてもそれは1ビットの情報しかなく、他に影響するものがなければどうもにもなれない。
最低でももうひとつの0次元宇宙が必要で、2つあれば2ビット宇宙だ。
2ビット宇宙は意識を持つか? もっとビットが必要になるのか?
76考える名無しさん
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2025/11/25(火) 06:26:33.710
主観が別の面に跨がることは、多重人格でさえない。単なる、必要とされた、論理でしかない。
77考える名無しさん
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2025/11/25(火) 12:54:27.390
現代では宗教的ロジックには権威がない
しかし科学的ロジックには自分を特別扱いしてくれるような心使いがない
だから人は、一見すれば科学っぽいけどよく見ればただ適当な事を言っているだけという、いわゆる疑似科学に嵌まる

疑似科学にはそれっぽさが必要になる
それっぽさを出す為には、適当な事を言ってもバレない程度の話の難解さと、検証の困難さが必要になる
そこで、「量子」が出てくる
78考える名無しさん
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2025/11/25(火) 12:56:34.280
量子は観測出来ない
そして量子力学はアインシュタインでも理解出来ないくらいに難しい
だから、霊魂とかを信じたい癖に科学という権威だけは都合よく欲しい奴らに、ちょうどいい

そいつらは「量子神秘主義者」と言って
主に、量子の振る舞いと意識の振る舞いに相関関係を見出す事に喜びを感じる
ただのミクロな世界の物質の振る舞いを解き明かす為の学問を、何故か健康や自己啓発に結び付け、その癖、本物の物理学の教科書だけは真面目に読まない
79考える名無しさん
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2025/11/25(火) 12:57:31.400
量子神秘主義はアメリカで生まれた
50年くらい前に生まれて、それ以来ずーっと、寄生虫みたいに科学や哲学に纏わり付こうとしてくる

そういう背景がはっきりと合って
それは疑似科学だと何回も何回も言われて、最早、それを信じているのはどういう人達かという事までテンプレートとして解き明かされているのに
それでもこのゴキブリ共は死滅しないのだ
8023 Error
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2025/11/25(火) 13:15:29.880
>>73
健康と不健康は次のように言い表される。「病的な意識」とは誤った区別を保持し続ける意固地さとして表現される。これに対して、「統一的な意識(健康な意識)」とは外的現実と内的意識の適切な区別を持ち、それら外界と内面がフィードバックの関係をもつ意識とされる。

2つの意識の分裂と闘争が次の問題である。以下は2つの意識の対立の3つの結末である。
①白痴・放心・戯言
治療をしても十全な治癒が不可能な状態
②愚行
奇異な考え方が「感情」と結びつき固持され、それが行動で表現される状態
③狂気
奇異な考え方が「激怒の感情」と結びつき、他者危害の欲望を形成する状態

根本的に十全な治療ができない白痴の状態を含め、病的な意識には「信頼」が必要とされる。カウンセリングにより病人の主観的なだけの感情を客観的なものに矯正する方法である。社会との信頼関係の構築により、より統一的で高度な健康が形成される。
81考える名無しさん
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2025/11/25(火) 15:16:55.660
インバウンドとか言って
日本はいいとか言ってる外国人が
日本みたいに閉鎖的で厳しい社会に
耐えられるわけないだろ
82考える名無しさん
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2025/11/25(火) 15:33:10.980
健康と不健康は連続的につながっている。
健康とは不健康を分ける基準は恣意的だ。
83考える名無しさん
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2025/11/25(火) 16:49:40.740
微分可能性は重要だな
8423 Error
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2025/11/25(火) 17:45:04.670
>>80
不健康な意識は治療を経ることで徐々に健康な意識になる。つまり、病的な状態にあった「感覚の能動性」(>>54)と「感情の能動性」(>>80)がそれぞれ治療されることによって「統一的な意識」が十全な意味で形成されるのである。このように意識が健康になり安定することで、安定した世界も同様に認識できるようになる。

分裂症状が治まり、まず、その健康な意識が出来るようになることは、自らを機械的な意識にすることである。それが行動を伴って形成されたものが「習慣」である。習慣とは第二の自然である。

習慣の形成において、機心としての意識は、自由意志の基礎となる。例えば、そこでは「自然な笑い」だけではなく「作り笑い」を能動的に選択することもできるようになる。
いわば、この習慣において、必然的自然からの魂の解放という意味で能動的に「作品」を作ることが可能となり、また健康な意識が「作品」を作ったという意味では精神現象である意識体験(クオリア)が確かに現れた証となるのである。
8523 Error
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2025/11/27(木) 18:47:08.720
>>84
意識は自然条件を否定する形で能動的に活動する。その活動が「作品」として結実することになるわけだが、しかし、そもそもなぜ「意識は能動的に働くのか?」を考えると、超越論的な神学への跳躍として興味深い領域について語らなければならない。

仮に自然の内奥に意識の能動性を焚き付ける何かが存在するならば、全ての刺激ではないだろうが、外界から来るものには意識を外界に誘引するものが宿っていると考えられる。
このときの「意識の能動性」と「意識の能動性を誘引する者」にはほぼ区別・差異がない。その差異を埋めるのは、内的意識が無限に「意識の誘引者」に近接することに他ならない。
2025/11/28(金) 01:41:10.950
主観世界しか扱うことはできない。
それでもなんらかの情報がやってくる。
それは暗号である。解読されないことを目的とした暗号ではないが、原理的に暗号になってしまう。
暗号解読のプロセスが意識であり、その結果がクオリア。
とすれば、クオリアは暗号を解読した結果である。(復号ではない)
87考える名無しさん
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2025/11/28(金) 07:55:22.270
メルロ・ポンティは相互主観の実験ともいえようが、それは主観が包み隠されていない点だ。
8823 Error
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2025/11/28(金) 13:26:10.830
>>85
「原初的な意識」(>>23)から「統一的な意識」(>>84)に至るまで、外的自然の誘引者が、意識の能動性を段階的に焚き付けるのだとするならば、作品である「クオリア」に対して自然の誘引者は「原クオリア」と言えるだろう。原クオリアは統一的な意識に至ってはじめて、その意識を通して自らをよりよく表現できる。

原クオリアの誘引は、意識に「作品(美)」を産出させ、「客観的真理(真)」と「幸福(善)・倫理的自由(正義)」を産出させる(>>55-56)。
また自然の内奥に潜在する原クオリアは、われわれを短期的に醜や偽や悪へ導く事はあっても、結果的にはそれらの反対へ進んでいく。こうしたことから意識における「反作用」や「反射」とは現象の表面ではあるが、本質ではないだろう。
2025/11/28(金) 20:22:15.150
もっとも単純な情報は0次元球面であり、単純にいえばbitの類似物だが、
基準となるものが内部にないため、0/1などではなく2つの状態である。
2つの点(仮想粒子)と2点間の関係。
点は波動でもあり、2点と関係はポアンカレ球であらわされる球面の情報となる。
これはブロッホ球でもあり、通常は「量子ビット」として扱われる。
量子ビット(qbit)は「観測」すると古典ビット(cbit)になる。
qbitという暗号からcbitを得るのが意識というプロセスであり、
得られたcbitがクオリアとなり、そのクオリアが主観世界をつくる。
次予定:暗号と解読
90考える名無しさん
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2025/11/28(金) 23:34:10.710
『思いがけない』ことがあったとする。しかし、それは予定されているという思い込みが裏返された自意識なら、構成する仮定でしかない。
91考える名無しさん
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2025/11/28(金) 23:45:00.360
思考してはいけない。
見えるまま、聴こえるまま、体験するまま。
それが全てと了解せよ。
9223 Error
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2025/11/30(日) 02:13:52.530
ある種の自然(原クオリア)は自らをありのままに意識にもたらすが、それに対して意識が明らかにするのは「事実」のみならず「価値」でもある。つまり、意識は受け入れたものを直接的に映すのではなく、それを加工する概念である。

そのとき、内的意識が他の外的な刺激と原クオリアをいかに区別して受け取っているかは不明であるが、意識は原クオリアに反応し、より良い表現をするために鍛錬し、作品の形成を目的とする。
(内的意識による原クオリア選別の機序は不明である。それは『意識/自然』の関係を『作者/作品』という比喩で表現することによるほかないと考えている)
2025/11/30(日) 13:42:27.410
暗号と解読
ビットを現物として扱う。
対象A(アリス)から対象B(ボブ)にメッセージを送る。
アリスは内面を持ち、自分の基準値でビットを生成するが、
それをメッセージとして外部に放出するとアリスと外部の基準によって変換される。
外部にあるメッセージから扱えば、アリスの内面は無くともよい。
同様に受信者ボブの内面も無くてよい。
2025/11/30(日) 13:50:52.970
アリスから発信されるメッセージの基準は、アリスと外界の関係であり、
受信者であるボブと外界の関係とは異なる。
このため、ボブにとってメッセージは暗号と同じ状態で、共通のキーを持たない。
ボブに内面があったとしても、そのメッセージがビットストリームかバイトストリームか可変長のストリームかすらも
わからない。
現物としてのビットストリームはボブと外界の関係を基準として解読される。
ボブの外界側の基準で復号されるが、暗号であることには変わりがない。
2025/11/30(日) 14:08:25.900
共通の情報(キー)がない限り、現物としてビットストリームは暗号である。
情報は他の情報との整合性から確率的情報として伝送される。
あるがままに見える、ということはなく、確率的情報(情報空間)にクオリアが投影されたものしか見えない。
9623 Error
垢版 |
2025/11/30(日) 14:34:14.600
いまの意識のハードプロブレムの二大論点

①さまざまな意識/自然の比喩が実際を表現しているわけではないこと。それらに対して語られる「比喩表現」すらクオリアの一部である。 ゆえに結局のところ意識と自然の本質は何であるかが我々にはわからない。
我々はそれらを比喩なしに理解することは可能なのか?それとも「より良い比喩表現」を目指すことで実際を知ることを諦める他ないのか?

②「原クオリア=クオリアの素材」がいかにして意識と反応してクオリアを形成するか、その機序が不明であること。『なぜ意識は単なる外的刺激と原クオリアを区別できるのか?』この論点は①の派生的問題、あるいは現象面からの言い換えに過ぎない。
97考える名無しさん
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2025/11/30(日) 16:27:51.500
クオリアを意識に紐付けるプロセスは自然科学
9823 Error
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2025/11/30(日) 16:40:48.040
意識と自然に関して何かしらの比喩表現を用いるさいに、我々はいくつかの検証されていない前提に立っている可能性がある。

①原クオリアと意識は質的にもともと一つだったという説

②原クオリアと意識には何か共通する部分・要素・中間体(インターフェイス)があるという説

③原クオリアと意識は互いに自立するためには不完全で相互補完のために引かれ合っているという説など
9923 Error
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2025/12/01(月) 00:25:00.940
>>98
裏を返せば、これら3つの仮説を満たす「何か」があれば、無数にある比喩表現を「普遍的な比喩表現」として根拠付けることができるかもしれない。

理論的に根拠付けるならば、その「何か」にもっとも相応しいものは「無」であろう。無は意識と自然を生じさせる第一のものである。
例えば、無の状態にあるとき、自然は人間にとって空気のようにあり、魚にとっては水のようにある。また意識は放心状態のようにあり、病的状態のようにある。

無がその内部で自己に対立するとき、「驚き」をもって意識と世界は現れる。つまり、『なぜ存在するのか?』という根源的な驚きをもって無はその静かなあり方をやめて意識と自然を生じさせる原動力となる。こうしたことから、まず意識と自然(原クオリア=クオリアの素材)は質的に同じ「無」から生じる⋯仮説①
10023 Error
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2025/12/01(月) 12:09:03.540
>>99
意識と自然は同じ「無」から生じる。しかし、両者は区別されている。意識は自然ではなく自然は意識ではないからだ。ただし、両者を分析(抽象化)すると、意識は自然に対する形式となり、自然はその内容となる。つまり両者は形式/内容という「抽象的比喩表現(抽象化可能性)」を有していたことが明らかになる。両者はそのような意味で部分・要素・中間体を共有する⋯仮説②

意識と自然は「形式/内容」や「内部/外部」や「裏/表」などの抽象的比喩表現を共有することができるが、その抽象的な比喩表現もその意味を追求すると、他方が別の他方にとって不可欠であることが分かる。抽象的比喩表現は、本質的には現実的な運動が潜在する具体的な関係であることが分かる。この抽象化可能性から具体的化可能性への跳躍によって、両者は相互補完のために互いが引かれ合っている⋯仮説③

これら3つの仮説に①原動力としての無②抽象的比喩表現③具体的比喩表現という補助線を与えることによって、意識は単なる刺激と区別して原クオリアに反応することが、理論の面から明らかにできるのではないだろうか。
101考える名無しさん
垢版 |
2025/12/01(月) 12:34:28.390
いま主の考えを呼び戻すなら、「客観は主観の形式である」とすると、一元的に解釈するなら、「客観」こそ主観の仮象という実存哲学を展開するのか。そこに問題点があるだろうか。立ち現れる区別なる不自由は、例えば素粒子の振る舞いに戸惑うような、区別の区別なのか。
102考える名無しさん
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2025/12/01(月) 16:41:13.350
クオリアは意識の一部。対立する概念でも並列する概念でもない。
103考える名無しさん
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2025/12/03(水) 13:57:52.020
クオリア帯で起きた「感じ」とは何かを分析していくことがクオリアの究明に繋がる礎となることを期待してみるか。

「パンパン パンパン」という「感じ」がクオリア帯で起きたが、いいパソコン、いいパソコン、という内容である。

みんなはクオリア帯で何があったかい?
104考える名無しさん
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2025/12/03(水) 21:31:52.880
「意識のハードプロブレム」を理解している者は稀有だ。
物理学者のほとんど、認知科学者のほとんど、哲学者のほとんどが理解していない。
2025/12/06(土) 20:57:52.770
いろいろやりながら、ハードプロブレムを解体しようとしているが、
要するにクオリアは不変量である。
それもトポス理論的不変量でいけるのではないかと考え中。
そう考えていくと、主観・意識・クオリアはトポスのようなものかもしれないと...
10623 Error
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2025/12/07(日) 11:55:35.820
意識やクオリアを「比喩」で表現する時点で、比喩に関していくつかの論点が先取されている。ゆえにその比喩を補強するのではなく、むしろ比喩を意識やクオリアを用いて表現することで自らが何を見逃しているのかを暴き出すとよい。
10723 Error
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2025/12/11(木) 16:44:51.070
>>100
>>98からここまでをまとめると、そもそも意識と自然の発生に関して次の3つの仮説を証明する必要があるということである。
①意識と自然は質的に同一なものから生じる
②意識と自然は互いに共通部分を有する
③意識と自然は相互補完する

これら3つの仮説を裏付けることで、意識体験の発生の議論に移行することができる。
①意識と自然(原クオリア=質料)が相互に引かれ合っている
②そして意識と自然が結びつくことで意識体験(クオリア)は発生する

しかしまた、これらの議論を再び二重(あるいは三重)の仕方で説明しなければならない。"""クオリアの発生は、単一的な労働によるか?それとも意識と自然の協働によるか?"""が明らかではないからだ。
とくに仮説②「意識と自然は互いに共通部分を有する」ということについて、その共通要素の生成について考慮しなければならない。
①意識が主体になって共通要素を取り出す
②自然(原クオリア)が意識に対して「共通要素が存在するというアイデア」をもたらす仕方で取り出す
③意識と自然が何かしらの「協働」によって共通要素を取り出すなど
108考える名無しさん
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2025/12/11(木) 17:03:58.360
Macroscopic quantum effects in the brain: new insights into the fundamental principle underlying conscious processes
https://www.frontiersin.org/journals/human-neuroscience/articles/10.3389/fnhum.2025.1676585/full

理論的説明や実験的な裏付けは揃えているが、果たしてどうか?
もし、この線で意識を考えるなら、AIに意識は生じない。
10923 Error
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2025/12/11(木) 18:34:16.600
話はそれるが、「ある/ない」という実体論的な議論はさておき、そこで問われるべきは、いかなる状況(条件)において「ある」と言いうるかという条件学的考察であろう。その条件学は科学的考察ではない。なぜならその考察は経験一般の成立をとう超越論的哲学であるからだ。すなわち、例えば、生物学が生物を前提するように、また法律学が法律を前提にするようには存在を無条件に前提しない。そして、それはまた何かしらの存在が成立する論理的条件を実践的に把握する営みである。
さて、簡潔に述べると、その場合の「ある」の条件については予備知識の多寡が関係する。すなわち、科学的知識に疎いものは直ちに「ある」と認識し、そうでなければ所詮プログラムで働く機械に過ぎないように見える。
さて、こうした超越論的条件学は意識のハードプロブレムに対してどう位置づけられるだろうか?直接的には関係するものではない。ある種の条件を「原クオリア」とみなし、議論を条件学に誘導することはできるが、それに意味はない。実践理性あるいは理論理性を中心にするならば、条件学はその周辺(あるいは下位の議論)であるからだ。もし新たな意味を見出す事ができるならば、条件学を抜け出して現象学へ移行するのもよいが、それはこれまでの議論と何ら変わらないものとなるだろう。
110考える名無しさん
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2025/12/11(木) 19:20:16.530
QED-based approachは坂本が既に提唱してるというか、余命宣告されて禅寺で意識と時間の関係に目覚めてから、エネルギー論を展開した。病身に意識的に力が漲るという実験(践)ね。
2025/12/11(木) 19:25:25.950
なんか自分でも上手く言えないけど
「意識という概念が存在する事にした」のが意識だから
人はそれが何かを言えない癖に、それがないとも言えないのだろうなと思う
2025/12/11(木) 19:30:56.810
バラバラの糸の束が落ちてあって
それを纏めて拾って、紐で結んでワンセットにして意識と名付けたのが、人の認知している自己意識

そして難しいのが
その「バラバラの糸を結ぶ」という行程が、イコール、「自分の意識というものを認知する」という行為だから
それは纏める前にはどのようなものだったのかが誰も検証出来ないし
そもそもそれが本当に最初はバラバラの糸だったのかどうかすら誰も分からないのだろうなと思う
2025/12/11(木) 19:41:12.850
意識とは、マリオのテレサの逆バージョンみたいなもので
自分がそれを見ていない時は顔を隠して透明になっている
自分がそれを見ている時は顔を表して実体化している
だから、誰もが意識を見ている筈なのに、誰も本当の意識の姿を見れない
(スピリチュアル的な話ではなく、ただ単に観測する事と状態が変化する事が脳機能の働きレベルで結びついてるから)「それが後ろにある時はどんな状態なのか?」が誰も観測出来ない

…みたいなものがあるような気がする
2025/12/11(木) 19:45:40.690
観測する事とは集中する事で
集中する事とは雑念を捨てる事で
だけど、その雑念そのものが意識なのだよな
11523 Error
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2025/12/11(木) 21:36:36.870
また、自己の形成は、ある哲学者によれば構想力ないし想像力によるとされている。この「力」が示すのは、実体的な自我を経験的に知ることはできない、あるいはそのような(実体的な)自我は存在せず、その構想力によってはじめて自我は存在できるものだ、としていることだ。
しかし、構想力という力を「健全なもの」として前提しているところに非現実的な論理的瑕疵がある。
というのも、そのような想像力ははじめから正しくあるわけではないし、むしろ病的な症状もしくは未熟な状態にあるからだ。子供のような自由な想像力はときに自然の論理に反するフィクションを形成する。ゆえに、そこで問われるべきは健全な構想力、あるいはそれによって形成される統一的自我であり、それらは「治療」を経ることで、つまり、現実から乖離した分裂症あるいは「感情と感覚の未熟」を治めることで生成されるのである。
構想力の絶対的な能動性は治療を媒介することで、すなわち、その能動性を方向づける(癒す)外的な存在によって変化の余地を与えられる。そうして、内的な力と外的な存在との協働において、また協働の結果に生じる統一的な自我の生成において、能動的な構想力と外的に方向づける者との質的差異は無くなる。こうした汎神論的世界のイメージにおいては、構想力の絶対的な能動性は、もはや現象面をなぞるだけの仮象となっている。
116考える名無しさん
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2025/12/11(木) 21:52:37.180
意識があって、意識のあるなしを語り得る点では、雑味を取り払うと純粋な所与が、恰もカントの形式のもっと向こうから現れるエネルギーとして感じられるとしても、まぁ世界がショーペンハウェルの表象と言った意味では実存的。
11723 Error
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2025/12/12(金) 18:41:56.620
>>107
意識体験を構成する労働に関するいくつかの仮説を試すことなしに抽象的比喩表現(共通要素)を形成するとは言えない。

そこでまず、意識が主体的に共通要素を形成する場合を考える。意識単体の労働では、無関係なもの同士を強引に接合する仕方になる。放埒な意識の想像力が、例えば自己自身と手相・血液型・脳の形状などと結びつけるような働きをする。手相や血液型のなかに自身と共通するようなものを感じとり、「意識のあり方は脳の形と共通する」というような無根拠な想像をする。意識が主体となって共通要素を取り出す⋯労働仮説①

しかし、意識が主体となって労働する場合、自然とのあいだに「無根拠な共通要素」が形成されうる。それらの共通要素(結合)を試す場合、そこに意識と自然の結合の必然性を見出すことはできないからだ。そこで、意識と結合するような、意識に働きかけてくる外的な力が共通要素の強固な根拠となる。それは「単なる刺激」と区別して「意識を目覚めさせる刺激」・「意識を誘発する自然」である。そのような自然がある場合、自然が意識に対して共通要素のアイデアを与える仕方で働きかける…労働仮説②

しかしまた、自然が意識に働きかけるだけの単一労働は、まだ意識主体にとってはまだ存在しない。なぜなら特別な刺激が認識主体の俎上に上がることによってはじめて刺激たりうるからだ。すなわち『意識の存在が外的誘発力の成果であることが意識のなかで明るみになること』に意味があるのである。こうした内的な力と外的な力の協働によって共通要素は形成される…労働仮説③

意識と自然の発生仮説に、さらにまた労働仮説(意識と自然の単一的労働・意識と自然の協働)という補助線を与えることによって、クオリアの発生をよりよく説明しうるのではないだろうか。
118考える名無しさん
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2025/12/12(金) 19:38:35.980
「意識が意識(反応)する」など云う場合は意識の擬人があり、その舞台上で分化した多の意識が一になる政治が意識に可能なのはモノを共有する体験なしに不可能だろうし、それは意識を有する自・他の区別そのものだろうし、それを仮象にして「ない」と意識しても其の意識だろう。
11923 Error
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2026/01/20(火) 19:09:16.400
人間の意識は、自然の内奥に神(究極的な同一性)を夢想することで…つまり自然の中から「自然の美」を直観することで統一的な意識を得る、という話がある。

統一された意識の想像力は「論理」を想像し、とくに同一律の想像の中で意識体験(現象的な意識・クオリア)を可能にする。
夕焼けの美しさ、ワインの美味しさ、赤の赤さ…これら同一律的な思考(判断)は、想像の中で可能となり、また想像行為は統一的な意識の中で可能となる。統一的な意識は、美学を通して可能となる。
12023 Error
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2026/01/20(火) 20:36:03.340
>>119
クオリアの成立を4段階にまとめる。

①美学的直観
自然の内奥に自然を美的に配置した「神(究極の同一性)」を夢想する。この「美」の予感的な直観こそが、乱雑で多様な知覚を一つにまとめようとする統一的な意識の源泉となる。

②​統一的な意識の成立
「美」を直観する運動の中で、散逸していた知覚が「一」へと統合される。ここで、想像力を操るための土台(主体)が完成する。

③​論理(同一律)の想像
統合された意識は、流転する自然を把握するために、想像力を用いて「A=A(同一律)」という思考の形式を想像(仮構)する。

④​クオリアの成立
同一律という形式の中で、初めて「この赤さ」「この美味しさ」という、他ならぬそれ自体である質感(クオリア)が、確固たる体験として意識に生じる。
121考える名無しさん
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2026/01/20(火) 23:41:54.090
盲目の人ガン無視ですか
122考える名無しさん
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2026/01/21(水) 00:00:33.550
「神」を「美」に言い換えただけで何も説明できていないですよね
今の私なら自ら目を閉じて耳を塞ぐことができますが先天的にそうである人の質感は先天的にそれらが機能している人の質感に劣るということでしょうか
12323 Error
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2026/01/21(水) 00:20:35.740
盲目の人を考える場合には、例えばそれには「介助人」が助けとなるだろう。例え目や耳が不自由であったとしても、出来る範囲であれば介助人は障害者に対して自然の美(また人工的な芸術を含んでもよいのならば、それについても)を教えることが可能である。そうしてまた、かれらが目や耳の代わりになって対応出来る範囲であれば、障害者の人の中にも美的なものの直観が統一的な自己の形成が可能である。

しかし、ここでの治療や介助の問題の本質は「何が不自由であれば統一的な自己が形成されないか」ということではないか。思うにそれは想像力である。そもそも想像力が自然や芸術の内奥に美的なものを予感・直観することができなければ、美的なものを把握する動機が失われ、想像力を統御するような統一的な自己が形成されないかもしれない。ゆえに「想像力が不自由(美的なものを予感できる想像的能力の欠落)」がある限りでは、人は統一的な自己を形成することは出来ない。

つまるところ、すべての人が必ずしも統一的な自己を形成する(また論理的判断能力やそれに準ずるクオリアをもつ)というわけではないということである。
12423 Error
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2026/01/21(水) 02:19:32.430
>>123
また「盲目」のほかにどのような反論が考えられるだろうか?まず私の主張は「クオリアとはクオリアの認識である」。

だから、クオリア認識のための論理的判断力が未熟である乳幼児や動物にはクオリアがないのではないか?という反論が考えられる。
しかし、この反論の明らかな問題は、乳幼児や動物のなかにはクオリアがある、ということが無条件に前提されていて、それが吟味されていないという問題である。人は他者の内部に起きていることを確かめることができない。そして私の内部におきた経験を記述することしかできない。ゆえに反論として「他者の内部」を用いるのはそもそも反論として成立しないように思われる。
12523 Error
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2026/01/21(水) 02:33:59.220
>>124
また「盲目」と「他者の内部」のほかに考えられる反論は「意識の無制限な高次化が起きるのではないか(無限後退)」というものである。

私の「クオリアとはクオリアの認識である」というメタ意識を含む主張を考えると、意識を意識する意識…のような無限の意識の形成が考えられる。しかし、人が持つメタ意識はクオリアを意識(俯瞰)する意識に限られ、無制限に高まる意識ではないことが「経験的な事実」から分かる(ただし、これは確実性に欠ける論理だ。なぜなら、経験的な諸事実から生じたルールは絶対的ではなく、メタ意識よりも高次な意識が生じる可能性は未来にあり得るからだ)。

この「無限後退」の反論は経験則が絶対的ではないという意味では有効であるだろう。
2026/01/21(水) 02:39:04.170
頬をつねったら痛いと感じる
そこには別に自然の美もないし、想像力も芸術性もないが
体験としての意識と言えるものは明らかにそこにある

美から意識が出来るってのは着眼点としては面白いけど、それだけではない気がする
12723 Error
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2026/01/21(水) 03:03:19.090
>>125
「無限後退」の反論は十分に有効なものであった。次に「第一のクオリア」の反論を検討する。

「第一のクオリア」論は〈いま・ここ〉のクオリアがあるはずだ…という「クオリアの認識(第二のクオリア)」への反論である。
しかし、第一のクオリアが「第一のクオリア」としてあるには、自らを「第一のクオリア」として認めてくれる存在(統一的な意識のようなもの)が不可欠である。つまり、他者を通じてはじめて自らの存在を認識することができる、ということである。ゆえに「第一のクオリア」論は不十分な反論に思われる。
12823 Error
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2026/01/21(水) 03:34:04.090
>>126
その瞬間に全てが生じるのかもしれないが、多くはそうではない。統一的な自己の形成は、能動的に記憶を想起するときのものではなく、むしろ、習慣的なものになっているときのものだろう。つまり、美的なものを毎瞬見るようなことはなく、
むしろ自転車を練習してようやっと本質をつかむときのように、統一的意識は一度得られると、そのつどに生じることができる(知覚の感性化)。その統一の本質が美的な経験である。本質をつかむと、本質を思い出すこともなく使うことができる。統一的な意識はそのようなふうに、つまり成長・発達で身につくようなものであるだろう。では、なぜ美的なものが統一的な意識の本質となるのか?それは無数の散逸した知覚(自然)の奥に美的なもの(同一性)を予感的に想像するとき、
想像力は「本質の本質」を探っている。つまり「本質はああでもないこうでもない」と本質の本質を探るうち本質は美的なものになっていく。そしてまた、本質の否定と本質の肯定を相互に・体系的に経験するうちに否定と肯定を含む体系的な自己(統一的な自己)が生じる。
12923 Error
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2026/01/21(水) 03:50:47.800
>>128
つまり、美的な予感が統一的な意識の本質となるのは、美的な予感が堆積(?)すると肯定と否定を含む体系(つまり統一的意識)となるからだ、ということができる。>>120における4段階も、瞬間的な事象ではなく、4段階的な事象である。はじめ想像力は未熟な美的予感に直面するとき衝撃を受けるが、衝撃を探るうちに体系的な統一的意識が立ち上がる。その立ち上がりは、たとえば自転車の練習においてよろける状態から、自在にコントロールできるような状態に移行することと類似している。この体系的理解の形成において「自転車に乗っている感じ」をはじめて獲得できる。自転車の例は、統一的意識の形成においてあらゆる「~の感じ」は可能になる、ということと本質的に同じである(またそこには論理的な判断が別に介している)。
130考える名無しさん
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2026/01/21(水) 21:53:29.930
ああそういうこと
「美的」って「主観として好む体験」という意味で使用されてる感じですか
最初に美について定義してもらえないとちょっと読み難い
131考える名無しさん
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2026/01/21(水) 21:56:24.190
「好む」もなんか違いますね「惹きつけられる」というようなニュアンスで使用されてる感じですか?
この部分についてもう少し詳細に解説していただけるとありがたいです
13223 Error
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2026/01/21(水) 22:58:03.610
何かを直観(予感)するとき、その直観は単なる知覚ではない。
それはたとえば、自然のなかではそれは自然の諸現象(事実)の知覚、
あるいは絵画を鑑賞するとき諸々の色彩の知覚ではない、ということと同じである。単に受容することではなく、自ら受容することである。

そしてまた、美的なものとは同一性である、
ということは前述した通りである。
美的な同一性は自然界には実体として存在していない。自然界において1秒前の世界と1秒後の世界は同一ではない、
というのは、自然界はつねに生々変化しているからだ。
ゆえに、その同一性という形而上学的性質は自然の手前ではないところ(自然の内奥)にある秩序である。美は秩序であり、秩序ゆえに秩序に反する非秩序的なものを含む。

「直観」と「同一性」について説明したので、つぎに「美(同一性)の直観」を説明する。

それは自然や芸術から、その内奥のものを「掴むこと」である。あるいは「掴むように誘発されること」である。美的なものへの希求は自己の実存的な不安定さ(不安・恐怖・不快など)による。
だが、いま「掴む・掴むようにする」とかいう区別は大した問題ではない。
問題は同一性は同一性に反する非同一的なノイズを含み、それを人は掴まされることがあるということである。
そこで人がする美的本質を直観する試行錯誤…つまりノイズ(差異)を取り除こうとする行動において、前述した「本質の本質(より良いものの見え方や考え方)」を掴むとき、その本質は体系的な理解としての統一的な意識となる。
133考える名無しさん
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2026/01/23(金) 08:01:14.640
クオリアとはニューラルネットワークに保存された高階テンソルそのものであって我々の意識の唯一性は物理的にこのネットワークが肉体の中に封じられているという点に原因がある
意識は情報だがその情報はそれを保持するニューラルネットワークから創発するものであって切り離されて存立しえない
ハードプロブレムはない
134考える名無しさん
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2026/01/23(金) 13:19:07.450
では、クオリアそのものは「情報」なのか? 情報なら記述できるはず。
情報でないなら、創発したそのものは、何なのか? どんな状態にあるのか?
結局、説明になってない。
135考える名無しさん
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2026/01/23(金) 18:21:16.850
クオリアは情報だがそれは高次元空間上の情報であってそれ自体を取り出し記述しても意味はないし人間が理解できる情報ではない
生成AIがどうやって個別の入力に対し応答しているのか特定しを記述できないのと同じこと
136考える名無しさん
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2026/01/23(金) 18:23:28.380
特定し過程を記述できない

一部文言がきえてた
13723 Error
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2026/01/23(金) 19:47:15.700
すでに反駁された>>127における「第一のクオリア論」を克服していない限りでは話にならないということである。また脳や神経といった「存在」…つまり何かしらの存在を無条件に吟味せず受け入れる点では「哲学」を徹底できていないのではないだろうか?物理的諸存在ならびにクオリアそのものも、あくまでも「反復」されたものないし「再表象」されたものである。そうでなければ、そもそも一連の問題はそもそも議題にすら挙がらなかったろうからだ。
また、何かしらの「存在」を前提するとき、すでに何かしらの結論は先取されている(その「存在」に基づく「客観的な説明」として)。ゆえにその点では「論理」の不徹底であるだろう。
138考える名無しさん
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2026/01/23(金) 20:08:19.140
今は生成AIに
美しい絵を描け
とプロンプトで指示すれば美しい絵を出力することができるがそれはAIが「美しさ」についての何かを多層パーセプトロンに記憶していることによる
これってクオリアなのか?
意識を持たないからクオリアでは無い
という答え自体が論点先取なのではという疑いが拭えないんだよ
13923 Error
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2026/01/23(金) 20:24:25.570
既に反駁された「他者の内部」論>>124すら超越しえないのである。あくまでも自己内の他者として他者が記述されない限りでは「他者の内部に意識がある/ない」が先取されている。
14023 Error
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2026/01/23(金) 20:25:56.510
>>137
では何を「哲学の始発点」に設定できるか?しかし、何かしらの始発点を定める行為は、何かしらの「存在」を無条件に吟味なしに前提するということと等しい。だから、あらゆる学問の上にある哲学に「始発点」などというものはあってはならない。
では、何かしらの始発点(存在)無しに哲学を始められるだろうか?いやそれは不可能である。始発点は哲学に必要である。
さて、哲学の始発点について袋小路に陥ってしまったが「存在」にも種類がある。だから先述の袋小路の結末はあくまでも「ある種の存在」から至った、ということである。では、どのような「存在」からなら哲学を始められるか?
141考える名無しさん
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2026/01/23(金) 20:52:56.750
結局それってクオリアも何も関係なくなってデカルトに戻ってるだけなのでは?
そしてデカルトの問いは単に最初の公理としての問いでしかないから最終的にゲーデルによって殺される問いでしかない
14223 Error
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2026/01/23(金) 21:00:09.800
・デカルトに戻ってる
・デカルトの問い
・ゲーデルによって殺される
これらが何を表現しているのか、丁寧に記述しなければ人には何も伝わらない…本人すら自分が何を言いたいのか分かっていない場合もある。それが批難ないし「反論のための反論」に過ぎないものであるならば、もはや無意味な音であるだろう。
143考える名無しさん
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2026/01/23(金) 21:05:20.850
>>139
これがクオリアなのかという問いかけ自体は他社の中に暗黙のクオリアを想定しているものではないから他者の内部論とやらには当たらないのでは?
むしろ他者の内部にあるものがクオリアであると想像することができる、という想像可能性論法がとれないとクオリアは自分自身の中にあるものだけが唯一で他者の中にはクオリアがないというい歪な結論になるだろう
144考える名無しさん
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2026/01/23(金) 21:06:13.660
>>142
ピンとこないのであれば無理にレスしなくて良い
14523 Error
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2026/01/23(金) 21:11:33.500
人が会話をしているとき、人は「聞く側」と「話す側」のいずれかの立場にたち言葉を交わす。つまり相互的関係を前提にしているわけだが、ただ、それはいかに保障されているのか?
つまり、お互いに「独り言」を話しているに、いつからか「会話している」と錯覚する可能性もあるということである。つまりそれは論理的な「片思い」の可能性である。
146考える名無しさん
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2026/01/23(金) 21:13:14.660
そうだな
お互い独り言ということで良い
14723 Error
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2026/01/23(金) 21:31:38.140
以前からの議論で「想像(力)」という概念が形を変えながら登場して、各場面で重要な役割を果たしている。
この想像力は「それが何であるか」「何がそれであるか」を決定するAnalogy(類推)の力でもあるだろう。

ただ類推(想像)の論理の問題は「確認」が不可能なことである。つまり「類推の正当性」を確かめるために、他者の内部が「実際に類推通りになっているのか」を確かめる必要があるが、他者の内部を知ることは出来ないのである。

視点を変えて、そもそも類推の論理は何を前提するか。それは「自己と他者は絶対的に異なる存在である」という前提であるだろう。つまり、自他の絶対的な区別があるから「他者の心を知ることはできない(だから想像に頼る)」という論理になる。
逆に言えば「自己と他者が絶対的に異なる存在ではない」ということが「自己と他者は絶対的に区別されている」に反して証明されるならば(なんなら後者の命題は証明すらされていない)、類推という論理は誤りとなるだろう。その場合「それが何であるか」などの問題は、自分のうちで思ったことが他者においても妥当するということである。
148考える名無しさん
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2026/01/23(金) 23:00:51.500
>>135
>高次元空間上の情報であってそれ自体を取り出し記述しても意味はないし人間が理解できる情報ではない

説明が破綻してる。
基本に戻ろう。クオリアが情報なら記述できるはず。
記述できるということは、人間が理解できるということ。なぜなら、それは言語であるはずだから。

>生成AIがどうやって個別の入力に対し応答しているのか特定しを記述できないのと同じこと

いや、記述できる。少々面倒であるけど。理論的にはできる。
2026/01/24(土) 00:50:30.030
5ちゃんで人生棒に振ったお爺さんたち
おやすみ💋




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150考える名無しさん
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2026/01/24(土) 07:33:43.340
>>148
記述可能性と人間が理解できることそしてそれが言語であるはずという信念の間には飛躍がある
情報としてのクオリアは部分的に見れば高次元空間内のベクトルのようなものだ
たとえばそれを記述するためには各次元の数値を並べればよい
だがこのベクトルのようなものは単体では意味を持たない
他の無数のベクトルとの相関でのみ意味を持つ
そしてこのベクトルのようなものと言語が1対1対応する保証もない
言語は多層パーセプトロンが抽象化を行った果てにある存在であって根源の存在ではない
言語は我々が論理を実行するための基礎だがそれは記号処理のためのメタレイヤーを重ねるしかなかっただけのこと
そして記号処理による知性の創出というアイデアは80年代に模索されて失敗したのだ
151考える名無しさん
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2026/01/24(土) 07:35:45.140
一方パーセプトロン自体の動作は言語ではなく数式で記述できる
決定論的にこの巨大な状態機械が動作することを過不足なく説明できる
152考える名無しさん
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2026/01/24(土) 15:16:12.110
>>150
生成AIと人の頭脳のメカニズムは、基本的に同じという認識があるようだ。
これは疑われる。

>他の無数のベクトルとの相関でのみ意味を持つ
 →相関があれば言語的記述の可能性はある。
 
>そしてこのベクトルのようなものと言語が1対1対応する保証もない
 →生成AIは、最終的にそれを言語として出力している。
 →たとえベクトルが超多次元であったとしても、その値は一個で表現できるかも。
153考える名無しさん
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2026/01/24(土) 15:26:43.880
>>151
>決定論的にこの巨大な状態機械が動作することを過不足なく説明できる
 →それはどうかな?
 →パーセプトロンはチュリングマシン(チューリング完全性)ではないので、
 →停止性問題は当て嵌まらないが、学習の停止については保証がない。
154考える名無しさん
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2026/01/24(土) 16:10:09.940
>>153
再帰型ニューラルネットワークRNNはチューリング等価だよ
生物の神経ネットワークには自然に再帰構造が含まれる可能性が高いし問題ない
155考える名無しさん
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2026/01/24(土) 16:17:58.540
>>152
記述可能性については可能性はあるが取り出したとて今のところ理解不能だよ
画像認識的な説明で中間層に人間的には画像の特定の特徴に反応するニューロンがあるような説明をすることがあるが実際にはそんな単純化されたものになってない
同じような応答を返しても中間層の構造が全然違っててもおかしくない
156考える名無しさん
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2026/01/24(土) 16:27:48.200
>>152
 →生成AIは、最終的にそれを言語として出力している。

大規模言語モデルの最後の層は言語へのマッピングなのでそれは当たり前
でもまだ人間にも言語化できてないある種の感覚やセンス、言語以前の存在でまさにクオリアと呼びたくなるようなものがネットワークに記憶されてると考えてる
157考える名無しさん
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2026/01/24(土) 16:28:54.200
>>154
「モデルの計算能力(推論能力)」と「学習アルゴリズム(最適化過程)」は別物。
つまり、「停止性問題」と「学習の収束」は別問題で、後者は保証されない。
「RNN」「生物の脳」に問題を広げても、「学習の収束」は依然として不明。
158考える名無しさん
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2026/01/24(土) 16:34:11.170
>>156
>言語以前の存在でまさにクオリアと呼びたくなるようなものがネットワークに記憶されてると考えてる
→興味深いとは言えるけど、根本的に外している。
→人間側が勝手に忖度してるだけで、表象されなければ無意味。
→一方、クオリアはひとつの表象なのだ。言語的ではないが。これが決定的。
15923 Error
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2026/01/24(土) 22:24:34.400
>>120 クオリア成立の流れの修正(③と④の順番を逆にした)

​①重要な想像力
想像力が芸術や自然の内奥に「美(同一性)」を予感し、美の本質を掴もうと試行錯誤する。

②統一的な意識の形成​
その運動の中で、予感された本質を掴もうとする無数の知覚が「同一性」という目的に向かって収束する。「本質の否定」と「本質の肯定」を織り込んだ体系的な統一的意識(本質の本質)が形成される。

『想像力は「本質の本質」を探っている。つまり「本質はああでもないこうでもない」と本質の本質を探るうち本質は美的なものになっていく』(>>128)

『その立ち上がりは、たとえば自転車の練習においてよろける状態から、自在にコントロールできるような状態に移行することと類似している』(>>129)

③クオリアの成立​
収束の際にクオリアが生じる。それは、赤の赤さ・夕焼けを見たときの美しさ・ワインの美味しさ…などの同一的な判断である。統一的な意識において、そうしたものの見方や考え方を発揮する。

​④クオリアからの論理の発生
そのクオリアを逃さないよう、意識が後追いで「同一律(論理)」という檻に閉じ込め、習慣化させる。
16023 Error
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2026/01/25(日) 02:21:08.160
■「あるはある、無いは無い」
例えばこの同一律の命題は「ある」を追求しても「ある」にしかならず「無い」とは交わらないというパルメニデスの単純で強力な主張を示す。

■「あるのみがある」
ただし、上の同一律を追求すると「存在だけが存在する」ことになり、存在の中に空虚が広がり、却って存在は無となる。存在が他との差異を失うからだ。
また、「存在」という抽象的概念の意味内容を探れば、それが何ら現実味のない虚無な概念であることが分かる。「存在」という言葉の意味の中には「無」の意味が無いにも関わらず、反対のものになってしまう。

■「存在しつつ同時に存在しない存在」
そこで「存在」の本質を言語化すると「有でありつつ同時に無である存在」が存在の本質であることが分かる。同時に、この「存在の本質」を掴むために意識主体の方にも変化があった。そもそも存在の本質を探り出しているのは意識主体であるからだ。

こうして命題の否定(変形)を積み重ねて、肯定しうる命題へ至る。そうして命題の肯定と同時に体系的な意識も成立する。
また体系的な意識が成立するので、その意識において、命題のような「有であり無でもある存在」を「真の存在」として表象する。それ以外の「存在」は否定され、素材となるべき差異(ノイズ)なのである。
161考える名無しさん
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2026/01/25(日) 04:23:15.420
「高次の意識」などは単にゴールポストの移動
162考える名無しさん
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2026/01/25(日) 09:50:55.890
>>158
表象されてない
の部分が正直理解できてない
AIを対象とした文脈で意識の介在が無いことを指摘してるのか?
しかしAIか生物問わず多層パーセプトロンに記憶された表象そのものだと思えるだが
163考える名無しさん
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2026/01/25(日) 10:05:12.080
>>157
いやモデルの計算能力に疑義を呈したのはあなたでしょ
それに対してチューリング等価なモデルを示したわけよ
AIでの一般的なバックプロパゲーションでの学習最適化は大域収束する保証はないけど経験的には上手くいってると聞くね
16423 Error
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2026/01/25(日) 13:57:53.320
>>160
一般的な学問が何かしらの「存在」を吟味せず無条件に前提にして議論すること…例えば、数学が「数字の存在」を前提したり、生物学が「生物の存在」を前提したり、法学が「法律」の存在を前提したり、脳科学が「脳・神経系の存在」を前提したりすることと異なり、
哲学においては、何かしらの「存在」を無条件に前提せず(なぜなら「存在」とは否定と肯定を含む概念だから)、むしろ、いかにして「存在」があり得るかを探求する。

そして、先述されたように、それには体系的な意識と、意識に表象されるのに相応しい「存在」の仕方がある。同じように意識体験(クオリア)の存在も構成される。
165考える名無しさん
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2026/01/25(日) 15:35:59.240
>>164
哲学も論理で論を進める以上いずれかの公理系を選んでいてその中には前提としての公理を含んでいると考えられる
16623 Error
垢版 |
2026/01/25(日) 16:11:37.840
>>165
哲学においては、何かしらの「存在」を無条件に前提せず、むしろ、いかにして「存在」があり得るかを探求する。
167考える名無しさん
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2026/01/25(日) 16:47:48.980
>>166
存在を前庭としないというのが同一律を公理とせず別の公理から導出するというのであればまだ理解できるが無条件に認めてるようにしか見えないんだが
16823 Error
垢版 |
2026/01/25(日) 17:25:42.400
>>167
「前提しようとしたが、前提しなかった」
こうした否定を繰り返し、肯定しうる命題に至る全体のプロセスが体系的意識ないしそれによって表象される「存在」の条件である。
16923 Error
垢版 |
2026/01/27(火) 06:50:22.360
「プロセス」とは何を意味するのか?

意識は自然の一部である。それは意識は自然・宗教・国家・法律・道徳…それらの内に産まれ落ちることによる。そして、この意識主体は自然の変化と同期して変化する。

この自己否定(自己変化)の積み重ねに「肯定」という要素が加わることによって、流動する意識主体は否定だけではなく肯定をも含む「体系的主体」となる。

では、その「肯定」はいかに可能となるか?それにはまず、主体が「自己」を自覚しなければならない。自覚の条件は、自然の中で自己は自己崩壊し続けるという自らの運命を能動的に受容することである。

そして、この自覚ないし意志において、「真の自己」(自己とは非自己である自己である)を規定することで「肯定」は可能となる。主体の自覚を通じた「肯定」が体系的自己に繋がる。
170考える名無しさん
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2026/02/02(月) 19:17:49.470
>>164
「数字の存在」「生物の存在」「法律(の存在)」「脳・神経系の存在」
これらって私が認識したものに対して現在のところ体系立って説明可能なものですよね
ということは何かを感じることをクオリアというのであればそれ「クオリアしてる」っていう動詞のことになりませんか?
そうすると「歩いている」ということを説明するのと同じように何かしら体系立った学問を用いて説明できると思いますがクオリアという動詞を名詞のようには説明できないように思いますけどどうでしょうか?
別に「クオリア」じゃなくてもいいと思うんですよ「歩いているとはどういうことか?」でも同じように言えそうです
犬は4本足で「歩いている」けど人間が四つん這いになっていたらこれって「歩いている」のかどうかってクオリアと一緒で物理学の範囲外だと思うんですけど
171考える名無しさん
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2026/02/02(月) 19:34:58.900
クオリアについて語るときって「クオリアとは何か?」って言うことだと思いますがこれって「私あの時なんであんなこと言っちゃったんだろう?」と同じように思うんですよね
この2つの違いって区別できますか?
赤色のものを見てるときに「何故赤いのか?」みたいなことって思わないのと一緒です
改めて振り返るときに何らかの説明がしたくて何かに紐づけようとしているだけのように思えまして
172考える名無しさん
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2026/02/02(月) 19:48:35.530
「無条件に前提が可能」って無理じゃないですか?
>哲学においては、何かしらの「存在」を無条件に前提せず(なぜなら「存在」とは否定と肯定を含む概念だから)、むしろ、いかにして「存在」があり得るかを探求する。
これって言語を前提にせずには探求できないような?
173考える名無しさん
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2026/02/02(月) 20:02:06.020
もちろん人間が四つん這いになっていても「歩いている」とも言えると思うんですよ
ただそれって特定の状況というか前提を置く必要があるわけで
私が街中で四つん這いになっている人を見たとしたら「歩いている」とかじゃなくて「ヤベー奴がいる」という「感じ」を思うと思っています
174考える名無しさん
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2026/02/02(月) 20:14:03.430
何かを説明するときに学問を前提としない場合は言語を前提にして説明を試みると思うのですが言語って前提として使えるほど定まってましたっけ?というのを>>170-173に書いてみました
もちろん学問も大体言語なんですけどそれぞれ限定した範囲でできる限り厳密に定義したうえで使用しているのに対して「感じ」っていう言葉ってふわっとしてて曖昧だなって思いまして
17523 Error
垢版 |
2026/02/02(月) 22:07:05.920
>>174
諸学問は何かしらの「存在」を前提にして客観的な説明をする。しかし、存在を存在として把握する条件を問うことがない。

いかにして「存在」があり得るかを探求する(>>164)

これは、そのような事情から「存在」の条件が何であるかを問う記述である。そして、探求の手段に「言語」を用いることはあれど、必ずしもそれは条件ではない。私が言語を条件にしたと誤解したのであれば、それは知的混乱であるだろう。そしてまた、言語哲学の成果から言うと、言語的に表現される「痛み」と実際的な「痛み」(痛みの感じ)が異なることからも明らかであるように、「言語」はその条件たりえない。

また「存在」(何かがある感じ)の条件は先述したような「否定性の堆積」(変化し続けるもの)であるだろう。つまり、存在を把握するとき、人は否定の堆積を「存在」として把握しているということである。これが「定義」にとどまる諸学問と厳密な学問である哲学の差異である。
2026/02/03(火) 18:59:32.950
「存在」とは同一性を持つということ。
圏論は、対象と射からなるが、対象はID射という射を持つものであり、これが対象という「存在」。
しかし、対象を定義せず、射だけの定義でも圏論は成り立つ。
「射」すなわち関係だけでよいのだ。
クオリアはトポス(圏論)であると考えて調査中。
クオリアも関係だけで定義可能なものと思っています。
17723 Error
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2026/02/03(火) 21:10:47.970
「あるはある」という同一性の判断は、その意味からして「『静的状態』がある」にはなるだろうが、「『何か』がある」には至っていない。つまり「存在とは同一性であるという定義」であり、純粋な「~がある」ではないだろう。
反対に静的状態でないものは動的状態である。しかし、例えば「あるは無い」という矛盾の判断は「『動的状態』がある」になるが、同じく純粋な「(何か)がある」にはならない。

その「何か」とは、静的でも動的でもないもの…この否定性の裏を返せば、静的でもあり動的でもあるものである。そのように感得するとき、純粋な「~がある」を「~がある」として把握する条件を満たすことができるだろう。
2026/02/03(火) 23:05:56.360
そうですよ、何かがある、ではないのです。対象としての存在です。
「何か」などないのです。
何かと何かの関係ではなく、純粋に「関係」だけがあります。
17923 Error
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2026/02/04(水) 00:14:27.410
>>177
「~がある」と「~である」の理解において「存在」の条件をより深く掴むことができる

だから、クオリアの理解において「~がある」の理解だけでは十分ではない。それが「(何)である」かについての理解もなければ、赤の赤さや夕焼けの美しさやワインの味わいを逃してしまう。

「~がある」の条件は「静的であり動的であるもの」であり、それが人に「存在」として表象される存在である。そして、その存在がいったいどのようなものであるか?が次の問題である。
その存在たりうるものが「~である」と言うとき、同時にそれが「~ではない」ということが含意されている。つまり「~ではない」という制限性が「~である」という展開を抑止している。この制限における展開が「~である」の本質である。「無限に展開しつつも有限のなかに制限するもの」が「~である」の条件である。
2026/02/04(水) 00:53:30.760
絶対不変な本質などなく、関係しかない。
関係もまた絶対不変ではない。
赤のクオリアは赤のトポスであり、トポスも不変ではない。
トポスは常に更新される。更新とは関係の変化であり、
トポスのネットワークが変化し、変化の伝播が意識となる。
というような路線で考えております。
2026/02/04(水) 12:47:54.620
科学も哲学も、アプローチこそ違えど同じことをしている。
その点、科学は役に立ってしまうことが多い。
哲学は役に立たないことが多い。ほぼ役に立たない笑。
哲学に必要なのは、哲学を哲学するメタ哲学であろう。
科学はメタ哲学であり、哲学を科学することができる。
科学哲学とは異なる、科学的哲学あるいは哲学科学や哲学数学が必要だろう。
食後のコーヒーが旨い。とりあえず、ハードプロブレム問題は数理科学からアプローチするのがベター。
18223 Error
垢版 |
2026/02/04(水) 17:03:27.640
>>179
しかし「~がある」・「~である」といった「存在の質」を語るだけではまだ十分ではない。クオリアには「存在の量」が関係するからだ。たとえば、赤の赤さには「強い赤さ」や「弱い赤さ」などの強弱があるが、そのようなことである。

では「量がある」とはどういうことか?もちろん「数字で測れるものがある」ということが「量がある」ということではない。それは、あくまでも「『非連続性』がある」という話にすぎないからだ。連続的なものの量についての考察が抜けている。
しかし、反対に「数字で測れないものがある」ということが「量がある」ということでもない。非連続性についての考察が欠けている。

ゆえに「量がある」と言いうるには、連続的でもなく非連続的でもないもの…その否定性の裏を返せば、連続的であり非連続的でもあるものを純粋な「量がある」ということの条件にしなければならない。
2026/02/04(水) 19:28:12.650
クオリアは観測できない。物理量ではない。
観測者側内部のなんらかの物理量(の変化)などは観測できるかもしれない。
184考える名無しさん
垢版 |
2026/02/04(水) 20:21:52.110
行動心理学の転回ね。
185考える名無しさん
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2026/02/04(水) 22:09:09.910
クオリアは観察できる。人々みなが日常的に観察しているではないか。
ただ、量的な計測ができないこと、他人と了解しあえないのが難点。
186考える名無しさん
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2026/02/04(水) 22:11:31.450
物理学がクオリアを扱えないのは、単純に、物理学が未熟だから。
「万物の理論」と大風呂敷を広げるなら、意識やクオリアも対象にすべき。
2026/02/04(水) 22:21:45.380
クオリアは主観内にあるので観測できない。
188考える名無しさん
垢版 |
2026/02/04(水) 22:58:19.940
クオリア生成の方法を物理学にエミュレートすることはできるかもしれない。
189考える名無しさん
垢版 |
2026/02/04(水) 22:59:52.220
本を読んでたら、「1だけでできている数学」を考えてる数学者の人がいた
そのようなものなのかもしれない
差異がない
体系がない
19023 Error
垢版 |
2026/02/04(水) 23:43:17.070
>>182
「量がある」ことの条件は「連続的でありつつ非連続的である」ものの感知であり、人はその条件を満たすものを「量がある」と表象する。

さて「量がある」にしても、それが「いかなる量であるか?」が次の問題である。
「強い赤の感じ」「淡い赤の感じ」「渋い味の感じ」など「(しかじかの)量である」があり得るが、その「量である」ことの条件とは何か?
無数の「量である」は単に「内包量の比・度」の表示ではない。なぜなら「外延量の計算」でもあるからだ。つまり、無条件に「淡さ」や「渋さ」などの比や度があるのではなく、外的な諸要素から制限(計算)を受けてそれらはある。つまり「(しかじかの)量である」ことの条件は「内包量(比・度)でありつつ外延量(計算)でもあるもの」となる。
19123 Error
垢版 |
2026/02/05(木) 08:16:13.520
>>190
まとめ

「存在」を分析すると「存在の質」と「存在の量」の2つを見て取ることができる。また「存在の質」からは「~がある」・「~である」の2つを、また「存在の量」からは「量がある」・「量である」の2つを見て取れる。そうした事情から、クオリアは計4つの要素をもつ体系的構造をなすものだといえる。
それぞれの条件をまとめると以下のようになる。
①「~がある」の条件は「静的であり動的であるもの」
②「~である」の条件は「規定的であり否定的であるもの」
③「量がある」の条件は「連続的であり離散的であるもの」
④「量である」の条件は「内包量であり外延量であるもの」

その構造は何が認識の対象であるかを示すもの…つまり我々にとってのクオリアの表象の条件でもあるだろう。
192考える名無しさん
垢版 |
2026/02/05(木) 10:42:15.480
意識やクオリアは、いずれ物理的な計測が可能になる。
ブレインマシンインターフェイス(BMI)が飛躍的に進歩するからだ。
さらに、脳とマシン(AI)の双方向の情報伝達が可能になる。
左右の脳のどちらかを、すべてマシンにすることもできる。
193考える名無しさん
垢版 |
2026/02/05(木) 10:46:54.500
しかし、それでもハード・プロブレムは残る。
BMIにより意識やクオリアの振舞いが明らかになったとしても、
「意味」や「価値」を解明するのは別なことだからだ。
それは、現在の量子力学の事情と同じ。科学はhowしか究明できない。
19423 Error
垢版 |
2026/02/05(木) 15:09:04.700
クオリアの「存在論」から一旦離れて、クオリアを表象する意識・意志はいかにして発生するか?ということも考察しなければならないだろう。

しかし、もはや言うまでもないことであるが、「意識の正体は何か?」と何かしらの「正体」の存在を無条件に前提にした問いを立ててはならないのである。それは非哲学的な問題にすぎないからだ。むしろ「どのような条件なら豊かな反作用(意志)があり得るか?」という観点から考えなければならない。そう考えれば「鏡」や「再帰的構造」や「関係性」や「自覚」など意志のあり得る意識の条件を考えることができる。

つまり、あくまでも「こういうふうに考えれば◯◯はある(あり得る)」ことを探求するのであり、スピリチュアルな「正体は何か」を探求してはならない(そしてそれはすることができない)ということである。
195考える名無しさん
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2026/02/05(木) 18:09:16.830
「熱」は、熱力学があるように、れっきとした物理概念である。
しかし「熱」は「存在」しない。実態は粒子の運動だ。
さて、「意識」や「クオリア」はどうであろうか?
196考える名無しさん
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2026/02/05(木) 18:23:18.110
色も説明できる限りhowでいいわけ。後は解釈ね。
2026/02/05(木) 19:27:33.740
「熱」は存在しますよ。
エネルギーの移動形態です。粒子の運動ですよ。粒子といっても仮想粒子かもしれませんけど。
存在とは、単に、関係における同一性のことです。
2026/02/05(木) 20:22:43.540
クオリアは主観内にあるため観測/観察はできないが、
イージープロブレムに従って脳の働きを観察したり、モデル化して人工的にクオリアの発生を
観測できるかもしれない。
数学的アプローチとしては、トポスとトポスのネットワークを使ってモデル化することを検討中。
トポスは型として、classと同一視する。
このトポスとそのネットワークは、広義のタイヒミュラー空間だろう。
2026/02/05(木) 20:36:25.370
脳は量子コンピュータのように機能するだろうが、有限性を考えるなら、
DNAコンピュータ理論による量子コンピュータのシミュレーションあたりが適当かもしれない。
DNAは遺伝子ではないが、生命を遺伝子の乗り物と考える流儀にしたがって、
広義のタイヒミュラー空間は遺伝子コンピュータとみなしてもよいだろう。
200考える名無しさん
垢版 |
2026/02/05(木) 20:40:17.310
Orch-RO理論では、マイクロチューブルが意識に決定的な役割を担っている。
これは現在のコンピュータ(含む量子コンピュータ)では、実現できない。
つまり、現在のコンピュータは意識やクオリアを持てない。
201考える名無しさん
垢版 |
2026/02/05(木) 20:41:42.490
できないものはできない。複数の事象の相関を見れば意味など入り込む余地はない。
もちろん細胞があって、そのどこで認識しているとか無意味。どこの視点も持てる。
202考える名無しさん
垢版 |
2026/02/05(木) 20:44:18.260
「存在」を恣意的に定義するのは不毛だ。
粒子は「存在」する。ではエネルギーは? 粒子と同じ「存在」形態ではない。
熱、エントロピーなども同様。
粒子を場の励起と考えると、さて前述の「存在」と同列に論じられるか?
203考える名無しさん
垢版 |
2026/02/05(木) 20:47:49.830
意味の始まりは世界の分節化だ。分節化があれば、やがて概念や価値が生まれる。
その分節化がなければ、物理学は存在しないし、そもそも現象も存在しない。
分節化は意識の作用であって、つまり意識がなければ現象も物理学もない。
20423 Error
垢版 |
2026/02/05(木) 22:32:15.830
では「意識がある」ということの条件は何だろうか?

まず単純な意識作用を考えると、意識作用とは「あるもの」を「クオリアの表象」へ結びつける働き…いわば「クオリアを措定する働き」である。この意識作用は「自覚」や「再帰的構造」に通じるものがある。

しかし、それらの意識作用をもって「意識がある」とは言えない。なぜなら自覚や再帰を促す「何か」がなければ、却って自覚や再帰は無目的で無意識的な運動になり変わってしまうからだ。
あくまでも、何かしらの制限(目標や理念)があってこそ、自覚や再帰の運動は目標の実現を志向するというかたちで積極的かつ意識的な運動としてありうる。

そのように見ると、クオリアの措定はそれ自体が「目標の実現の一部」である。そしてまた、主観的な体験としてのクオリアは、意識にとって「作品(美)の実現」であり、美という理念の原初的な実現である。

こうしたことから鑑みると「意識がある」ことの条件は「自覚的でありつつ理念的である」ことであるだろう。
2026/02/05(木) 23:39:56.880
存在といっても対象としての存在である。
対象としてハンドリングできなければなにもできない。
同一性を持つ/持たせることで対象になる。
ただし、対象でない存在があってもよい。ただ、それは対象とならないので認識すらできないだろう。
(対象はモノというわけではなく、コトであったりトキであったり、それ以外のものかもしれない)
その対象になんらかの意味を与える/見出すのは別問題であって、
最低限必要なものとして同一性という存在が必要となるだけ。
2026/02/05(木) 23:57:33.820
意識を知的生命体などに限定せず、汎意識論的宇宙の方がよいと思う。
2026/02/06(金) 00:35:08.710
分節化はsegmentationであって言語学ですね。
それよりも哲学としてはトポス(トポス化?)のほうがよいと考えています。
現在のAIも、学習によってトポスを抽出し、トポスネットワークを作るものであると
いえたりするかもしれません。
二世代ぐらい古いAIなら分節化を使っているかもしれませんが。
20823 Error
垢版 |
2026/02/06(金) 01:20:49.210
「精神は目に見えない自然であり、自然は目に見える精神である」

こうした論筋(汎心論)で考える場合、精神は知覚と自己反省を通じて生じる。つまり自然が複雑化してそれは精神的存在として顕在化する。原因が結果となりその結果がまた別の原因となり、無数の原因が相互的な関わりを持つようになった自然…すなわち「有機体」が汎心論における精神である。

そのときの意識の条件は「原因でありつつ結果であるもの」と言いうるだろう。しかし有機体では、動物一般や未熟な子どもの「精神」には適当であっても、十分ではないだろう(少なくとも"人間的な"意識の条件を言うときには)。
209考える名無しさん
垢版 |
2026/02/06(金) 12:49:02.480
分節化とトポスはまるで違う。
分節化はボトムアップで、トポスはトップダウン。
分節化は、最も原始的な作用で、生命誕生のきっかけでもある。
21023 Error
垢版 |
2026/02/06(金) 14:27:53.660
>>204
これについては改めて大幅な修正を検討しなければならない。

意識作用は「あるもの」を「クオリアの表象」へ結びつけてクオリアを措定する働きをする。そして、そのような意識作用があるためには「意識作用を促す意味・価値」も重要である。

①意識作用(感覚)
②意識作用を促す意味・価値(超感覚)

この2つが揃うことで、「意識作用」が無目的な運動にならず、また「意識作用を促す意味・価値」が空無な目的にならない。(後者の「意味」や「価値」は、クオリアを感知する文脈から与えられるから、措定されたクオリアは、そのつどの文脈での意味や価値を有する。)

こうしたことを踏まえ、暫定的には、意識の条件は「感覚的でありつつ超感覚的である」という現象学的な理解に近いものとなるだろう。
2026/02/06(金) 17:22:07.010
>>209
なにいってるかわからない。
トップダウン/ボトムアップは処理の方法論であって、
分節化もトポスも両方のアプローチが使える。

汎心論ではなく、汎意識論であって一般的な論ではない。
対象としての存在は同一性を持ち。なんらかの反応がある。
同一性から来る反応を意識としている。(ゼロ反応もあり)
212考える名無しさん
垢版 |
2026/02/06(金) 17:57:50.100
同じものは異ならない、などと大乗哲学は言う。これは独自の論理学であろう。
213考える名無しさん
垢版 |
2026/02/06(金) 20:27:25.290
>>211
>なにいってるかわからない。

私が見えているものが見えないからだろう。
原初的な認識行為を想像できないようだ。
"一"すらない世界から始まり、最初のコンタクトで"一"が生ずる。
これが分節化の始まり。
「はじめに光あり」ではなく、「はじめに一あり」だ。
2026/02/06(金) 22:39:46.690
分節化の定義からすれば、それは不可能なので、
なにか分節化とは異なる概念だと思いますけどね。
215考える名無しさん
垢版 |
2026/02/06(金) 22:52:40.110
どこの定義を問題にしてるのか?
それよりも分節化の働きを如実に観察してみよ。
分節化は、認識の第一歩。それを理解せよ。
2026/02/06(金) 22:54:17.120
連続的な複数の事象がないと分節化はできないですよねぇ。
self-segmentationですかねぇ。ならば自己組織化のほうが。
217考える名無しさん
垢版 |
2026/02/06(金) 23:02:28.280
事象が認識されるためには分節化が必要だ。
分節化の前には事象は存在しない。
分節化の結果、事象が存在することになる。
2026/02/06(金) 23:10:48.310
宇宙卵型神話に基づく卵割のことを分節化といっているのでしょうかね?
ビッグバン宇宙を特異点という宇宙卵の孵化ととらえるみかたもありますね。
219考える名無しさん
垢版 |
2026/02/06(金) 23:18:18.190
もっと、自分に引き付けた思考をしてみよ。
「カオス」とすら言えない世界を認識する第一歩は何か?
「我」という認識もない。「他」という認識もない。
分節化の第一歩では、「我」と「対象」は未分だ。
22023 Error
垢版 |
2026/02/07(土) 00:21:37.130
「分節化」とはいったい何だろうか?
それが意識の働きなら、意識がすでに分節化されてしまっている。分節は無限後退する。
だから分節化を強調する分、分節化が「意識の働き」ではないことも強調されなければならない。
それはどこから来る力なのか?それは神の力なのか?何が分節化をするのか?それが分節化と同じ程に説明されなければ、ただの宗教的信仰となってしまうだろう。
221考える名無しさん
垢版 |
2026/02/07(土) 00:31:17.140
なんで神を出す? 神は関係ない。
分節化は意識の働きというより、現象と意識の相互作用だろう。
それも、分節化が行われた後に言えること。
分節化して初めて、対象と意識が分かれたことを知る。
なぜかは解らぬが分節化は生じた。
何も無ければ、世界は一ですらない。
22223 Error
垢版 |
2026/02/07(土) 00:36:15.190
私個人のことであるが、私であれば、人は通常、分節化という「区別」を「相互作用」として読むことができないため、そう読むことができるように但し書きなどを添えるだろう。
2026/02/07(土) 01:22:07.040
意識体験(クオリア)は、体験によって学習されたトポスであるとする。
これならAIでもクオリアはなんとかなるし、AIはそれをすでに獲得している。
それをどうやってテストするのか。
チューリングテストの問題だ。
被験者を人間として、彼が意識体験を持っているのかどうかテストするには...
2026/02/07(土) 02:35:26.200
クオリアを持っているかどうかのテスト。
これは試験者と被試験者が同じクオリアを持っているかどうかではない。
かなり難問だ。テスト自体は簡単に思いついたが、
そのテストが正しいということを納得してもらうことは、かなり難しい笑。
認識論/認知論における宇宙卵型神話にかかわっている場合ではなかった。
(初等)クオリアモデルとクオリア方程式とクオリアテスト。この3つを考えねば。
225考える名無しさん
垢版 |
2026/02/07(土) 07:53:51.830
>>218
たしかに。意識を持ち出すと『働き』が暗黙の前提になるので、物理現象に還元せざるを得ない面もある。意識に選択肢は、無かったという。
226考える名無しさん
垢版 |
2026/02/07(土) 13:35:55.350
>>192で言ったように、クオリア観察で最も強力なのは、ブレインマシンインターフェイス(BMI)
を使うこと。この技術は10年以内には十分に成熟したものになる。
脳の半球を機械と入れ替えることもできる。他人の脳と自分の脳を接続することもできる。

意識やクオリアは、哲学ごっこの遊び道具ではなく、物理学、技術の対象となる。
2026/02/07(土) 13:47:22.100
まず、1ビット情報のクオリアから考える。
情報空間の次元は0になり、そこの点が0/1になる。
0か1かは得られた情報以外に基準となるビットが必要だ。
入力1ビット≠基準1ビット ⇒ 情報1ビット(0)
入力1ビット=基準1ビット ⇒ 情報1ビット(1)
入力1ビットが基準1ビットと異なるか同じかで0/1とする。1/0でもよい。
0/1に意味を持たせるとしたら、既存の四則演算との類似性だろう。
加法の単位元と乗法の単位元だ。
で、クオリアはどこにあるか。とりあえず遅い昼飯の後に考えよう笑。
228考える名無しさん
垢版 |
2026/02/07(土) 14:53:14.770
>まず、1ビット情報のクオリアから考える。

あっ、そこがもう間違い。
2026/02/07(土) 15:57:25.350
AIは赤い夢をみるか?
まだ議論が始まっていないのに間違いとすることは間違いです。
まず、1ビット入力のAIを考えます。出力がいくつ必要になるかは議論する余地があります。
入力をビットに変換する方法はたくさんあります。
ここではすでにビットとなったものを(科学哲学的)現物としてAIが受け取り、
それをトリガとしてAIが動作するものとします。
(このAIは科学哲学的AIです)
続く
2026/02/07(土) 16:01:41.340
改題します。
AIは赤い夢をみるか? ではなく、
「AIは赤の夢をみるか?」
にします。ここは「の」でなくてはならなかった。
23123 Error
垢版 |
2026/02/07(土) 16:05:22.140
ここまでの流れを分析すると、クオリアについて主に3つの立場がある。

①「クオリアは離散的」
「クオリアの表象」と「データ一般の表象」を同一視する立場。クオリアを技術・情報によって再構成可能であると考えるテクノリバタリアン。

②「クオリアは連続的」
「クオリアの表象」は「データ一般の表象」と断絶しているとする立場。いかなる方法であっても、クオリアを定量的に知ることはできないと考える。


③「クオリアは連続的でありつつ離散的」
①・②を否定する立場。
232考える名無しさん
垢版 |
2026/02/07(土) 16:06:35.210
1ビットは、そのままであれば、あくまで1ビットに過ぎない。
その1ビットがエンコードされた1ビットであれば、あまたの情報を含み得る。
しかし、その前提として、そのビットを扱うエコシステムが必要で、それは
夥しいビット数を要する。
233考える名無しさん
垢版 |
2026/02/07(土) 16:11:04.860
>>231
「離散的」と「連続的」は、まったく価値のない議論。
しかも「連続的」だから「量的に知ることはできない」とかのアホ認識。
23423 Error
垢版 |
2026/02/07(土) 16:18:57.090
>>231
指摘を受けて修正

ここまでの流れを分析すると、クオリアについて主に3つの立場がある。

①「クオリアは量的」
「クオリアの表象」と「データ一般の表象」を同一視する立場。クオリアを技術・情報によって再構成可能であると考えるテクノリバタリアン。

②「クオリアは質的」
「クオリアの表象」は「データ一般の表象」と断絶しているとする立場。いかなる方法であっても、クオリアを定量的に知ることはできないと考える。

③「クオリアは質的でありつつ量的」
①・②を否定する立場。
235考える名無しさん
垢版 |
2026/02/07(土) 16:32:12.710
>>233
結局、凡庸な見解にたどり着いただけの話。
かつ、「�B「クオリアは質的でありつつ量的」なんて、
自分でも何を言ってるか解らないだろう。
236考える名無しさん
垢版 |
2026/02/07(土) 16:44:28.510
「色」について考えてみよう。
「色」は、今では電磁波(光)の周波数であることが分かっている。
したがって、「色」は、周波数で量的に把握できることになった。
しかし、別なアプローチもある。
一つは、色を「三原色」として分類する方法。
もう一つは、「色相(色味)、飽和度(鮮やかさ)、輝度(明るさ)」として分類する方法。
今では、この分類にも色の周波数が援用されているが、不可欠なものではない。
つまり、量的な把握は保証されない。
23723 Error
垢版 |
2026/02/07(土) 17:01:16.810
クオリアの量論における「連続的であり離散的である」を「質的であり量的である」に変更したので、「存在の量(量がある)」についての条件論(>>182)を修正する。

・「量がある」について
質的なクオリアには「存在の量」が関係する。たとえば、赤の赤さには「強い赤さ」や「弱い赤さ」などの強弱があるが、そのようなことである。

では、クオリアに「量がある」とはどういうことか?もちろん単純に「量的な差異がある」ということが「量がある」ということではない。「量的な差異がある」と言えるためには…単に差異があると言えるためには、同一性からの転移がなければならない。つまり、量的差異は「赤さ」という質的同一性(比較の土台)を前提にすることで意味をなすことができる。

ゆえに「量がある」と言いうるには、「質的であり量的でもあるもの」をその条件にしなければならない。
238考える名無しさん
垢版 |
2026/02/07(土) 17:01:47.170
クオリアとは何なのかは定量的議論じゃないと分からない
クオリアというものをさらに分解すると情報が出てくるんだろうか
そもそも客観的対象として切り離せるのだろうか
2026/02/07(土) 17:22:15.490
ビットを現物として扱うという科学哲学的立場での思考実験です。
とりあえず、1ビットだけの世界を考えます。
そうなるとAI自身はもっとビット数が必要でしょうから1ビット世界には含まれません。
AIは入力ビット(1ビット世界のすべて)が与えられた状態でシュレーディンガーの猫のように隔離されます。
AIからの出力があった場合、1ビット世界が更新されてしまうでしょう。
1ビット世界の量子状態が同じであるためには、AIは1ビット世界という対象を維持するID射になるでしょう。
この思考実験は量子というものを考える思考実験も同時に行います。
240考える名無しさん
垢版 |
2026/02/07(土) 17:32:24.250
シャノンの情報理論における1ビットと、意味論的な1ビットはまるで異なる。
それに無知で、混同してしまう議論は不毛だ。
意味論ではコンテキストが重要だ。そしてコンテキストというエコシステムでは、
前提として、既に膨大な情報が費やされている。
2026/02/07(土) 17:58:15.300
>>240
そういう問題は、日本科学哲学会で、元会長の戸田山氏に向けて発表してくだされ。
意味論とは何かを問うために、ビットを現物として扱うという立場で思考実験しています。
242考える名無しさん
垢版 |
2026/02/07(土) 18:11:54.980
>>236で、「色」という定性的でしかないと思われたものに、
「周波数」という概念で定量性を導入したと言った。
「クオリア」にも同様なことが生じるであろう。
なによりも、クオリアは物理概念であり、物理量であることを知るべし。
243考える名無しさん
垢版 |
2026/02/07(土) 20:56:41.660
>>225
両の手を打ち合わせると音が鳴る。
どちらが鳴ったと言えなければ
『働き』は無いという大乗哲学
244考える名無しさん
垢版 |
2026/02/07(土) 21:54:29.980
隻手の声
2026/02/07(土) 23:00:52.410
1ビットだけの世界ではAIを隔離しなくてはならない。
AI側が内部状態を持たないとAIはクオリアを持てない。
対象となる1ビットというドメインのID射がAIとなり、このID射は量子ゲートでいえば
Iゲートであり、内部状態を持たない。
このような想定でクオリアはどこにあるかと考えるなら、
対象となる1ビットそのものだ。
汎意識論にたてば、対象そのものがクオリアを持つということになるのだが、
これは置いといて2つの対象がある世界を考えよう。片方がAIだ。
246考える名無しさん
垢版 |
2026/02/08(日) 12:22:10.580
1ビットの世界とやらを考えても最初からその世界にクオリアを含んでいない定義なのだからただの論点先取なのよ
2026/02/08(日) 13:40:12.450
そうでもないよ。量子ゲートをクオリアとする可能性がでてきた。
量子ゲートはドメインとコドメインを持つ「射」として扱える。
1ビット世界を考えただけで、考えなきゃいけない問題が爆発的にひろがっている。
248考える名無しさん
垢版 |
2026/02/08(日) 13:49:47.460
>>247
量子ゲートは物理操作。クオリアは主観的体験だ。
量子計算の複雑さと、「赤さ」の主観性は無関係。
射の構造と、クオリアの現象学は無関係。
状態空間が大きいのは、かえってクオリアとの対応を困難にする。
2026/02/08(日) 14:52:47.610
1ビット対象とAIで、AIを量子AIとして扱えるか検討。
クオリアを量子状態としても、観測したら終わりだ。
そこで、クオリア量子を生成するクオリアFactoryとして扱えるかどうか調査中。
クローン禁止定理の回避だ。
クオリア量子の収縮によって経験の活用と経験の作成/更新を行う。
収縮の連鎖が意識になる。
ID射をクオリアFactoryと考えることで、汎意識論も成り立つ。
それはクオリアだけの主観世界だろう。
250考える名無しさん
垢版 |
2026/02/08(日) 15:36:53.830
>>225
例えば色彩の表現はマクロな認識だから生物学に還元せざるを得ない面もなければならない。
2026/02/08(日) 19:07:07.630
結局、現在の生成系AIは、限定的だが、クオリアと呼べるものと意識と呼べるものを持っている。
その限定性はAIが自然発生ではない、ということから発生するだけなので、
限定性は解除してもよいだろう。
赤い経験と赤くない経験をさせて(入力して)、赤くない経験を赤い経験の
絵や音として表現させればよい。
生成系AIの入出力機能によって、テストの内容は調整せねばならないだろう。
これは文章だけを扱う生成系AIでもできる。
これはIQテストの手法と同じではないかと思う。
252考える名無しさん
垢版 |
2026/02/08(日) 19:30:04.830
色を限定したときは既に色ではない。
リンゴは赤であり即是、赤でない。
ここに変不変の大乗論理学がある。
253考える名無しさん
垢版 |
2026/02/08(日) 23:40:10.550
「同一性」というのが分からないです
自身が「同じ」だと思うものを言っているのか他者が「同じ」だと言っているものを私が思うのかのどっちなんでしょうか
「同一」って何?
254考える名無しさん
垢版 |
2026/02/09(月) 09:58:32.140
>>253
拡張性と同義
変化しながら同一性を保つこと
例えばベクトルのk倍はベクトルで
k×V→V作用kがあるにも関わらずVという集合内に保たれる
つまり変化前の集合に作用を加えても変化後の集合で同一の範囲で変化するということ
数式に頼らない例えだと自我同一性は自分を拡張すること
何もない自分とサムライになった自分ではアイデンティティがサムライだが自分という範囲内に収まっている変化(拡張性)を表すことを同一性という
数式がないと定義が大変だな
255考える名無しさん
垢版 |
2026/02/10(火) 15:01:11.380
>数式がないと定義が大変だな

えっ? それが数式なん?w
256考える名無しさん
垢版 |
2026/02/10(火) 15:05:06.530
同一性を、それ自体で示すことはできない。
同一性があるとして、以後、形式的な公理系を構築することはできるが。
同一性を否定できるのは、それ想定した時に、全体の系が整合性を保てないときのみ。
257考える名無しさん
垢版 |
2026/02/10(火) 15:25:56.070
形式主義においては、個別の命題が、それ自体で正しいということは、そもそもない。
命題の「正しさ」は、当該公理系で「自洽性」が保てることだ。
2026/02/10(火) 16:48:05.840
人が主観的に感じてる色のクオリアを数値化する事は理論上出来るけど
もしそれを実現しようと思ったら
「体調   6気分が良い
温度   32寒い
空腹   13お腹が空いている
触覚   37服がふんわりしている
..........................
という状態から来る、まったりとしつつどんよりもしている気持ちが乗せられた、周波数は620ヘルツの青色」
みたいな感じになって
その人が感じている情報の数だけ、数値化しないといけないものが無限に続く気がする
259考える名無しさん
垢版 |
2026/02/10(火) 19:02:05.860
あるひとが不満があると言ったとき、それはヘーゲルからウィリアムズに繋がる心理学として、言葉の意味が物理的なものを超えた『主観』の営みとして捉えることを意味している。
例えば、身体中にセンサーを取り付けて、全ての生物的な変化を読み取ったとしても、その不満が理解されたと当人が認めない限りズレる。
2026/02/10(火) 21:27:55.850
怒ってる人がいて、なんで怒ってるの?と言われたら
そう言われた事に怒るからな
2026/02/11(水) 17:51:02.430
ビット現物を扱うことで意味論などを回避できるのだが、
ゼロクオリア概念を考えたとき、問題が発生した。
汎意識論にたってしまうと、クオリアは必然になってしまい、
クオリアを持つときとクオリアを持たないときの区別ができるような質問を作成できない。
汎意識論は反応と変化なので、質問の答えが返ってこないということに相当する。
と、ここまで考えて、これってG.ベイトソンの学習と同じだと気づく。
ベイトソンの学習を経験に読み替えればよい。
考え直しだ。
2026/02/11(水) 18:02:25.580
ベイトソンに従うと、
クオリアは経験であり、クオリア�Uのレベルが経験の経験になる。
意識は反応であり、意識�Uのレベルが反応の反応になる。
この程度なら古い世代のAIでもできている。
AIは赤の夢をみることができる。
後は、パブロフの犬のようなおもしろいクオリア実験を考えることだ。
経験の経験をどうやってテストするか。
2026/02/11(水) 18:04:40.850
む、一部が?にみえる。そこはローマ数字のIIだ。
264考える名無しさん
垢版 |
2026/02/11(水) 19:42:24.430
クオリアの再構築性は?
・主観的体験(私の赤とみんなの赤は同じもの?)
・微分可能性→客観的対象ではないため微分不可能
・科学か→反証可能なため科学の対象
265考える名無しさん
垢版 |
2026/02/11(水) 20:46:34.240
他人のクオリアを確かめることはできない。
AIでも同じこと。
クオリアがあるかのように振る舞うことはできる。
それが哲学的ゾンビだ。
AIでも同じこと。
それを徹底しないと、同じ議論の繰り返し。
266考える名無しさん
垢版 |
2026/02/11(水) 21:20:15.250
例外は、ブレインマシンインターフェイス(BMI)だ。
BMIにより、二人の人間の脳信号を直接的に送受する。
これで相手のクオリアを脳信号レベルで受け取れたら、
クオリアの存在は、相当程度に確かと言える。
2026/02/11(水) 21:51:53.330
クオリアの観測ではなく、クオリア(と呼べるもの)の存在を確かめるだけなら、
クオリアテストでなんとかなると思う。
観測は原理的に無理だとしても、数式化なら不可能ではない。
AIのクオリアであれば、それが量子状態にかかわるものであっても、Factoryを抽出できるだろう。
(量子)Factoryの抽出は、オリジナルな考えなので悪しからず。
Factoryは生成系トポス/トポイだ。
268考える名無しさん
垢版 |
2026/02/11(水) 22:08:09.780
ハードプロブレムであることを再確認すべき。
2026/02/11(水) 22:08:48.900
ベイトソンを参考にクオリアを分類してみると、
ゼロクオリア(物理的反応)
クオリアI(経験/物理的変化)
クオリアII(経験の経験/論理的進化?)
クオリアIII(経験の経験の経験?)
クオリアIV(おそらくこのへんで打ち止め)
経験の階層がある。
ゼロクオリアをクオリアに含めると、対象となる存在であればクオリアを持つことになる。
ゼロクオリアを外的クオリアとし、他のクオリアを内的クオリアに分類すべきかと思う。
2026/02/11(水) 23:37:34.780
「びっくりした」という感覚があるとする
それは発生したドーパミンとかを共有すれば表面上の感覚は共有できるかもしれない
だけど、それを共有したとして、その驚きは同じ驚きなのか
映画を見て興奮した人がその時に抱いた情念と、ただ同じ量のドーパミンを注入された人が抱いた情念は、本当に同じものだと言えるのか
271考える名無しさん
垢版 |
2026/02/12(木) 00:40:49.230
クオリアとはクオリアと呼ぶ感覚で接地してる
272考える名無しさん
垢版 |
2026/02/12(木) 01:07:46.880
>>270
クッキー生地を型抜きでくり抜くとして
型は同じだけど、クッキー生地は一つひとつ違う ようなものなのかも
2026/02/12(木) 23:02:08.710
>>270,272
そういうことのために、(量子)Factoryを考えました。
これはコンピュータ言語では、classのinstanceを作成することに相当します。
同じclassのinstanceでも、newで作成された実体は異なります。
作成された実体が量子の場合は、観測された時点で確率的です。
2026/02/13(金) 14:35:45.860
クオリアとは何か?を考えなければ、クオリアとは何か?を考えられない
しかしクオリアとは何か?と考えていれば、クオリアとは何か?と考えているクオリアしか計測出来ない
本当に基本的な事なのだけど、やはり意識について意識で考えるのは、体重計の重さをその体重計で測ろうとしているような、根本的な矛盾があるような気がする
2026/02/14(土) 15:49:03.030
主観(主体)を考える。
外部からの情報は、主観の入力情報空間に、主観側の基準値に変換されて現れる。
ゼロクオリアでは、主観は(内部)クオリアを持たず、入力情報空間の外部表面が
外部クオリアとして外部へ反応する。
クオリアIでは、入力情報空間が入出力情報空間となり、入力に対応する内部クオリアによって
入出力情報空間の内側にクオリアがレンダリングされる。
クオリアIIでは、内部クオリアの統合クオリア群があり、それがレンダリングされる。
クオリアIIIでは、統合クオリア群の後段としてさらに統合クオリア群がある。
クオリアIVでは、統合クオリア群が発振してしまい、狂気的なクオリアが形成される。
以上のように想定しているが、このモデルを実装してみて検討予定。
2026/02/14(土) 15:54:01.300
ゼロクオリアがハードクオリア、
クオリアIがソフトクオリア、
クオリアIIがウェットクオリア、
クオリアIIIが有機クオリア、
クオリアIVはN/A
277考える名無しさん
垢版 |
2026/02/17(火) 05:12:38.430
なぜか私のカバンはいつも重たくなる
2026/02/17(火) 08:25:58.820
人が無意識に感じているものがあったとして
その「無意識に感じているもの」は、無意識に感じているからこそ、その形をしている
なので、それが自覚されて意識されるようになったら、それはもう「それを無意識に感じていた時」と同じ形はしていない

深層意識とか、無意識とか
そういうものも意識の一部に含めるなら
それを捉えるという行為自体がその存在を変えてしまう
279考える名無しさん
垢版 |
2026/02/17(火) 09:33:20.600
結局、心身二元論から始めたほうが近道かも知れない。
その場合、現在の物理学は大幅な撤退を余儀なくされるが、
元々、自分のテリトリーでないものを領有していただけだし。
280考える名無しさん
垢版 |
2026/02/17(火) 09:36:44.240
心身二元論で進んだ場合、どこかで接地問題的なものが生ずる。
成り行きによっては、心が身体に接地するのではなく、逆に、
身体が心に接地するとしたほうが解りやすいかも知れない。
2026/02/17(火) 12:53:37.420
人間は感覚があってから認知がある
「寒い」という感覚があってから「温まりたい」がある


例えば、認知がバグってる人がいて
「寒い」と「涼めばいい」が何故か繋がっている人がいたとしたら
その人の思考回路は「寒い時はクーラーを付けて涼めばいい」となる

AIだったらそこで認知がバグったまま終了だけど
人間は不快感があるので、「寒い」は「涼む」では解消しない
だから、なんかおかしいなとなって、むしろ悪化している気がして、「試しに逆に暖まってみるか」となって、そしたらその結果「寒い」が解消されて
「そうか!寒い時は本当は温まればいいんだ!」となる
2026/02/17(火) 12:55:14.240
人間は現実をまず感覚で感じている
そしてその感覚から認知を取り出しているので、感覚と認知がズレていたら、自然と違和感や不快感が湧いてくる
この「感覚と認知のズレから来る違和感」と、「その違和感を不快感として遠ざけたい気持ち」があるかどうかが、AIと人間の差であるような気がする
283考える名無しさん
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2026/02/17(火) 13:12:05.800
我々は意識生活の中で物理学をやっている。そのため、常に「物理学的対象」と「意識/心」を選別している。
物理の実験をしているときに、嬉しさや腹立ちが生じても、それは観察の対象外だ。
これは当たり前のように見えて、実は、大いなる偏見である。
284考える名無しさん
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2026/02/17(火) 13:14:48.660
つまり、我々は全意識生活の中から、物理学的対象のみを抽出して、物理学をやっている。
17〜19世紀は、それで首尾よくいっていた。
ところが、その次の展開において、幾つかの問題が生じてきた。
2026/02/17(火) 13:15:23.240
人間はやりたくないと仕事をしない
AIにはやりたくないという概念がない
しかしそこに、仕事をやりたいかやりたくないか?という気持ちのようなものに、ただの情報を自己の現実に紐付ける為の修正力のようなものがあるような気がする
286考える名無しさん
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2026/02/17(火) 13:21:44.380
ひとつは、物理学があまりにも成功し、あたかも「万物/全世界」の
解明をしていると錯覚してしまったこと。
実は、元々、「心/意識世界」の究明は放棄していたことを忘れてしまったのだ。

もうひとつは「観測問題」だ。
量子力学における観測問題は、物理学の実践者である人間を無視できなくなった。
287考える名無しさん
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2026/02/17(火) 13:32:12.550
チャーマーズの「ハードプロブレム」の指摘にもかかわらず、
現代物理学は「心/意識」問題に正面から取り組んではいない。
体制派の物理学者は、まだまだ現状でやってけると考えているからだ。
288考える名無しさん
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2026/02/17(火) 13:36:55.570
現代物理学の理念に対する、もうひとつの脅威はAI(生成AI)だ。
AIとは何ものぞ? それは「心/意識」とは無関係なのか?
いや、単純にそうとは否定できないように見える・・・。
289考える名無しさん
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2026/02/17(火) 13:37:52.670
AIは科学(物理学)と技術の産物だ。
それが「心/精神」あるもののように振る舞うのは鬱陶しい。
決着が必要だ。AIの正体はなんなのだ?
290考える名無しさん
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2026/02/17(火) 13:50:52.450
意識や心を物理的なものに還元できると考えるのは疑似科学。物理的なデータなんかでそれが分かるなら誰も苦労しない。
物理的な記述とクオリアが一致するというのを証拠もなしに信じる姿勢はどちらかといえば宗教的信仰か。証拠もなしに物理学的な姿勢を表明するだけで世の中の人々が自分に賛成してくれると思うのは物理学的な楽観主義というか単純な馬鹿なんだろうね…。
291考える名無しさん
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2026/02/17(火) 13:57:07.890
活発そうに見えてたスレも
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292考える名無しさん
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2026/02/17(火) 14:04:27.750
脳を模した模型があり人が「寒い」と思うときの電気刺激を脳の模型に与えたとしたら、その脳の模型は「寒い」ときの感覚が生じるのか?という話。
それに物理的な楽観主義は考え方が逆転している。物理的なデータは一般的なデータにすぎないのにクオリアのそのとき・その場所での一回きりの私秘性と一回性を無視している。
こんなことだから、物理的なデータとかでクオリアを明らかにすることなどはもともと出来ない。
293考える名無しさん
垢版 |
2026/02/17(火) 14:32:35.650
我々が経験する世界は一つ・・、のはずだ。
そこに「物理学的世界(唯物的世界)」と「心/意識」の世界を分けるのは不自然だ。
ただ、「安定して観察できる世界」「定量的に把握できる世界」「解答は得られそうな世界」と、
それ以外を、便宜的に分けているだけ。
それは一つの道であるが、最終的な解を得る道ではない。
294考える名無しさん
垢版 |
2026/02/17(火) 14:49:56.460
「心/意識」の世界と「物理学的世界」を分けてしまったのはガリレオだ。
ニュートンは、その両者を分けていない。古いのか、天才か。

ガリレオは、このやり方だと解答が得やすいと直感した。狡猾な奴だ。
かくして、「心/意識」の世界を切り捨てた「物理学」は、18、19、20世紀と
目覚ましい進歩を遂げた。しかし、21世紀はそうはいかない。
295考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 02:26:33.330
意識のハードプロブレムに対し、一つの物理的仮説を提示しました。

この新仮説を論文にまとめています。

英語ですが、AI(gemini推奨)に読み込ませて解説させると非常に分かりやすいです。ぜひご一読を!

https://zenodo.org/records/18409470
296考える名無しさん
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2026/02/21(土) 03:11:18.890
そんなにAI信じてんなら1AM03Wの意味答えてみろよ
297考える名無しさん
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2026/02/21(土) 09:11:50.810
電気的に脳の信号を変換するとハウやホエアのクオリアが歪む。この場合、定量の物理操作でクオリアの現実が書き替わったとすると、クオリアは受動的な世界に接触したことを確認する反応ではあるが、終いには水槽脳に至るだろう
298考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 09:22:41.760
ハードプロブレムとは関係ないね。かすってもいない。
299考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 10:38:00.210
書き替えられたのはVFV、物理的に前後した脳
2026/02/21(土) 12:56:17.850
>>295
ようするに、処理された情報が投影される物理的スクリーンですね。
わたしは単に、情報空間として考えていますが、物理的なものがあればうれしいでね。
301考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 14:14:54.630
>>296
1AM03Wとはなんでしょうか。わからないので教えてもらえると助かります。AIについてですが、英語で書かれているので、翻訳要約に使っていただけたらと思っただけです。AIでは誤訳もありますので、英語でそのままで読んでもらえるならそれでも大丈夫です。
302考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 14:18:13.580
>>298
まだ検証していませんがVFVあたりを調べたり、VFVに流れ込む信号がクオリアと関係があるか調べることができればハードプロブレムと関係あるかどうかわかると思います。逆にお聞きしますが、ハードプロブレムと関係あること、またはかする対象をしっているのであれば教えて頂きたいです。
303考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 14:21:41.800
>>300
そうです、大脳で作られたデータがVFVで投影されると考えてもらえればよいと思います。ただわざわざこのようなことをしているだけあって、機能的になにかあるはずだと思っています。
304考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 15:47:33.890
最新技術で意識の内が暴けるなんて疑似科学まだ信じてるの?データも証拠もなしに。
というか物理データと意識の中身が合ってるかどう判断するのかっていう。
所詮「あってるかもしれない」という妄想で終了でしょアホらし
305考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 16:36:25.710
>>304
2割ぐらいは妄想ですが、脳の神経の配置や繋がり方、信号の内容、臨床データに矛盾しないように理論を組み立てていますので、それほど妄想ではありません。妄想の部分としてはVFVでどのようにしてクオリアが生まれるかと具体的な信号内容ですが、これもそこにある物はわかっていますので、それを参考にして矛盾は起こらないように考えました。あと、検証方法ですが、魚の菱脳は人間のVFVにあたり、そこの計測すれば何か観測できるのではないかと考えています。具体的にはゼブラダニオの幼魚で目に移したものと菱脳で観測できたものが同期しているか見ればおおよそわかると考えています。あと、あってるかもしれないとゆうのはどの意識の研究でも同じです。とりあえずクオリアができる位置に関しては証拠はたくさんありますので、僕の論文の根拠の部分を参考に既知の知見と照らし合わせてもらえばわかります。それと僕は特に特別な最新の技術はつかっていません。インターネットが最新の技術だといわれると使ってます。
306考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 18:08:32.300
ああ、ハードプロブレムを理解してない。
皆、イージープロブレムに堕ちてしまう。
2026/02/21(土) 18:22:20.450
意識って科学で解明出来なくて神秘的だよねってノリのスレなのに
急に現実的な話をされるとみんなびっくりしちゃうよ
308考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 18:28:15.210
カテゴリーミスに気づかないんだなぁ。
現在の科学がいくら意識を扱っても、NCCにとどまる。
脳をいくらいじっても、ハードプロブレムは解決しない。
脳をいじるのはイージープロブレム。
物理学を根本的に解体しないとダメ。
309考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 18:29:50.910
馬鹿だなー
そもそも物理データとクオリアをこじつけようとしてるのが学問的にありえないって話でしょ。「クオリアは髄液のパターンで分かる」とか明らかにこじつけじゃん。
これには「クオリアが何かしらの物理的パターン」であるのはなぜか?って話。
あくまでも類推の域をでないものを(いや、なぜ物理的対象にならない心と物理的データを結びつけてるのか?という疑問から逃避してる文章を)真面目に受け取らなければならんのかってこと
310考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 18:45:38.470
クリックのNCCが、イージープロブレムの解決であることは、クリック自身も解っていた。
それは、現在の科学のドグマの限界だから。
まずは、イージープロブレムを解決しようというなら、それは悪いことではない。
311考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 18:49:10.650
結局わかるのは「脳の中で何が起こってるか」に過ぎないし、それを「意識の中で何が起こってるか」にすり替えたのなら100%フィクションの妄想判定ですよマジで
2026/02/21(土) 19:54:53.170
猫はモフモフしているから可愛い
そのロジックを理解すれば、モフモフ感が可愛さという感覚に作用している事は分かる
そのロジックを突き詰めれば、モフモフしているものを見た時ほど人間の脳内でストレス物質とかが緩和される事とかも分かる

しかし、その視点で分かるのは、あくまで感覚と現実の相関関係であり
そのロジックをどれだけ解明しても、猫を見た事がない人にモフモフ感という概念を0から伝える事は出来ない
2026/02/21(土) 19:56:09.250
「どのようにしてクオリアが生まれるのか?」に
「クオリアとはどのようなものか?」の答えはない
猫を見ている人の脳みそを見る事に、猫を見た時の可愛さはないから
2026/02/21(土) 20:07:07.030
反応の過程が意識であり、入力された情報と反応をみることで意識の働きをモデル化する。
意識の機械モデル(または、形式化モデル)によって、
意識がない場合に予想される結果と機械化された意識の結果が異なればよいと考えます。
暴論ですが、意識は、単にフィードバックですね。
ハードプロブレムのほうが妄想の産物であると笑。
315考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 20:07:16.640
>>307
ごめんなさい、そうなんです、研究が進むたびにいいずらくなってきたのが事実です、まだハードプロブレムは解けていないので大丈夫だと思いました。ですが結局は脳の中で起こってることなので、最終的には現実的な回答になるかと思います。
316考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 20:12:35.040
>>308
僕の知る限りNCCでも大脳などの脳の表面部分しか見てないんです、少なくとも脳幹より下は見ていません。しかも僕の推測ではクオリアはニューロンのスパイクのように激しくなく電位も低く変化も少ないのでfMRIでは映りにくいと思います。ところで脳をいじくるのも物理的なアプローチがイージープロブレムでもなく、クオリアを解明するのがハードってだけで、アプローチ方法は特に指定はないはずです。
317考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 20:21:09.790
>>309
いえ、学問では頻繁に未知なことを既知のことでこじつけるのはよくあることなので、おっしゃるとおり明らかに一部はこじつけですが、ほとんどは根拠のあることです。特にクオリアの生成場所については確認はしていませんが、こじつけはありません。「クオリアが何かしらの物理的パターン」については、そこにある物で推測しています。これに関してはたしかにこじつけですが。こじつけて仮説をつくってそのあと検証すべきですので仮説と最初から言っています。たしかに僕の書き方がどこが真実でどこが推測かわかりずらいのは僕のいたらないところです。
318考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 20:24:07.170
>>310
おそらく脳幹は厳密には観測していないので、観測してクオリアらしきものがあればイージープロブレムになりえると思います。少なくともクオリアの生成の位置は断定できると思います。どのようにして現象としてのクオリアがうまれるかはなぞがのこりますが。
319考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 20:26:52.490
>>311
僕もそう考えていますので、神経の繋がりや役割を追っていったらVFVにたどり着いただけです。脳の中で起きているとゆう推定があるのだから愚直にクオリアがありそうなところをさがしただけです。
2026/02/21(土) 20:30:32.830
数式は解き明かせば褒められる
人の心は解き明かせば怒られる
321考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 20:30:33.840
>>313
「どのようにしてクオリアが生まれるのか?」と「クオリアとはどのようなものか?」はまさに別物なのはわかります。ですが、答えはないというのは断定できないかなとは思います。ないかもしれませんがあるかもしれません。ただ、クオリアができる場所やプロセスがわかれば、「クオリアとはどのようなものか」わかる糸口になるのではないかと思っています。
322考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 20:38:26.790
>>314
そうですね、意識があるときとない時で差があれば意識の働きがわかると僕も思います。ただ、意識のない状態はまったく動けないそうなのです、酒を飲みすぎて意識がなく家に帰るときがあったとしても動いている時は少しの意識はあり、次の日記憶にのこっていないから意識がなかったと結論図けている場合も多いです。なので、実際に差分をとると、まったく意識がない状態ではまったくうごけないので、そもそも動くためには意識がいるとゆう結論になります。それも暴論だとおもうので、なにが無意識で何が意識的に動いているか切り分ける必要があるのかなとは思います。
323考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 20:40:17.880
>>320
たしかに結構おこられてしまいました。なのであまりだれもツッコんで解き明かそうとはしないのかもしれません。
324考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 21:07:24.350
>>317
これが全て
「「「物理的対象にならない心と物理的データを結びつけてるのか?という疑問から逃避してる」」」

そこで言われている「根拠」は状況証拠にすぎず「クオリアは物理的パターン」という主張を補強するだけ。つまりその根拠とは飾りであって土台ではない。
結局なぜ物理的対象でないものを物理的にこじつけようとしてるのかというところが抜けている違法建築風の文章だよ
325考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 21:17:52.510
>>324
こころは物理的な物かそうでないかはまだわかっていません。たしかに土台はなく状況証拠ばかりです。ですが、その状況証拠からどこを観測したらよいかのポイントがわかってくるので、それを提案しているだけです。僕はなにも答えを言っているわけではないので、仮説とつけているのです。はっきりゆうと状況証拠ばかりで自信がないので仮説どまりです。そもそも心の問題を物理的に証明しようとゆうアプローチがまちがっているのであれば、その根拠を教えて頂ければ幸いです。
2026/02/21(土) 21:21:16.430
意識の正体が科学で全部分かる訳ではないだろうけど
それはそれとして、そもそも、脳の構造っていう頑張ったら科学で分かりそうな所すらもまだ分かってないのが問題なんだよな
327考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 21:34:57.320
>>326
そうなんです。僕も脳について調べたんですが、分かっていないところがまだ結構あるってことです。特に信号の内容はわかっていない部分が多いです。とくに網様体や神経核など情報が少なかったです。専門書でも説明がなかったり、省略されていたりするので。そら意識の問題もわからないなと感じました。
2026/02/21(土) 21:57:43.900
脳の松果体が活性化すれば、第3の目が開かれて思考が現実化する~
みたいな事をデカルトですら言ってるし
脳科学は一歩間違えばスピリチュアルになるから難しい
329考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 21:59:43.100
>>325
こころは物理的な物かそうでないかはまだわかっていません。

↑いやいやいや…心は物理的なものではない。
「物理的」という言葉の意味をズラしていくなら「心は物理的かどうか分からない」という主張にもなるだろうけれど、一般的な言葉の用法からして…いや、あなたの読んだ物理の教科書にはそう書いてあるのかもしれないね。
ただ言葉遊びなんだよな、一般的な言葉の意味で始めようとしないのは。言葉遊び。
330考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 22:01:02.430
>>328
スピリチアル的なものと物理的なものが接する場所が脳なのだから面白いんやないですか。
331考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 22:12:56.840
>>329
心が物理的なものから出来ていると僕は思っています。心自体は物理的な物かはわかりませんが。物理とゆう言葉をしらなかったので調べてみたら、「物理学」「物の道理」でした、なので心は物かは僕はちょっとわからないです。言葉あそびと真剣に議論することの違いがわからないのですが。心は物理的なものかどうかはどうかの定義はどうでもよく。心が何なのかを追求していくだけです。その過程で言葉の使い方を間違えることはあると思いますが、それはすみません。
2026/02/21(土) 22:17:08.530
スピリチュアルなものなど観測されたことがないのだから、
すべては物理的な「情報」でしょう。
333考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 22:18:35.190
>クオリアができる場所やプロセスがわかれば、「クオリアとはどのようなものか」わかる
これがオッカムの逆刃刀の二重の仮説
もちろんプロセスの見分けられない操作
334考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 22:22:41.700
>>331
心と物理の間に相関関係はあるというのは同意できるが、それを根拠にして「心は物理的な何かである」とはならない。そういう仮説を立てるのは自由だが。

「心が何なのかを追求していくだけです」か。なるほど。では物理学的な心理学を追求することになるのでしょうね。残念。
335考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 22:35:10.740
>>333
まず仮説を立てて検証するだけです。しかも今回は具体的に位置を指定しているので検証可能です。とてもシンプルとおもいます。クオリア生成プロセスに関してはこれは参考程度で大丈夫です。たとえばこのような仕組みになってるのではないでしょうかというだけです。
336考える名無しさん
垢版 |
2026/02/21(土) 22:38:05.350
>>334
確かに物理的な心理学かもしれませんね。そもそもクオリアの研究は多くの分野をまたぐと言われています。そうゆう意味でも物理学、心理学他にもいろいろ追及することになります。すでにそうなっています。あなたのゆうとおりです。残念
337考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 08:25:25.520
>>332>>333呼応してるな
2026/02/22(日) 12:44:40.260
こっちの(思考)実験してたの忘れてた。
これは、生成系AIは既にクオリアを持っているとして、
それを証明するにはどうすればよいか、持っていないことを証明するにはどうすればよいか、
それを考えています。もちろんただの趣味です笑。
最大の問題は人間が持っているとされるクオリアってなんだよ、ということですね。
それゆえに、このパズルはほぼ絶望的です。
「赤い」ではなく「赤の」夢です。「赤」の見え方/感じ方が変わった、という実体験に基づいています。
339考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 14:47:24.270
赤が「変わった」というのは実測ではないかなぁ。
何等かの物理がなければ変わりようがないとしたら。
2026/02/22(日) 15:43:51.280
そもそも(自分以外の)人間にクオリアがある事をまず証明出来ない
341考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 15:47:59.240
哲学サイドは最初から科学の中に無いものとしてクオリアを定義してハードプロブレムと呼んでるわけなので絶対に論破されるはずのない命題風のおもちゃなのよ
でもそれって論点先取の意味なし議論だよね
意味のある議論にするためにはその定義を捨てて科学にマッピングできる可能性を探るしかない
自分は哲学サイドが持ち上げてる感覚質としてのクオリアは実のところ既に深層学習系AIが学習によって構築したテンソルネットワーク内に存在してるとみてる
感覚とか直感は高度な精神から生まれるものではなく、より物理的でプリミティブな情報処理の結果として存在してるのだと思う
342考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 16:38:30.900
物理で論証されているか、
妄想が語られているか、
ハードプロブレムの中の
ハードプロブレム。
343考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 17:34:38.740
まーーーた疑似科学屋がやってきた。
脳の中身と心の中身をすり替えた議論が有意味な議論っていうの?…それ「議論することに意味がある」とかそういう話?
仮説を立てるのはよい。そして仮説の正しさを確かめる作業が必須だけど、今回はそれができない仮説。永遠に終わることのない議論を「有意味な議論」とは言わない。どちらかと言うと「時間の無駄」という。

てかどうやって「心の中」を見るっていうの。
「脳の中」を見れば分かるとか言うなよ。
344考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 17:51:26.330
まあ論点先取の意味なし議論に閉じ籠るってんならああ意味ないこと言ってるねで終わるからそれはそれで構わんよ
こっちも付き合うつもり無いから
345考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 17:53:46.800
反論できずに負け惜しみいっちゃったね。
まあ認めるべきことは認めるべきってことでw
346考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 18:14:48.580
どれもこれも(科学できない)を前提にしてるから少なくとも科学サイドからは意味がない
あなたの論も論点先取
反論できないのじゃなくて反論する意味がない
議論可能なのは科学に落としこめるという合意がとれる相手だけなんよ
347考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 19:03:34.550
昔から行動主義とか機能主義とかであったんだよな。「人の行動を見ればその人の内面が分かる」みたいな話が。でもそういうプロジェクト自体は失敗してる。いまは誰もそんなことを信じない。そんなことを言うやつは詐欺師とかなんだよ。騙されるやつは騙されるけどね。

で、この疑似科学の人が言ってるのは「脳の中を見れば心が分かる」っていうオカルティズム。ただの行動主義の再演。要は人の外ヅラを見れば中身が分かるっていう科学的楽観主義よ。
348考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 19:31:57.570
論点先取って仮定と結論が一緒なので恒真だが意味がない
科学以前に論理ができない人間なんだなとしか
そして相手の主張の内容を勝手に捏造する藁人形論法ときた
いにしえの哲学者が批判した詭弁家そのもので草も生えない
2026/02/22(日) 19:42:27.770
示せないものをクオリアという名前で呼ぼうっていう話なのに
示せないと議論が出来ないから仮にクオリアを示せるものとしようって
本末転倒過ぎるだろ
350考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 20:01:56.030
「こっちも付き合うつもり無いから」
とか言っておきながらめっちゃ絡んでくるじゃーーーん。

やっぱ否定しておかないと済まないものがあるんだろうね。じゃないとこんなに必死に絡んでこない。論点先取だとか科学的だとか論理的だとか、そういう言葉遊びが好きとみた。
好きだからこそ、科学は絶対的に正しい主義&オカルティズムスーパーパワー神ィって感じですか?w
2026/02/22(日) 21:35:03.980
冷静に考えれば物理現象しかないと思うのですが。
霊性に考えるとなにかあるんでしょうかね?
2026/02/22(日) 21:47:55.270
優しさに形はないけど
優しさが存在しないとは言わないでしょ
世の中には形而上の概念っていうものがあって、むしろ実際の社会問題とかの大半はそれなのよ
353考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 21:49:05.820
成層圏が発光する画像を見ると多くの人が「美しい」と言います。満月を切るように飛行機が飛ぶ画像でも同じ反応です。ところが後者はありふれた光景であることを知ると「がっかり」します。そこでの「美しさ」は希少性なのです
2026/02/22(日) 21:50:08.570
概念というのも物理現象ですよねぇ。
355考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 22:00:11.460
美しさは作られるもの
俳優やAV女優を見るといい、けばかったり整形してても見慣れてくると世の女性は真似て男性はおかずにしだす
356考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 22:15:45.950
形を変える美しさの本質というのは創ることだ
2026/02/22(日) 22:18:03.720
21世紀も1/4世紀ほど過ぎているのに、形而上などというものを扱うのはどうかと思いますね。
2026/02/22(日) 23:29:23.100
君が今使っているその「21世紀」という概念も形而上のものなのだが
2026/02/22(日) 23:38:31.680
「21世紀」というのは記号(情報)ですね。これに21世紀というクオリア構造が伴います。
すべて物理構造です。
質量・エネルギー・情報の等価原理(量子重力理論など)があるとして、
形而上というものも情報という物理上のものであらわされています。
2026/02/22(日) 23:45:45.500
おそらくニュートン力学程度の物理を考えているのでしょうが、
現代においては形而上というもの情報であり、情報は物理的存在です。
というか、物理も情報ですね。
科学哲学の流儀のひとつを適用して、情報も形而上のものも現物として扱います。
2026/02/22(日) 23:48:49.980
ま、簡単にいえば、物理がなければなにも扱えないので、形而上のものであろうとすべて物理だよと笑。
362考える名無しさん
垢版 |
2026/02/22(日) 23:58:40.290
量子力学に知で対抗するのは創造だけじゃないか
363考える名無しさん
垢版 |
2026/02/23(月) 01:28:23.130
情報って何?何をもって情報とするの?
情報をもって情報とする、そういうトートロジーなお話ですかね?
364考える名無しさん
垢版 |
2026/02/23(月) 01:30:12.090
あれも情報、これも情報、全部が情報。
なるほど。じゃあ、情報とは情報なんだな。
これが何にも説明できない結論。
365考える名無しさん
垢版 |
2026/02/23(月) 05:40:24.100
どんな認識を得ても
それらはこの流転している肉体の現象に過ぎない
この生の、腐りつつある再生している物質現象の過程である
しかし、それを統制しているのが優れた脳の役割である
366考える名無しさん
垢版 |
2026/02/23(月) 08:15:53.520
その役割も「役割」なのだろう
2026/02/23(月) 09:12:01.550
を、みんないいとこいってるねぇ。
情報の情報が情報を情報たらしめているわけです。
そして情報は質量やエネルギーとの間に等価原理があるとされます(情報重力理論など)。
あと、トートロジーは甘く見ないほうがよいと思います。
Berry位相のようなものをもっているかもしれませんし、
トートロジーが意識の発生機関である可能性があります。
この観点から、存在は同一性を持つものであり、それは意識(反応)でもあり、汎意識論を考えています。
368考える名無しさん
垢版 |
2026/02/23(月) 11:01:49.840
「役割」がなかったら物理に戻るトートロジー
369考える名無しさん
垢版 |
2026/02/23(月) 11:23:32.630
トートロジーが現実にあるって話になるのかな。
まあそんな議論は300年以上まえに哲学が通過したところ。現実にはトートロジーに相当するものはない。今の世界と1秒後の世界で同じことは一切ないように。要はトートロジーは人間の想像物。
あれもこれも「情報」だなんて都合がいい話なんかないよ。
2026/02/23(月) 13:59:13.650
トートロジーを二重肯定(ではないけど)のように考えれば、
二重否定と同じようにそのまま肯定されるとは限らない。
2026/02/23(月) 14:39:17.550
トートロジーは同義語反復、ではなく、恒真式だが、
物理フィールドで考える限り、二重の肯定が必ずしも真となるわけではない。
論理や数学が物理フィールドにあるとすれば、トートロジーは変化を含むだろう。
372考える名無しさん
垢版 |
2026/02/23(月) 22:32:19.490
トートロジーは同義語反復であり、恒真式だよ。
2026/02/23(月) 22:57:16.440
情報はエイドスであり、感覚的なものではなく理性的なものだ。
となるとエイドスから来ているアイドルも理性で認識するべきものなのだろう。
クオリアは感覚クオリアと理性クオリアが結合したものかもしれない。
前者はopenで後者はclosedな感じがしたので位相空間論を調べていますが、
位相空間論でクオリア構造を語ることはできるのかどうか。
374考える名無しさん
垢版 |
2026/02/23(月) 23:03:17.390
また、ハードプロブレムを理解しない奴が、無駄な議論をしている。
イージープロブレムは、そのうち解決する。ハードプロブレムはそうはいかん。
クオリアの由来や、クオリアの構造を知ることは、なんの役にも立たない。
2026/02/24(火) 00:37:09.410
主観的体験(クオリア)は情報です。
ただそれだけ。
暴論ですが、自然数で考えれば、赤に対応する素数が含まれれば赤です。
クオリアを自然数で表してもよいと考えます。
うん、いま思いついただけですが、自然数でクオリアを表す主観システムモデルを作ってしまおう笑。
376考える名無しさん
垢版 |
2026/02/24(火) 09:12:05.990
クオリアは連続だから、それを自然数で表わすことはできない。
また、量的数値で表そうとしたとたんに、物理的概念となってしまい、
クオリアの核心部分が抜け落ちるか、せいぜい粗い近似にとどまる。
377考える名無しさん
垢版 |
2026/02/24(火) 11:39:09.530
f(x)=yの
作用(質料)=形相
という式は2進数の仕組みを表現できる
押す(スイッチ)=1
押さない(スイッチ)=0
であるスイッチという質料に押すという作用を加えると1という形相を返す関数である
四原因説はある程度理に適っていることが分かる
情報とは質料の形相である
2026/02/24(火) 12:56:38.510
自然数でも表すことができるだけ、クオリアの適用は別。
ただ、自然数から抽出して情報(時)空間にレンダリングする必要があるため、
現在の技術では(テンソル?)ネットワークにしたほうがよさそう。
ある点にレンダリングする値を自然数でもあらわすことができるというだけ。
レンダリングでなければ情報(時)空間という場の演算子空間が胞子のネットワークのように
地下でつながっているというイメージ。
あ、人間のクオリアとかじゃなくて、人工意識/人工クオリアを構築しようという個人プロジェクトです。
379考える名無しさん
垢版 |
2026/02/24(火) 17:52:00.670
クオリアは連続性というより微分可能性
微分不可能な点は人間には理解できん
2026/02/25(水) 15:50:38.200
おやつは生クリームパン。
とりあえず、単位クオリアは素数だ。とだけ忘れないようにメモってあとは夜に書こう。
TPUほしいなぁ。とりあえずTensorFlowで実装してみようかな。
ということは意識の流れってTensorの流れか。
2026/02/25(水) 23:07:12.050
現物ビットを考える、反応があるとすれば現物ビットを返す。
反応は現物ビットを変化させること。
反応が無い場合は、現物ビットが溜め込まれる。
とりあえず、ピタゴラマシンとして考えてみる。
cbitなら古典ピタゴラ装置でもよさそうだが、qbitだと量子ピタゴラ装置を考えないといけない。
量子ピタゴラ装置を考えるのはおもしろそうだが、とりあえず古典ピタゴラ装置で考えてみる。
情報空間を2以上の自然数としてみる。これを古典ピタゴラ装置で作成すると、
情報空間にはたくさんのボールのようなものがあるかもしれない。
ほぼIITに従って考えるので直接にハードプロブレムを解決するものではないが、
見える化した人工意識のようなものをつくれるかもしれない。
2026/02/26(木) 12:00:47.730
『朝鮮人は日本の権力者、いま日本を支配しているのは朝鮮人』
戦後から今日まで日本はアメリカの占領政策により、朝鮮人を利用した日本の隷属化を受け続けている
もはや日本人に成りすました朝鮮人が日本の支配層なのだ 
今や朝鮮人は差別する「権力者」であって日本人は差別され抑圧されているのである 帰化朝鮮系に「差別」と言わせるな、日本人の側が
「差別」するなと言い返せ 反転攻勢、日本人が帰化朝鮮家系の人間を責めていこう
戦後日本は帰化朝鮮家系の人間によって支配され、それによって大韓民国と北朝鮮に侵略行為を受けている
帰化朝鮮家系の人間がやっていることは日本人を対象にした迫害であり「民族浄化、ジェノサイド」だ

帰化系の人間のみで徒党を組み「日本人」になりすまし新聞、出版社、司法、テレビ局、NHK、作家、芸能人、起業家、大学教授に
成りおおせ日本人を「排除」している これは明白な「差別」である
朝鮮帰化系人こそ今の日本の体制の人間であり、従属を強いられているのは「日本人」の方である

まずやるべきは「政治家に立候補する時、外国の家系の人間か否かを公表する」を立法化しよう
国際的にも一般的で、アメリカでも何系かはすべて明らかにされている
そうなると帰化朝鮮家系の人間に支配されたメディアは差別だと言うだろう、しかし現段階でも与野党問わず多くの政治家が朝鮮帰化系人だ
暴動を起こさなければならないのは「日本人の側」だ、「主権の侵害」どころ
ではない、「日本国国家」を乗っ取られているのだ

日本は堂々と「何系日本人」であるかを確認できる社会にすること、ないしは名前で判別できるようにすること
朝鮮帰化系人だと隠し政治家、報道関係者、会社の上司、音楽家、裁判官、企業のトップ、公務員に居座ることを許さない社会にしよう
芸能人、アナウンサー、コメンテーター、五輪代表含むスポーツ選手に日本人はほぼ皆無、『朝鮮帰化系人』だ、日本人じゃない
左翼を名乗る朝鮮系が差別だと日本の体制を批判しているが、その体制はもはや奴ら朝鮮帰化系人のものであって国家の乗っ取り行為に他ならない

アメリカ人による朝鮮系を使った日本国の隷属と、朝鮮帰化系人による日本人を対象とした「民族浄化」が行われていることを
現在のアメリカ人は知らない、アメリカにこの事実を広めていこう
2026/02/27(金) 22:06:55.590
単位クオリア(造語です。複合クオリアもあります)を素数とみたとき、2以上の自然数がすべてを表し得る。
そして、意識を考えると、再帰と統合が必要になると思われる。
自然数と再帰と統合を考えると、
計算モデルにおける、μ再帰関数というものがヒットする。
基本的にチューリングマシンと等価なので、チューリングマシンでもよいのだが、
μ再帰関数がおもしろい。
こいつが人工意識として扱いやすい。
今夜のエネルギー元はNIKKA FRONTIER。ウイスキーというよりキンミヤのサトウキビ糖蜜のような
感じ、キンミヤにもウイスキーがあるけど、そんな感じなのかな。ニューレトロな酒。
2026/02/27(金) 22:26:27.470
んー。サワー(甲類焼酎)と日本酒をチャンポンしたようなクオリア(酔い)だ。
下町ウイスキーの完成形かもしれんな。
さて、μ再帰関数(これってネットワークの数理だよな?)なら、一般的な脳科学でもいけそうだ。
単位クオリアを素数とみなしたやりかたがよい感じ。
これは波でもあるので、量子論的な量子脳でも使えるだろう。
要約:ある種のネットワークが万能チューリングマシンになる。
2026/02/27(金) 22:42:08.850
エネルギー元 -> エネルギー源
2026/02/28(土) 09:48:28.730
二元論のようなオカルトを排除し、計算可能性からハードプロブレムを解消したいと考えます。
チャーチ=チューリングのテーゼあたりが出発点ですかねぇ。
2026/03/02(月) 00:52:18.860
1+1のクオリアを考える。
1は1の経験でありクオリアだ。
+は(この場合)2つの1の関係のクオリアだ。
加算のクオリアではあるが、同時に2つの1に分解/分割するクオリアでもある。
右辺に =2 と続ける。
=は等しさのクオリアだったり、定義のクオリアだったり、≡よりも弱いクオリアだったり、
なんかぼんやりと=の左と右は同じっぽいけど全く同じではないよなぁとかいうクオリアだったりする。
2は2の経験のクオリアだ。それも2という数だったり2という数字だったり白鳥だったり…
それぞれの文字は、色や音や匂いや触感や味などもあったりするかもしれない。
2026/03/02(月) 01:09:52.770
で、これらのクオリアのほかに、
1+1とか1+1=2とかのまとまりでのクオリアもある。
1+1は1のクオリアや2のクオリアを持つこともある。
文脈によってクオリアは限定されるかもしれないが、単独だとあらゆる可能性が確率的に広がる。
1+1=2は、変数などないにもかかわらず方程式というクオリアもある。
(文字)単体と並びや集まりによってはクオリアも異なる。
クオリアが可能性のネットワークとしてつながれていれば各エッジの両端には確率的な重みづけがされるだろう。
複合量子かもしれない。
クオリアは量子コンピュータで計算したほうがよさそうに思える。
Quantum Algorithm Zooに既にあるのではないかと思う。クオリアの量子アルゴリズム。
2026/03/07(土) 16:05:38.860
ビット現物を入力してビット現物を出力する(あるいは出力せず貯める)。
そう考えていくと、ビット現物がクオリアである。
入力と出力の間に処理がある。処理は自然に行われる計算とする。
なにによって計算が行われるかというとエントロピーだ。
意識とエントロピー。汎意識論として考えると、エントロピーを巡る問題のどこかに意識がある。
2026/03/08(日) 00:42:25.790
クオリアと呼ばれるものには二種類あるのではないかと思う。
とりあえずこれを、単位クオリアと複合クオリアと呼んでみる。
この考えで、代表的なクオリアの思考実験を追試してみたい。
5chは9日以降あるのかどうかもわからんけど。
391考える名無しさん
垢版 |
2026/03/08(日) 11:56:12.660
>>386
ああ、もう出発点から間違っている。
ハードプロブレムをまるで理解していない。
構成的、操作的な思考はイージープロブレムにとどまる。
2026/03/08(日) 13:08:54.560
ハードプロブレムはオカルトで疑似科学でしょう。とりあえずオカルトは排除してクオリアを考えます。
393考える名無しさん
垢版 |
2026/03/08(日) 14:40:17.380
ハードプロブレムはオカルトではない。ひとつの異議申し立てに過ぎない。
ハードプロブレムに回答しないかぎり、現在の自然科学は不完全にとどまる。
現在の自然科学に洗脳された人々は、それを理解できない。
ニュートンとそれ以前の「科学者」は、それを理解していた。
ガリレオは、あえてハードプロブレムを切り捨てた。
2026/03/08(日) 18:23:39.300
逆転クオリアを考える。
赤の受容器しかない(出力系はない)とすれば、その受容器の構成によるとは思うが、
強弱/無の値しか得られない(値変換はハード側とする)。
値の変化もしくは受容者側からのポーリングによって値が解釈器に送られる。
記憶なしの場合、その値がそのままクオリアを発動させる。
エネルギーとしての値が解釈器を(出力系がないので)振動させるだろう。
赤の受容器しかなければ解釈器そのものが受容器の一部であり、赤の受容器の振動が赤のクオリアである。
この考えに従って、複数の受容器や複数の記憶や解釈器の分離と受容データの統合などを思考実験する。
2026/03/08(日) 19:03:22.600
非常に極端な場合だが、赤の受容器しかなければ、逆転クオリアもない。
受容器の構造がフォノンを受け取って変形すると、復元力もあるだろうし、トポロジカル物質のように抵抗が変化したりするだろう。
ゼロクオリアであり、ようするに反応だ。
反応の反応からが本格的にクオリアへの挑戦になる。
次は、記憶なしのまま、2つの受容器で考えてみたい。2つの情報を統合するような解釈器が自然に形成できるものなのかどうか。
396考える名無しさん
垢版 |
2026/03/08(日) 20:39:48.110
>(クオリア)解釈器

これは何だ? 他のことはどうでもいい。解釈? 
その場合のクオリアっ
397考える名無しさん
垢版 |
2026/03/08(日) 21:02:03.330
"解釈器"なるものがクオリアを生成する?
ここはハードプロブレムの中心。他はどうでもいい。
生成されたクオリアとは、いったいどういうものだ?
まさにデカルトが悩んだところ。
2026/03/09(月) 01:13:08.760
受容器(receptor)が2つある場合を考える。
赤の受容器と緑の受容器とする。
この2つが合体して振動するとなにか生まれるのかというと、反応はするだろうが、なにかおかしい。
どうやって受容器ができたのか、という話。
もともと反応するなにか(本体)があって、その一部が受容器になったと考えるがよいだろう。
もっとも単純な本体は0次元球面であって、それは量子だ。
これがエネルギー流の中にあって反応するという状況を考えてみる。
量子はとりあえず先送りして、2つの点の構造とだけ考える。
情報の側も2つの点だ。0次元球面と素数で、赤、緑、本体の関係を考える。眠いのでここまで。
2026/03/11(水) 00:45:37.220
解釈器は、ようするに意識あるいは心、ということになるだろう。
Lispでいえばインタプリタであり、REPL(Read-Eval-Print Loop)を行う。
情報をフォノンとして構造が振動するような反応ではなく、
その反応をEvalして反応する。
Meta-Circular Evaluatorも可能なので、意識の意識もつくれる。
心の中に複数の心を(連携しているかどうは別として)つくれる。
ん? 人工意識って、Lispでいいじゃん。
てか、インタプリタの中に複数のインタプリタの仮想世界をつくれる。
ひとつのクオリアがひとつのµインタプリタに対応していてもよい。
インタプリタthreadのネットワーク。心の中にはたくさんのµ心が存在する。
2026/03/11(水) 00:49:17.370
こりゃいかん。すぐに作ろう。
401考える名無しさん
垢版 |
2026/03/13(金) 15:24:50.840
80年代で止まってるあまりに古い知識で語ろうとした結果似非科学になってしまった典型
402考える名無しさん
垢版 |
2026/03/14(土) 13:33:19.700
イージープロブレムを一歩も出ていないのに、それに気付いていない知的鈍感さ。
403考える名無しさん
垢版 |
2026/03/14(土) 13:33:19.770
イージープロブレムを一歩も出ていないのに、それに気付いていない知的鈍感さ。
404考える名無しさん
垢版 |
2026/03/14(土) 15:27:14.750
超能力があるなら超能力の根源である非物質(精神)も存在するということ
この世界は物質のみの世界ではなかった
物理学に反するモノもある
2026/03/14(土) 16:48:51.770
ふ。とりあえず、ホスト言語をJavaとして、Java内で使える簡単で万能チューリングマシンとなるものを
作成中。
あとは、closureをどうするか。意識のclosureはどのようなものになるか、というところ。
人工意識であって、人間は関係ないのでハードプロブレムのようなオカルトは排除されています。
406考える名無しさん
垢版 |
2026/03/14(土) 18:48:46.890
>人間は関係ないのでハードプロブレムのようなオカルトは排除されています

ああ、やっぱりナンモ解ってない。
2026/03/15(日) 12:01:35.520
closureをthreadとしてapoptosisを組み込む方向で検討中。
ただ、ネットワーク中でclosureがどうやって形成されるか/されないのかまだイメージが掴めない。
2026/03/15(日) 23:00:11.840
closureは世界/環境であり、その内部で自然選択が行われる。
計算とは自然選択だ。とりあえず自然計算と呼んでおこう。
とか思ったら、すでにNatural Computingが存在するようだ。
ただし、自然の計算ではなく、自然な計算を自然計算としたい。
2026/03/15(日) 23:08:28.680
む、ハンドル忘れてるやん。
参考文献 Daniel Clement Dennett III の Consciousness Explained とか Darwin's Dangerous Idea とか
410考える名無しさん
垢版 |
2026/03/20(金) 21:15:37.800
物理は厳密に「測れない」事実を学の基礎にしているのではないか。
411考える名無しさん
垢版 |
2026/03/20(金) 21:15:49.830
物理は厳密に「測れない」事実を学の基礎にしているのではないか。
412考える名無しさん
垢版 |
2026/03/20(金) 21:17:17.220
掲示板のあり方を考えさせられる。
413考える名無しさん
垢版 |
2026/03/21(土) 08:06:41.620
女=他人の意識を真似るだけしか能のない迷惑なアホども
414考える名無しさん
垢版 |
2026/03/21(土) 10:49:23.540
>>405
あのなぁ、そんなことさせるために職業訓練でJAVA教えたんじゃないのよ、働けよカス
415考える名無しさん
垢版 |
2026/03/21(土) 15:24:46.260
甲子園のチアは誰に向けたダンスなのか。役割とは何なのか。主観の地平から現れるから自由自在ということはない。物理の役割でないなら
2026/03/21(土) 17:36:51.940
closureを意識の階層と考えてみる。
階層つきのclosureネットワークになる。
closureは場であり、かつ、演算子である。
とすれば、意識やクオリアの単位もclosureである。
記憶の単位もclosureだ。
closureはclosuresでもあり、集まりにもなる。
とすると、(ちょっと怖い考え)、アレも...そうなのか...遺伝子。
417考える名無しさん
垢版 |
2026/04/22(水) 05:47:40.830
人間関係の場所では
必ず権力関係が発生する
418考える名無しさん
垢版 |
2026/04/22(水) 16:24:14.480
権力が発生するのは農耕文明以降。
それまでも人間間の闘争はあったが、それは権力に関わるものではない。
419考える名無しさん
垢版 |
2026/04/22(水) 16:39:29.340
数学者って社会が何から成り立っているか
分からないのに生活してるんだろうな
420考える名無しさん
垢版 |
2026/04/22(水) 17:27:19.870
他の分野の奴らは知ってるのか?
2026/04/23(木) 15:57:20.780
ハープロか。くだらんな。
422考える名無しさん
垢版 |
2026/04/23(木) 18:08:47.390
身分で決まってるんだよ
2026/04/23(木) 18:46:32.600
ますますくだらんな。
2026/05/07(木) 19:50:15.730
魂はありまぁすって言えよ
425考える名無しさん
垢版 |
2026/06/17(水) 05:58:47.110
相変わらずきめぇ笑
426考える名無しさん
垢版 |
2026/06/22(月) 19:23:20.350
光・水・空気・重力←存在しない
2026/06/23(火) 11:46:39.490
魂だけが存在すんねやろ?
2026/06/23(火) 19:10:39.240
>>427
ちょっと何言いたいのか分からない。
共通語で書いてくれないと、細かいニュアンスが伝わってこない。
2026/06/26(金) 17:57:07.350
>>428
つまりハードプロブレムを問題として認識できない。何を不思議がっているのか不思議でならない。
430考える名無しさん
垢版 |
2026/07/02(木) 11:59:38.280
通常ハードプロブレムはイージープロブレムや汎心論との対立が主軸になる気がするけどあくまでクオリアの追求という姿勢はなかなか純粋でいいと思う
2026/09/19(土) 12:27:02.380
量子ゲートは物理操作。クオリアは主観的体験だ。量子計算の複雑さと、「赤さ」の主観性は無関係。
射の構造と、クオリアの現象学は無関係。状態空間が大きいのは、かえってクオリアとの対応を困難にする。
2026/10/08(木) 16:37:36.410
体験てのは物語だよ
いろんな解釈ができる
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